第16話 道具屋
「エニドリス村の人居ませんかね?」
「エニドリスの人教えてなの」
翌朝から始めた聞き込みは、まずは大衆宿から。
辺境の村から避難して来た者達の多くが、大部屋で雑魚寝するタイプの宿に泊まったとの情報を得ての捜索だ。
早朝にも関わらず俺達の他にも人探しをしている者をちらほら見かける。
避難の際に離れ離れになった家族とか探しているのだろうか。
「だから鬼神とチビとガキの三人組だよ」
「チビはアリゲートのマント着てるからよ」
俺達だった。
「鬼神の隊長サビオさんが探してるってふれまわってくれよ」
うーん、昨日の仕返しか。折っちゃったからな鬼神の片割れチンの腕。
仕事が出来ないからって損害賠償請求とかされちゃうんだろうか?。払う気も金もありませんけど。
しかしお尋ね者扱いで、隠れながらじゃラティーを探せない。
「おや、エニドリスの人達ならイナブの街に行くって言ってたね」
先に有力情報ゲットした。フェルサの話しでは「イナブ」は共和国側の辺境、根地の密林の北にあるそうだ。
すれ違ったと言うか、行き違いになったと言うか……ちょっと徒労感を感じたが、無事っぽい事が分かっただけで良しとするか。
何か鬼神団に探されてるし、さっさとここから離れよう。
「おばちゃんいいの?」
あー。忘れてた。道具屋に鱗の加工頼んだんだった。
明日の昼まで掛かるんだっけ?
「師匠、俺様のせいですんません」
フェルサは昨日からずっと申し訳無さそうにしている。
いや、問題起こしたの俺だから。それに不思議とやっちまった感は無い。
「ごめんくださいなの」
「はーい、あら?リンクスちゃんの声かと思ったんだけど……。いらっしゃい何をお探し?」
道具屋の女将が短いポニーテールを揺らして、奥の工房から出てくる。
ん?目の下にクマがあるな。
女将の前に居る三人は、手を繋いだ爺さん婆さんと使用人風の大男だ。
老夫妻の繋いだ手をみた女将は優しく微笑んで、少し大きな声でゆっくり「何をお探し?」と繰り返した。
「少し工房を見せて頂けますか」
「え?散らかってるし汚れるかもだけど、それで良いんなら」
使用人の言葉に女将は不思議そうな顔をして奥へと案内すると、作業台を大きな布で覆った。
振り返った女将は目玉がこぼれ落ちるんじゃないかって程、目を見開いた。
工房に案内した三人は、アリゲートのマントを羽織った男と、可愛らしい少女、顎鬚の戦士だった。
俺とリンクスとフェルサだ。
「リンクスなの、お兄ちゃんなの」
「昨日は店先で騒動を起こしてすんません」
胸をはるリンクスに頭を下げるフェルサ。フリーズした女将。俺は作業台に掛けられた布を払う。
完成してるじゃないか、俺が頼んだ鱗の武器とナイフ。
『スゴイな女将!もう……』
女将再起動なげーな。
フェルサが揺すったり、頬を優しく叩いたりしてやっと女将は再起動を果たした。
目を覚ました女将は「ちょっと待っておくれ」と言って、水を椀三杯立て続けに飲んで、ふ~っと息を吐いて三人の前に戻ってきた。
工具を広げていたベンチの上を片して、三人を座らせると、自らはお尻で隠れてしまいそうな小さな丸椅子に腰を下ろした。
「呪画士ってそんな事もできんのかい」
だから呪画士ってなんだよ。
フェルサが再度謝罪をいれると「何も壊れちゃないよ」笑って手を振る。
それより、と身を乗り出す。
鬼神団がかなりの人数を掛けて、俺達を探しているらしい。情報屋も使っているとか。
今朝見掛けたヤツは鬼神には見えなかったから情報屋か。
だが捕まる事は無いだろう。リンクスが使う「光」は触れた物も干渉出来る。いざとなれば、お手々繋いで姿を消す事も可能だ。
「心配ないの」
「確かに昨日見た感じだと、呪画士のあんちゃんは腕が立つみたいだけど、鬼神と揉めるのは良くないねぇ。あいつら仲間意識強いからサ」
仲間意識が強いって割には、昨日はフェルサを随分蔑んでた様だが、あの二人が特別なのか?
「フェルサどしてあの二人に黙ってるの?」
フェルサはばつが悪そうに顎鬚を触りながら、教えてくれた。
初陣の時にあの二人と一緒だった事、緊張しすぎて力を制御出来ず早々に寝落ちしたこと、守る筈の村人に目覚めるまで守られるハメになった事。
更に二人が自分達が壊した物までフェルサに被せて、「使えない」と報告を上に上げた事でフェルサは予備団員に落とされ。汚名を返上する機会も与えられず、辺境にやむ無く流れた事。
大してフェルサ悪くねーじゃん。
って言うか、今から行ってもう一人の鬼神、ピラーの腕も折りたくなりましたけど。
「そんな事があったのかい、あいつら普段から粗野でサ、好かれちゃ居ないんだけど鬼神団だろ?中々誰も咎められなくてねぇ」
女将がフェルサに同情の目を向ける。
「いや、俺様が守れなかったのは事実だし、お陰で師匠にも逢えたんで」
照れるな。
「は~、鬼神辞めてまで呪画士に弟子入りとはねぇ」
だから呪画士って何なんだよ。しかもスゲーがっかりした顔してるんですけど。
絵心無いだけでここまでディスられるとかナイワ。
首が落ちそうな俺の頭をリンクスが撫でる。
別にどっかの軍師みたく宮廷画家とか狙ってないからいいですけど。
「かこうできたの?」
「ん?ああ、昨日置いてった鱗だね。苦労したんだけど、見本みたく動く様になってきたら面白くなって来ちゃってね。徹夜しちゃったわよ」
目のしたのクマはやっぱりそのせいか。職人って寝食忘れる生き物なのかね。
その位の心意気が無ければ、良い職人にはなれないのかも知れないな。
十時間で電池切れるフェルサには、到底ムリなジョブだな。
「後はバランス取りなんだけど、こんな武器初めてだから良し悪しが解らなくてね」
そう言って女将は俺に鱗を加工した武器とナイフをよこした。
ナイフは何の問題も無い。拵えも立派で「お高級」な感じすらする。
加工武器は……使ってみんと判らんな。女将はバランスを取るウエイトを二つくれた。
さてと。
「行ってくるの」
「何処へサ?」
「鬼神団なの」
「やめときなって!あんちゃんがどれだけ強くても、下手したら二十人からの鬼神がいるんだよ」
女将は心から心配してくれている。本当に良い人だなぁ。
しかし行く。フェルサの名誉回復が出来なかったにしても、今後フェルサに舐めた態度を許す訳にはいかない。そう、シショーとして。ちょっと俺かっこよくね?
何か土下座フラグ立てた様な気もするが、それでも行こう。井戸での戦いでフェルサが居なければ俺達は全滅していたかも知れない。フェルサが戦いの中で成長してくれて居なければ、シフトが維持出来ずやはり全滅していたかも知れない。フェルサは師弟と思ってだろうが、既に大切な仲間だ。
「付いて来い、なの」
何よりリンクスが、下が出来て何気に楽しそうだ。飯を残してあげたりしてるのを、俺は知っている。
フェルサは火をしっかり通してから食べるから、いっつも食後の運動に出遅れるが、リンクスがしっかり叩きのめしてあげている。
道具屋の女将が、「お代」が多いからと言って、鱗の買い取り金として硬貨をくれた。
俺にはこの硬貨の価値が分からないし、基本俺とリンクスは通貨を必要としない。
「これ下さいなの」
「あんたって人は……」
女将が「本当にもう……」って顔をしながら、丸い盾を渡す。
盾剣の盾と同じサイズの盾だ。いつまた突然盾剣になるかも知れない。普段からこの盾で練習しとこう。
盾の裏にもう一本腕を通す輪を付けて貰った。これに盾剣の鞘をはめて練習だ。
最近は、リンクスとフェルサの三つ巴もやってるから、盾は欲しかったし。
ニイタカヤマノボレだ。決戦の準備は出来た。
三人は老夫婦と使用人に姿を変え、道具屋を後にした。
◇
帝国領辺境、ヒエレウス王国、領地外縁。
「一旦引いてくれ!」
「待ってくれ!援護が付いて行けない」
背の低い広葉樹が生い茂り、反して背の高い野草が地を覆い、飛び上がらなければ視界が確保出来ない森林地帯。
クロスボウを抱えた軽装備の兵士が、二人一組で藪をかき分け進んでいる。
「早すぎる、二時方向五十メートル」
十メートル程走っては、低い木の枝に上り、目標を確認する。
彼らが追いかけるのは。
白銀の勇者 カログリア
人を超えた身体能力と、達人に迫る戦闘センス、魔物に匹敵する知覚を持つニンゲン。
彼女の戦闘速度に、護衛を命ぜられた弩兵二十人は付いて行けない。
樹木が倒れたり、魔獣の断末魔が聞こえる方角へと、ひたすら走るだけで、戦果確認すら出来ていない。
キャンン
また一匹魔物の断末魔が響く。自身の上半身程も有る仕留めた大犬の生首を、眼前に掲げる少女。
セミロングの銀髪、白磁の様な白い顔、体の線に沿った白銀の鎧。
モノクロを否定するのは、氷の冷たさを湛えた瞳の蒼と、鎧をまだらに彩る返り血の紅。
二十匹もの大犬の群れに囲まれながら、生首を掲げて挑発する白いニンゲンに、群れのボスはいきり立った。首周りの毛を逆立てて咆哮する。このニンゲンを総掛かりでコロセと。
白銀の勇者カログリアは戦場を支配していた。
いつでも倒せるボスを敢えて挑発し続けて、冷静な撤退をさせない。
そのために護衛に群れを包囲させずに、いつでも逃げられると誤解させ続ける。
最も出血する殺し方をし、血の匂いで他の魔物も呼び寄せる。
複数の大犬が飛び上がり、上から小さなニンゲンを押しつぶそうと襲いかかる。
大犬の着地点、複数の標的を直線上に捉える位置にススッと移動すると、右手のレイピアを肩の位置まで引き、突きの力を貯める。
ボッ
三匹の大犬が着地した所に、十分に力を溜めた突きが繰り出される。
スパイラルした剣先は、最初の大犬の肩に触れると渦を巻いて穴を穿ち、カログリアは腕の付け根まで一気に突き込んだ。
レイピアは二匹目の脇腹を貫通し、三匹目の腹に僅かに届く。
剣先の届かない筈の三匹目の背中から血が吹き出す。
直径十センチ程の赤黒い穴。その向こうには、突き込んだ腕を抜き、付着した血を払うカログリアの姿。ズルッとずれた赤黒い穴は、カログリアによって穿たれた、三匹を貫く穴だった。
一撃で突きぬかれた三匹が、崩れ落ちるより早く、カログリアは立て続けに首を刎ね、頭を藪の向こうに蹴り飛ばす。
徹底した挑発が、群れのボスを激昂させる。
時には逃げる素振りを見せ、時には猛然と追いすがり、魔物を駆逐するカログリア。
その姿は、魔物からすれば悪魔。ニンゲンからすれば勇者であったろう。
表情一つ変えず、呼吸も乱さず、返り血も避けず。
白銀の勇者は、血まみれの殺戮者となって、一帯の魔物を駆逐し尽くすまで戦い続けた。
ピィィイイー
鋭い笛の音が森に響く。
動きを止めたカログリアにようやく追いついた弩兵達が、肩で息をしながらもカログリアに水筒と白い布を差し出す。
喉をならして水筒の水を一気に飲み干すカログリア。顔も髪も返り血がこびり付いている。
クルリと踵を返して、未だアリゲートや大トカゲの死骸が転がる水辺へと歩き出す。
カログリアの僅かに桜色をした唇が微かに動くと、体の線にそった鎧に金色の光が幾筋も走り、次々に身体から剥がれ落ち、石のような音を立てて地面に落ちる。
一糸纏わぬ姿で、右手に血塗られたレイピア左手に白い布を持って、人目を気にする事無く水辺へと歩を進めるカログリア。
華奢にすら見える身体、細くすらりと伸びた手足、控えめだが美しいラインを描く胸や腰。
見とれそうになる本能を叱咤して、慌てて跪き頭を垂れる兵士達。
水面に仰向けに浮かぶカログリア。
血糊の洗い流された姿は、頭からつま先まで透き通る程白く、まるで白磁で作られた人形のような美しさだ。
青空を眺める氷蒼の瞳に感情は見て取れないが。桜色の唇が微かに動いている。
「……歌?私が?……何の?」
カログリアは清められた鎧に再び身を包み、駆逐した魔物の死骸を、兵達が運んで城に着くまで、延々と同じメロディーを口ずさんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます