第5話 もしかして、殺される!?

「決闘だー!令嬢と聖女がヘンリー殿下を巡っての修羅場だぞー!」

「あわわわ、殿下にご報告せねば!!」


 舞踏会の広場は遠巻きに私たちを見守る貴族と使用人で溢れていた。


 渡された剣を手に取って私はリリアと向かい合うように立つ。

 少し離れた距離に立つリリアはやっぱり凛とした空気を纏っていて、聖女なんだな〜ってしみじみ思った。


 はあ……どうしてこんなことになっちゃうんだろう。

 舞踏会に参加しろって言われて、何故か婚約破棄を賭けて決闘することになっちゃって……。


 な〜んか、ヒロインのリリアちゃんはバリバリやる気だし、剣の素振りまで始めちゃってる。

 まあ、でもジュリアにものすっっっごく虐められてたから仕返しできるならそりゃしたくなっちゃうよね。

 勝てば追放できるし、好きな人の為なら乙女は頑張れちゃう。

 そういう生き物だからしょうがないね。


「私だけでなく、ヘンリー殿下を貶めたその報いを受けていただきましょう」

「あの〜、やっぱりお料理対決とかじゃダメですかね?」

「あなた、お料理で勝敗をつけようなんてふざけてるの!?」


 剣で勝負するなんて野蛮だなあと思いつつも、渋々剣を抜く。

 い、意外と重たいな。これ。


「さあ、行きますよジュリア様ッ!!」

「えっ、ちょっ、ちょっと待ってあぶなあぁぁいッ!!」


 いきなり切り掛かってきたリリアをギリッギリで避ける。

 あと一秒でも反応が遅れていたら大怪我するところだった。

 私の横を通り過ぎたリリアはクルリと反転すると怒涛の突きを繰り出してきたーーッ!!


「あなたがっ!」


 剣の切っ先が私のドレスの裾を切り裂き、布の切れ端が宙に舞う。

 あまりの速さに殆ど反応できなくて、私はみるみるズタボロになっていくッ!!


「ダンスをしているなかっ!」


 ドレスをズタボロにしたリリアは今度は執拗に私の手足を狙ってきた!

 気づいた頃にはリリアの剣が私の皮膚を切り裂き、鋭い痛みが体中に走るッッッ!!!!

 すごく痛いッ!!


「私は国の瘴気を祓って悪魔と戦っていたんです!!さあ、無様で無力な己を呪いなさい!」


 あはははっ! と、高笑いをしながら振り上げられた剣がぶつかって、痛みに怯んだ私はついうっかり剣を手放してしまった。

 ま、まあこれで私は負けたんだし、リリアちゃんもこれで満足するでしょ……。


「……ジュリア様ッ、わざと手を抜きましたねッ!」


 って、バレてるぅぅうっ!?

 ……いやいや、この方生まれて初めて剣を握った私に手を抜く余裕なんてあるはずないでしょ!?


「そ、そうなのか?」

「敢えて手を抜くなんていう最大級の侮辱を繰り出すなんて……さすが公爵家、煽りのベクトルが違うぜ!」


 ひええええっ!?

 なんか、変な方向に誤解されてるんですけどぉ!?

 待って待って、思い出してよ私のへっぴり腰を!


「ふ、ふふふっ……いいでしょう。何がなんでも本気を引き摺り出して差し上げますわ!」


 なんか本気になってるんですけどお!?

 もう決着ついたじゃんか!! やめようよお!!


「貴女の実力よりも、私の方が上だということを思い知らせてあげます!」


 半泣きになった私にリリアが飛びかかるッ!

 咄嗟に転がって避けて剣を掴むけど、本気になったリリアの速さは残像すら残さずに消えてーー!


 ガキィン!!


「は、早すぎる!!」


 さっき拾ったばかりの剣にリリアの剣がぶつかって火花が散る!


 今の今まで忘れていたが、『漆黒の薔薇』というゲームは乙女ゲームなのだ。

 その乙女ゲームのなかでも異色の、パズルアクション要素を前面に押し出したシステムが盛り込まれている。


「これが、『救国の聖女』ッ!!」


 街で購入できるアイテムと法力という超能力を駆使して救国の聖女となったリリアはこの国有数の実力者。

 しかも、ジュリアの婚約破棄の話が出ているという事は、エンディングの最中ということになる。

 つまり……、そんな凄い人間相手に一般人JKの私が勝てるわけがない!!


 まずいまずいまずいッ!!

 このままだと負けを認めてもブチ切れるだけだし、かといって戦い続けるなんて無理!死んじゃうよ!!


 ……こ、こうなったらぁ!!


「ふっ、やはり噂に違わぬ実力ね」


 クルリとリリアに背を向けて剣をしまう!!


 どうだ、リリアッ!

 聖女として無抵抗かつ無防備な人間の背中に剣を刺せるかあっ!?


「な、何をっ!!決闘を放棄するつもりですか!?」


 さらに食らえ!!


「あなたの気持ちも、怒りもよく分かったわ。……だからこそ、私は負けを認めるわ」


 なんかそれっぽい台詞にちょっと物憂げな表情!!

 って、リリアに背を向けてるから見えないけど、多分他の貴族も『あんな良い人をこれ以上傷つけるのはどうかと思う』って言ってくれるでしょ。多分。


「私の気持ち……?」


 おっ、なんか食いついてきた。

 よし、ここは『決闘申し込まれたのも計画のうち』みたいな強者の余裕を出しながらついでに自分の婚約破棄と追放を前面的にプッシュしていこう!


「さあ、このなかに私の婚約破棄と追放に異議を唱えるものはいるか!」


 周りの貴族をぐるんと見回す。

 いいぞ、いいぞ。みんな呆気に取られてぽかーんってしてる。

 でも反対されたら困るなあ……。リリアの話だと反対している人がいるっぽいし、念のため釘を刺しておこう。


「異議を唱えるものがいるのなら、が相手となりましょう!」

「えっ!?」


 さりげなくリリアを巻き込むと、誰もがさっと目を逸らした。

 たっぷり時間をかけて待ったけど、誰も何も言わない。


「それでは、私はこれで失礼します!」


 力強く宣言して舞踏会から退場!


 よし、これで平穏無事(?)に婚約破棄&追放される手筈は整ったわね。おまけに決闘もなんとか回避したし、私ってば天才!


 あとはヘンリーがなんとかしてくれるでしょ!!

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