199 キリルのお仕事 その2
――首都アマチカ 本庁舎六階『ニャンタジーレストラン』
防音設備の伴った個室にキリル、
円形のテーブルに頼んだ料理が並べられていく。
ニャンタジーランド産の高レアリティ素材を使った全ステータス補正効果のある、神国風に味付けされたニャンタジーランド料理だ。
女神アマチカへ日々の糧を得られたことへの感謝の祈りを捧げてから彼らはそれぞれ料理に手を伸ばしていく。
「……こ、こんなのは、ニャンタジーランド料理じゃないよ……」
子蟹を植物油で揚げた料理を口にしながら猫耳をふるふると震わせてクロが言う。
「お、美味しすぎるよ……! ニャンタジーランド料理っていうのはもっと貧乏くさくて! 調味料なんか使ってなくて! 砂とか土とか混じったものなんだよ!!」
「ふーん。貧乏臭いね。っていうか十二剣獣に嫌がらせ受けてたの? クロちゃんって。大使館の料理はまともだったけど」
力説するクロを余所に、ニャンタジーランドのダンジョンで取れる万年鶴と千年亀のスープを処女宮はスプーンで啜りながら気のない返事をした。
「うぐぅッ――!? ひ、酷いよ!!」
へこむクロを無視して、処女宮は双児宮に問いかける。
「これ、すごい美味しいね。あっちじゃこれを毎日食べてるの?」
処女宮の問いに、双児宮はいいえ、と首を横に振る。
「これは富裕層向けの食材で作った料理ですね。あちらではもう少しグレードの低い、大量生産できるものが主流です。何より現在は神国から食料支援を受ける身ですから、なんとか切り詰めてやっているという感じですね」
ほー、と感心した処女宮は焼き立てのパンをちぎって口に運ぶ。
それを横目に、キリルが双児宮に問いかけた。何度か聞いている質問だ。
「双児宮様、ユーリはちゃんと食べてるんですか?」
「ええ、もちろん。私が三食付き添っていますので」
細腕をぽんぽんと叩いて、白髪の少女、双児宮はキリルを安心させるように微笑んで見せる。
「最近は私が軽食を作ってあげたりもしていますからね、安心してください、キリル。ユーリの体調管理は万全ですよ」
「いや、双児宮さ。ユーリの母親じゃないんだから、仕事してんの君?」
処女宮の呆れたような声に双児宮はつん、とした表情で「貴女が私にただいるだけでいいと言ったのでしょう?」と返した。
「ただいるだけでいい? 十二天座が?」
クロの問いに、処女宮は「この子のスキルは学舎に置いとくだけで生徒の学習効率とか成長率が爆上がりするから、いるだけでよかったの」となんでもないように言う。
「それは、すごいね。獣人はそういうスキルは出にくいから、当たりだったじゃん」
クロの感心したような言葉を双児宮は澄ました表情で聞き流す。
処女宮はそんな双児宮にこいつやっぱり生意気だな、という表情を向けながら問いかけた。
「でも、私が言うのもなんだけど、どうするの? 貴女はこれから」
「どうする、とは? 処女宮」
「
ああ、と双児宮はどうでもいいように答える。
「天秤宮とユーリと交渉して、私の学舎の統括範囲を増やしてもらいました。開発したツリー技術『姉妹校制度』で私の権能の範囲を元他国領土にも適用されるようにしていただきましたので、私に関しては何も問題はありません。ニャンタジーランドに設置されている学舎に私の権能は適用され、私の家は広がり、私の愛しい子供たちは健やかに育ちます」
うわぁ、という顔をする処女宮。この世界における教育ノウハウを熟知している双児宮が国内全部の学舎を担当するのは神国にとって非常に都合が良いが、それはそれとして双児宮が楽をしてむかつく、という顔をする。
「えーと、ヴァルちゃん。双児宮の権能ってそんなに便利なの?」
「便利だよ、すごく便利。双児宮の権能なら、全学舎にこの子のスキルが適用されるの。双児宮は権能から戦闘関係を完全に削ぎ落とした代わりに教育特化の調整がされててさ。うちが生きてこれたのはこの子のおかげっていうぐらいに助かってるけど。それはそれとして、生意気に育っちゃってさ。あんなに可愛かったのがなんか歪んでるし」
双児宮のほっぺたを突こうとした処女宮の指を双児宮が素早くはたき落とす。
ひりひりとした自分の手を見下ろしながら処女宮が双児宮に問う。
「双児宮……レベル、上がってない?」
「旧茨城領域の戦闘で私も働きましたから、経験値を頂きました」
つん、と自分の前に置かれた蟹と猪肉のグラタンにフォークを伸ばしながら双児宮は処女宮に冷たく言う。
「それより処女宮はどうするのですか? 使徒たちは忙しく働けど、貴女はこうして仕事から逃げ出している。如何に貴女が神国唯一の女神アマチカの啓示を聞ける者であっても、最近の貴女の態度は少し目に余りますよ」
「まー、土地も増えたし、私も仕事を考えてないわけではないんだけどさ……」
その場の全員が目を丸くした。
「か、考えてたんですか? 処女宮様」
「ひ、酷いねキリルちゃん」
「私も驚いてる。ヴァルちゃんって身の安全には注意しててもその辺適当だったからさ」
「クロちゃんも!!」
「その、処女宮……それは私が聞いても大丈夫なんですか? 女神アマチカの啓示ではなく、貴女の考えなんですか?」
「貴女の考えっていうか、私の考えでもあって、ユーリくんの考えでもあって、あとはまぁ、女神アマチカも了承してる感じのあれこれではあるんだけど……」
「女神アマチカが」
「なるほど。それなら」
神国人にとっては特別な意味の言葉に双児宮とキリルが即座に納得した空気を出す。
それに乗れないクロは少しだけ怯えた目で二人を見て、処女宮は当たり前のように二人のリアクションを受け取った。
「ま、次の十二天座会議に上げるよ。たぶん天秤宮も納得すると思うし……」
「それは、根回しなどは必要ないんですか?」
双児宮の問いに処女宮は「いらないよ。女神アマチカの言葉だし、たぶんこれより良い案はないと思うから」と返すのだった。
◇◆◇◆◇
防音室でそれぞれが食事を片付け、デザートのプリンに舌鼓を打ちながら歓談していれば、そういえばと処女宮は言った。
「キリルちゃん、時間はいいの?」
「ええ、まだ少しだけ余裕がありますので、大丈夫ですよ」
人馬宮との約束の時間にはまだ少しだけあった。もう一つか二つぐらいは話しても時間は問題ない。
「キリルちゃんは近畿連合について話を聞いてるかな?」
「……それは、ええ、まぁ……」
難しい話題だな、とキリルは思った。一国が落ちた連合だ。なんとか耐えているという情報は入っているがもう一国も陥落間近だという。
覚悟して話を聞こうとするキリルだが、処女宮も双児宮も茶飲み話のついで、と言った空気だ。
「近畿連合かぁ……顔見知り程度なんだよね、私は」
呟くクロはニャンタジーランドの元君主ということで獣人との交渉では顔が利くが、相談役としては役に立たない。
とはいえキリルにとってクロは友人の一人である。
悪い印象を持たないように努力して良く思うように心がけながら、キリルは話を聞く姿勢を取った。
「近畿連合の有力者の亡命を受け入れるかどうかについては知ってる?」
「ええ、まぁ、そんな話はユーリからちょっとだけ聞いてますけど」
難民に備えて食料の余裕を作れ、とキリルはユーリから指示を受けていた。
国内消費を切り詰めるわけではないが、だから食料関係の案件をキリルは優先して解決している。
「じゃあ、北方諸国連合からも援軍要請もしくは亡命を受け入れて欲しい、という要請が神国に来ている件は?」
「聞いてないわけじゃないですけど……」
それもまぁ、聞いてないわけじゃない。
ただこちらに関してはまだ未定に近い。神国の軍事力で援軍など送れない(スライムや蟹を送るぐらいがせいぜいだ)し、そもそも亡命を受け入れる状態ならばそのまま共同してくじら王国を叩いた方が勝率は高いだろう。
だがその場合は、おそらくエチゼン魔法王国や七龍帝国が出てくる危険性がある。下手に出兵する判断はできなかった。
亡命に関しては旧茨城領域を占領し、陸路が繋がったから受け入れるぐらいはできるだろう。
「で、次に」
「次? え、ヴァルちゃん。まだあるの?」
「あるのよ、クロちゃん」
処女宮とクロのやり取りを黙って聞いているキリルは、次の言葉が本題だと思っていた。
処女宮の表情に少しだけ嫌そうな気配を感じたからだ。本音では断りたいが、奇妙な誘惑のある提案をされたに違いなかった。
「くじら王国と一緒に北方諸国連合を叩く案」
鯨波からユーリくんに書状が来てね、と処女宮はテーブルの上にくじら王国の王印の入った書状を投げ出した。
「……え?」
クロが呆然と処女宮を見ている。
処女宮は「うちとしては、まぁ因縁はあるけどそれを捨ててでも共同で弱国連合を叩いてもいいかなって。神門幕府が大きくなってしまった以上、時間の余裕もないしね」とクロを無視して続けた。
そして処女宮はにっこりと笑ってキリルに問いかけた。
「で、どれがいいと思う? 今のどれかにユーリくんを使おうと思ってるの。でも来年の大規模襲撃にも備えなきゃいけないし、だからやるなら一つだけかな」
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