第3話 鬼神

 鬼神(キシン)


 怪力を持ち、魔物すら両断する巨大な板みたいな剣を振るう戦士一族。

 大昔の傭兵王ポデルとその側近が鬼神であったと伝えられ。現在鬼神一族の末裔は、その高い戦闘能力を活かして傭兵として各地で活躍。

 時折、突如現れ怪力を持つ者も居る。非常に短命で殆どの者が数日、長くとも数ヶ月以内に急速に老化し死んでしまうが、一緒くたに鬼神、あるいは短命の鬼神と呼ばれる。


 と言うのが、村ババ様達から得た鬼神の知識だ。

 今回村に現れたのは、短命の鬼神らしい。


 「お前がサイレント・シールドか」


 村長の家から出てきた男は、銀髪でグレイの瞳、大柄だが姿勢はあまりよろしくない。

 疲れた表情で俺に話しかけて来た。死の宣告をされれば、俺ならもっと酷い顔をする自信はある。

 村長あたりから俺のことは聞いたらしい。頷く俺に握手を求めてきた。


 「イワン・ウラノワだ」


 ロシア風だな、槍騎兵とかカッコいいお名前。

 自分で付けたんじゃ無いだろうな。


 「これはお前が造ってるのか?手伝ってやろうか?何か知らんが馬鹿力になっちまってな」


 イワンは淋しげに笑い、溝を掘った丸太を積み上げた場所に行くと、長さ五メートル太さ三十センチ程のくり抜いた丸太を、まるで小枝でも拾うように無造作に持ち上げ、十本程を軽々と担いだ。

 マジかよスゲーチートだな!


 鬼神イワンに丸太を予定の位置に並べて貰いながら、大石を積み上げて高さを調整。

 完成もしていなのに、もう水流したくて仕方無い。

 我慢だ。

 組み立て説明書のページを飛ばして武器を作って持たせたせいで、どれ程の数のMSを途中放棄したことか。中途半端な満足感は悪魔の囁きだ。


 ガンガーン、ガンガーン


 安い鍋でも叩いてるかの様な音が聞こえてきた。

 村内に緊張が走り、皆一斉に走り出す。

 ある者は雨戸を閉じ、ある者は松明を手に村の焚き火台に火を灯す。

 少年たちは弓を手に村囲う高さ二メートル程の柵のすぐ内側にある見張り台に駆け上る。


 「サイ!手伝って!柵門を閉める!」


 丸太を組んで縄で縛ったバリケードで村の入口を塞ぐのだ。

 無いよりマシな程度の粗末な物だ。

 滑車も付いていないバリケードは押すとしてもかなり重い。

 年寄りと子供とサイ、十人がかりで掛け声一回でやっと三十センチ動かす。


 「ワニだ!五…いや、六匹!」


 見張り台の少年が弓を射ながら叫ぶ。

 掛け声と共に更に三十センチ押す。

 ふと顔を上げると、もう見えるじゃないのワニ。

 いやあれワニで良いの?


 全長五メートル超え、クロコダイル系の三角の鼻先、二列ビッシリに生えた鋭い牙、爬虫類独特の有鱗目(ゆうりんもく)、硬そうな鱗で覆われた体、側面の六本の脚に肩口から生える触手っぽい何か。長い尾は先端にいくほど刃の様な立った鱗が長さを増して、まるで何本も剣が生えている様だ。


 序盤ってオークとかコボルトとかじゃ無いの?居るかどうか知りませんけど。

 こないだの大犬もたいがいビビリましたけど。


 「最初から俺に言えって」


 駆けつけたイワンがバリケードに手を掛ける。


 「待って!そっと……」

 「あ!」


 メギョ……ッバキキッ……!


 ヤイヤが声を掛ける間もなくバリケードはひしゃげ半分が壊れてしまった。

 声も出ない。

 いや、こっち来てからずっと出てませんけど。

 声が出ていたら「イワンこっちゃない」とか言っちゃう所だよ。


 「イワン殿これを使って下され」


 村ババが二人がかりで引きずってきたのは、村長の家にあった柄まで鉄で出来た両手剣だ。

 鬼神イワンは両手剣を右手に握り軽く振った。

 怪力無双が武器を得た。何とかなりそうだと気を緩めた俺が悪かった。


 額から頬を伝う幾筋もの汗。

 俺の眼前にはワニが居た。

 俺の手には布で固く縛られたナイフが左右に一本ずつ。

 恐怖と緊張で地に足が着かない。

 腰には太い縄がグルグルに巻かれ腕が縛り付けてある。

 大切な事なのでもう一度言おう、地に足が着かない。

 物理的にだ。


 グアッと大きく開かれるワニの口、立った姿勢の俺に、上体を捻ってガブリつこうと迫る二列の鋭い牙。

 鬼神イワンの素早いステップで華麗に差し出される俺。


 ガブリ


 だが断る!

 いかに強靭なワニのいかに鋭い二枚刃であろうと、俺の皮膚は通さん。

 ぐおおぉ、っい痛てええ。

 イワンの突き出した鉄の剣が、俺を咥えた牙の隙間から、柔らかな口の中を貫通して脳に突き刺さる。

 素早く三度脳を突いた鉄の剣は、脳液を糸に引いて引き抜かれ横合いから振られた刃山の尻尾を受け止めた。


 なぜこうなった?

 いかに俺がタフでもこんな使い方が許される訳が無い。

 イワン、あんた鬼か。確かに鬼神ですけど。

 確かに俺はサイレントシールドですけど。

 鬼神イワンの左腕に盾の様に括りつけられ、ブンブンされてガブガブってされてるけど、冷静に思い出すんだ。


 イワンが力加減を誤ってバリケードを破壊、戦わねば村が危険、イワンがババから鉄の両手剣をゲット、うん、大丈夫だ記憶障害は起こしていない。俺は冷静だ。

 見張り台からスリングで油袋を命中させ、ヤイヤが火矢で着火、一匹を追い払う。

 イワンが颯爽と柵外に飛び出し大上段からワニの背中に強烈な一撃……が、ワニの背中の鱗は鉄の剣を弾いたばかりか、鉄の剣は微かに曲がった。力任せに叩き付けても切れないのだ。


 修練を積んだ剣ならば切れたやも知れぬ、あるいは大槌であったなら力任せでも叩き潰せたやも知れぬ。だが一刀で両断するイメージは崩れ去り、イワンは隙を作った。ヒュッと風切音がしてイワンは頬から血を飛ばした。触手は鞭の様に踊りイワンは作戦の変更を迫られた。


 そこからがオカシイ。

 急ぎ戻ってきたイワンの言うがまま、太縄は俺の腰とイワンの左腕をしっかりと固定し、イワンは二度ほど左腕を振ると「よし」と頷いた。


 よしじゃねえよ


 何で誰もオカシイとか思わないのか。

 そこへ、ヤイヤがナイフを持って駆けつけてきた。そうだよ命の恩人にこんな仕打ちはありえない、さあこの腰の太縄を切ってくれ。

 ヤイヤは俺の左右各々の手にナイフを握らせ布でしっかりと巻きつけ…「頼んだゼ」と目を輝かせた。


 もう敗北を認めよう。

 俺の感覚がオカシイのだ。

 ココにいる人の総意によって俺は鬼神の盾となったのだ。

 民主主義を守る盾だ、イージスだ。

 俺は右手のナイフに「キヤ」左手のナイフに「スメ」と名を付けて戦場へと向かった。

 イワンの足で。


 痛い!痛すぎる!

 牙、尻尾剣、触手鞭、いずれの攻撃も俺の皮膚は断り続けている。

 何度目かのガブリ、イワンの剣は別のワニの攻撃を防いでいた。

 俺は右手の「キヤ」に力を込めてワニの目玉に突き立てた。

 俺を咥えたまま激しく身を揉んだワニに、イワンごと放り投げられる。


 放物線を描いた後、俺をクッションに着地、イワンは受け身を取って立ち上がる。

 俺のことはもうどうでも良いようだ。

 距離が空いたのを幸いに油袋が飛んできて二つが命中、すかさず火矢によって着火された一匹が尻尾を巻いて戦線を離脱して行く。

 最後の一匹ももれなく俺を召し上がり、鉄の剣によって脳を破壊され動かなくなった。


 歓声がひどく遠くで聞こえる様な気がするが、全身に走る激痛でその後の事は良く覚えていない。

 ただぼんやりと流れ作業でダイヤルを組み立てる、アノつまらない仕事の事を思い出していた。

 時間から時間、うるさい班長、常に一人の食事、マザボの機嫌が良い時しか起動しないポンコツPC、四十過ぎて家族も無し。


 帰りたい……


 弱音すら吐けない異世界召喚に、諦めた様に薄く笑って俺は意識を手放した。



 寒い。

 体中がガクガクと震えている。凍えそうだ。

 吐く息もこんなに……熱い?

 熱い!全身が燃えるようだ!体中が真っ赤な鉄になったかの……。


 腕の中にひんやりと冷たい感触がある。

 火照る体にピタリとまとわり付いて、心地良い。

 ソレは涼感を失うとどこかえ消え失せ、冷たくなっては現れ……を何度も何度も繰り返した。


 目覚めた。村内の俺の寝小屋だ。

 夢を見ていた様な気がする。

 体中が昨日の打撲で熱を帯びている。

 顎にフサフサとした感触を覚え、きしむ上体を起こす。


 ラティーだ。

 明るい金髪が俺の胸に埋もれている。腰布一枚の半裸姿で、俺にまとわり付いている。

 水浴びでもしたかの様な濡れっぷりだ。ふと視線を転じると、寝床から小屋入り口、そして村の井戸まで水浸しの道がある。

 胸元のラティーに背線を戻すと、目覚めたのかラティーがゆっくりと目を開け、俺と目が合う。


 「おはようございます。サイ。熱は大丈夫ですか?」


 俺に体をまとわりつかせたまま、顔だけを俺に向け、顔を真赤にして照れながら、ラティーは囁いた。


 ラティーの話によると、昨日意識を失った俺は、打撲によるものか高熱にうなされたらしい。

 解熱の泥を全身に塗ったが体温を奪いすぎて今度はガクガクと震えだす。泥を洗い流しては塗り流しては塗りと繰り返してはみたが、温度調整が上手くいかないうちに泥が切れてしまった。

 濡らした布も体温を奪いすぎるようだ。


 そこでラティーが水浴びをして体を冷やし、肌を合わせて熱を冷ましてくれたらしい。熱が上がる度に水浴びで肌を冷やしては寄り添い、また水を浴び…一晩中井戸と寝床を行き来して。


 潤んだ瞳で上目遣いに「良かったですワ」と照れ笑うラティーを見て感極まった俺は、ラティーをきつく抱きしめた。ラティーも俺の背中に回した腕に力を込める。


 二人は目を閉じ、唇を塞いだ。

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