204 キリルのお仕事 その4


 キリルの執務室に入った処女宮は「キリルちゃん! お祭りするから準備よろしくね!」と気軽・・に言った。

「お祭りって……お祭りをするんですか?」

「そ、するの。旧茨城領域征伐おめでとう女神アマチカからお褒めの言葉がありましたわーいパーティーね。十二天座会議でもう通ってるから、キリルちゃんは式典の用意してね。はい、命令書。人員は適当に自分で調達して」

「……えっと……」

 戸惑いながらもキリルは命令書を見て、固まった。

 異様に分厚いその命令書に書かれた文字を見てだ。

「あ、あの処女宮ヴァルゴ様……この天秤宮リブラ様の教皇就任というには? というか、『教皇』ってなんですか?」

「教皇っていうのは枢機卿の上、神官系の正当派生四次職だね。強力なジョブではあるんだけど、今回は戦力的には関係なくて、単純に国主を決めるためのものね」

「国主、ですか……」

「国の領土が増えたから、自然と統治形態変えることになったの。ユーリくんのニャンタジーランド教区領ができたあたりから国家運営が変になってたのを正すために、ちゃんとしたトップがいるの。おわかり?」

「お、おわかりです」

「そ、よかった。さて、キリルちゃんもそろそろレベル50ぐらいだけど、何か就きたいジョブとかある? 使徒は自動的に『司祭』になるんだけどね。キリルちゃんが望めば変えられないこともないわけだけど」

 通常、司祭になるためには神官の試験を受けて、『神官』の資格を取ったあとに、『神官』のレベルを上げ『司祭』の試験を受けて資格をとる必要がある。

 このとき試験結果を偽造しても司祭になることはできない。きちんと試験に合格し、システム的な転職資格を得る必要があった。

 神国における兵士などのジョブは『兵士』と『神官』の資格の両方を所持したときになれる神聖魔法の使える兵士である『神官兵』が主力だが、これらの神官や司祭の資格はこの神国では自身の俸給や出世に関わるために、全く関係のない兵もとるよう推奨されていた。

 就きたい職に就くには、それらの職に対する理解を得なければならないが、君主である処女宮が持つ権能を使えばキリル一人ぐらいなら、希望するにジョブに変更することも可能だった。

 ただし司祭から他の職に変更することは多少の問題もある。

 神国に神官が多いのは、技術ツリーの関係で多くの補正を得られるのが神官だからだ。

 とはいえそういった補正を捨ててでも、純粋に役目のために他の職を選ぶ者がいないわけでもない。

 処女宮が提案している転職はそういう意味だった。

「はぁ……別に今のままでも大丈夫ですけど」

「そ? よかった。でも何か希望があるなら言ってね」

「はい、処女宮様。ありがとうございます」

 キリルが今任じられている使徒に付属する『司祭』職は、交渉において非常に有利に働いている。

 使徒である時点でキリルは強力な権力を持っているが、これに重ねて司祭であるために、下位職である神官や同格である司祭に命令がしやすかった。子供であるために舐められやすいキリルにとっては能力よりもこういった身分的な強さを持つ職の方がやりやすい。

「それで処女宮様。えっとスキルの下賜が女神アマチカから十二天座の皆様に行われるということですけど……そういうこともあるんですね」

「あるよー。とても偉大な功績を上げた人にだけだけどね。あ、それでキリルちゃんもなんか欲しいスキルある? 錬金術の上位スキルとかお願いすればいけるかも?」

 悪戯っぽい笑顔で処女宮が言えば、とんでもないとキリルは首を横に振った。

「私は今のスキルで十分です。錬金術はいろいろなことができるので不満もありませんし……」

 処女宮はキリルをじぃっと見てから「そ? まぁ欲しくなったら言ってね」とその話題を打ち切ろうとすれば、キリルが少しだけ気になった風に問いかける。

「あの『錬金術』って、『錬金術師』以外にも上位スキルがあるんですか?」

「ん? あー、どうだろ。確か、錬金術師以外のSR系の錬金術派生だと『科学者』とか『仙薬医』とかかな。上位スキルは基本的に下位スキルの混合ってのが多いから……あー、思い出してきた。一万人一人ぐらいの確率で与えられるSSRスキルなんかは錬金と医薬の混合の『パラケルスス』とか錬金術だけの上位の『トリスメギストス』とかあったね。まー、所持者はみんな死んでるけど。昔は神国にもいたんだけどねー。うん」

「死んで……」

「優秀な子から大規模襲撃で前に出ちゃってたから、しょうがないね」

 てへへと笑う処女宮。

 とはいえ、SSRスキルをその人間たちが持っていても、彼らを処女宮は宝瓶宮には選ばなかった。

 他者への面倒見の良さや、扱いやすさという点では現宝瓶宮が勝っていたからだ。

 スキルの切り替えをそのときにやっていればもう少し楽だっただろうな、と未だに後悔したりもするが……ここまで来てしまった以上、前を見ることしかできない。それに――と処女宮は内心の考えを述べる。

「でもね、SSRスキルがあっても人間一人で何かを変えることできないよ、やっぱり。ユーリくんでもなきゃね」

「処女宮様、ユーリは……」

「うん?」

「ユーリにはスキルは下賜されないんですか? あれだけ偉大なことをしているのに。女神アマチカは何もユーリに与えないんですか?」

 キリルの必死な訴えを聞きながら、処女宮はさて、どうしようかな、とキリルのほっぺたに手を伸ばし「うにゅ」ゆっくりともみほぐしながら返答した。

「安心して。ちゃんとユーリくんには褒賞が与えられるよ。とても名誉な褒賞がね」

 ふぁい、と嬉しそうに頷く小さな少女キリルを見下ろしながら、処女宮は曖昧な笑顔の裏で考える。

(ユーリくんが首都アマチカから離れて教区に行ってもやっぱりユーリ派は根深いなぁ……)

 ユーリ派。いつのまにか神国に発生していた連中だ。歯がゆい存在だ。

 とはいえユーリを排除するわけにもいかない。ユーリ派は統治の邪魔だが、ユーリがあれほど功績を上げてはどうにもならない。

 そして処女宮としても何もしていないわけではない。

 各枢機卿たちの活躍をそれとなく説法という形で伝えたりもしたが、民衆というのはとかく派手な方向に興味が向かいやすい。


 ――ユーリの活躍は、目が眩むような華々しいものの他、生活に密接したものなど多岐に渡る。


 かといって、別に他の者の活躍が霞むわけではない、と処女宮は考えられるようになっている。

 天秤宮がいなければ公正に裁判はできないし、金牛宮がいなければ内政は止まる。

 双魚宮がいなければ外交は成り立たないし、天蝎宮がいなければ他国の情報を仕入れることは難しいだろう。

 他の枢機卿も、兵士も同じだ。誰一人欠けても神国は成り立たない。

 だがそういうことを地道に宣伝したところで民衆にはなかなか通じない。彼らから信仰が消えたわけではない。彼らだって十二天座を崇めはする。

 だが、それは女神アマチカの威光が先に立つ。十二天座個人を崇拝するのは、ごく一部の人間に限られた。

(ユーリ派に関しては、なかなか信仰ゲージを維持するようにコントロールができないんだよね……)

 だからキリルを始めとするユーリ派の存在を、処女宮は苦々しい想いで受け入れている。

 これをどうにかするには、ユーリ派に対抗する派閥を作って、それを処女宮のコントロール下に置けばいいのだが……新たなユーリは誕生してくれていない。

(まぁ、あんなのがあちこちにいられても困るけど)

 近いと言えばキリルがポストユーリに近いが、問題はそのキリル自身がユーリ派だということだ。

(……まあ、まだいいか・・・・・……)

 天秤宮を教皇に据えたのは、国内のユーリ派に対して毅然と接することができるのが天秤宮ぐらいしかいないからだ。

 金牛宮や人馬宮はユーリに近づかないが、かといって天秤宮ほどバランスを重んじない。

 もちろんユーリは頼りになるので処女宮としてもユーリには感謝の念しかないし、これからも頼るつもりではあるが――ユーリとユーリ派なる者たちは別だ。

(どーにかしないとなーとは思うんだけど……)

 制御できないユーリ派に対し、ユーリ自身も面倒臭がっている節がある。

 そう、ユーリ派の面倒なところはユーリの指示で存在しているというわけではない点だ。

 こうして直接説得できるだけ、キリルはまだマシな方で、民衆の中には勝手に杞憂をして、勝手に信仰ゲージや忠誠値を下げかねない者までいる始末だった。

(めんどくさ……)

 信仰系技術ツリーの中には思考の自由を一定量奪うことで無理やり忠誠や信仰を維持する技術もあるが……。

(一度やったら解除できないからなぁ……)

「あにょ、処女宮様?」

 ふにふにとキリルのほっぺたを揉みほぐしながら、処女宮は何? と問いかけた。手をほっぺたから離す。

「この命令書で、ユーリが枢機卿になるということですが、それはどういう意味でしょうか? その、ユーリも不老不死・・・・になるんですか?」

「不老不死? え? なんで?」

 困惑する処女宮に対し、キリルは心配そうな顔で言う。

「現在枢機卿である十二天座の皆様方は老いず、死なずじゃないですか」

「ああ、十二天座と枢機卿はまた別だよ。今回は三次職である『枢機卿』の獲得枠を増やしただけで十二天座の枠が増えたわけじゃないからね」

 職業は基本的に技術ツリーによる専用訓練施設の建設が必要で、また社会的な地位のあるものに関しては所有数に制限がある。

 だからいくらレベリングしても王国などでは大将軍が一万人も存在しないし、神国では国民全員が枢機卿になるということはない。

 領有国土が増えることで解禁される『枢機卿枠の拡大』はこの制限を緩め、国内の枢機卿枠を増やすものだった。

「そう、なんですか……」

「安心した? まぁ、ユーリくんは当分、不老不死にはならないけどね」

「ほ、ほんとですか?」

「ふふ、一生子供のままなんて不便じゃん。女神アマチカもそこまでひどくないよ」

 キリルの喜びを微笑ましく見る処女宮の言葉は本当だ。


 ――『子供』は制限が多い。


 子供は学舎でのステータス成長率は高いものの、最大HPの低さなど、死にやすさが大人と段違いだ。

 また身体特徴が生存に向いていない。

 身長の低さや移動速度の遅さ、リーチの不足は戦闘においては不利を招く。

 また外交、内政においても初見の相手には舐められるとあって、子供の外観は不利しかない。

 これらの特徴はユーリに『錬金術』があっても、軽々に覆せない大きなデメリットである。

 ということは理屈を語らずに(処女宮本人も理屈ではあまり理解していない)、「ユーリくんも大人の男に憧れてるからね」とキリルの頭を優しく撫でる。

 想い人ユーリがきちんと成長することに安心したようなキリルに「じゃ、そういうわけだからお祭りの準備よろしくね」と立ち上がる処女宮。向かう先は部屋の出口だ。

 処女宮自身には、このあとは部屋に戻ってベッドの上でゴロゴロしながらインターフェースを見て、国内の不埒者を発見するという仕事があった。

 とはいえ、ここまでの偉大な式典をやらなければならないキリルの心労は如何ほどのものか。

「えぇ、と……これ、やっぱり私たちだけでやるんですか?」

「任せたよー。好きなようにやっていいから」

 仕方ないですね、という諦めたようなキリルの声。

 だが、あ! というキリルの何かを発見したような叫びが直後に処女宮の耳に届いた。そこには喜びの色が混じっている。

「ユーリ! この式典に参加するんですよね!! 処女宮様!!」

 キリルとユーリは最近直接会っていない。だからこその喜びの声。

 それに、そうだよーだから頑張ってねー、と処女宮はひらひらと手を振るとゆったりとした歩調で部屋から出るのだった。


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