第6話 もしかして、反逆!?
色々とハプニングはあったものの、舞踏会と決闘をなんとか回避した私は悠々自適に屋敷に戻ろうとした矢先ーー
「貴女が噂のジュリア・スチュワードか」
赤い目を細めた黒髪の少年、アランが待ち構えていた。本来、舞踏会では武装を解除しなければいけないはずなのに、彼の腰には間違いなく剣が見えた。
「先ほどの決闘、見学させてもらった。なかなか興味深い戦い方だった」
ぱちぱちと手を叩きながらアランが近づいて来る。
微笑みを浮かべる彼の顔を見て、私の頬を一筋の汗が伝う。
アラン・ザッハーグ。
今は滅んだ帝国の元皇子であり、この国へ亡命してきたという、社交界的に微妙な立ち位置のキャラクターである。勿論、秀麗な外見の通り攻略対象の一人なのだが……。
『力こそ全て』を地でいく性格なため、関わり合いになると十中八九決闘騒ぎになる。
ただでさえ、さきほどの決闘でズタボロだというのに、また決闘になんてなったら今度こそ死んでしまう!!
咄嗟に逃げようとして、反射的に一歩後ずさる。
「敢えて防御に徹し、自ら攻撃しないことで相手への批判を稼ぐ……俺が想像していたよりも随分と頭が切れるご令嬢のようだ」
やけに上機嫌に赤い目を細めながらアランが近寄ってくる。
背後には壁、前にはアラン。他に廊下を通る人間はおらず、二人きりという状況。嫌な予感しかしない。
「そんな貴女ならばこの国をより良く導けると思うのだが……どうだろうか?」
ああぁぁあぁぁあッ!! こいつ、反逆とも取られかねない言葉を口にしやがった!!
「いやちょっと……よく分かりませんねえ……!!」
出来る限りアランから顔を逸らしつつ、なるべく大きな声で拒否する。どこで誰が聞いているかも分からないというのに、なんて肝っ玉の座ったやつなんだ!!
「そう謙遜なさらず。貴女にはこの国を導けるだけの血筋も才能もある」
「いや、ちょっと……やめましょうよ、この話ッ!」
「あの日和見ポンコツ王子では国内の脅威に対抗できないでしょう」
「ほんと、勘弁してくださいッ!」
慌ててアランの口を押さえて周囲を見る。うん、他に人はいない。
よかった、もし外部に聞かれていたら国家反逆罪に問われてムショ行きという洒落にならない事態に陥るところだった……!!
「あの、私はこれで失礼します!!」
すっと脇を通り抜けて馬車が向かっている広場へと向かう。その時、アランが笑っているような気がしたがこれ以上彼のそばにいると胃に穴が開きそうなので気にせずその場を立ち去った。
◇◆◇◆
「興味深い令嬢だよ、まったく……」
アランは残忍な笑みを浮かべながら黒髪ツインテールの少女を見送る。
彼の記憶が正しければ、これまで『ジュリア』という令嬢は取り乱すばかりで碌な人間ではなかった。それがどうだろうか、今日出会った彼女は狡猾に立ち回り、聖女と名高いリリアを御した。
剣を持った相手を前に背中を見せるなど、相当な手練れか騎士道を逆手に取った卑怯者に違いない。勿論、アランは前者だと確信した上で笑みを深める。
「ああ、彼女ならばこの腐りきった国を変えられる! きっと沢山の血が流れ、終わりのない戦が始まるに違いないッ!!」
アラン・ザッハーク。
ゲーム内では『戦闘狂』というキャラ付けしかなかったが、続編となる前日譚の『炎の薔薇』では彼の生い立ちが詳細に語られる。勿論、ジュリアの中にいる人物はそのゲームを知る前に死んだので、知る由もない話である。
皇帝の三番目の嫡男として生まれた彼は、幼いながらに権謀策略渦巻く政治に巻き込まれた。信頼していた乳母、側妃であった母、兄や弟など身近な人間に裏切られるという孤独な時間を過ごす。
他の貴族も彼を遠巻きに見るだけで助けようとはせず、これ幸いにと彼を「帝国の恥」と声高く詰った。
交渉の道具として使われた彼は、失意の底にてこの世の真実に気づく。
自分が裏切られたのは、圧倒的なまでの力がないから。
他人を信用できないのは、己の心が弱いからではなく悪意や欲望こそが人間の本質だと知っているから。
戦いこそが人間の生きるべき場所。
善意を振りかざす連中は己を偽るだけの無能な集団。
ゆえに、彼は『決闘』におけるジュリアの振る舞いを見て確信した。
ああ、彼女こそこの国に争いを齎す存在だと。
でなければ、王太子を孤立させるような言動を繰り返し、その意中の相手である聖女を敵に回して権威を引き摺り下ろそうとするはずがない。
そんなことをするのはわが身可愛さに叫び散らす無能な連中か、王室に成り代わろうとする野蛮な貴族しかありえない。
勿論後者だとアランは信じているし、同様にかつてないほど胸が高鳴るのをひしひしと感じていた!!
「楽しみだ、実に楽しみでたまらない……ジュリア、その顔が返り血で染まった姿を早く見たいよ……きっと、この気持ちを『恋』と言うんだろうなッ……!」
これまでの人生で感じたことのない予感にアランは頰を紅潮させる。
その姿は『炎の薔薇』にて『暗月の血狂い』と称されていた青年ではなく、恋心を持て余すティーンエイジャーを彷彿とさせるだろう。
ただひとつ、彼の腰に下げられた血のついた剣を除けば。
うっそりと微笑みながらアランは城の廊下に通ずる部屋の扉を開ける。そこには王家に忠誠を誓う何人かの使用人が拘束されて横たわっていた。
「そのためには王家に反目する貴族と繋がりを持つ必要があるな……ふふ、待っていてくれ。ジュリア、この国を共に戦乱に落とそう」
狂った笑みを浮かべながら、アランは後ろ手に扉を閉じる。あとには耳を劈くほどの静寂が訪れるばかりであった。
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