200 キリルのお仕事 その3
――首都アマチカ 本庁舎六階『ニャンタジーレストラン』
円形テーブルを囲むように座った四人の少女たちが、黙り込んでいた。
高官の会食にも使えるようにと防音加工された部屋で、
双児宮はキリルを信じるように見つめ、クロは怯えたように処女宮を見ていた。
最初に口を開いたのは処女宮だ。軽快な口調で話を進めていく。
「私のおすすめは、くじら王国と組んで、北方諸国連合を叩くことかな。くじら王国が大きくなるのは嫌だけど、奴らが力で征する代わりに私たちは交渉で降伏させながら北方諸国連合を侵略するの。そうすれば北方諸国連合は王国と神国を天秤に掛けて、情け深い神国側に降伏する。これなら兵を極力使うことなく、奴らの国を奪うことができる。うちのネックである人口も増えるし、いいことかなって」
「ヴァルちゃん、くじら王国と手を組むの?」
「何? ダメなの? クロちゃん」
え、いや、と処女宮がにやにやと笑ってクロを見つめる。
元ニャンタジーランド君主であったクロとしては鯨波は憎き敵でもある。そう簡単に飲み込めることでもない。
「獣人の反発は予想できるけど、ユーリくんがちゃんと教育してるから許容範囲内だしね。むしろ遺恨を抱えたままってのは私としてはどうかなって思うなぁ。一度喧嘩したら二度と手を組めないっておかしくない? 別にうちが大きな被害を受けたわけじゃないし。それに王国と手を組めるなら北方諸国連合を飲み込みつつ、帝国、王国、魔法王国の同盟に神国も噛ませて貰ってみんなで神門幕府を迎え撃つっていうこともできるじゃん。現状、あの三国が大きくなれないのは神国を警戒してってのもあるしね」
それでもクロは納得できないのか、処女宮におずおずと言う。
「鯨波が裏切ったら?」
「
「なんでそんなことが言えるの?」
「裏切る理由がない。っていうか、裏切ってどうするの? 六千の軍でオーガ四万を敗走させた人間と喧嘩しようなんて思うわけないでしょ。そんな勝てるかわかんないことするぐらいなら弱い国を切り取ってから外交で神国の他の人間を切り崩した方が楽に決まってるじゃん」
外交? と首を傾げるクロに向かって処女宮は言う。
「そう、例えば私とかね。ユーリくんは私の使徒なんだから、私から鯨波に差し出すように仕向けるとか。ユーリくんを直接狙えないならそういうこともできるわけ。もしくは国内の反ユーリくん勢力に頼んでユーリくんを暗殺とか、誘拐してもらうとかかな」
もしくは弱みを狙う、と処女宮はユーリくんはキリルを見る。
「ユーリくんを直接狙うのはリスクが高いから、キリルちゃんなんかちょうどいいね。ユーリくんがキリルちゃんを特別扱いしてるのは、調べればわかるから、キリルちゃんをそうだね。くじら王国の高官との結婚に使わせる、とかかな。代わりにうちはあっちの国の地霊十二球の一人でも送って貰うの」
「それは、いやです。さすがに処女宮様に命令されても」
キリルが処女宮を睨みつけるように言えば、処女宮は楽しげにキリルに言う。
「女神アマチカの神託でも?」
「……それは……その……」
「ユーリくんだって無敵じゃない。国土が大きくなった以上、彼の手が回らないところもでてくる。だからキリルちゃんの結婚でくじら王国と優位な同盟が組めるなら私としてはありかな、とも思えるわけ。対くじら王国に注ぎ込んでる神国の人材をさ。他のことに使えるなら次の大規模襲撃に備えることもできるし。とはいえ、私もユーリくんの怒りを買いたくないから今の所はそこまでする必要はないかな、とは考えてるけどね。誤解しないようにね」
話がずれたね、と処女宮は紅茶のカップに口をつけた。
「今の所、くじら王国は裏切らないと考えていいよ。あの国も旧茨城領域をユーリくんが落としたって情報を流してからは本国の守備のために軍の半分以上を本国に戻してる。なにしろユーリくんが動けば、くじら王国の王城が落ちるかもしれないって不安があるからね。なので、あの国としてはこれ以上時間を無駄にしないためにもうちと本気の同盟を組みたいわけ」
「どうにも考え方が賢しいですね処女宮。それはユーリの受け売りですか?」
ばれた? と処女宮は双児宮に向けて舌を出してみせた。
処女宮はユーリから事前に、くじら王国から交渉があってもキリルを使うなと釘を刺されていた。
そのときに処女宮はユーリから現在の情勢に関しては教えられている。
「ま、そういうわけで王国とは交渉をしてもいいってわけ。弱っている北方諸国連合をくじら王国と共同で叩けるなら叩かない理由がそもそもないしね。納得できた? クロちゃん」
「う、うん……でもちょっと嫌かな」
んー? と処女宮が隣に座っているクロに向かって手を伸ばし、黒い猫耳をくにくにと指で動かせば、クロが「や、やめてよぉ」と情けない声を上げる。処女宮は楽しげに「生意気言うなぁクロちゃんは」とにやにや笑っている。そうしてから、それで、とキリルに言う。
「他の案に消極的なのは、まず北方諸国連合の亡命受け入れ。あれを受け入れる理由がない。鯨波の挑発に乗って開戦を選んだクズどもが負けそうになったからって神国に逃げ出してくるのがむかつくからね。
「コン……? あの、玉璽って……他の国にもあるんですか? 処女宮様」
「あるよ。各国に一つずつ」
キリルの問いに処女宮が答えれば双児宮が奇妙なものを見る目で処女宮を見る。
「処女宮、それも女神の啓示ですか。どうにも貴女は……いえ、なんでもないです」
「なに? 双児宮。気になることがあれば言えばいいのに」
「ユーリが来てから、少しばかり調子に乗ってるように見える、と言っただけです」
調子に? と言われて処女宮が口角を楽しげに釣り上げた。
「昔の方がよかったかな? 双児宮としては。君たち十二天座に神託を告げるだけの巫女の方が」
言われて双児宮は少し考えて、そうしてからいえ、と首を横に振った。
「私が出会ったころの貴女が戻ってきたように思えて、少しだけ嬉しいだけですよ。陰気そうな顔で神託を告げるだけの貴女は、今よりずっと見苦しかったので」
「陰気……ふん、そうかも……そうだったね」
それで、とキリルを見る処女宮。
「近畿連合の亡命に関しては、受け入れれば神門幕府の攻撃目標になる理由を与える点かな。近畿連合にスライムとか武器を輸出してることは神門幕府にバレてただろうけど、そのうえさらに近畿連合からの亡命を受け入れれば神国が神門幕府の属国になる道も閉ざされるし。んー、まー、この辺りは王国案に魅力を感じている私が他の案に対して悪い印象を持つようになっていることは否定しないけど。こんなところかな」
ただ処女宮としてはもうひとつ理由があった。天国千花としての視点だ。
違う国家の君主を、クロのように完全に心理的な優位を取れている者以外を受け入れることが嫌だという事情がある。
属国ではなく、亡命時の仕様がわからない点も今ひとつ乗り切れないところでもあった。
人材を吸収できず、神国内に亡命政権を作られたら面倒だ。
(ただ、そこまでして国家を維持したい連中だとは思えないけど……)
自分と同じ境遇なら、負けたと認識した時点でどうでもよくなるだろう、という楽観が処女宮にはある。そういう意味では受け入れてもいいかもしれないが、だからと言って神門幕府が攻め込みたくなるようなものを抱えるのはどうだろう、という感情はやはりある。
――処女宮は争いごとに興味はない。
神国は近畿連合に
これを亡命を受け入れるとなれば当事者になってしまうことは確実だ。
それが処女宮としては
システム的な有利は得られるし、人材も増えるだろう。
だが例えばそれが神門幕府の逆鱗に触れて、自分たちを絶対に殺すと決意させてしまう理由になったらどうする。
そこまで踏み込みたくはない。ただでさえ、周囲に敵を抱えているのだから。
陸で離れていても、神門幕府は旧大阪領域に港を持っている。そこからニャンタジーランドに向けて兵を送ってきてもおかしくはないのだ。
とはいえ転生者にしかわからない話だ。そこまではこの場では言わない。
それに受け入れたら受け入れたでユーリがうまくやってくれるだろう期待が処女宮にはある。だから強い反対はしなかった。
「さてキリルちゃん。どうしたい? そろそろ時間だけど」
「……私は……その……」
その? キリルは九歳時だ。まだまだ子供で、様々な仕事を任せて知能ステータスも上がったといっても生きた年月は九年しかない。
難しい判断はダメかな、と処女宮が会話を切り上げようとしたとき、キリルが決意したような表情を見せた。
「近畿連合と、北方諸国連合の亡命の二つを受け入れればいいと思います」
「いや、それはユーリくんだって難しい――」
否定しようとした処女宮に対し、切り込むようにキリルは言葉を被せた。
「私たちが片方をやればいいじゃないですか! ユーリだけに任せないで!!」
「……私たちって……」
「私たちです!!」
小さな胸を張って、そんなことを言うキリルに、処女宮はえぇぇと呆れたような声で応え、双児宮はくすくすと楽しげに笑うのだった。
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