第5話 ジョーズ

 悪徳商会ナツメ成敗。


 ニノハチとやらの地点まで二時間も走らされた。トカゲには武器やら防具やら薬やら積み込んで、人間は走りだ。こんなに走った事は無いがさほど息は切れていない。また一つタフな所を発見した。


 時間はもう昼近くだろうか、昼飯時を襲撃するらしい。

 今はナツメ商会の商隊の通る先に身を潜め、偵察部隊からの連絡を待っているところだ。


 一応武器は持たせてもらっている。小刀を選ばせてもらった。俺の戦い方だと、リーチが長くてもあまり良くない……様な気がする。対人などしたことが無い。前に出る気なんてありませんけど。


 「ジョーズ」


 「おい、ジョーズ」


 お、俺なのか?スルーしているとヌケサクがニヤニヤ喋ってくる。キキジョウズは言いにくいからジョーズだそうだ。露骨に嫌な顔をすると


 「いやか、じゃぁジョージってのはどうだぁ?」


 急に外人っぽい名前になったな。音が似てるだけで意味とか何の脈絡も無いな。でもカッコいいかも。俺はウンウンと頷く。


 「あ、ジョージ居たわ。やっぱあんたジョーズだなぁ」


 ガックリ肩を落とす俺を面白そうにヌケサクは見ている。おちょくられてんじゃないだろうな?何でせめてジョーンズにならないんだよ。俺背びれとかありませんけど。


 しかしこのヌケサク、情報担当とかなのだろうか?偵察隊の連中がヌケサクに報告に来ている。コイツに任せて大丈夫なのだろうか?頭数は居ても所詮は盗賊、人材不足の様だ。


 ヌケサクの合図で総勢三十名を超える盗賊が動き出した。


 ナツメ商会の隊列が昼休みに入ったらしい。焚き火を起こしたらしい煙が立ち上る方角へ、息を殺し忍び足で近づき、丘の上から頭だけ出して様子を伺う。


 馬車は五台。全て馬二頭引きのサイズの様だ。見える範囲に馬が五頭しか居ない所を見ると、水でも飲みに連れて行ったか。ナツメ商会の馬は俺の知る馬と違いは無さそうだった。


 一番先頭の馬車に俺の視線は吸い寄せられる。

 あれが戦車か。確かに他の馬車と違い、幌ではなく金属の箱の様な馬車だ。馬車の左右から、ばかでかいバリスタが張り出している。


 山みたいな龍でも撃つのかよって位でかい。ついでに砲弾でも運んでやろうか?いや打たれるのはコッチか。


 「馬が戻ってきたらやるぞ」


 いつの間にか定食屋の親父が後にいてびっくりしたが、その辺は流石盗賊か。白い布なんて頭に巻いてたら見つかっちまうぞ~って振り返ったら、黒い布だった。後頭部の結んだ所がゼブラ柄になっている。よく見たらリバーシブルかよ!おしゃれだな!定食屋!


 「ジョーズはココ居ていいからよ、何かあったら大声で知らせるんだぜぇ」


 ヌケサクは良い人だった。何かあってもお知らせできませんけど。

 馬が戻ってきて馬車に繋がれたその時。


 ゴウ


 イナゴが一斉に飛び立った様な音を立てて、二十本を超える矢が一斉に飛んだ。空めがけて。

 山なりに放たれた第一射がまだ目標に突き立つ前、ゴウッっと再び音を立てて今度は直線的に矢が飛び、直後弓を置いて抜刀した盗賊達が四方から馬車に駆け寄る。


 俺は呆気に取られた。訓練された軍隊の様な動きだ。誰一人「おらああぁ」とか、「ヒャッハー」とか言わない。ひたひたと迫る気配を感じたと思ったら、五十本の矢が上と横から同時に襲い来るのだ。


 しかも降り注ぐ矢の目標の半数は馬だった。矢を受けた馬が馬車に繋がれたまま暴れだすと、混乱は一気に爆発した。


 応戦に立ち上がった用心棒達を、背後から暴走馬車が襲う。

 商人は馬車を抑えてくれと叫び、用心棒は迎撃を叫ぶ。


 応戦に立ったのは商隊の護衛六人と、用心棒五人。服装が明らかに違う。接近した盗賊達は護衛とは何とか戦えている様だが、用心棒達は腕が立つ様で、三対一でも苦戦していた。


 バリスタは……と思ったら早い早い。真っ先に脇目も振らず突入した盗賊がワイヤーの様な弦を既に切断していた。


 足元に弓と矢筒があったので援護射撃でもしみようかと思ったが、引いた弦の力がまっすぐ矢に伝わらずに、矢が横を向いてしまい五メートルも飛びやしない。フレンドリーファイア以前の問題だ。


 一番手前の用心棒が強い。五対一なのに押し返している。負傷した盗賊が丘の上まで後退してくる。入れ替わる様に俺は前線へ。気を引く位なら出来るだろう。嫌がらせは昔から得意ですけど。


 青龍刀の様な反りのある厚刃の刀を二本振り回す用心棒。

 肩、肘、膝には金属が付いた防具。その刺は邪魔じゃないのか。


 世紀末ザコ


 ソレ以外に例えようが無い。モヒカンじゃなくスキンヘッドなだけだ。

 下品な笑いを垂れ流し、獲物を探す世紀末ザコ。殺気が足りないのか俺の事はチラリと見ただけで、他の盗賊と大立ち回りを継続中だ。


 むしろ好都合とばかりに、突進して世紀末ザコの背中に小刀を突き出す。


 俺の突き刺しを体を捻って躱した世紀末ザコは、捻ったエネルギーそのままに青竜刀を払った。突き出した小刀ではなく腕を狙って。


 ガイン


 バカヤロウ腕がもげるじゃねえか!

 振り向きもせずに突刺しを避け、同時に腕を切断しようとする剣技に驚きながら、落とした小刀を拾う。


 が、世紀末ザコは俺以上に驚いた顔で、青竜刀と俺の腕とを交互に見ていた。


 「とっさに剣でかばったのか?怪しい技を使うヤツ!」


 技じゃありませんけど!怪しいのはどっから見てもアンタですけど!

 まあいい。これでヘイトはマックスだ。後は盗賊の皆さんがその名に恥じない卑怯な手口で、やっつけてくれるでしょう。


 へ?


 それまで四対一で激闘を繰り広げていた盗賊さん達が、すすっと下がり世紀末ザコの逃走を防ぐ様に位置取った。


 ちょっと!何か「空気読んだ」みたいな顔してるんですけど、いや無理だって!やめろよその「任せたぜ」って顔!俺世紀末村人ですから!誰かケン呼んで来て。


 「変わった構えだな、我流か?」


 もう、コイツはコイツで決闘モード入っちゃってますけど。そもそも構えてませんけど!


 少し冷静に考えよう。俺の皮膚はコイツの剣を通さない、多分。さっきは切れなかった。まだ痛いけど。

 だが噛み付いて来ない世紀末ザコに俺の攻撃は当たらない、多分。さっきは後からでも躱された。うーむ、千日手だな。


 だが戦場全体で見れば一番の手練であろう世紀末ザコは俺に釘付けだ、他は数で圧倒出来るだろう。引き分け一、勝ち一なら勝ち点四で俺らの勝ちじゃね?


 いやちょっと待て、コイツラは盗賊のくせに一対一をお膳立てした。って事は戦場全体の勝敗が決しても俺の決闘は継続って事なのか?いくらなんでもリンチ観戦とか趣味悪いぞ。


 もう一回まてよ、世紀末ザコだって金で雇われた用心棒なら命の損得位は判るだろう。全体の勝敗が決したら交渉すればいんじゃね?


 だれが?

 声出ませんけど。

 ……詰みましたけど。


 「来ないのか?カウンター系の剣技なのか?」


 いえ、詰んでるだけです。


 「まぁ行くけどな!ヒャッハー!」


 お前はヒャッハー言うのかよ、似合いすぎですけど。


 二本の青竜刀は、出処を変え、角度を変え、何度も何度も俺に襲いかかった。痛い!だがワニほどじゃ無い。ワニは噛み付いたらひねるからな。


 それでも頭や首に攻撃を食らうと、意識が飛びそうになる。意識がない状態で「お断り」が発動しているかは不明だ。そのうち試しておいたほうが良いかもしれない。あー、誰にも頼めないわ。声が出ないってのは思いの外キツイ。


 「どうなってやがる!何で斬れねえんだ!」


 世紀末ザコは苛立ちを通り越してキレる寸前だ。

 より力を込める為か、青龍刀を一本捨てて両手持ちで斬りつけてくる。痛すぎ。


 「何で攻撃して来ねえ?何でフェイントだけで斬りつけて来ねえんだよ!何なんだお前は!」


 いや、それフェイントじゃなくて本気の本気なんですけど!



 戦場でうるさいのはここだけになった。護衛も用心棒も全て無力化され商人や従者共々縛られている。


 世紀末ザコの攻撃は最初程痛くは無くなっていた。

 スタミナ切れか、俺の脳内麻薬か。ふらついてるからスタミナ切れだろう。

 力任せに雑に振られた青竜刀は、俺の小刀に当たって音高く飛んだ。

 汗で滑ったのだろう。今度こそ攻撃してやろうと思ったら、世紀末ザコは飛んだ青龍刀も見ずに、だらりと両腕を下げて俺を見つめ、ガクリと膝を着いた。


 「斬る価値もない……師匠にも破門されるときに言われたよ。技だけ真似た魂のこもらない剣はこんなにもナマクラになっちまうなんて……」


 いや、切れないのは俺だからで、あんたの剣はナマクラじゃないし。斬る価値が無いんじゃなくて、詰んでただけなんだが。


 「負けたよ……アンタの勝ちだ」


 世紀末ザコはそう言って腰の大型ナイフを地面に突き立てた。

 どうやらコレが降参の合図らしい。オオオォと歓声が上がり、盗賊達は帰り支度を始めた。


「スゲーもん見ちまったな」

「何かの加護かねぇ」


 ヌケサクと定食屋がニコニコ話しながら近づいて来た。

 助けろっての!


 膝を付いたままの世紀末ザコを後ろ手に縛るために、ヌケサク、定食屋、世紀末ザコが共にこちらを向いていた時それは起こった。


 三人の背後、戦車の辺りがキラリと光った。

 バリスタに槍程の矢がつがえてあり、矢先は三人の背中を狙っていた。


 ドシュ!


 低い音と共に放たれたバリスタの矢は、ドリルの様に回転しながら三人の背中に飛んで行く。


 「あ!」


 盗賊達から声が上がるが、三人が振り向くより先に矢は背中に達してしまう。


 ギャインンンン!


 三人を庇った俺の背中は、バリスタのぶっとい矢を跳ね返し、俺は衝撃で三人にもたれ掛かる。

 俺の内蔵まだあるよね?吐きそうですけど。


 ぐらりと倒れそうになった俺をヌケサクが支える。

 バリスタを撃ったヤツは、詰め寄った盗賊にメッタ斬りにされている。


 「殺すぞコラアァ!」「この野郎!」


 とっくに死んでますけど。

 残った護衛が居ないかと、盗賊達が四方に散っていく。


 「オイオイ、誰かぁジョーズを馬車で運んでくれぃ」

 「あ、兄貴を運ぶなら俺にやらしてくれ!いや、やらせてくだせい」


 あ?兄貴だとおぉぉぉぉ!?




 世紀末舎弟ができた。

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