203 神国にて その1


「スキルを入れ替えたい」

 へ、とその言葉にクロは処女宮ヴァルゴを見た。

 名ばかりメイドとして日課の掃除の仕事を(といっても本職の掃除職に比べれば大したことのない量だ)終えたあと、人のいない処女宮の私室に戻ってくると、ごろりとベッドに転がっていた処女宮がクロに言ったのだ。

「やーっと余裕ができたので十二天座のスキルを入れ替えた~~い」

「えっと……どういうことかな?」

「冷蔵庫にケーキがあるから。今日はそれね」

 冷蔵庫とは冷却系魔法がセットされた『マジカルステッキ』を組み込んだ保冷庫だ。

 ユーリが国内に広めたという低位の魔法機械である『マジカルステッキ』は本来SPの回復ができない使い捨てのものだが、燃料たる生物系のモンスターが稀にドロップする魔石を交換することによって長期間使えるように改造が施されている。

 しかし魔石は軍事用にも定数確保が推奨されており、神国においては冷蔵庫は購入も維持もまだまだ高価なものだった。

「ケーキ……ケーキ、あった」

 クロが、処女宮の部屋に設置された冷蔵庫を開ければ、毒殺を防ぐためだろうか? 念入りに密封された飲料水のボトルの傍に、都市で評判のケーキ屋のケーキが箱に入れられて鎮座している。

 箱を開ければ、クロの分もあるのか、二人分のケーキが入っていた。

「あー、えっとなんだっけ?」

「スキルの入れ替え! ただスキルを入れ替えるにも、ユーリくんは嫌がるしね……十二天座も、たぶん乗り気じゃない」

「嫌がる? えーっと、それはどういうことかな? ユーリ……くんって、Rスキルでしょ?」

 はっきりと聞いたことはないが、恐らく転生者である少年をくん・・づけで呼ぶことがクロにははばかられた。

 とはいえ、処女宮たる天国千花に舐められるのも嫌だなぁ、という気持ちでくん・・、と強気で言う。

 小さなことでも精神的なマウントを取りたがる千花と付き合うには少しだけ気持ちを強く持たないとクロにはきついのだ。

 とはいえ、クロをこうして助けてくれたように、きっと根は悪くない人物であるとクロは思っているし、遊んでくれるので、処女宮が持つそういった気の強さは嫌うほどのものではなかった。

「どうにも、スキルは軽い・・方が使いやすいとかなんとか……熟練度が下がるとホムンクルスの研究が滞るとかも……ユーリくんレベルなら別にスキルを変更しても問題ないと思うんだけど……そもそもなんか、あの子ってスキルレアリティとかどうでも良さそうなんだよね」

「軽い? スキルが?」

「なんかエンジンとかに例えられたんだけど……強いスキルは強力な分、使う時にパワーがいるんだって、ユーリくん的にはそれだと咄嗟の錬金が使いにくいから錬金術のままでいいとか。よくわかんないね。あの子、たまに変なこと言うから」

 ベッドから起き上がった処女宮はてくてくと歩いてソファーに座ると、鏡を取り出して乱れていた髪に櫛を入れていく。

 クロはその仕草に少しだけ見惚れる。顔だけはいい、と転生者たちの中で言われる処女宮。

 確かに処女宮はそうだった。動作がモテた者のそれなのだ。端々に、自分の美貌に自信を持つ人間の気配が漂っている。

 美人の仕草を自然ととれるということは、この世界で美少女の身体を手に入れたクロでも簡単にはできない。

 どうしても前世に染み付いた自信のなさが出てしまうのだ。

 だからクロは、処女宮の前世はきっと、モデルか女優かはわからないが、そういった美貌を使う職業をやっていたに違いない、と考えている。

「何? クロちゃん。私のことじっと見ちゃって」

「な、なんでもない。紅茶、淹れたよ」

 ありがと、と処女宮はテーブルに上に置かれた紅茶に砂糖とミルクを入れていく。

 スキルの変更は、人を使い慣れている処女宮がそんなに悩む問題かとクロは思った。

「ぱぱっと変えちゃえば?」

 所詮他人事だ。気軽に言えば処女宮が嫌そうな顔でクロを見る。他人事だから軽く言ったことがバレていた。

「嫌がる人間が何人かいるのよ。でも変えないといけないんだけどね。ニャンタジーランドの十二剣獣はベーアン以外はSSRで固めたから。数年後のパワーバランスを考えれば、今のうちに変えられる人間は変えないといけない。幹部の差が出て面倒なことになる」

「スキルの変更を嫌がる? なんで?」

「使い慣れた道具に対する執着でしょ。それと活動的な奴ほどスキルをバンバン使ってるから、一時的な弱体を嫌がってる。でね。一応、ユーリくんが来てからは余裕ができて、神国出身の、つまり私が付与したスキルを持っていた犯罪者なんかが持ってたスキルは回収してストックして、それを新しく生まれた子にあげて、ガチャで出てきたSSRスキルをこつこつと集めておいたのよ」

 ふーん、とクロは思った。あまり興味はない話題だが、処女宮が話すので聞いているといった風情だ。

 そんなクロは自分もソファーに座ると、ケーキを口に運ぶ。

 作った菓子職人の腕が良いのだろう。舌の上で溶けるクリームの舌触りと、クリームの甘さを和ませるケーキ生地にクロの目が細められる。美味しい。

「クロちゃん、聞いてるの?」

「聞いてる聞いてる。だから変えちゃえばいいじゃん」

「わかってて言ってるでしょ……スキル変更で起こるあれこれがめんどくさいのよ。いきなりトップが動けなくなったら、下の人間が不満を持つし、抱えてる仕事が滞るじゃないの」

 ふーん、とクロは同意のうなずきを返した。その気分はわかる。クロもだからスキル変更はやりたくなかった。小国だからこそ、十二剣獣などの高ランクユニットは貴重だ。それが一時的にも無能化するのは避けたい。スキルを変えた直後は通常業務ではなく、半年……下手をすれば一年ぐらいスキル訓練に従事させなければならなくなるからだ(高レアリティスキルほど熟練度の溜まりは遅い)。

 かといって放置しておけば、その歪みは永遠に続くだろう。

 今やらなければならないが、やるとめんどくさいからやりたくない、というのが君主におけるスキル変更に関するものだった。

「幹部を最初にSSRスキル持ちで固めておけばよかったのに」

「優秀だから前線に送ったら死んだり、そもそもトップの適性がなかった子だったり、賢すぎて嫌いな奴もいたんだもん」

「なにそれ」

 くすくすと笑うクロに対し、処女宮は疲れたように「まぁ、やるけど」とインターフェースを立ち上げた。変更前に最終チェックだった。

「獅子宮はそのうちレベルに対してスキルが弱すぎて役に立たなくなるから変える。巨蟹宮も能力に対してスキルが弱すぎるから変える。天蝎宮も上位スキルにしたいけど……あの子は今は抜けないから、もうちょっと人が揃ってからかな……金牛宮は、うん、問題ない。変える……人馬宮はスキルがゴミすぎるから変える……双魚宮と宝瓶宮は忙しすぎて無理……っていうか宝瓶宮はたぶん錬金術を欲しがってるけどね」

 特に双魚宮は変えられない。彼女の持つ『外交官』のスキルには魅了系や説得系スキルに対する耐性がある。

 この忙しい時期に熟練度が0のスキルに変更すれば、穴の空いた桶がごとく情報を引きずり出されるだろう。

 だから処女宮が決めたそれは、軍事の三人と、一人変えたところで影響の少ない内政畑の金牛宮に関してだ。

 これは状況に追い詰められてのこともあったが、大規模襲撃までの間に戦争予定がない、という点でようやく着手できたことだった。

「あれ、宝瓶宮さんってスキルのレアリティ下げたいの?」

「あいつはユーリくん信者だから自分も錬金術にしたいだけだし……というか宝瓶宮を現場から離すと止まる仕事があるからさ」

「ふーん、キリルちゃんは? あー、でもあの子はダメかな」

「え? クロちゃん的にはキリルちゃんのスキルって変えちゃダメ? あの子ってユーリくんみたいに現場はあまり出ないし、がんばってくれてるからスキル変えてもいいかなって思ってるんだけど」

 処女宮は宝瓶宮用に用意してあるスキルを見た。『叡智の釜エメラルド巨人の母タイターン』。

 URユニークレアスキル、これは錬金系の上位スキルであり、所持玉璽数2で解禁された技術ツリーから取得したオンリーワンスキルでもある。

「っていうか、キリルちゃんって交渉系の方がいいかな? 双魚宮に用意してあるのを上げてもいいと思う?」

「いや、ヴァルちゃん。言ってから思ったけど、キリルちゃんのスキル変更はダメじゃない?」

「ダメって?」

「いや、だってあの子にとって錬金術って、ユーリくんと一緒だから嬉しいみたいなとこあるじゃん?」

「え、マジで? そんな甘酸っぱい感じだっけ? えー、じゃあやめとこっかな。キリルちゃんのご機嫌はとっておきたいし」

「うんうん。乙女の怒りは怖いしね」

「乙女~? まだ可愛らしいちっちゃい子供じゃん?」

「いやいや、私だってあのときぐらいの年齢で好きな子いたし」

 きゃいきゃい言いながら二人はキリルにスキル変更に関しては忘れることにした。


                ◇◆◇◆◇


 定例十二天座会議の場で、天秤宮リブラは子供の使徒の影響でふてぶてしくなった処女宮ヴァルゴを前にして、言葉を失っていた。

「……処女宮。それは本当に女神アマチカの言葉か……?」

「何? 天秤宮、女神アマチカの言葉を疑うの?」

 昔は鸚鵡おうむがごとく女神の言葉を繰り返すだけだった処女宮は、ユーリという使徒を得てから数々の政策を十二天座会議で発言するようになっていた。

 その処女宮が提案する新たな制度に天秤宮は言葉を失っている。

「……もう、もう一度、女神アマチカの言葉を頼む。処女宮よ……」

「もちろん、何度でも……ああ、何度でもはね。でももう一度というならもう一度。女神アマチカの啓示を伝えるわ……はい――我が忠実なる十二天座たちよ。これより神国の統治制度に、最上位たる『教皇』を設置します。教皇は天秤宮、お前です。お前の政治感覚は優れている。誰かを優遇せずに全体のことを考え続け、この神国アマチカを支えたその功績を我アマチカは讃え、神国アマチカの統治をお前に任せます。もちろん様々なことは、今までと同じように枢機卿会議で決めなさい」

 信じられないという顔をしていた天秤宮だが、処女宮の透徹とした顔を見て、深く頷いた。

 続けて、と女神アマチカという建前で処女宮はユーリと共に考えた政策を発言する。

「領土の拡大に際し、枢機卿の数が足りなくなってきました。枢機卿の枠を増やします。十二天座はこれは、と思うものを推薦しなさい。推薦された者は十二天座による投票にて新たな枢機卿に定めます。ただしニャンタジーランド教区の獣人は信仰が薄く、二年間は枢機卿への推薦は受け付けません。代わりに使徒ユーリを新たな枢機卿に任じます。よろしいですね」

 これは二ヶ国、三ヶ国を有したことで解放された宗教系技術ツリーの一つ、『教皇の就任』『枢機卿枠の拡大』が開発が終わったからできることだ。

 ただし、十二天座の権益を侵すことになるこれを了承させるにはこういった荒業が必要になる。

 神々しい空気を纏った処女宮の言葉に、会議の場に参加している十二天座たちは言葉もない。

 処女宮を馬鹿にしていても、解任できないのはこのためだ。


 ――言葉に重みがある。空気がピリピリとする。


 この空気を纏ったときの処女宮は完全に別人だ。十二天座は、否、女神アマチカの信徒はけして逆らえない・・・・・

「それと、獅子宮、巨蟹宮、金牛宮、人馬宮。お前たちのスキルのレアリティを上昇させます。力は一時的に失いますが、次の戦いまでにしっかりと鍛え直しておきなさい」

 は、と四人の男たちは処女宮に対し、跪く。

 十年以上を死線を共にした自身のスキルに愛着はあるが、こうも強い言葉で言われれば逆らえるわけがない。

 そうしてから処女宮はにこりと笑った。女神の微笑だ。

「我が忠実なる十二天座よ。お前達の忠実なる働きはとても良い。我が力が及ぶ範囲も増えた。信仰を捧げる信徒も増えた。ゆえに、領域を守り、信徒を守るために、そして唯一絶対なるアマチカの教えを守るために。この先も、今まで以上に命を賭して励みなさい」

 はッ、と処女宮を除く十一人が、処女宮に対して跪いた。


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