202 港にて
――ニャンタジーランド、海岸付近の港街にて。
波の音と、潮風が窓から室内に入ってくる。机の上の時計に私は視線を向けた。
「時間か……」
スマホの電源を落とした私は休憩室から外に出て、応接間に向かう。
待たせている人間がそこにいる。
(緊張するが……しっかりと気を持たないとな)
これから会いに行く人間は特別な人間だった。
造船ドックでもあるここには多数の作業員がいる、彼らに挨拶をしながら私は廊下を歩いていく。
そんな私に、通路の脇で待っていた護衛の兵が合流してくる。
兵というか、ニャンタジーランドの十二剣獣が一人、ドッグワンだ。
余計なことをしない。やらない。話さない。その一点において、教区の中で最も信頼がおける護衛が彼である。
「スマホの電源は切っていますか?」
シェパードのような大きな犬耳を頭から生やした青年であるドッグワンは、全く戸惑った様子もなく私に答える。
「はい、ユーリ様」
ウルファンやバーディならば何かを問いかけてきただろう。
そういう意味で、この男の愚直な忠実さは私にとって都合がよかった。
「これから向かう先で起こることは他言無用でお願いします。それと、ないとは思いますが、万が一私が殺された場合は処女宮様に一部始終を報告するように。教区に関しても遺書も用意してあるので、そのとおりに行動してください」
「はい……まぁ、ユーリ様を殺させやしませんが」
「ええ、頼りにしています。ですがそういうこともありえる、ということで。何かあったら私のことは無視し、自殺して大聖堂で復活してください」
自殺させるのは捕まったら面倒だからだ。そんな私に神妙な顔で頷くドッグワン。まぁ、殺されはしないだろう。
彼も旧茨城領域での戦いで高レベルのオーガどもを殺しまくったことと、戦争の勝利ボーナスで多量の経験値を貰っている。
そういう意味では、彼の強さは人間側でも上から数えた方が早い
さて、と私は目的の部屋の前で立ち止まった。私に気づき、扉の前に立っている兵が会釈をしてくる。
「ユーリ様、お客様が中でお待ちです」
「
「はい。それと言われた通りに、私のスマホの電源もオフにしています」
兵が見せてくる画面に私は頷いた。電源はついていない。つまり、処女宮様に察知されていないということだ。
そうしてから私は集中法を使って、SPの海に潜り、館全体にSPを通す。少し以上に疲れるが、やらないわけにはいかなかった。
(
天蝎宮様が持つ、探知スキルを無効化する権能『ワンタイムジャマー』。
ワンタイムジャマー状態のあの人が暗殺者のスキルで影に潜めば、あらゆる探知スキルの索敵を防ぎ、無敵の諜報能力を得られる。
敵に対して万能なその力は、同時に味方である我々にも効力を発揮する。
(……処女宮様が私に対して行うとは思えないが……)
処女宮様の用心深さは、私にとっては見習う所が大きい反面、こういった行動をとるときに不利だった。
(大丈夫だな……SPに反応はない)
浸透させたSPの反応は通常だ。検証の結果では隠蔽スキルなどを使った際は、そこからSPが消失したり、微妙な
この感覚がない以上、味方も敵も諜報は隠れていない。影も全て調べてある。何もない。
「諜報はいません。ドッグワン、入りますよ」
「はい、ユーリ様」
そうして私は扉を開けた。
◇◆◇◆◇
その男は、学生服にも似た服を来た男だった。傍らには黒髪の、甲冑を身に着けた女兵士のごとき護衛を連れている。
「よ、ユーリ」
「どうも……本当に来たんですね」
「おいおい、お前が交渉したければ、神国に来ればいいって言ったんだろ?」
「それでわざわざ海を渡ってここまで来るのは、その行動力に尊敬しますよ」
ははは、と笑って彼はほら、とスマホをテーブルの上に置いた。電源が切れている。「『毘沙門天』、お前もだ」と彼は傍らの女兵士に命じる。
すっと差し出される彼女のスマホの電源もまた切れている。
「録音でもすると思っているのかは知らねぇが、お前に不利なことはしないつもりだぜ?」
私とドッグワンもスマホをテーブルの上に置いた。
「その点ではお互い信用し合うしかないですね。では話を始めましょう。私もここでのことを他の人に気づかれるわけにはいかないので」
彼は肩をすくめて「わかったわかった。せっかちな奴だな。だが同感だ。さっさとやっちまおう」と口角を釣り上げた。
彼の護衛は無言のままだ。しかし薄く閉じられた目の隙間から、ぎらぎらとした敵意にも似た視線が向けられていることはわかる。怪しんでいるのだろうか? まぁ、私が同じ立場だったら、一度も会ったことのない他国の人間と自らの主が親しそうにしていれば疑念ぐらいは抱くだろう。
何も考えずに、ただ私を守るために傍に立っているドッグワンこそが異常なのだ。
「まずは、自己紹介を始めようか? あらためてこちらでははじめましてだな。神国のユーリ。俺は『
「毘沙門天です。よろしくおねがいします、ユーリ様」
――『護法曼荼羅』のセンリョウ。四国、旧高知県に存在する国の君主だ。
いや、隣国を滅ぼし、君主を殺して、下剋上を果たした一般転生者と言った方がいいか。
「神国アマチカの処女宮が使徒ユーリです。センリョウ様、毘沙門天様、よろしくおねがいします」
「十二剣獣のドッグワンです。よろしくおねがいします」
どっかりとソファーに腰を下ろしていたセンリョウ様は、腰を曲げてこちらにずい、と顔を伸ばしてくる。
「で、本題だが。俺と神門幕府に対する同盟を組んで欲しいってのは、
「センリョウ様は神門幕府とは組まないので? あちらの方が勝率が高いですよ。神国もいずれ降伏をしたい、と算段を立てています」
「はッ、そう言いながら、ユーリは近畿連合に支援をしているようだが? 神門から聞いたぜ。レベルの高いスライムを送り出していて、つい最近は蟹型モンスターまで出してきたと」
「ただの商売ですよ。近畿連合が神門幕府を倒せればよし、神門幕府が近畿連合を倒してもよし、どちらでもよかったので。うちとしては貿易でだいぶ儲けさせてもらいましたから」
「ほー、その考えて北方諸国連合にも貿易をしているのか?」
「随分、いろいろ知っていますね。それもミカドがセンリョウ様に?」
「いや、北方諸国連合に関しては君主用のチャットルームだ。お茶会と同じ場所が君主用に用意されてるんだが……知らないのか?」
以前処女宮様に連れられて行った『終焉地』のことだろう。転生者会議は全体が参加して話す唯一の機会だが、通常時でも使えることは処女宮様から聞いて知っている。
最近は、いつ言っても誰もいないとも。だが……今は北方諸国連合がいるのか?
「いえ、それは知っていますが……まさか――自国の貿易情報を話すような方がいるんですか?」
「話すっていうか、戦争に強い神国と繋がってるってアピールすんのは自国強いアピールの一つだろ? 毎日、北方諸国連合の誰かしらが宣伝して、対王国の同盟を組もうって言ってるよ。まぁ、距離もあるし、落ち目の北方諸国連合と付き合おうって奴はいねぇが。それより話を戻そうぜ」
「え、ええ、そうですね」
調子が狂ってしまった。まぁ無意味とは言えないが、かと言ってやるならやるで貿易相手なのだから一言ぐらい欲しかったが……。
「俺らが神門幕府と手を組まないのは単純に奴が強すぎるからだ。四ヶ国を有し、
確かにそれは正しい。そもそもミカドはゲーマー気質だ。
一時的に手を組み、敵の注意を分散するならともかく、長期的な同盟は嫌がりそうだった。
そう、経験値や玉璽を奪われかねない同盟相手など彼にとって邪魔そのものでしかない。
「ですが、なぜ
センリョウ様が望んで来たのは、神国アマチカと護法曼荼羅の同盟ではなく、ユーリとセンリョウの同盟だ。お茶会仲間同士の同盟だ。
「お前が俺と同じ立場だからだよ。ユーリ」
センリョウ様が私をじっと見つめてくる。
学生服の彼はギラギラとした目で言う。
「なぁユーリ。生まれた瞬間にここがクソみてぇな世界だと俺は気づいたよ。システムに縛られたクソみてぇな世界だ。スキルで生まれが決まる世界だ。日本が崩壊してようと変わらねぇ凡人どもが支配する世界だ。だから俺はやってやった。だらだらとクソみてぇな内政するクソ君主のクソだらけの尻を拭うなんて耐えられねぇから俺は俺の君主を殺した。内々に奴らがやってた四国会合のときに乱入してよ、愛媛の君主も殺してやった。玉璽は俺に同心してくれたこいつと、他の協力者に盗ませて」
指で毘沙門天様を指し示すセンリョウ様は続けて言う。私を睨みつけるように言う。
「ユーリ、てめぇも神国の処女宮を殺して君主になれ。お前が君主になればもっと国を自由に操れるはずだ。後発の転生者として、一緒にミカドを倒さねぇか?」
私は無言だった。彼の提案を胸の内で転がしながら、できることを口にする。
「……ひとまず神国から兵器の援助で手を打ちましょう。漂着した他国の船団ということでセンリョウ様のことは報告しますので――」
「ユーリッ! ミカドを殺せるチャンスは今だけだぞ!! これ以上、奴が玉璽を破壊すれば強化ボーナスを得た奴を止められる奴はいなくなる!!」
「私に、そこまでの野心はありません」
不老不死を得て、死なずに国を運営し続けるなど私としてはごめんだ。
私の目標は私と、
そして、そこに自分よりも年下の少女を、自分が国を自由にするために殺す選択肢は入らない。
舌打ち。いつのまにか立ち上がっていたセンリョウ様はどっかりとソファーに腰を下ろした。
つまらなそうに私を見る。
「処女宮がそんなに魅力的な君主か? チャットルームで評判を聞いたが、カスみたいな評判だったぜ?」
「魅力的かはわかりませんが……まぁ、可愛らしい方ですよ」
つまんねー奴、とセンリョウ様は言ってから私に手を差し出した。その目は諦めた目ではない。ミカドを倒すという意思を込めた目で私を見ている。
「わかったよ、紹介状を頼むぜ。いっちょかっちょよく書いてくれ」
かっちょよく、は保証しかねますが、と私は懐から出した紙にペンを走らせるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます