第13話 胎動

 起伏に富んだ地形が、通行を困難にする森林地帯。

 巨木の間を縫う様に、街道が整備されている。

 サイレント・シールド一行の居る密林の北に位置する「根地の森」、その北限より更に十数キロ北の森林地帯。

 上り勾配のキツイ道で馬を励ます声が響く。

 六頭引きの大型馬車が五台、四頭引きの馬車が挟むように前後に一台ずつ。

 計七台の馬車が一列に長い坂を登って行く。本来散開している筈の護衛も、自分達の馬車で休んでいる筈の護衛も、武器をしまって総出で大型馬車を後押ししている。その数ニ十人。


 馬車に掲げれれた小旗に記された、フタ付きの小鉢に紐を掛けた様な図柄。

 ナツメ商会の紋様である。


 「上りきって油断した所で仕掛ける」


 伝令は素早く散り、気配を殺してその時を待つ人影の数、十二。

 拳が入りそうな短筒の先を、手で塞いだり明けたりする度に、チカチカと光って離れた味方に信号を送る。筒の中には鏡があり、採光窓から取り込んだ光を反射しているが、筒が意図しない方向への反射を防いでいる。


 「積み荷が判らないから打ち合わせ通り慎重にな」


 どうにか坂を登り切った馬車の列が、馬に一息入れさせる為に、車輪止めを入れたその時。


 水筒に手を掛けた護衛二人が倒れた。

 汗を拭いながら倒れた男を見る護衛達。

 どさり、と音を立てて更にもう一人が倒れた。倒れた全員が弓を装備した護衛だ。

 護衛達の顔に緊張が走る。


 「敵襲!」


 手にした水筒を放り出し、手に手に武器を取る護衛達。


 「ヒャッ!ハーー!」


 「「「ヒャッ!ハーー!」」」


 妙な号令が飛び、唱和されると、街道脇の茂みから手槍が投じられる。

 精度を欠いた「そこら辺」を狙った投擲に、護衛達は回避より防御を選択し、盾を持った四人が作る壁の陰に集まった。


 二本の青竜刀を抜きながら迫る男が、声を掛ける。


 「今だ!」


 ドシュシュ


 茂みに隠された、二台のバリスタより放たれた二本の長大な槍が、護衛の盾を砕き、体に穴を穿ち、後ろにひしめく護衛をも貫通し、数名を吹き飛ばす。


 馬車の御者台に乗る者は、ある者は頭を抱えて伏せ、ある者は腰の短剣に手をやって立ち上がった。立ち上がった者だけが、声もなく倒れてゆく。

 頭を抱えて伏せていた御者は見た。倒れた同僚の首に、綿玉の付いた針が刺さっているのを。


 吹き飛んだ護衛の内、武器を手放さなかった者から二人掛かりで倒され、手の空いた者は迷うこと無く右側の味方に加勢してゆく。


 「こ……これが【砂嵐】か……」


 護衛の隊長は三人を相手に剣を交えながら、盗賊団【砂嵐】の戦い方に声を漏らした。

 相手に何もさせない。巻き込まれたが最後、訳も判らない内に命を落とす、正に砂嵐の様な戦い方。高額な報酬に目が眩み、自らの自惚れもあって参加したナツメ商会の護衛任務。

 後悔の対価は命。


 三人相手に優勢を保つ程の腕前ではあったが、仲間は一人また一人と地に伏し、虚しい孤軍奮闘は強烈な喉の渇きによって、劣勢へと傾き始めていた。


 「渇きすら作戦の内か……」


 先ほど放り投げた水筒をチラリと見、ひび割れた唇を舐める護衛隊長。

 疲弊した盗賊が距離を置き、代わりに眼前に立ったのは、剃頭に堂々たる体躯、刺の付いた部分鎧、二本の青竜刀を構えた男だった。


 「貴様がヒャッハーか」


 二本の青竜刀が襲いかかる。


 「呼吸を整える時間すらも稼がせずか!」


 緻密かつ苛烈な双刀に、護衛隊長は十合と持たず、その首を地に転がす事となった。


 「捕縛と被害の確認!体勢を整えてから積み荷の確認だ、周囲の警戒も怠るな!」


 「は!カビール殿」

 「了解っす」


 戦闘を放棄した者は生かされた。【砂嵐】の恐ろしさを宣伝して貰う為に。

 ナツメ商会への関与は命懸けだと知らしめる為に。


 「……何でしょうね?」


 「なんだべ……」


 「あっしらには、さっぱり……」


 護衛からも、御者からも積み荷の情報は得られなかった。

 細心の注意を払い、二メートル立方の頑丈な木箱を開ける。


 子犬の体骨の様な形をした金属。伸び縮みや、中折れしたりする金属の棒。


 「カビール殿、分かりますか?」


 「俺は剣の事以外とんと疎くてな……兄貴なら何でも知ってると思うが」


 「全部運んでラアサ様の判断を仰ぐって感じで?」


 「それしかあるまいな」


 世紀末舎弟ことカビールは、馬車の割り当て、歩哨の指名、予定進行速度等テキパキと指示を下し、屠った死体にナツメの小旗を突き刺して、移動を開始した。



 数日後、共和国領内ハリーブ、ナツメ商会本部会議室。


 ヌケサクこと「ラアサ」らのタリス副師団長惨殺以来、ナツメ商会とその幹部の護衛は仰々しい物となっていた。

 幹部一人の移動の為に、前後の馬車に各五人、幹部の馬車にも二人、総勢十二名の護衛が張り付いている。首都ハリーブ内であるにも関わらず。


 商会本部の中庭は馬車で、会議室手前のサロンは無骨な護衛で溢れていたが、張り詰めた空気の中誰も言葉を発しようとはしない。


 会議室内は外の静けさをよそに、円卓を囲んで紛糾していた。


 腹の出た、顔に油を塗った男は、姿勢だけは堂々とふんぞり返りながら、忙しく目と耳を働かせている。

 商会序列第三位ネヒマ……の影武者である。


 「何故アレの護衛がたったの二十人だったのだ!」


 「一ヶ月も納期を遅らせて護衛を募ったが、集まらぬではやむを得まい」


 「やむを得まいとは無責任な!アレを奪われてしまっては言い訳など出来ぬぞ」


 「納期を一ヶ月、輸送の為に遅らせた所以でアレ自体は数は生産できておる」


 「とは言えこれ以上護衛の報酬を上げてもかえって怪しんで人が集まらん」


 「どう思う、ネヒマ殿」


 急に水を向けられて、瞳を閉じ、落ち着き払った声で告げる。


 「難しい所じゃのう」


 そう言ってツヤツヤの顎に手を当てて、思案に沈むフリをする。

 ネヒマは序列第三位、このポーズを取ればネヒマの思案の邪魔をする者は居ない。


 今回のアレと称する物の移送を受け持ったのは序列第四位のワハイヤダ。

 白い長髪に、長身痩躯の初老の男である。


 思慮深く幹部会では慎重派の重鎮であったが、ネヒマに序列を抜かれて第四位になってからは、焦りからか浅慮な決断が多く、ミスが目立つ。

 そのワハイヤダが自分への追求を逃れる為に、ネヒマに食い下がる。


 「ネヒマ殿、近頃何を聞いてもソノ台詞じゃが、会議なのじゃから建設的な意見が欲しい所じゃのう。なんせ今日の顔ぶれでは序列最高位ですしの」


 アレに関しての情報が欲しい影武者は、ワハイヤダを利用して情報を引き出そうとしたが。

 ココで影武者をあぶり出す算段か。と判断した執事が「次の商談の時間で御座います。会議の詳細はワタクシが後ほど」と扉を開き、影武者を退出させてしまった。


 情報を引き出し損ねた影武者と、問い詰め損ねて矛先が戻ってきてしまったワハイヤダ。

 どちらがより不満であったろう。


 どうせ序列第四位のワハイヤダが失敗した以上、序列第三位のネヒマが次の移送を受け持つのは自明の理、焦らずとも情報は手に入るだろう。

 彼の上司はソコまで考えて手を打っていたのだろうか。


 「さ、さすがラアサ様……」


 最近食べ物が良いせいで、油を塗らなくてもツヤツヤしてきた顎に手を当てながら、胸中で上司の名を思う影武者。

 情報は手に入るが、伝えるのが中々に厳しい。ネヒマの優秀な執事を出し抜かねばならない。次はどんな手で行こうか……。


 次の算段が付かなくとも、館に着けば豊か過ぎる晩餐に舌鼓を打つ。

 結構楽しみながら影武者をする、腹の出た男であった。

 

 ネヒマの影武者が会議から途中退場してしまい、程なく解散したナツメ商会幹部会議。

 特に有望な意見が出たわけでは無い。

 ワハイヤダを攻撃する急先鋒のネヒマが退場してしまった為、白けただけの事であった。


 「ワハイヤダ殿も老いたな、序列の変化もそう遠くないぞ」


 幹部共のそんな囁きが聞こえる気がして、ワハイヤダは苛立ちを覚える。

 厳重過ぎる護衛に身を守られながら、自分の屋敷まで戻ったワハイヤダは屋敷を警護する兵達の素行の悪さに更に苛立ちを募らせる。


 高額の給金だけが目当てな彼らは、ワハイヤダに対して最低限の礼儀しか表さず、敬意を払わない。屋敷の庭にそこかしかに放尿しては、使用人に注意され、口うるさいと武器を抜いて凄む。

 ほんの数週間前まではこんなでは無かったのに。


 「おのれ!盗賊風情が!共和国はおろか帝国や周辺王国にまで影響力を持つ、我が商会に楯突くとは!忌々しい砂鼠共め!」


 「気をお鎮め下さい、旦那様」


 人目を気にしなくとも良い執務室に入ると、苛立ちを露わにするワハイヤダと主の憤慨に狼狽するばかりの執事。

 罪の無い高価な花瓶が、悲鳴を上げて砕け散る。


 「そ、そう言えば旦那様」


 執事は主の怒りを逸らす為に話題を選ぶ。


 「以前より噂のあったヒャッハーなる人物をご存知でしょうか」


 「うむ、盗賊共の中堅で双剣の使い手の事だな」


 「はい、どうやらカビールと言うのが本名のようで御座います」


 「賊の名前が分かったからと言って、それがどうしたと言うのだ」


 ふん!と鼻をならして不機嫌さを隠そうともしない。


 「そのカビール、数週間前に砂嵐に襲撃された、ネヒマ殿の商隊の護衛に付いておりました」


 ワハイヤダはその言葉に目を見はり、険しい顔でソファに腰を下ろした。


 ネヒマは砂嵐に通じて居るのでは無いか。最近の盗賊共の襲撃は重要度の高い物に集中している。

 ネヒマの商隊も襲われてはいるが、それこそ我らの目を欺く擬態ではないか。

 奪われた物が物資なら、いかに高価な物であっても裏で回収できる。

 思い直して見れば、最近のネヒマは移送の仕事を殆どしない。


 ふと、視線を上げると執事が完成された動作で茶を差し出す。

 一口含んで、今度は落ち着き払った声で執事に問いかける。


 「ネヒマが盗賊共と通じておる証拠は手に入るか?」


 「ネヒマ殿がかつて雇い入れた者が、砂嵐に所属している。と言うだけでは……」


 ふむ、と茶をもう一口飲んだ所で、ワハイヤダは一旦動きを止め、低く笑う。


 証拠など要らないのではないか?

 人の足を引っ張って上に登って来たネヒマは、その序列の割に人望が無い。

 幹部達に「ネヒマが通じているかもしれない」と巧みに思考を誘導して疑念の種さえ蒔けば、盗賊共への苦い思いを養分として、憎しみの花を咲かせ、凋落の実を落とすのではないか。


 猛禽を思わせる笑いを口元に浮かべ、ワハイヤダは打算する。

 今まで自ら使ってきた権謀術数によって滅ぶのだ、因果と言えよう。


 「ネヒマめ、小賢しい豚め、身の程を弁えずこのワシに唾吐くコウモリめ、必ずキサマを追い落としてやるぞ」


 歪んだ憎悪は主に不可思議な力を与え、ワハイヤダは次々と浮かぶ陰謀に高揚した。


 執事の目に映るワハイヤダは、時を遡ったかの様に、若く猛々しく見えた。



 同時刻、帝国辺境、ヒエレウス王国。


 石造りの堅牢な建物、地上三階部分に位置する場所にその子は居た。

 セミロングの銀髪を風になびかせ、体に張り付く様な白銀の鎧に身を包み、城の外壁から暗く深い森を見下ろしている。外壁に掲げられた松明の明かりが鎧に映り込んで、金とも銀とも言える美しい色に輝いている。

 その瞳は冷たい氷蒼。

 頭から爪先まで白い出で立ちの少女は青い瞳が唯一の個性であるかの様だった。


 「体の痛みは収まりましたかの?」


 「……ええ」


 「明日の討伐は訓練ではありませんぞ」


 「……ええ」


 無表情な顔に抑揚のない声。

 そんな少女に話し掛ける険しい顔の老人は、慣れているのか、少女の反応に意を介さない。

 金刺繍の入った白い法衣を着て、少女の背を見ている。


 「慣らしてくる」


 少女はそう言って外壁から一歩踏み出した。

 水溜りを越えるかの様な気安さで。

 銀髪をなびかせて、少女は外壁から落ちて行ったが、老人が口にしたのは別の事だった。


 「カログリア……加速しすぎたか……それでもこの国を取り巻く脅威に備えるには、まだ不安じゃな。まだまだ強くなって貰わねばならん」


 老人は少女が今だ外壁に立って居るかの様に話し、少女の眺めた暗く深い森を睨んだ。


 「魔物共を駆逐して一人でも多くの人が、安心して暮らせる世界にせねばならん」


 老人は踵を返すと、若い格闘家を思わせるしっかりとした足取りで外壁を離れた。

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