第8話 やりすぎ

日の昇る方角にあると言う、人の村へ向けて移動を開始して一週間。


 石をSOSと並べ続けて三日目。ようやく俺たちは人の痕跡を発見した。

川から残飯が流れて来たのだ。どの位遠いのか聞かなかった俺も悪いが、考えてみればドラゴンの巣穴がそんなに人里近くある筈も無い。


 『行かないの?お兄ちゃん』


 『このまま行ってもなぁ』


 左の子ドラゴン「リンクス」は、村を見つけてからニンゲンの姿になっていた。

 俺と瓜二つの姿だ。自分と話すは何かキモイので、見ないようにしてますけど。


 ちなみにドラゴン姿のリンクスは直立して百三十センチ、尻尾が百二十センチ。尻尾を除けば俺より一回り小柄な大きさだ、尻尾があるせいか細身に見える。急激な成長は止まった。


まあマザークラスまで一気に成長するなら「間引く」必要なんて無いんだろうから、想定内だ。


 村を見下ろす丘まで来た俺達は、半日、村を眺めている。

 村の規模は家が約二十軒、周りには高さ三メートル程の丈夫そうな柵が回らされ、柵の外側には麦と思しき畑が広がっている。

 ラティーの村を密林の村とするならば、ここは草原の村だ。


 半日を観察に費やしても、好機は訪れていない。

 口の利けないよそ者を快く受け入れてくれるイメージは無い。

 村が魔物か賊にでも襲われれば、颯爽と助けに入って恩人として……等と物騒なプランを立てていたのだが、そうそう都合よく襲撃などある筈も無く。


 『プランBで行くか』

 『らじゃなの』


 双子のおっさんは顔を見合わせて頷いた。



 薄暗くなり始めた森の道を一人の青年が足早に歩いている。背中に草がたくさん入った籠を背負って村への道を急いでいた。

 もうすぐ森を抜けようかという辺りに差し掛かった時、ほくほくしていた青年の顔が曇る。

 行く手道脇になにかある。杖にしていた身の丈程の棒を構え、油断なくソレに近づく。


 「だっ大丈夫か!?」


 道脇に倒れる粗末な服を着た少女。黒い瞳に同じく黒いステレートなオカッパ頭。助け起こそううとすると、少女は上半身を起こし「コクリ」と頷くと、道から少し入った辺りの草むらを指さした。



 「行き倒れと聞いてきたんじゃが……」


 初老の男性が困った顔をして、テーブルでパンとスープにがっつく少女とおっさんを見ている。


 「医者より飯だったみたいじゃの」


 「今にも死にそうに見えたのに……」


 俺は村への侵入を果たした。

 行き倒れとして。

 久しぶりのパンうめぇ!スープに塩入ってる!味があるって素晴らしい!


 リンクスの変身は自由自在だった。おっさんの行き倒れだとスルーされそうだと悩んで居たら、ニコッと笑って変身し、ヤイヤっぽい男の子になったのだ。

 女の子の方が引っ掛けやすかろうと再度変身して貰い、もちょい小さくとか、目をクリっととか要望を出して調整して行く。リアルみくみく○ンスだ。


 リンクス曰く。光量子に干渉して波形を変え、別の形として視覚に認識させるとか何とか。

 ナニ言ってんの?

 訳ワカメ。


 とにかく、入り込む事には成功した。後は少しでも村に滞在して情報を得ないとな。

 食事が出される前に貫頭衣?ポンチョ?的な服を貰って着替えもした。

 被って腰紐を締めるだけの、簡単なお着替えだ。

 空になった食器に丁寧に頭を下げ。助けてくれた男性に何度もお辞儀をする。


 「患者がおらんなら仕事に戻るかの」


 「すいません先生。あ、薬草捕ってきたので持って行って下さい。計って無いので金は後で」


 「今日はたくさん採れたのぅ。明日取りに来たらええ」


 仕事に戻ると告げて老人が帰るのと入れ替わりに、手の空いている村人達が物珍しそうに集まって来て「可愛い子ねぇ」等とささやき合っていた。残念だがソレはマボロシだ。カンショーしたナミだ。


 「何があったんです?どこから来ました?」


 早も第一関門きたーー!。


 俺は喉に手を当てて口を開き、パクパクしてから腕でXを作る。


 「え?もう喰えない?心配しなくても、もうありませんよ」


 通じてねぇえ!

 さてどうする。


 「やくそう……しごと?」


 ク○ラが立てたーーーーー!じゃないリンクスが喋ったーー!

 キャウキャウとかキュウとかしか鳴いたこと無いのに、声を絞って喋った。

 片言で首をかしげながら上目遣いでやっと話す少女。あざといなリンクス。


 「あ、ああ、さっきの草が薬草でそれを採るのが僕の仕事だ」


 頬を染めて、ツイッと目を逸らす青年。

 釣れたな。残念だがソレはマボロシだ。少女でも無ければ人間ですら無い。純情乙。


 「えっと、お兄さん?も今日はもう夜になりますし、一晩泊まって行ったらどうですか?」


 宿ゲット!四十才のおっさん捕まえて、お兄さんと来たか。

 リンクスのあざとさ恐るべし。一晩と言わずしばらく泊めて頂けると助かるんですけど。


 翌朝。


 「ちょ、ちょっと!どうしたんですコレ!こんなに!」


 一晩の宿を貸してくれた青年は、寝起きの頭で混乱していた。

 寝癖頭の青年の目の前にうずたかく積まれた物、それはそれは大量の薬草。

 青年のベッドの周りを覆い尽くす程の薬草が、背丈を超える高さまで積まれている。


 「いったい何処からこんなに……って言うかどうやって運び込んだんですか!」


 牧草小屋の様になってしまった家に、混乱しきりの青年。

 あざといポーズで青年を見上げる少女。

 ニヤニヤするおっさん。


 「お礼なの。もうちょっと居たいの」


 「うわ!隣の部屋も!うぇええ!玄関まで!」


 運び込まれた薬草は、青年の寝室のみならず、居間を経て玄関まで達していた。


 大丈夫だ。問題ない。


 ラティーの村でも見た薬草だ。乾燥させてから蒸留水で戻して処理していた筈だ。

 それも日陰干しだから薬草が悪くなる事は無い。網を何層かに渡して天井付近で乾燥させればいいのだ。

 ちなみに網にする蔓も取ってきてある。アフターサービスも万全だ。


 村を探して彷徨っていた数日前、俺達は広大な薬草の群生地を発見していた。しかも二箇所。

 どちらもトカゲ風な魔物の巣が近くにあった為、放置されて来たのだろう。


 夜も明けぬ内に出掛けた俺達は暗い手元の中、若い芽を残して薬草を刈り取り、ついでに襲ってきたトカゲ二匹狩り、朝食を済ませた。朝マ○クばりの手軽さだ。

 トカゲの革を剥ぎ、即席の担架を作って数往復。仲間を喰われたトカゲ達は遠巻きに俺達を見てるだけで、攻撃はして来なかった。


 そんなこんなで積み上げられた薬草を、呆けた顔で見上げる青年。


 『食べていい?美味しそうなの』

 『ダメ』


 じゅるり。と物騒な音を立てて青年を見つめるリンクス。

 恩人喰うとかコワイから。何故ニンゲンは食べちゃダメなのか説明出来ない。

 命を奪う行為が唯一許されるとすれば、命の糧とする、つまり喰う事では無いかと思う。


 『このニンゲンきっと美味しいよ?』


 喰う気マンマンだな。取り敢えず利用価値が有るからと、なんとか納得させた。

 自分で納得出来ていない事を、納得させるのって罪悪感あるな。


 お前さっきトカゲ喰ったろうが!別腹とか言われそうで怖いですけど。



 昼前、短く刈った白髪の痩せた老人が青年の家を訪れた。


 「フィリコス。居るのか?」


 「あ、先生。すみません行くの忘れてました!」


 「昨日は中々の稼ぎじゃったのに、それを忘れるとはな」


 青年はフィリコスと言う名前らしい。声がでなくなってから自己紹介したこと無いから、名前とか気にならなくなって来てるな。

 勝手に脳内命名してますけど。


 おやまあ、って顔して昨日の老医師が青年の家に入ってきて、俺と目が合う。少女とも。


 「リンクスなの。お兄ちゃんなの」


 リンクスが自己紹介……。俺より大人じゃないか。

 

 「元気になったようじゃの」


 老医師は柔らかく笑い、リンクスの頭を撫でようとして……スッと逃げられた。

 ちょっとばつが悪そうに、行き場を失った右手をヒラヒラさせながら老医師が今度は苦く笑った。


 「ん?フィリコス、今朝も薬草を取りに行ってきたのか?」


 老医師は家に充満する濃い薬草の匂いに鼻をクンクンさせながら言う。

 フィリコスは深くため息を一つすると、「それが実は……」と言い淀んで、天井を見上げた。

 視線を追って天井を見上げる老医師。


 眉を八の字にして口をあんぐりと開けた老医師はしばらく動かなかった。

 多分、再起動中だ。


 昨日のフィリコスの取った薬草が一日の稼ぎだとすれば、天井にハンモックしてある薬草の量は大雑把に見積もって一年分はある。

 これだけあれば暫くは厄介にっても良いだろう。


 「軍隊にでも売りに行く気か……」


 再起動を終えた老医師は乾いた目をシパシパさせて呆れた。老医師曰く……。


 五年分だったらしい。


 話を聞くに、昨日のフィリコスの薬草は三日分。そして今朝俺達が取ってきた薬草は立派に成長した茎の太い物で、抽出量も多いとの事。


 やり過ぎてしまった様だ。ちょっとでも話を聞いてから動くべきだった。

 リサーチ大事。うん、次に活かそう。


 老医師とフィリコスは場所を教えろだの知らないだの、不毛な問答を延々繰り返していた。

 フィリコス……適当な事を言っておけ。後ろ手に縛られるぞ。


 ヌケサクとの間抜けなやりとりを、ふと思い出しニヤけた俺。


 村の柵の外でリザードの革が見つかって、凶暴な魔物が出たと騒ぎになって、数日警備やら見回りやらが強化されたのは余談だ。

 リサーチと後片付け。心のメモに書いておこう。



 その頃


 ヌケサクは、ナツメ商会の本部が置かれた都市「ハリーブ」に潜入していた。

 ハリーブは共和国勢力の首都とされる大都市で、周辺地域は魔物の被害も殆ど無く、交易・物流の中心として栄えていた。人や物が集まる場所には当然情報も集まる。


 「そっちはどうだぁ?」


 「次の集金の予定は掴みました」


 「非公式の議会があるみてーです。要人移送の予定が多数上がってやす」


 「反勢力への襲撃計画は掴めねえかぁ」


 三人は暗く狭い部屋で、額を合わせる様に囁き合っていた。

 のんびりと間延びした話し方のヌケサクと、声が若い老人二人。


 「襲撃計画は流石に重要機密ってかぁ」


 ポリポリと頬を掻いた手には、手枷が嵌められており、左右の手が仲良さそうに添えられている。


 カサリ


 音がして三人は首をすくめて音のした方を見る。

 六つの目の先、三人に背を向けて寝返りをした男は、鉄格子に頭をぶつけて小さく唸ったが目覚める事無く眠りの園へ帰っていった。


 そう、ここは牢屋の中。


 「だからもう呑めねーってばよう。もーお腹いぱーい」


 「静かにしろ!何時だと思ってるんだ!」

 「今晩は泊まってけ。明日頭がスッキリしたら尋問してやるから」


 オエ~~


 酔っぱらいが、牢屋番二人に抱えられるように入ってくる。

 

 「一人部屋やだー。寂しくて死んじゃうよう」


 「どこのウサギだお前は」

 「しょうがないソッチでもいいか」


 酔っぱらいは独房を頑なに拒否し、大部屋へと押し込まれた。

 

 「騒いだら教えるんだぞ」


 「クー、クー……」

 「むにゃむにゃ……あけみちゅわ~ん……」


 「とっくに寝ちまってるか」

 「何だって今夜はこんなに酔っ払いが多いんだ」


 二人の牢屋番はツキが無いだの、もう一眠りだのと言いながら、詰め所へと引き上げていった。


 ムクッ

 ムクッ


 牢屋の中で半身を起こし、額を寄せ合う四つの影。


 「デカイ情報を掴みました。こないだの襲撃団の副団長のヤサです」


 「でかしたぁ!今も家に居るのかぁ」


 「はい、寝静まる所まで確認して、一人見張りを付けて来ました」


 ヌケサクは今まで見た事も無い様な、険しい顔で三人に増えた仲間の顔を見る。


 「今夜の内にバラしてトンズラだ。俺達だけでやるぞ」

 「「「はい!」」」


 四人は立ち上がり、鍵など掛かっていなかった様に鉄格子を開けて、音もなく立ち去った。



 寝静まった住宅街。


 富裕層の家が多い地区は、隣の家との距離もあり、生け垣も高い。

 ヌケサク達は見張りと合流してその数を五人にし、身を隠して作戦を告げていた。

 開口一番に作戦に異を唱えたのは、見張りをしていた腹の出た男だ。


 「ラアサ様、この人数では隠滅に時間が掛かってしまうかと……」


 「今回は隠滅しねぇ。逆に俺達【砂嵐】がやったと屋内に宣伝して行く。俺達を襲撃した他のヤツラにも震え上がって貰おうかぁ」


 ラアサと呼ばれた男は、ヌケサクとは思えない程、険しい目で見張りに告げる。

 例え雇われてでも、自分達【砂嵐】盗賊団を襲った事を心底後悔させる。

 噂になるほど残忍にバラす。もちろん更に噂を広げる。

 バカ高い金を積まなければ人が集まらない程に。


 本部のある大都市ハリーブに居ても報復されると知らしめる事で、ナツメ商会の幹部達は身辺警護を増やし、都市の警備も増やさねばならない。

 金銭的な負担は相当な物になるだろう。


 だが成果は一つも上がらない、何故なら二の矢など無くさっさと引き上げてしまうから。ヤツらは見えない影に、多額の金を溶かす事になる。


 「さ、さすがラアサ様……」

 「おっかねえ」

 「「一生付いていきやす」」


 「二人は正面玄関、一人は裏口、尋問も懺悔もいらない。バラした後に飾り付けするから……お前が来い。センスが良さそうだ」


 猟奇的殺人現場の飾り付けに「センスが良さそう」と指名された腹の出た男は、微妙な顔をしながら、「さ、さすがラアサ様……」と繰り返した。



 ナツメ商会副師団長、タリス惨死。


 翌日、大都市ハリーブのナツメ商会本部を衝撃が襲った。

 タリスは「腕前だけなら師団長」とも噂されるスゴ腕。

 そのタリスが惨たらしく部屋を飾っていた姿を見た者は、例外なく嘔吐した。


 報告を聞いたナツメ商会の幹部は、皆一様にまず笑い、ついで驚き、そして慌てふためいた。

 我先にと腕利きの用心棒を雇い入れ、影武者を探し、引き篭もった。


 しかし、一日経ち、二日経ちする内に雇った者が辞めてゆく。

 命あっての金。そう言って丁寧に違約金まで置いて行く者まで居た。


 タリス惨死の噂は緘口令をすり抜けて広まり、噂をもみ消そうとナツメ商会が躍起になった事が、余計に真実であると証明してしまった。


 新たに雇い入れた者達が逃げ出す様に辞めていくのを見て、古くから仕える者の中にも「おひま」を頂く者が現れ、ナツメ商会は人材確保に貧窮し、急速に弱体したのであった。


 たった一つの命と、一欠片の流言によって。


 無論、べらぼうに高い給金に釣られてナツメ商会に入る人間も居る。

 大幹部の中で、一人だけ影武者のキープに成功している男が居る。

 序列第三位の「ネヒマ」である。


 自称美食家のネヒマは小太りな短足で、裕福で無ければ維持できなさそうなツヤのある肌を持っていた。


 「体型は問題無さそうじゃの。礼儀作法はすぐに覚えて貰うぞよ。貴様が無作法を働けばそれは儂の恥じゃからの」


 「はい、ネヒマ様」


 「召使も儂に使えていた者をそのまま使わす。会合の中身は執事に報告させるが、飽くまでも儂として参加するのじゃから、威風堂々としておれよ」


 「はい……ですが……」


 「なんじゃ」


 「そのような肌ツヤは一朝一夕には……」


 「油でも塗っておけ」


 「さ、さすがネヒマ様……」


 そこには高そうな服に身を包んだ、腹の出た男が二人立っていた。

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