無言召喚 ~『喋れないんですけど』~
クバ
第1話 無言召喚
水面に浮かび上がる様な浮遊感。
眩い光の中に、吸い込まれる様に浮いてゆく。
何だ?……夢?いや、夢から覚めるのか?
バシュ!
強烈な光と耳鳴りに、俺は平衡感覚を失って倒れた。
目を開いていたかも知れないが、何も見えない。
何かを叫んだかも知れないが、何も聞こえない。
頬に触れる感触は……石か?
何か事故にでも会ったのか?車にでも轢かれた?思い出せない。
とにかく俺は、無理に動かない事にした。
事故に遭ったなら、下手に動いちゃだめだ。
暫くしてようやく視界が戻り始め、耳鳴りが遠のいた。
俺を取り囲み、心配そうに覗きこんでいるのは、警官でも看護師でもなく……。
金の刺繍が入った白い法衣を着た、爺さん達だった。
何かを言っているが、良く聞こえない。
体を起こそうとして腕に力が入らず、俺は再び石の床に倒れこんだ。
「……失敗……すな」
「……ようじゃの」
「大人は初めてじゃが……ちっちゃいのう」
は?失敗?
何その急に残念そうな顔。
ちょっと助けてくれよ、動けないんだって。
「もう一度行けそうでしょうか?」
「道理で軽いと思ったんじゃ」
「隅にでも寄せておけ」
はぁ?何だとジジイ!怪我人を寄せておけだと!?段々腹が立ってきた。
……が、腹は立ったが足腰は立たず、結局マッチョな男に引きずられて壁際へ。
ちょ!痛い痛い!ケツ擦れてスゲー痛いんですけど。
壁際に転がされて自分を見ると、マッパだった。なんで?
そんな俺にお構いなしに、爺様達は輪になって立ち、賛美歌の様な物を歌い始めた。歌詞は判らないが凄い声量だ。
爺様達の足元……光ってないか?
それは二重円の中に六芒星を描き、隙間にビッシリと記号が埋め込まれた……。
魔法陣
それ以上にアレを適切に現す言葉を俺は知らない。
魔法陣の明かりが、周囲をぼんやりと照らし出し、石造りの床や壁、丸い柱、壁に掛けられた十字架が横に二つ並んだ模様のタペストリー等が見える。
教会なのか?
俺はプルプル震える腕で、どうにか上体を起こし、辺りを見回す。
爺様達の歌は益々ヒートアップし、既に賛美歌と言うより、どこかの部族の祭りの様だ、トランス状態で神と語るみたいな。
教会、魔法陣、儀式。
俺もあの魔法陣から出て来たのか?
召喚
バカな……と思いつつも、そんな言葉が頭に浮かぶ。
「中々の手応えじゃぞ!」
「大物じゃ!皆気を引き締められい!」
「今度こそ勇者様じゃ」
釣りかよ。そう言えば俺を釣り上げた時、軽かったとか言ってたな。
……今、勇者様って言ったか?しかも今度こそって。
「おなごのようじゃな」
「若いようじゃな」
何!?若い娘だと!?俺の経験から言わせて貰えばマッパでの登場だぞ!?
爺様達の歌声がひときわ大きく、激しくなる。
大詰めか?勇者ラフー(裸婦)の降臨か?
俺は魔法陣の中心を三十六倍ズームと念じながら注視した。
バシュッ!
やっちまった。
俺の視界は強烈な閃光に白く染まり、ブラックアウトした。
「おお、ようこそ勇者様!」
「何と美しい」
「ささ、これを羽織られよ」
今回は耳鳴りはしなかった。爺様達が娘の勇者を褒めちぎる声が聴こえる。
まだか!まだ俺のミノフ○キーは晴れないのか!
ようやく回復し始めた俺の視界に入ったのは、薄布一枚に身を包んだ……。
赤ちゃんだった。
邪悪な期待は裏切られたが、それはそれは可愛い赤ちゃんだった。
ようやく膝に力が入る様になった俺は、無邪気に笑う赤ちゃんに吸い寄せられる様にふらふらと立ち上がり、俺へと伸ばされたかの様なその小さな小さな手に指を伸ばした。
「無礼者がーー!」
法衣を纏ったヨボヨボの爺が、俺に向けて掌を突き出したかと思うと、全身がバラバラになるような衝撃と共にふっ飛ばされ、窓を破り建物の外へ……薄目を開けたら満月だった。
ちなみに高さ的には三階だった。
地上までの数瞬、お約束の走馬灯とやらは「召喚されてから吹っ飛ぶまで」をリピート上映していた。
こっちの記憶かよ!
ドスン
鈍い衝撃と共に地面に叩きつけられ、斜面を数十メートル転がり、更に崖から落ちたっぽい俺は意外さを感じていた。
体中痛いのは確かだが……。
俺はムクリと立ち上がる。
三階程の高さから落ちた筈なのに、骨折はおろか擦り傷も無い。
痛む体を擦りながら満月を見上げ、思い出してみる。
教会、儀式、魔法陣、勇者……。
そして実際に、魔法陣から現れたと思われる赤ちゃん。
勇者って呼んでたな……。
どんなに冷静に考えようとしても、一つの可能性だけが願望と共に拡大して行く。いや……まさか。だが……しかし。
異世界召喚
オレ勇者
そう考え始めると、このタフな体も辻褄が合う様な気がしてくるから不思議だ。
ちょっとテンション上がって来ましたけど。
色々試してみよう。
眼球だけを動かしてみる。意識を集中してみる。
……が視界にウインドウは……見当たらない。ゲーム世界では無い様だ。
次は……魔法だな。はやる気持ちを抑えて、満月に右手をかざす。
精神を集中させて、掌から火の玉が飛び出すイメージ……そして呪文。
「・・・・・・」
え?ワンモア
「・・・・・・」
ちょ、声出ないんですけど!
異世界っぽい所来て声出ないとか、魔法以前にコミュ障なんですけど!
丸腰なんですけど!ってか裸なんですけど!
誰も探しにも来ないんですけど!失敗勇者だからなのか?若い娘じゃなくて、おっさんだからか!?
遠くで野犬か魔物の遠吠え聞こえるんですけど!
あ、雲が流れてきて月まで隠れやがった。
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