第12話 別れ
「サイレント・シールド!帰ってきたら一緒に葬式しような~」
凄いセリフをにこやかに言いながら、手を振る老イワン。
村の周囲を更地にする手伝いを早速始めながら、仙人風村長、薬師イーテアと共にお見送りしている。
イワン、普通ココは「帰って来たら大事な話があるんだ……無事帰ってこいよ……」とか言ってフラグ立てとく所じゃ無いのか?それとも新手のフラグ回避術か?
何となくイワンが死なない気がして来た。
もう一人の鬼神フェルサはと言うと……。
「是非お供させて頂きたく」
等と畏まった顔で言い放ち、やけに重装備で付いて来た。
そのデカイリュック何入ってんの?
リンクスはと言うと、意外にも村でドラゴンパニックは起こらなかった。
村人の殆どの人が、ドラゴンを見たことも無く、村長やイーテア、二人の鬼神と一緒という事もあってか、「へ~これがドラゴンか~」「あら喋るのねぇ」等のどかな反応だった。
フェルサの反応が異常で過剰で微妙なのでは?と思えた程だ。
密林とは言え、たかだか一キロの距離。程なくワニの新たな縄張りに到着した。
板剣を抜き引き締まった顔をするフェルサを、待たせて置くことにする。
「マテ、なの」
お?何かリンクスがちょっと偉そうだぞ、リンクス的には。
俺>リンクス>フェルサ
だろうからな。飯の時は気をつけろよフェルサ。リンクスは序列にうるさいぞ。
水音がしてワニが沼に飛び込んで行く。見張りに見つかったって事だろう。
数秒で沼からワニが十匹程殺気を放ちながら出てきた。
はぁ……何でまたお前なんだよ……
そんな声が聞こえて来そうな情けない顔だ。この世界の魔物って表情が豊かだな。
俺はコイツを知っている。朝まで語りあったアイツだ。多分ボスだ。
ストーカーなの?粘着系なの?って顔すんなよ。
右手を開いてワニに見せ、更に腕を広げる。「戦う意思は無い」準備して来たポーズだ。
ワニはぱちくりと二度瞬きをして首を傾げただけだ。
何で俺のボディランゲージはこんなにスペック低いんだ!ラティーの村ではブロックサインで結構通じてた筈なのに……もしかしてアノ時点から通じて無かったのか?
リンクスは俺の隣で仁王立ちしている。
俺は通じないだろうとは思いながらも、縄張りは要らない事と、ここだとニンゲンと争いになる事を、目を見て話す。
が、ワニは一向に警戒を解こうとしない。この縄張りに居るワニ全てが姿を表し、事の成り行きを遠巻きに見ている。埒があかんな。
『プランBだ』
『らじゃなの』
リンクスは腕を組んだままで飛び上がると、ワニの上からドロップキックを喰らわせた。
逆エビよろしく反り上がって露わになった顎の下に、すかさず突きを打ち込む俺。
ギュゥ
一瞬で意識を失うワニ。ギャ?っと声を漏らす周りのワニ。遠くから「まじかよ」とフェルサの声が聴こえる。周囲のワニを一瞥して動きを抑え、ボスワニを背負い上げる。重てえ。
クイッと頭を傾げて「付いて来い」と告げ、歩き出す。
だから来いっての!
リンクスが手招きを何度もしてようやくワニ達は、恐る恐る俺達の後を付いて来た。
ボスワニを背負う俺を先頭に、一列で密林を行くワニの行列。少し離れて警戒を怠らないフェルサ。
「ホンマーカイナ、ソーカイナ」
リンクスが聞き覚えのある、どこぞの引越し屋のテーマを歌っていたが、気にしない。
重いボスワニを引きずる様に背負うこと二時間強、元の縄張りの場所に到着した。
一旦ボスワニを降ろし、縄張りが他の魔物に奪われて居ないかちゃんと確認してから、巣穴にボスワニを放り込む。
派手な水音を立ててボスワニは目を覚まし、キョロキョロと周りを見渡す。
真っ先に巣穴に滑り込んだのは、小さなワニ達とお腹の大きなワニ数匹。
が、残りのワニが俺とリンクスを取り囲む。
チッと舌打ちをして俺達のそばへと駆け寄るフェルサ。
ごろん
ボスワニがひっくり返って腹を見せる。「へ?」と間抜けな声を漏らすフェルサ。
それに習って次々にワニが腹を晒してゆく。
服従のポーズで良いのかな?腹撫でれば良いのかな?
「アリゲートのご主人様……」
フェルサが声を漏らす。
何だその称号!ワニのメイドなんか要りませんけど!
腹を撫でるまでワニは腹を晒し続けたので、結局全てのワニの腹を撫でてやり、手を振ってその場を離れた。
「サイレント・シールド、俺様……いや、私は数ヶ月ここでアリゲートと戦って来た……戦って参りましたが、あの様な姿を見たんは初めてです」
無理して難しい言い回ししなくて良いから。俺だって初めて見たし。
「魔物がああも簡単に服従しち、してしまうなんて……いや、ドラゴン使いともなれば当たり前なのか……」
昨日一昼夜掛かってるから、簡単じゃありませんけど。それにリンクスは俺の下僕じゃない。大切な……ん~何だろう適切な言葉が見つからないな。とにかく下僕じゃない!
「この度の手腕、ワタクシ感服致しました。是非ともワタクシを弟子に……」
「よーいドンなの」
「え?ちょ!師匠おぉぉぉぉぉ……」
話が面倒な方向に行きかけたので、競争で振り切る事にした。こんなオッチョコチョイで周りが見えないヤツ連れて歩けるか。ヘトヘトになって村で追いつく頃には忘れてるだろう。
老イワンはその体をベッドに横たえていた。
肌からは張りが、体からは筋肉が失われ、瞳はくぼみ落ちていた。
夜だというのに村の至る所にかがり火が焚かれて明るく、村長の家は開け放たれ、代わる代わる村人が訪れていた。
「ありがとう御座いますイワン殿、あなたに救って頂いたこの子はあなたに恥じぬ生き方を……」
「トロコス村の者で御座います。皆を代表してイワン殿に感謝を」
「産まれてくるこの子にイワンと名乗る事をお許し頂けますか」
イワンの元を訪れる人の口からは感謝が、手からは酒や花がもたらされた。
にこやかに、そして穏やかに「元気でな」等と言葉を返す老イワン。
生葬
鬼神を送り出す葬儀を、この地域ではそう呼ぶそうだ。
急速な老衰によって死を迎える鬼神は、こうして生ある内に別れを済ませ、残り僅かな時間をごく親しい者と酒を交わして過ごす。
もう一人の鬼神フェルサはどうなのかと思ったら、急速な老化を迎えるのは「突然現れた鬼神」のみだそうで、フェルサは生まれながらの鬼神だとか。
深夜も近づいた頃。訪問者がようやく途切れると、イワンは体を擦って床に座り、酒と料理を広げた。最後の晩餐の友は、俺、リンクス、フェルサ、イーテアと半分寝た村長だ。
「さて、俺の時間もいよいよ僅かとなった。付き合って貰うぞ」
声がガラガラじゃないかイワン……。
皆に酒を注ぐ手が震えているのは、老化からか、悔しさからか。
盃に注がれる酒よりも早く、俺の涙が溢れそうになって酒をこぼしてしまう。
酒の満たされた盃を、目の高さに上げて視線を合わせ、一斉に煽る。
イワンは飲み、笑い、飲み、食べ、笑った。
忍び寄る死の足音から、耳を逸らす様に。
皆からひとしきりの感謝を受けた後、イワンは一人ずつに言葉を残した。
「村長、サイレント・シールドのお陰でアリゲートの脅威は去り、農耕の道も見えました。周辺集落をまとめ長老となられますよう、長寿をお祈りしております」
うんうん、と頷く長老の目にも光る雫があった。
「フェルサ、何度も言うがお前はもう少し思慮深くな。力を持つ者こそ慎重でなくてはならん」
「分かったよ、最後までお説教なヤツだなぁ」
「イーテア、さっさとフェルサと結んでしまえ。齢など気にするな。ちゃんとフェルサの手綱を握っててやるんだぞ」
「な、何言ってんのよ、こんな時に」
「こんな時だからこそだ、お互い素直になれ。これは遺言だからな。ははは」
なるほど、そう言えばイーテアさん、フェルサだけ呼び捨てだった様な気がするな。
「そしてサイレント・シールド……」
イワンはそこで言い淀んだ。皆がハッとするが時はまだ残されていた様だ。
「スマンが二人きりにしてくれるか」
申し出により皆が腰を上げ、盃と酒瓶を持って隣室へと移動する。
『まてリンクス、お前まで行ってどうする。話しが出来んだろうが』
『はーい』
イワンは、長い時間ためらい、絞りだす様に言った。
「お前も違う世界から来たのではないか?」
俺は久しぶりに心臓が止まる程の衝撃を感じた。「お前も」と言ったな。
「やはりそうか。違う世界の話を他の者にするのはためらわれてな。前の世界で俺は軍人だったんだ、前線の……つまりは人を殺すのが職業だったんだ」
そこで一息ついたイワンは盃を口に付けた。
チビリ
あぁ……もうこの男に残された時間は少ない。
体が「水分を欲しているのに、酒を拒んでいる」そう感じた。
大男が小さく見える。背は曲がり腰は折れ、俺に向けられたその瞳は虚空を見つめる様だ。
「俺は、こっちに来てから人を助けた……が、救ったのは自分の魂だ。職業として命を……罪滅ぼし……」
俺は何も出来ない。目の前の消え入る命を、誤って吹き消してしまわない様に息を殺すだけだ。
小さくなった声を、最後の言葉を汲み逃す事の無い様に、口元に耳を近付ける。
「魔物を殺して……人を助け……だがお前は魔物すら……守って……大きな……お前の道を……」
十秒程呼吸が止まり、俺が目を伏せた時。
イワンはその窪んた瞳を、虚空に向けて見開き、涙を流した。
「ダリア、エヴァ……どうしてこんな所に……ああ……愛してるよ……愛し……」
虚空を抱く様に伸ばされた手が床へと触れた時、首が力なく垂れ、瞳は決して長くはない生涯と共に閉じられた。
イワンは最後の刻に望んだ人と逢えたのだろうか。
幻では無いのだろう。イワンは確かに愛する人に逢えたのだ。優しい顔がそう確信させる。
イワンをベットに横たえ、両手を胸の上に組ませる。宗教とか判らないが、何となくそうした。
ベットのイワンに向かって正座し、日本風に合掌しようとして左の盾剣を降ろし、片手なのを詫びながら心から冥福を祈った。リンクスも俺の左でそれに倣っている。
俺はそっとリンクスの左手を取って右手に添え、合掌を作ってやる。
涙を一杯ためた目で俺を見上げた後、リンクスは揃えた指先に額を当てた。
頭を撫でてやるとリンクスが。
『イワン食べてあげたい』
『友達を食べるのか?』
『イワンの願い、リンクスの中でずっと生きるの』
リンクスはそう言って、イワンの左手の小指の先をほんの少し噛じった。
夜明け前、イワンは荼毘に付された。
格子に組まれた木のベッドは、村長の松明によって燃え上がり、イワンを天へと送る。涙する者、硬く口を閉ざす者、火の粉舞い上がる空を見上げる者。
東側の空に流れ星が見えた。それを見てイワンの儚さを思う……が、その流星は尾を引いていなかった。ん?珍しいな……。
「ところで師匠は、これからどうするんですか?」
畏まった小難しいしゃべり方は辞めたのか。弟子入りを許した覚えは無い。それにイーテアと夫婦になるなら尚の事連れては行けない。
「イーテア、村の頭脳、連れていけないの」
「一日下さい。結んじまいますんで」
……は?
「それに師匠。アリゲートの鱗の剣なんて貴重な物、拵(こしら)えもしないとか勿体無いですよ。マントも裁縫して貰いましょう」
そう言ってフェルサはイーテアの手を引いて、荼毘を見つめる村長の所に行った。
二人は村長の前で膝をつき、胸の前で手を組んで愛を誓い、キスをして抱きしめ合った。
結婚ハヤクネ?
簡単過ぎだろ!イワンの火葬してる目の前で結婚しやがった!
……まあ、イワンの遺言でもあるしな。天に登るイワンも安心するかもな。おめでとう。
フェルサはイーテアの手を握ったまま、俺達を道具屋の親父の所に連れて行き「んじゃ!シケこみますんで明後日の昼に」と言ってイワンが寝泊まりしていた粗末な家に入って行った。
イーテアの家はフェルサが壊しちまったからしょうがないけど、何かイワンを冒涜してる気がするのは何故だろう。遺言だから良い……のか?
イワンの家から早速エロい声が聞こえてくるのを、苦い顔で聞いていると、村長が教えてくれた。
凶事が待った無しの世界だからこそ、吉事は先延ばしするべきでは無いと。
何か納得した。
「鱗に柄になる芯があるなんて……あっと失礼、マントの裁縫と剣の拵えは、有り合わせの物で何とかしますが……鱗そのものの加工はここじゃ無理です。鱗より固いものがこの村には無いんで……」
コシラエってのは剣に鍔を付けたり、握りに革を巻いたりして剣として整える事だそうだ。
ナイフにでもして貰おうかと、道具屋の親父に芯の無い鱗も預けてみたが断られた。
「もしお望みでしたら、手袋と言うか鞘と言うか、左手の……作りますよ」
全身ワニコーデになる様だ。
道具屋の親父に仕事を頼んで、俺とリンクスは荼毘の前に戻ってきた。
村長が椅子を引きずって来て、二人の前に陣取ると、自然と人が集まってきた。
日が昇るまで皆でイワンの話をし、荼毘の灰が冷えた頃、集められた灰は川へと流された。
さよならイワン。
もっと色々聞きたかった、お前が何処から来たかは判らないが、天国へ行ったのは間違いないだろう。いずれは俺も行く。その時の土産話しとして、お前が守ろうとした人や社会がどうなったか俺がちゃんと見といてやる。
翌昼
「師匠、お待たせしました」
そう言って目の下にクマを作ったフェルサが、旅支度を整えて現れた。やはりデカイリュックを背負っている。何入ってんだよ。
丸一日以上「やりっぱ」とか鬼神も凄いが、イーテアもスゲエな、あんなに細身なのに……。
リア充が現れた。
爆発させますか? >はい いいえ
魔法使えたら絶対爆発させてやりますけど!悔しくなんかありませんけど!
「ホントに一緒来るの?」
「はい、イーテアも納得済みです。それに種も付けました」
その自信は一体どっから来るんだ。
鬼神イワンと今生の分かれをし、鬼神フェルサを旅の仲間に加え、俺達は目標をたおんたおん村、もとい!ラティーのいるエニドリスの村へと定め、移動を始める。
ちなみにフェルサのフルプレートは捨てさせた。移動は苦にならないらしいが、ガチャガチャ金属音をさせて付いて来られても困る。
弟子か……そう言えば舎弟が居たな。世紀末ザコな舎弟が。
舎弟との激闘の後、馬車で寝てからドラゴンに拾われるまでの間。何があったのかサッパリ判らんが、舎弟もヌケサクも定食屋のオヤジも元気だろうか。
日は高く、空も高かった。抜ける様な青空の下、生きてさえ居れば合うこともあるだろうと、一人頷いて、変わった形の雲を差す。
「美味しそうなの」
『まず飯狩るか』
『らじゃなの』
「よーいドンなの」
「ちょ!師匠おおぉぉぉぉ」
イワンの死を経て、命についてチョットだけ考える様になった俺。
平常運転のリンクス。
お荷物扱いのままのフェルサ。
旅は斜め上に進む。
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