第2話 遭遇

翌朝。


 水の音で俺は目覚めた。寒い。

 仰向けの姿勢で鬱蒼と茂る樹木を見上げ俺の視界は、下から上へと流れていた。


 まだ頭がボーっとしている俺は、首だけ動かして周囲を確認する。

 流れているのは俺だった。水の上に浮いていた。


 俺は水に沈まない。寝相はすこぶる良い。

 ラッコの様な姿勢で浮かんだまま、眠れる特技を持っている。

 プールの監視員に何度怒られた事か……懐かしい……ゆっくりと流されながら昨日の夜を思い出す。


 召喚失敗、爺にふっ飛ばされた、声出ない、迎え来ない、せせらぎを聞きつけて水辺まで辿り着いて、水飲んで……水辺の岩棚に寝たはずだが?


 増水して流されたのか?良くエサにならなかったものだ。流石失敗でも勇者。


 「・・・・・・・」


 やはり声は出ないようだ、腹も減った。さてこれからどうするべきか。

 仕事行かなくて良いしラッキーとばかりは言ってられない。

 自給自足なんて出来ないから労働して賃金を得て、流通のお世話になっていたのだ。


 ココは異世界。体は少しばかりタフな様だが魔物だって居るだろうし、果物や野草の知識も無い。

 RPGで最初に所持金オーバーの防具でも買ったような詰みっぷりだ。


 目下の問題はさっきからガキが石を投げてきている事だ。

 大方死体でも流れてきたと思っているんだろうが……。


 あ、でも村とかあるかな?


 言葉が通じるかとか以前に、声が出ない以上接触してもコミュニケーションが取れない。


 このガキ、川幅が狭くなって来たのを良い事に、木の枝で突っつきやがる。


 ソコはダメだって!よし、もちょこっと近づいたらいきなり立ち上がって驚かしちゃる。

 だからソコを突くなって!よ〜し行くぞ!


 がばっ!


 「わーーーーーーーーーー!」

 「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」


 驚いて尻もちをついた濃い金髪の十歳位のガキの隣には、レモン色に近い位明るい金髪の娘がへたり込んでいた。

 俺はその美しい娘の顔に見入っていたが、目が合うことは無かった。

 娘はムスコと目が合っていたようだ。


 娘が白目を向いて気を失う。



 左手でさり気なく股間を隠しつつ、右手で娘を起こしてあげようと手を伸ばす。


 尻もちをついていたガキが、腰に括りつけていた短刀を抜いて斬りつけて来た。


「オイラの姉ちゃんから手を離せ!」



 うお!いきなり斬り付けて来るか!?

 まだ触ってもいないのだが、咄嗟の事で回避も出来ない。左腕をかざして頭を庇う。


 ゴキン


 痛い!だが痛いだけだ。


 木刀に色でも塗ったのだろうが、イキナリ切りつけちゃっちゃーハッタリにもならんよ。

 娘の頬を右手でペチペチと叩いてみるが起きない。


 その間もガキは木刀で執拗に攻撃してくる。


 いい加減痛いのでスッと左腕を引いて木刀を避けてみたところ、振り下ろされた木刀は勢い余って川辺りの大きな石に当たり「キンッ」と金属音を立てガキの手から落ちた。


 へ?


 ガキより早く木刀を拾い上げた俺は刃を見る。金属の刃がちゃんと研いであった。



 ATフィ○ルドキターー!

 ソコに居たのね母さん!


 チートに興奮した時、ソレは訪れた。

 ガキが川の対岸に目をやり、尻もちを付く。


 目線を追った俺はビビった。


 対岸に居たのは二匹のデカイ犬……いやバカでかい犬だ。

 俺が背中に乗れそうな程デカイ……いや俺がちっちゃいんだが。



 娘はまだ気を失ったままだ。尻もち付いてフリーズしているガキの頭を、短刀の柄でゴツンとやって正気に戻して短刀を渡す。

 俺が注意を引くからその隙に……と言おうとしたが声がでない。


 ええいもどかしい!どうせ動くやつ優先で追ってくるんだろう!

 囮になるために、川面の岩を跳んで大犬の居る岸へと走る。

 ちゃんとお嬢ちゃん連れて逃げてくれよ!


 大犬の息遣いと足音が迫る。


 襲っても喰えないと判れば、諦めるかも知れない。

 頼むぞ俺のATフィ○ルド!


 振り向かずにひたすらに走る俺の、左足首に激痛が走り地面に倒される。

 仰向けに上体を返した俺の胸を、デカイ犬の前足が踏みつける。咄嗟に上げた左腕に牙が突き立つ。


 だが断る!


 大犬の牙は俺の肌を通らない。

 通らないが…クソ痛え!大犬が諦めるまでこれに耐えるとか!MP無くなったらフィールド切れるとか無いだろうな!大犬は執拗に左足首と左腕に牙を突き立てる。


 仰向けに倒され、二頭の大犬に襲われている俺の、視界の端に光るものがあった。


 ギャワン!


 川を渡って加勢に来たのか、ガキが左腕に喰い付いている大犬の首元に、短刀を突き立てた。


 逃げろって言ったのに!あ、言ってねーか。


 大犬が激しく身をよじったせいでガキは飛ばされた様だ。

 左足に喰い付いてた大犬が噛む力を弱めた、おっとそっちに行くな。

 俺は大犬の首に脚を回して噛まれたまま首四ノ字だ、股間は噛まないでね。


 ガキが突き立てた短刀が浅く首元に刺さっている。

 右手を伸ばして短刀を抜くと、左腕の大犬の喉を引き切る。


 大量の出血だが弱りゃしねえ、短刀を逆手から持ち直して目玉の奥の脳ミソ目指して突き入れる!すかさず二度えぐる!二度三度痙攣してやっと大人しくなる。


 続けて首四ノ字にしてある大犬の、脳天に短刀をぶっ刺す!

 ゲキョっと頭蓋に弾かれて刃が刺さらない。

 こいつも目玉から脳ミソえぐってやっと倒した。



 自分の鼓動と息遣いがこんなにもうるさく、だが頼もしく聞こえたことはなかったな。

 俺は川辺りで大の字になって体全体で息をしながら空を見ていた。


 こっちの空も青っちゃー青か……。


 血まみれの勝利だった、俺の血じゃありませんけど。

 紙一重の勝負だった、甘噛みですけど。



 「おっちゃんスゲーゼ!」


 ガキが興奮して寄ってきた。

 怖がらずに顔を覗きこんでいるので、大犬の血の着いた指で頬にバッテン印を付けてやった。


 戦いに勝った戦士の証だ。


 ……が、露骨にいやぁな顔をされて二秒で顔を洗われてしまった。

 プレ○ター知らんのか!戦士の心を解さぬ蛮人め!


 「おっちゃんも早く、血洗い流さないと他のモンス来るゼ」


 無論ソッコーでキレイサッパリした。


 その間に娘は目を覚まし、チラチラこっちを見ながらも、ガキと一緒に大犬の毛皮を剥ぎ、肉を削ぎ、死骸を何かを掛けて焼いて穴に埋めた。

 実に手際良いおませさんだ。


 アレくらい普通なのだろうか?後で教えてもらおう、あ、声でねーわ。

 前途多難それ以外の言葉が浮かびませんけど。


 見上げた空は変わらず青かった。



 俺が金髪の姉弟の村に厄介になることとなって数日が過ぎた。

 村の連中は皆外人顔で髪は茶色系が多かったが眼の色はマチマチだ。


 外人の顔で何系とか判らんが、日本語に聞こえる言葉を話すので吹き替えの映画を観るような違和感がある。


 俺は声も出なければこの世界の常識も知らない変人だったが、勝手に記憶喪失って事にされて、タフなのも何かの祝福を受けていたのであろうと村ババ様達に勝手に結論付けられた。


 男手の無い村で、柵を治したり、井戸を掘ったりで重宝がられた俺を村人はこう名付けた。


 「サイレント・シールド」


 ちょっとカッコいい。

 「静かなる盾」

 でも呼ぶ時は「サイ」だ。角生えてませんけど。


 コンッカッン


 日も登らぬうちから村に響く削木の音。

 俺は丸太をくり抜いている。直径三十センチ程の丸太を三分の一程削ぎ、中をくり抜く。

 木を割ってしまわない様に、かつ作業速度を落とさない様に力を加減しながら。


 「サイーご飯ですワー」


 まだ朝もやの村の中、遠目にも判る輝くような金髪を輝かせて娘が走ってくる。


 ラティー、十八歳 明るい金髪にやや緑掛かった瞳を持つ色白な美人さんだ。

 傭兵で腕の立つ百人隊長だったかの婚約者がいたのだが出兵から戻らず、未婚だ。


 村にいるのはこれから男になる子どもと、昔男だった老人だけで、村ババ達はもったいないと念仏の様に唱える。


 ラティーの走る姿は何とも可愛いやらしい。

 たおんたおんである。

 プルンプルンではない。

 敢えて言おう!たおんたおんであると!


 「ヤイヤも待ってるから早くお願いしますワ」


 そう言って緩く絞った手ぬぐいを渡してまた走って行く。そして三回に一回は……。


 「いたっ!」


 コケる。ドジっ子スキル付きだ。キレイ系のお顔だけにレアスキルだ。

 もちろんすり寄っては見たが、婚約者の帰りを信じて待ちたいのだそうだ。健気なものだ。


 朝食はトウモロコシ?の粉から作ったパンモドキに、芋、豆のスープだ。

 夕食には肉や魚等の狩りの獲物が出される事がある。


 質素極まりないが慣れればこんなものかと言った感じだ。

 味は解るが、料理の為にお皿まで自分で焼いてしまう人程うるさくは無い。


 「なあサイ、そろそろアレが何なのか教えてくれよ、皆んな俺に聞いて来るんだゼ」

 「ワタクシも聞かれますワ。丸太を削って何をするんですか?」


 芋を頬張りながらタメ口をきいてるのが ヤイヤ、十一歳 やや茶の入った金髪の、気の強そうなガキだ。実際勝ち気で活発で行動力溢れる、村のガキ大将兼狩人頭だ。


 身長が低いのを気にしている様だが、大丈夫まだまだ伸びる。

 おっちゃん四十才で百五十センチだけど、まだ伸びると信じている。諦めたらソコで終了だ。


 ちなみに丸太を削って作っているものは水道だ。

 村には井戸が一つあるが、汲み上げ、運搬を炊事に畑にとなると男手の無いこの村では中々に重労働だ。

 井戸から水道で家や畑に流せれば随分と生産率は上がるはずだ。


 そして決して秘密にしている訳ではない。

 声が出せないサイは普段のコミュニケーションは村民だけ通じる手話未満のサインでしている。

 読み書きの出来るのも村長一家だけだ。


 そして図で説明しようにも俺は絵心が無い。

 ゼロだ。


 一度村の子供にアン○ンマンを書いてやったら泣かれた。

 村ババ様には「お前の絵には呪いが掛かっておる」とまで言われた。

 もう二度と書きませんけど。グスッ。


 その日の夕刻、水道を固定する石を集めに川辺に行き、村に戻ると何やら騒がしい。

 ヤイヤがわざわざ村の外まで出迎えて、ニュースを伝えて来た。


 「サイ!どこ行ってたんだよ凄いぜ鬼神の戦士が来たんだゼ!」


 え?キシン?何それカッコいい。

 平和な辺境の村にも、戦雲は忍び寄っていた。

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