第4話 ヌケサク

 目覚めたのは昼前だった。

 村人も昨日遅くまで柵の修復や、かがり火番などで起きていたらしく、まだ半分ほどは家から出てきていない。


 ラティーと?そりゃ当然……。


 出来ませんでした!

 何でって、体中痛えの何のって、寝返りうつだけでビキーンだ。

 まあ、ここまでくればツモも同然。イースーチーリャンウーのゴメンチャンだ。

 がっつく必要もなかろう。DT君でもあるまいし。


 遅い朝食を終えて、ヤイヤに肩を借りながら広場に出た俺は、旅支度を整えたイワンに呼ばれた。


 「昨日倒し損ねたワニを始末しに行くよ。どうせ長くは生きられないらしいしな」


 やはり淋しげな笑顔を見せたが、病気早く治るといいな、と言葉を残し、行ってしまった。

 タフなのは病気じゃねよ。いや、口がきけない方か?どっちにしろ病気じゃありませんけど。

 

 鬼神イワンが村を旅立って一時間程。


 「帝国のヤツらだ!」


 狩りに出ていたガキが大声を張り上げながら戻ってきた。

 帝国?忘れる所だったが俺を召喚したあいつらが探しに来たのか?


 「魔獣の襲撃があったそうだが被害はどうだ?」

 「長はどこだ?村人全てを集めろ!」


 帝国のヤツらは三名、皆同じようなローブを着て、深くフードを被り顔はうかがい知れない。濃い緑のフードに更に暗い緑のズボン、全身緑の全員ミドレ○ジャーだ。森の中で合ったらスルー確定だと思われる。


 「全員揃いましたです」


 村長の言葉に一番偉そうなフードが首を傾げる。


 「一人増えてるな。どいつだ?」


 村人の列が割れて視線に晒される。犯人はコイツですって言われてる気分で嫌だ。


 「どこの者だ、名を名乗れ」

 「……」


 「だんまりか?怪しいヤツ!連行しろ!」

 「その人は口が……」

 「黙れ!下手に庇い立てすると、罪に問われるぞ!」


 エライ高圧的だな。人の話聞かないタイプだな。分かっているのか村長も黙ってしまった。

 ま、聞くタイプでも話せませんけど。


 「新たにオノマや遺跡は発見されたか」

 「いえ何も」


 ん?オノマ?


 「アリゲードが村を襲ったと聞いたが怪我人は出なかったのか?死者は居ないようだが?」

 「旅の鬼神の方とその方が助けて下さいました」


 昨日のワニはアリゲートと言うのか、鼻の形からするにクロコダイルだと思ったがどっちでも良いか。村長の言葉にフード達が揃って俺を見る。事態好転か?功労者だから罪人扱いはやめてもらえそうだ。


 「腕に覚えありか、縛り上げろ」


 悪転した。

 ラティーが心配そうに覗きこんでいるが、ヤイヤに腕を掴まれてダメだと首を振られている。


 「薬は持って来てあるから馬から降ろすが良い。他に願いはあるか」

 「導師様、鋼の槌を一振りお願い出来ませんか?剣技の心得の無い鬼神の者にも扱える様な……」

 「ふむ……」


 フードは少しばかり考えた末に、皆に離れる様に命じた。


 「土の… … …」


 声が小さくて近くで縛られてる俺でも良く聞こえない。

 二分程ボソボソとした後。


 ドスッ


 導師と呼ばれたフードの足元に直径五十センチ程のクレーターが出来、その中心に大きな金属製の槌が現れた。


 魔法か!あんじゃねーか魔法!だよな~あるよな~。

 バケモノが居て怪力無双が居るんだから、魔法もあって当然だよなぁ~。何かテンション上がって来ましたけど!縛られてますけど。


 その後俺は、縛られたまま更に馬に縛られた。過剰包装ですけど。

 ちなみに馬と呼ばれていた生き物はトカゲだった。軽自動車位のずんぐりしたトカゲに鞍が置かれてあり左右に大きな袋が下がっている。歩いたほうが早いだろうとの俺の予想を裏切り、トカゲはスルスルと結構な早さで風を切って走った。

 起伏、茂み、ぬかるみ。確かに密林を行くならトカゲが正解か。

 しかも人が走るより早い。家畜なのかペットなのか。そしてさっきのは魔法なのか。


 「街に着いたら話してもらうぞ、不審な者」


 聞きたいことが山程あるのはこっちも一緒なのだが、生憎とお互い叶わぬ夢だ。不安しか無いな。


 何よりラティーのあの不安そうな顔。こんな事なら昨日無理にでも一発やっときゃ良かった……こんな時に発想がゲスですけど。


 もう半日も椅子に縛られている。その半日前はトカゲに縛れていた。目覚めてしまいそうな縛り方で無いのが救いだが、水しか口にしていない。

 きっとこの世界には口のきけない人は居ないのだろう。いい加減話したらどうだ?とか、もう観念しろ!とか言われ続けているが、口がきけないと言う発想は無い様だ。


 「強情なヤツだ。残念だが明日からは拷問だな」


 チョコレート色の肌をしたマッチョなスキンヘッドが、ちっとも残念そうじゃ無い顔で囁く。


 後ろ手に縛られたまま、牢屋にぶち込まれた。背中を蹴られ寝床らしいワラに頭から突っ込む。


 「随分と長ぇ時間粘ってたみてぇだが、何やらかして捕まったんだぁ?」


 先客が居たようだ。ワラからやっと上半身を抜いて先客に向き直ると、うわ~、いかにも盗賊ですってヤツがニヤニヤ俺を見ていた。

 三十才位か。俺が黙っていると、いかにも盗賊は話続ける。


 「口が随分と固てぇようだな。ま、明日から拷問じゃ体が持たねえからさっさと適当な事言っときゃ良いんだよ。少しでも喋りゃ前手に縛って貰えるからよ、ずっと後ろ手はキツイぜ?」


 みるからに盗賊は縛られた両手を得意げに顔の前に上げて見せた。真実も嘘も言えませんけど。


 「俺はこう見えても盗賊でな、ヘマしちまってこんな所にお泊りって訳さ」


 うん、言わなくても全部判るな。


 「ま、明日の夜までの辛抱だがな、おっと今のは聞かなかった事にしとけよ」


 こんなヌケサクが盗賊務まるのかと心配になってきた。こんなだから盗賊やってるとも言えるが。

 ヌケサクは一人でずっと寂しかったのか、延々をしゃべり続けた。若かりし頃の武勇伝らしき話やら、女の話やら、終いにゃ親の話まで延々喋っていた。


 明日からの拷問で気が重いのに。俺はワラに背を預けて途中から寝ていた。

 まだ体痛いんですけど。熱は……引いたな。ラティーどうしてるかな。


 コツンコツン


 俺は頭をこつかれて目を覚ました。

 もう拷問の時間か。辺りを見回したらまだ暗い。


 「しー」


 ヌケサクが口に一本指を立てて静かにと合図した。

 牢の中にヌケサクの他に二人たっている。


 「助けが来たんで俺ぁおいとまするぜぇ、お前はどうする?」

 「怪しいヤツは連れて行けん」

 「待ってくれ、コイツはすこぶる口が堅いし、俺の話も親身になって聞いてくれた、良い奴だって」


 なんか知らんが、ヌケサクが俺を一緒に連れだそうと頑張ってくれている。話せないだけで口が堅いとは言わないだろうし、お前の話は睡眠学習だ。それに助けが来るのは明日だと言ってなかったか?日にち間違えてたなヌケサク。


 付いて行く方が不安だったが、拷問とでは選択の余地はない。立ち上がって同行の意思を示す。


 助けの二人は、これ以上ヌケサクとの問答を続ける気は無いらしく持ってきた布を丸めてワラを被せ、入ってきた鉄格子を閉めると、きちんと鍵を掛け、鍵束をテーブルで寝込んでしまっている牢屋番の腰に戻す。


 完全犯罪の手並みだ。二人共流れるように動き、物音一つ立てない。ル○ン真っ青だ。


 お迎えは最後に、窓辺と入り口ドアそばから小さな巾着袋を一つづつ回収し、革の袋に入れて厳重に口を縛った。眠り袋といった所か。エロい事に使うから後でお土産にくれないかな?


 俺たち一行は、足早に路地裏から軒先、裏庭から路地裏へと抜け、街の外に繋いであった馬に分乗して、暗い森へ姿を消した。


 こうして俺は拷問の危機を回避した訳だが、森に入るとヌケサクは耐えられなかった様にしゃべりだし、迎えの日にちを間違えた事を暴露していた。馬はやっぱりトカゲだった。


 「おーよく戻った。ご苦労」


 明け方まで休みなくトカゲを走らせて、盗賊のアジトらしい洞窟に着いた俺たち一行を迎えたのは、ずんぐりと太った体に、やけに愛嬌のあるおめめパッチリな親父だった。

 頭には白い布を巻いている。盗賊の頭と言うより定食屋の親父って感じだ。悪い印象を受けなかったせいか、俺はごく自然にペコリと頭を下げた。


 「ん?誰だ?また拾ってきちまったのか?」

 「あぁ、聞き上手だ」

 「キキジョウズ?変わった名前だな」


 ちょ、勝手に変な名前付けないで欲しいんですけど。俺も勝手にヌケサクやら定食屋やら呼んでるからおあいこですけど。

 お助けの二人は、一言も喋らずにヌケサクの脇に立っている。


 アジトの中は洞窟の入り口からは想像出来ない位広く、狭い仕切りを隔てて更に奥へと続いている様だ、入り口は曲がりくねっており、中の光は外へは漏れない。


 「でどうだった?トラゴスの街には居たか?」

 「んにゃ、酒場から娼館、牢屋の中まで探したがソレらしい奴の話も無かったなぁ」

 「ガゼネタだったか、まだ着いて無いか」

 「アルクトスの都に連れて行かれてたら厄介だなぁ、大掛かりな準備も必要になるしよぉ」


 誰かを探しているようだ。探してるのに捕まるとかホントヌケサクだな。ラティーも探してくれてるかな?


 ぐう~~うう


 真面目な話の最中にすまない。盛大に腹が鳴った。昨日の朝食ったきりで水しか口にしていなかったのを忘れていた。ちょっと安心して腹の虫が自己主張してしまった。


 「あっはっはっは!そうかそうか、腹は口ほど硬くねぇか。そっちで何か食ってろ、後で話を聞くからよぉ」


 ヌケサクはやけに嬉しそうに言うと、仲間に合図して俺に飯を食わしてくれた。後での話は無理だがな。

 飯は村より良かった。村よりは柔らかなパンに塩で味付けされた肉、潰した芋、スープはやはり豆だったが。


 「頭!ナツメ商会の馬車を見つけました!ニノハチから西に移動中」


 飯でようやくひと心地ついた時、洞窟に走り込んできた若いのが息を切らして、報告した。


 「やっぱニノハチか、予想通りだな懲りもせず商売熱心だなぁ」

 「ただ、今回は馬車五台で、内一台は護衛の戦車の様です」

 「ありゃ、ちゃんと懲りてんじゃねぇか。頭わりぃだけか」


 今、戦車って言ったか?まさかな聞き違いだろう。

 ヌケサクは俺にナツメ商会とやらの説明をしてくれた。街道を整備して通行料を取る。中継点に宿街を造って利益を上げている。そこまではまっとうな商売だ。


 通行する商隊に賄賂を強要、応じない商隊には高い関税と嫌がらせの足止め、宿や飯屋のボッタクリ。賭博場でのイカサマで金を巻き上げて高利貸しで人を縛り、挙句奴隷として売る。自分の街道以外を使わせない為に橋を壊したり、井戸に毒まで入れる外道だそうだ。

 奴隷とか居るのか。


 こんな外道がなぜ野放しなんだろうと思っていると、察したのかヌケサクは続ける。貴族にも匹敵する財力と私兵と徹底した口封じ。共和国内暗部にまで深く食い込んだコネ。

 帝国と共和国がどう違うか判らないが、少しくらいの悪事は金にモノを言わせてっと。居るんだなこんな悪党。


 「当番だけ残して全員行くぞ!」

 「わかりやしたー」

 「おーー」


 皆慌ただしく動き出す。


 「キキジョウズも行くか、俺達のやってる事を見て、気に入ったら手伝ってくれりゃぁいい。なぁにここにゃ帝国の目だって届かねえよ。何やらかしたかは聞かねぇよ」


 聞かれても言えませんけど。どうやら義賊?とかなのか。いや、単なる恨みや商売敵って事もある。行きたくないが説明も出来ない、腰を上げて同行の意思を示す。

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