第6話 左腕
目が覚めたらデカイトカゲが俺の顔を覗きこんでいた。
俺は全てを華麗にスルーして再び目を閉じ、身動ぎせずに考える。
何だアレ?何だこの状況。
どうしてこうなったかは思い出せない。バリスタの矢を防いで、帰りの馬車で何度もゲロって……横になってそのまま眠ってしまった様な気がする。
俺は今仰向けに寝ていて、顔の前にデカイトカゲの顔がある。ドラゴン的な感じな風味な何かだ。
俺のとっさの認識力など大したことは無いな。ドラゴンかっこ仮の色さえ判らない。頭だけで俺の上半身位あった気がする。
頭の上辺りでギャウギャウと声がした思ったら、足元からキュキューとか音が三つ。
俺の脳内補完だと親ドラゴン一、子ドラゴン三、エサ一だな。
こちらスネーク。再度偵察を試みる。
こそ~っと薄目を開けてみる。
うん。ドラゴンでもういいや。バッチリ目が合ってるし。ワニ程は鼻?が長くないゴ○ラっぽい凛々しいお顔立ちに、二本の角が生えてる。首は長くなく顔色は赤茶。金色の瞳は爬虫類のアノ目。全長十メートルうち五メートルが尻尾……デカイ。
子ドラゴンが俺の脚をガシガシ噛んでいるが、金色の瞳から何故か目を逸らすことが出来ない。
一瞬か永遠か判らない時間見つめ合う俺とドラゴン。俺から目を逸らさずにギャウギャウ言うドラゴンと、キューと鳴いて俺から離れる子ドラゴン。
目を逸らさぬままドラゴンは俺の頭をそーっと摘んだ。イダイイダイ!
優しく摘まれた感はあるのだが、俺じゃ無かったら頭潰れてますけど!頭を摘む爪を外そうとして俺は両手を使い……気が付いた。
左腕が肘から無い。
喰いちぎられた様にボロボロの切断面。黒くこびり付いた血。思い出したかのように襲いかかる激痛。
「……!!!」
左の指先から肩まで、燃えるように熱い。そこに腕は無いのに腕のあった所から、熱い激痛が全身を駆ける。
俺は叫び声を上げた錯覚と共に、パニックを起こし、むちゃくちゃに暴れた。
ギチッ
頭を掴む爪が強さを増し、俺は持ち上げられ、ドラゴンが口を開く。
喰われるのか。何も考えられない。激痛で何も考えられない。
助けて
助けてくれ
この痛みをどうにかしてくれ
この痛みから開放してくれるなら、何でもいい。俺は救いを求めた。……「死」に。
ドラゴンは空いているもう片方の手で、俺の左腕の傷を握りつぶした。更なる激痛と共に止まっていた血がダラダラと流れだす。
パニックで早鐘の様に鼓動する心臓に合わせて、腕のちぎれた所から命が吹き出ている気がした。
激痛が増す中、視界は次第に色あせていき、熱いのか寒いのかもわからない。
なのに激痛だけは俺を苦しめ続ける。
コレほどの激痛なのに俺はショック死も失神もしない。
永い永い激痛の時。
俺は贖罪させられているのだろうか。積み重ねた罪を激痛によって精算させられているのだろうか。自覚の無い罪を重ねていたのだろうか。人は罪から生まれて罰へと死んで逝くのだろうか。
ドラゴンが俺の腕から流れる血を舐め、金色の瞳で俺を見つめる。
早く殺してくれ
わかった
そう言われた様な気がして、俺は救いを待った。
ドラゴンの金色の瞳が俺の左腕を見る。朦朧とした意識のなか激痛に顔をしかめながら、俺も釣られて左腕を見た。
肘の切断面にドラゴンの爪が触れる。
今までの激痛を左腕の一点に集めたような、神経を直接ゴリゴリすり潰されてる様な猛烈な痛み。
視界が赤く染まり赤い視界の中、ちぎれた肘から白い筋が生える。
細く白い筋は赤い粘液に覆われ、更に白く固そうな物が外側を覆う。固そうな白い物の外側にピンクの編み込まれた繊維が張り付く様に伸びる。植物の成長記録を高速再生している様な姿で肘から先が生える様子を、猛烈な痛みの中、瞬きも出来ずに見入る。
指先まで皮膚が貼られ、最後に皮膚が硬質化して爪になる様を、見つめながら「あー爪って骨じゃなく皮膚なんだ」等とどうでも良い事を思った所で、痛みが消えている事に気がついた。
最後に残っていた頭を摘む爪の痛みも消えた。
ドスッ
地面に落ちて尻もちをついた俺の瞳を、ドラゴンが覗きこんだ。
俺は金色の瞳を見つめたまま、生えた左腕を右手で触り、存在を確かめ、グーパーと動かす。
ありがとう
朦朧とした意識で俺は想った。
アレほどの激痛を与えたのが誰であっても、どうでも良い。
激痛から救われた俺は、金色の瞳に「ありがとう」と想った。
ドラゴンは俺の顔をまじまじと見た後、くるりと背を向け、五メートルはあろうかという長い尻尾を振りながら、二本脚で歩いて洞窟の奥へと陣取りその巨体を伏せた。
キュア
いきなり現れた三匹の子ドラゴンが俺に群がり、右手と両足にガジガジ噛み付いている。さっきのに比べたら、こんなのは痛い内にに入らない。甘噛みだ。
洞窟の壁に背を預け、上体を起こした姿勢で俺は左手をしげしげと見つめる。
ポトリ
頬を伝った液体が顎から離れ左手に落ちた。真っ赤な血だった。
驚いて顔を触ると、どうやら血の涙を流したらしい。目の毛細血管が切れると血の涙が流れる事があると聞いた事がある。
白髪になってたりして等と思いながら、右腕を噛じっている子ドラゴンを抱きよせる。体長五十センチ程の子ドラゴンは意外と重かったが、頭を撫でられると甘噛みを止めて、気持ちよさそうに目を細めてた。脚を噛じっていた二匹も頭を差し出してナデをせがんで来る。
激痛のリバウンドだと思うのだが、俺は何故かフワフワと気持よい感覚に包まれていて、しばらく子ドラゴンをナデナデし、子ドラゴンと一緒に眠りに落ちた。
ニンゲンの意識が水面下に沈み、規則正い寝息を立て始めるのを確認して、親ドラゴンも薄目を閉じ洞窟は静寂に包まれた。
目が覚めた。知らない天井。
天井ですら無いな、洞窟だ。相変わらず完璧な寝相を誇る俺の姿勢は、寝た時と一センチたりともズレず仰向けだ。
なにやら左右のワキの下と股間に違和感を感じて、首だけ動かして薄暗い中目を凝らす。
ビクウッ
体が勝手に驚いて五センチ飛び上がったかと思った。
左右のワキの下と股間…何か居る。もう一度目を凝らす。体長五十センチ程のゴツイトカゲが俺の体の隙間に頭を押し込む様にして寝ている。
落ち着けおちつけオチツケ……いーち、にーい、さーん……俺はゆっくり十数えて心を落ち着かせ頭を整理する。
多分昨日の事であろう事件を思い出す。
ドラゴン、左腕欠損、激痛、死の覚悟、激痛、再生、激痛……。
激痛オオクネ?左腕を上げ左手を見上げニギニギし、自分の記憶の非常識加減に呆れる。
異世界でファンタジーなくせに激痛とか要りませんけど。
左ワキに頭を突っ込んで寝ていた子ドラゴンが目を覚まし、キュと小さく鳴いて左腕を舐める。猫の様なザラザラした舌だった。何の気なしに子ドラゴンの頭を撫でると気持ちよさそうに目を細める。
異世界召喚
今更ながらとんでも無い世界に呼ばれたと溜息をつく。
上体を起こそうと身動ぎしたせいか他の二匹の子ドラゴンも目を覚ます。右腕と股間をそれぞれ甘噛みする子ドラゴン。ソコはやめてください。左の子はまた左腕を舐めていた。
テニスコート位の広さに高さ五メートル程の薄暗い洞窟の隅、三匹が俺の上でじゃれ合う。
尻尾とか顔にバシバシ当たって何気に痛いんですけど。組んず解れずじゃれあう三匹。
こうやって戦い方やら狩りの仕方やら覚えていくんだろうなぁと呑気な事を考えていると、一匹が体当たりをかましてきた。
尻を向けて尻尾をフリフリしてくる。俺にも混ざれ……と言うか挑発とみた。やったろうじゃ無いの。おじさんこう見えても「大犬」とか「ワニ」とか「世紀末ザコ」とか結構強敵と渡り合って来たんだからな、殆ど倒してませんけど。
腐っても鯛、子供でもドラゴン。
お話になりませんでした。
低い重心、四本脚プラスバランサー兼武器の尻尾で高い俊敏性を見せる子ドラゴン。
一方の俺は、防御力の高い体に加え弱点部位が高い位置にあるとはいえ、安定性に欠ける二本脚。攻撃手段の腕は火力不足、火力を求めた喧嘩キックはそのつど軸足を払われて立っていられない始末。
たかだか二十分程のじゃれあいでグロッキーダウンな有り様だった。
ズルッズルッ
洞窟入り口から重い物を引きずる音がして俺は目を向ける。
見ると十メートルの親ドラゴンが二十メートル超えのクジラを引きずって洞窟に入って来た。
いや、ナマズなのか?髭が生えてるな。とにかくデカイ。
洞窟中央まで引きずられて来たナマズは、まず親ドラゴンに腹ワタと頭を喰われた後、大人しく待っていた子ドラゴン達に喰い散らかされた。
かなりグロい光景なハズなのに、驚いたことに俺は「ぐうう~」と腹の虫を鳴らした。
その音に子ドラゴンは一瞬俺を見たが、食事を再開し、骨と皮になった元ナマズを俺の所に引きずって来た。
序列か?序列なんだな?俺の序列が一番低いから俺には骨と皮しか回って来ないんだな?
しかし喰っても平気なのだろうか?日本人である俺は魚を生で食べる事には抵抗は無い。
だがここは異世界。寄生虫とか毒とか病気とか下痢とかアレルギーとか味とか歯ごたえとか舌触りとか喉越しとか腹持ちとか栄養価とかイロイロ大丈夫だろうか?ってか俺の頭はもう喰らう気マンマンな思考ツリーだが大丈夫か?
考えても仕方ない。どうせ経験してみなければ判らないのだ。気にしたら負けだ。
それに腹の虫も大合唱だ。
俺は骨にこびり付いた身を爪で削いで匂いを嗅ぐ。大変お行儀悪い。ちょっと泥臭いが……ガブリと行った。
う……
旨いじゃないか
空腹は最高の調味料とはよく聞くが、それを差し引いても十分に旨いんですけど!しかもこれって部位的には中落ちなんですけど!俺は我を忘れた様に食い漁り、ふと隣にある皮を見た。
ツヤのあるそれはゼラチン的でコラーゲン的なプルンプルン的に旨そうに見えた。手にとって吸い付こうとして……。
ニョロ
居た
うん居るよね。何か胃の辺りが嫌ぁな感じになって来たが、ソイツの太さは親指サイズだ。長さは……確認する気はなれませんけど。あの太さなら居たら気付くゼッタイ。うん。今日はこの位で勘弁してやるか、お腹いっぱいって事でゴチソウサマデシタ。
ご飯の後はお昼寝?して起きたらまた子ドラゴンとじゃれて、夕方に親ドラゴンが捕ってきたご飯を一番最後に食べて、就寝。洞窟内の亀裂からは綺麗な水も流れ出ていた。
子ドラゴンは洞窟からは一歩も出なかった。
もしかしてまだ未熟で非力な子ドラゴンが、親ドラゴンの狩りに付いてこない様に俺は飼われているのではないかと予想してみる。ベビーシッターだ。
元の世界ではコンビニのバイトから企画営業まで色んな職業を転々としてみたが、ベビーシッターは初体験だ。しかもドラゴンって。
子ドラゴンの巣立ちの儀式で喰われたりしないよね?
せいぜい手懐けておかなくては。そして序列。コレを上げておけば喰われる確率は更に減るのではないか?非力で危険だから子ドラゴンが外に出ないと仮定すると、更に弱い序列最下位の俺は逃亡すら不可と言うことになる。明日からの遊びを本気で行かねばなるまい。
狂った状況の中で、幾らかでもまともな目標を掲げ、俺は明日からを生きる事にした。
死に逃げる選択肢はもはや無い、あれ程の激痛を経て尚生きているのなら、生にしがみついてやる。あの激痛の代償として得た命ならば粗末にするわけには行かない。
元を取るまで生き倒してやる。
横になった俺の右ワキ、左ワキ、コカンに三匹の子ドラゴンが陣取り寝る体勢に入る。
せめてコカンの子、ポジション何とかならんかなぁ等と思いながら眠りに落ちる俺であった。
翌朝から俺の本気の遊びが始まった。
湧き水で顔を洗い、ストレッチをしてからじゃれあいに望む。
足を肩幅に開いて右足を半歩前に出し、半身になる。三戦(さんちん)立ちだ。
相手が三匹である以上、どの方向にも素早く対応する必要がある。利き腕である右を半身に引いたボクサースタイルは昨日試したがイマイチだった。俺にステップワークが無いのもあるが、ジャブではコイツらは止まりゃしない。まるで釣り船屋の息子だ。
思うように行かない。
コイツらのジェットスト○ームは早い、きっとマチ○ダさんも間に合わないだろう。
まず落ち着け、俺のセースルポイントはどこだ。タフい所だろう。なら捌きを徹底して敵を良く観察しよう。相手は体勢の低い四本足だが、予備動作が無い訳ではないだろう。俺が慣れないだけだ。
観察、防御、観察、痛て、観察、捌き、痛って、観察、だうーーーーん。
昨日よりは格段に長い時間じゃれて居れる様にはなったが、まだ対等にじゃれてる感じまでは行かない。俺が給水している間に三匹だけでじゃれている方が、明らかに鋭い動きだ。
呼吸を整えながら、爬虫類独特の特徴を掴もうと真剣に見る。
こんなに真剣に何かを見たのは、河原でエロ本デビューを飾った小五の時以来だ。
女体のエロさを腰付に感じる様になったのはあれからだ。
昼飯は牛の様な熊のような哺乳類だった。
もちろんユッケ状態で頂いた。まだ生暖かい生肉は歯ごたえだけで味は殆ど無かった。
ブレスで焼いてくれたらもう少しイケるのに。塩が欲しいな。
三匹の子ドラゴンの見分けが付くようになった。いつも同じ子が同じポジションで寝ている。
右の子をレヒツ、左の子をリンクス、股間の子をヒーアと呼ぶことにしよう。
子ドラゴンが昼寝している間は、スリープポジションで身動きが取れないのでイメトレだ。
敵の動きを正確にイメージし、敵が動いた瞬間に打撃点をずらして反撃する。
連携攻撃を受けない様に、三匹との距離を常に不均等に意識して、出来れば二匹を直線上にする。
足を狙って来る事が多いから、後ろ重心で、噛み付いて来たら……こう!
ピクッ
さっきから左ワキのリンクスが時々ピクッと動く。
夢でも見てるんだろうが、寝ぼけてガブリしないでね。特に股間のヒーアは気を付けてね。
ふふははは!我、極意を得たり!
午後のじゃれ合いは良い感じで行けた。観察とイメトレの成果は確かにあった。
キモはやはり腰だった。エロこそ真髄!個にして全!全にして個!訳わからん。
思い出して見ればワニのやつも、そうだった。長い尻尾がある為、予備動作が後ろ足と尻尾をつなぐ腰に現れる。
予備動作を見れる様になってからは、俺の被弾率は目に見えて減った。
当たらなければどうという……
ズビシ!
くそう。まだ三対一の位置取りがマズイ。ジェットスト○ームが捌けない。
来る順番が必ずガイアさんからじゃ無いのも対応しずらい。
俺も額からキュピピン出さないと勝てないのか?じゃれあいは続く。
空腹で眠れない。
親ドラゴンの目が責める様に感じたが、ムリです。
子ドラゴンも「何で?」って感じで首を傾げて来るが、ムリな物はムリです。
もし続くようなら覚悟を決めなくてはならないのだろうか。
まじで「虫」とかムリですけど!
ましてや巨大で毛深い「クモ」とか絶対喰えませんけど!
空腹と睡魔の天秤はやがて疲労の助けを借りて睡魔へと傾き……。
腹を鳴らしながらも、俺は睡眠の水辺へと沈んだ。
翌朝、目覚めると犬っぽい朝食が置いてあった。
ありがとうマザー!性別わかりませんけど。
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