第9話 森~湿地
泥濘んだ足元は、いつの間にか樹木の根にビッシリと覆われ、密林を歩いているのに木の床を踏むような、不自然な感覚。
日はまだ高いはずなのに、頭上を覆う高密度の樹葉は陽の光を独占し、日向はどこにもない。
『根地の密林に入ったな』
『ひんやりなの』
俺達は「この木何の木」ばりの巨木ばかりが視界を埋め尽くす密林に、足を踏み入れていた。
草原の村で薬草採りの「フィリコス」を、サクッと大富豪にしてしまった俺達は、少女に変身した子ドラゴン「リンクス」の通訳でラティーの村の情報を求めた。
だが、そもそも俺が村の名前も、村長の名前も知らない事。地図すら見たことが無い事。リンクスの人語がまだ不自由な事。等の不運が重なり、村の特定には至らなかった。
そう、あくまでも不運であって、俺がたおんたおん以外興味が無かったせいではない。
だって二が在って初めて一が認識される訳じゃん。
零を見つけた人って天才だと思うんだ!うん、訳がわからないな。
とにかく、無頓着な俺のせいでフィリコスは頭を捻り続けた。村の規模、ワニの魔物、帝国のヤツらと呼ばれたローブの者達。
少ない情報からフィリコスが導き出した答えが、「根地の密林」を抜けた先に幾つかある集落のどれかではないか。という物だった。
道もなく、太陽も見えない密林の中で、思った方角に進み続けるのは容易ではない。
数時間歩く度に、磁石から針を外して水に浮かべる。磁場の影響で針がクルクル回ることもしばしばだが、それでも進む。
子ドラゴンの姿に戻ったリンクスは、木の大地を打楽器の様な軽快なリズムを奏でて進む。
『待て、方向ズレてるぞ』
野生動物の癖に方向音痴とかどうなの?シャケみたく生まれた所まで帰られても困りますけど。
小さな虫等を見つけると「まて~」とか言って尻尾を振って追いかけて行ってしまう。ドラゴン姿でソレやられると可愛いんですけど。
草原の村に中々辿りつけなかったのは、半分はリンクスのせいだ。
もう首に紐付けてお散歩みたいにしたいが、多分今のリンクスの力だと俺が引きずられそうなので止めておく。
『岩場無いの、外で寝る?』
辺りは大分暗くなってきたが、行けども行けども木ばかりだ。
密林に入って初めての夜、俺達は木の上で眠る事にした。
この辺りの魔物を知らないし、寝相は完璧だから落ちる心配は無い。下で寝るより安全だろう。
深夜
俺の浅い眠りは、木の枝を何かが渡る音で破られた。
左ワキに頭を突っ込んで寝ているリンクスを揺する。
重そうな瞼を開けきれずに、俺の左手を舐めるリンクス。寝る前と起きた時、必ず舐めてる。
月の明かりも通さない夜の密林は、闇だ。
その何処までも深い闇の中、対になった赤い光がぽつぽつと見え始める。動物の瞳だと気がついた時には二十メートル程の距離になっていた。
赤い瞳が四つ、八つと急速に増え……もはや数えきれない。百とか超えてるかもしれない。
下を除く全方位を赤い瞳に囲まれて、鼓動が早くなる。
視界不良、立体的攻撃、数の暴力……ヤバくね?
目が慣れてきたか、ようやく動物の姿がおぼろげにだが見えてきた。
体長二メートル程の猿によく似た姿だ。腕が六本なのを除けば。阿修羅ザルだ。顔が三つあるかどうかは確認出来ませんけど。
コン……コン……コン
正面の阿修羅ザルが巨木の幹を手の平で打ち始める。
その行為は次第に周りに広がって行き、もはや全方位から木を叩く音がする。
森全体がゴンゴン鳴っている様な打音は、次第にテンポを早めて行く。
連打になって、打音が止んだら一斉攻撃来るな。
俺は確信を持って周囲を警戒し、下に飛ぶタイミングを図る。
ドドドド
連打が臨界に達しようとする直前。
ドッゴンンン……メキメキッ
俺達が登っている直径三メートルはある大木が、轟音と共に目線の高さから折れた。
上方に広がる枝葉は隣の樹木と入り組んでいて、折れた大木は引きずられる様に、時間を掛けてゆっくりと地に落ちる。
左を見ると、拳を突き出した姿勢で悠然と周りを見渡すドラゴンの姿があった。
リンクス!恐ろしい子!
轟音、降ってくる太い枝、舞い散る葉。
周囲を埋め尽くした赤い瞳は、混乱し逃げ散った。
いや、正面に一匹だけ居る。最初に打音を始めたヤツだ。恐らく群れのボスだろう。
舞い散る木の葉が地に落ち、森に静寂が戻った頃。俺達は下に降りた。
ボス阿修羅も前方に降りてくると、その後ろに阿修羅ザルが再び集まり、整列し始めた。
整然とした二列縦隊。
樹木が林立している為、線を引いた様な直線でこそ無いが、見事な整列だ。思わずマエーナラエ!とか言いたくなる。
阿修羅ザルの列が一斉に伏せ、六本の腕を地に投げ出し、顎を地に付けた。
参りました。以外の何物にも見えない。
セリフを付けるとしたら「ははーー!」なのか?
印籠出した気分だ。
阿修羅ザルのボスが、地に顎を付けたままで「キチッキッチッ」っと鳴き声を発している。
険しい顔で見下ろすリンクス。時々頷いている。
『何て言ってるんだ?』
『さっぱり分かんないの』
分かんねーのかよ!緊迫した会話してたらどうしよう、とか思ってたのに。分かんないのにドヤ顔で頷いてたのかよ。堪え切れずに、俺は大口を開けた。今回程声が出なくて良かったと思ったことは無い。なのに……。
体を揉んで声を出さずに笑う俺を見て、リンクスは声を出して笑い出した。
それを見て阿修羅ザル達も声を上げて笑い出した。
阿修羅ザルどもは何で笑ってるかも分からずに、笑ってるんだろう。
行動はミギナラエかよ。
何この「外人同士が会話成立してないのに同時に笑う」みたいな。
ひとしきり笑った後。
ボス阿修羅が六つある手の甲の一つに自ら傷を付け、リンクスに跪いて傷口を差し出した。
リンクスは傷口を舐め、「お兄ちゃんも」と促した。
服従の儀式とか?
阿修羅ザルどもは引き上げていった。
結局、いろいろ訳の判らないままだったが、求めたからといって、必ず答えが得られる訳でも無いし、世の中全てに答えが有る訳でもない。
リンクスが阿修羅ザルの言葉を理解出来れば、情報収集出来たのに等と埒もない事を考える。
理解以前に、発声すら出来ない俺が言うことじゃ有りませんけど。
翌日も根地の森を進む。
『もしや迷っておいででウキ?』
『うおっ!誰だ!』
突然話しかけられて驚いた。
『私でよろしければ案内しましょうかウキ』
阿修羅ザルが現れた。
攻撃しますか? >はい いいえ
『ちょっまってウキ』
『俺の頭は土足厳禁だ』
『まってなのー』
不意打ち気味に放った前蹴りを、阿修羅ザルは大きくバク宙で飛び退き、躱した。
割りとあっさり躱したんじゃね?ちょっとショックなんですけど。
だがサルの浅知恵、跳べば落ちるのが道理。着地点目掛けて正拳突きをロックオンだ。
『まって、お兄ちゃん』
リンクスが突きを放とうとする俺の前に立つ。
阿修羅ザルはリンクスの背後に着地……しなかった。尻尾を枝に絡めて逆さにぶら下がっている。
サル以下ですか? はい >いいえ
サル以下ですか? はい >いいえ
サル以下ですか? >はい いいえ
認めん!そのサル殴らせろ!完全に逆恨みですけど!認めましたけど。
『友達なの、昨日から』
どうやら昨夜の「血を舐めた」行為で繋がったらしい。ボスと繋がったことで部下とも繋がったとか。その場ですぐ繋がらないのは事務手続きとかのせいなのか?そう言えばマザーと繋がったのは随分と経ってからだったな。
早合点を謝ると、「試したのですね、わかりますウキ」と、さも当たり前のように頷かれた。
不意打ち上等とか物騒だな異世界。
しかし語尾の「ウキ」がウザいな。
『私達はみんなこうウキ』
駄々漏れなの忘れてたーー。サルに通話の切り替えを聞いてみると、認識を意識する事で非認識を無意識に遮断できるとか。何言ってんだかワカンネ。
伝えたい相手を強くイメージすれば良いのかな?
リンクスを強くイメージ……
『どうだ?』
『なあに?』
『ダメですウキ』
出来ねえ!クリックでオンオフ出来ないのかよ!バージョンアップはよ。
『練習すれば出来るようになるウキ』
『頑張るの、お兄ちゃん』
駄々漏れを置いといて、サルの名前を聞いてみる。いつまでもサルサル呼んでる訳にも行くまい。
が……何ソレ?おいしいの?って顔された。
ああ、そうか。念話なりテレパシーなりで直接話し、かつ集団で認識を共有しているのなら「名前を呼ぶ」という行為自体が無いのか。当然名前も必要無い……と。
言葉を使わなければ意思疎通が不十分な人間って、実は劣化種なんじゃないかと思えてきたわ。
アイアイ、ゴクウ、二号、サスケ、ハヌマーン、ヒデヨシ、プロゴルファー……。
サルから連想できる名前もそれなりにあるな。コイツに選ばすか。
『サルが良いウキ』
一周回って戻ってきましたけど。俺の細やかな心使いは無駄だったようだ。
『今日からサルなの、良かったの』
『迷子担当大臣のサルですウキ』
リンクス、そいつはずーーと前からサルだ。それから、何でもかんでも担当大臣付けるのは止めなさい。
何処かの国みたく「一億総大臣」とか言われちゃうから。
それから俺達三人?は迷子担当大臣の先導によって根地の森の、湿地側端までトラブルなく進んだ。根地の森を出る時、阿修羅ザルの群れが見送りに現れ、今度は二列横隊で「ははーー」してくれた。どんだけリンクスを恐れてるんだ。
◇
見たことのある草木だ。知ってるぞ。
俺はニヤニヤしながら、身の丈を超える草を掻き分けて湿地を進んでいる。
『気持ち悪いの……お兄ちゃん』
気持ち悪いって言わないの。だって帰ってきた感あるんだもの。自然とニヤケるって。
もうすぐ、たおんたおんに会えると思えばね。
『ほらリンクス行くぞ』
リンクスが空を見上げて中々歩いてくれない。
そう言えばさっきから何度か空を見上げてるな。
『リンクス~』
『は~い』
美味しそうな雲でも見ているのだろうか。
俺は足取りも軽く、湿地を進んで行く。
迂闊
何故俺はいつもこうなのだろ。
草原の村でフィリコスを大富豪にした時、何故俺は「武器」を欲しなかったのだろう。
トカゲを素手で倒して、調子に乗ってたか。
『硬いの』
俺達は今、アリゲートことワニの魔物と乱戦の最中だ。
縄張りの水辺に侵入してしまったらしく、巣穴から次々にワニが這い出して来る。
ワニの数は十二。前に戦った経験がある事と、リンクスと毎朝欠かさず「じゃれて」いるお陰で、致命的な攻撃は受けていない。
受けてもお断りしてますけど。
努力……ちゃーんと実ってるじゃないの。
だが、火力不足は如何ともし難い。
ワニの厚い革を破る手段がない。
『百○脚なのー』
『スピニングバー○キックなのー』
蒼いチャイナ服の彼女がお気に入りの様だ。
足技の連続攻撃で意識を刈り取り、既に三匹を気絶させている。
『気○拳なのー』
だからソレはやめろ、出てないから。
さて、俺はどう戦うべきか……。リンクスみたいにワニ吹っ飛ばす力も無いし。
丸呑みされて、腹の中から内蔵破壊とか?……うん。最後の手段にしとこう。
グギャッ
リンクスに蹴り飛ばされたワニが、俺と対峙するワニに降ってきて悲鳴を上げた。
その時。
尻尾から剣山の様に生えた鱗が、ワニの脇腹に突き立った。
『リンクス!尻尾の鱗が武器に使える!』
『らじゃなの』
リンクスはダウンさせたワニまで竜巻旋○脚で移動し、逆エビ固めな感じで一番立派な尖った鱗を剥がし始めた。
痛みでワニが目を覚まし暴れる。他のワニも集まる。俺も剥がすのに加勢する。
ロデオなのか、お神輿なのか判らないが、ちょっと楽しくなってきた。
鋭く尖った鱗を、煽(あお)っては戻し煽っては戻しを繰り返す内に、鱗がグラグラし始める。
垂直まで鱗が起きた所で、リンクスが飛び蹴りを入れる。
肉を引き千切る音をさせて、ようやく鱗が剥がれた。
引き剥がされた鱗の根本は、抜いた羽の様に芯があって丁度握れた。
乾いた土を擦りつけてすべり止め完了。
『この拳でブチ○けねぇ物はねえ!なの』
アメリカンで「やるじゃない」な人になってるが、武器は要らないって意思は伝わった。
こっからは俺達のターンだ。腕を噛ませて、二列の牙の隙間から脳刺しちゃうんだからね。
いや、腕じゃ隙間が足りないか?いやいや、体ごと噛まれたら武器使えないじゃん、しっかりしろ俺。
ワニの攻撃で予測しにくいのは、肩口から生える鞭の様な触手だが、横に回りこまれた時に触手を使ってくる事は分かっている。
伊達に腕に括りつけられて盾にされていた訳ではない。先に処理させていただこう。
触手攻撃を誘発してカウンターで斬る。斬る。斬る。
足に噛み付かれた。撚る前に目の奥を狙って深く突く。突く。そしてKILL。
『千○脚なのー』
ワニの顎を蹴りあげ、露わになった腹に蹴りを連続でぶち込んでいる。
その口から大量の血と内臓をぶちまけて、息絶えるワニ。
さっき拳がどうとか言ってたくせに、蹴りばっかじゃねえか。
俺は巧みに位置を調整し、同時に複数のワニを相手取らない様に戦っている。
俺のいつもの相手はドラゴンだった。鋭さが三倍は違うゼ!かっこ体感かっこ閉じですけど。
正面のワニが伸び上がって噛み付いてきた。予想通りの動きだ。
俺は落ち着いて左腕を出し、右手に持つ鱗の剣を突く構えに引く。
その時
異変が起きた
左腕にーー。
俺はこの時まだ何も知らなかった。
世界も、願いも、そして戦いに染まる自らの行く末さえも。
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