第8話 もしかして、誘拐!?
横抱きで私を抱え上げるアーサー。凛とした横顔で馬車に向かって歩き出すが、こっちはそれどころじゃない。
助けてくれそうな人間はそこら辺に倒れているし、そもそも彼に勝てる人間が実在するのか。
このままでは何処かに連れて行かれてしまうのは確定である。それはまずい、とにかくまずい。
「あ、あのっ!」
とにかく勇気を出して声を出して話しかけると、アーサーは整った顔立ちを緩ませて微笑みかけてきた。
「おや、如何なさいましたか、ジュリア様? 間もなく馬車に着きますので今しばらくのご辛抱を……」
「いえいえいえっ、その、何か行き違いがあると思うので一旦降ろしてください!」
「むっ、敵の気配!!」
間の悪いことに、屋敷からぞろぞろと追加の警備兵が飛び出して……って、何で皆さん弓矢を構えているんですかね?
そんでもって、何で矢をつがえて力いっぱい弦を引っ張っているんですか?
「隊長、このままではお嬢様にも矢が!」
「構わん、やれ」
「はい……」
もしかして、諸共殺す気でやるつもりなんですか!?
って、兵士さんも死んだ魚の目をしながら矢を放ってきたんですけど!?
「ふっ、なんて忠誠心の低い騎士ども。その程度の矢が通じないことなど常識だというのに、実に哀れだな」
アーサーがふっと笑った瞬間、風が吹き荒れて放たれた矢を尽く吹き飛ばした。
そういえば、貴族の立場が上がれば上がるほど使える魔法も強くなるって設定があるんだっけ……?
そんなことを考えている間にも事は進み、ついでのように警備兵たちも吹き飛ばし、悠々と馬車を片足で開けるアーサー。
あれよあれよというまにぽいっと私を馬車の椅子に放り投げると扉を閉め、がちゃんと鍵をかけた……ってあれ!?
「ちょっとちょっと、開かないんですけど!?」
扉の取手をガチャガチャ回すが手応えはなく、押しても引いてもびくともしない。鍵を外そうと調べてみるが、それらしい仕掛けも見当たらず。ご丁寧に窓は外側に柵が設けられたものだった。
なんだ、この馬車!? まるで人を閉じ込めるために作ったかのような……ってやっぱり誘拐する気満々じゃないか!!
よしっ! と満面の笑みを浮かべた好青年(犯罪者)アーサーは馬車のタラップに飛び乗り、手綱を握ると「はいやっ!」と走り出させる。そして、すうっと息を吸い込むととある人物の名前を叫んだ。
「アランッ!」
その声に応えるように、屋敷の窓を割りながらアランが飛び出す。くるりと宙で回転すると華麗に馬車のタラップを掴む。
まともな人間ならばまず到底不可能な『高所から走り出した馬車に飛び乗る』という所業を彼はいとも容易く実行したというのに、その顔には焦りも達成感も感じられない。
「ふん、公爵家の護衛だからと楽しみにしていたが、大した奴はいなかった。これならアーサーに一任しても問題はなかったな」
「ご冗談を、アラン殿。俺だけでは時間が掛かってしまいます」
「それもそうか」
なにやら仲良くお喋りを始めた二人。その間にも馬車はスチュワード家の敷地を出て街の大通りを走り抜ける。
「たしかに、お前一人では間に合わなかったかもな」
「ええ、危機一髪でした」
途中、王家の紋章を掲げた複数の馬車とすれ違った。なにやら仰々しく鎧を着た騎士と正装に身を包んだヘンリーが険しい表情を浮かべていたが、一瞬の出来事だったからよく見えなかった。
そう、まるでこれから『反逆者』を捕らえにいくかのよう──
なんで!?
断罪イベントは回避したはず。婚約破棄は仕方ないにしても追放程度に収まるようにしたのに!
……ってもしかして、やりすぎた?
「見ろよ、奴ら何も知らないで屋敷に向かってるぜ」
「ジュリア様を処刑して反対の声を消す。如何にも卑怯者が考えそうなプランです。最も、屋敷に彼女はいませんけどね」
あくどい笑みを浮かべながら高笑いするアランとアーサー。今のところ悪役にしか見えないが、私を助けてくれたって事はいい人……なんだよね?
まあ、なんにせよ助かったー!
◇◆◇◆
能天気で考えなしのジュリアが拐われている最中、王家の紋章を掲げた馬車はスチュワード公爵家の門を潜った。
「スチュワード公爵が脱税していたとはにわかに信じられませんが、これも王太子の務め。まずは身柄を拘束してから屋敷の捜索に……」
馬車の中で王命に基づいて資料を確認していたヘンリー王子。揺れが治まったことに気づくと、顔を上げて従者が扉を開けるのを待つ。
恭しく声がけされた後に扉が開くと、ヘンリー王子の目に飛び込んできたのは衝撃的な光景だった。
割れた窓、折れた庭園の樹木に地に伏した警備兵。公爵家の屋敷とは思えぬほどの荒れ具合にヘンリー王子は我を忘れて絶句する。
「な、なにがあった!?」
慌てて近くに倒れていた警備兵を起こし、素早く状況を把握せんと行動する。
ヘンリー王子の背後では護衛の騎士達が周囲に目を光らせていた。
揺り起こされた警備兵は呻き声を上げ、薄目を開けてヘンリー王子の顔を見た後、喘ぐような声で報告する。
「う、うう……ヘンリー殿下。実は、ジュリア様が何者かに誘拐されました」
「ゆ、誘拐!? 一体誰がこんなことを!?」
「血のように赤い目の男と──マクシミアン伯爵です」
『マクシミアン伯爵』の名を聞いたヘンリーは驚愕に目を丸くする。信じられない事実に呼吸すら忘れて警備兵の肩を掴んで前後に揺する。
「マクシミアン!? アーサー・マクシミアン伯爵だと!?」
「うっ、そうです」
青ざめた顔をした警備兵を見て、慌てて手を離すヘンリー王子。彼が怪我人であることを思い出し、傷の手当てをするように部下に指示を出して考え込む。
「アーサー・マクシミアン伯爵……まさか、まだ生きていたとは。これは厄介なことになった」
ヘンリー王子は胸元から一枚の紙を取り出し、すらすらと屋敷での出来事を書き留める。護衛の一人を呼び寄せると、その紙を握らせた。
「ダミアン、この紙を父上に。その内容は決して目を通してはいけないし、他の誰にも見せてはいけない。頼めるか?」
「はっ、お任せください。必ずや届けてまいります」
紙を受け取った護衛騎士の一人、ダミアンは馬を呼び寄せるとひらりと飛び乗って王城へ走り出す。その背中を見送りながら、ヘンリー王子はふうとため息を吐く。
「一体、どんな手法で『鉄壁』の監獄から逃げ出したんだ。アーサー・マクシミアン……いや、狂竜爵」
己の出世のためなら平然と他の貴族の領地に攻め入る生粋の狂人。彼の前では常識も、武力ですらも通じない。
奇襲を掛けてようやく捕らえることに成功したものの、処刑するだけでは罰しきれなかったために監獄送りとなった人物。
幼い頃、一度だけ見かけたギラついた蒼い目を思い出してヘンリー王子は身震いする。
『血に飢えた目』『嗜虐に歪む口角』『感情と乖離した言葉』その誰もがヘンリー王子にとってトラウマを植え付けるには十分であった。
「どうか、僕の思い過ごしでありますように……」
そんな淡い願いを神に祈り、ヘンリーは現場の混乱を収めるために指揮を執るのだった。
どうあがいても革命〜もしかしてJKはスローライフな余生は送れない!?〜 変態ドラゴン @stomachache
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