198 キリルのお仕事 その1


「忙しい! 忙しい!!」

 若い神官が処女宮ヴァルゴが管理する庁舎の中を走っていく。

「おい! 走るな! 歩け! 迷惑だぞ!」

 若い神官の勢いに、歩いていた年配の神官が注意するも年若い神官は「すみません!」とだけ叫んで走っていく。

「ひぃぃ……! お、怒られてしまった!!」

 十四、十五歳ぐらいの少年神官は胸いっぱいに抱えた書類の束をぎゅっと抱きしめた。

 その顔から幼さは抜けていない彼はそうしてその部屋の前にたどり着く。


 ――『事業相談室』使徒キリルの執務室だ。


 若い神官はドアを開けるなり怒鳴りつけられた。

「ラムゼイ! 遅いッ!」

「は、はい! すみません!!」

 机にかじりついてスマホ片手に計算をしている中年男性がペンを机に叩きつける。

 ラムゼイと呼ばれた少年神官は持ってきた書類を、恐る恐る中年男性の机の前に置いた。

 そうして部屋の中を見渡した。目的の人物がここにはいないことに気づくと残念そうな顔をする。

「あのー、キリル様は……?」

「今日は金牛宮タウロス様のところだ。ニャンタジーランドに輸出する資材に関する相談をしている」

 残念そうにため息をついたラムゼイ。その胸に中年神官は新しい書類を押し付けた。

「ニャンタジーランドへ送る食料の新輸送方式における効率計算が終わったぞ。お前はこれを白羊宮アリエス様と宝瓶宮アクエリウス様に届けて、意見を聞いて、そうしてから余る人員を他の事業に使えるか聞いてくるんだ? できるな?」

「お、俺がですか……」

「お二方はお前の縁戚だろうが! だからお前に行かせるんだよ!! ほら、行け」

 再びペンを握った中年男性は次の書類に取り掛かった。

 他にも数人いる神官たちも机に向きあっている。書類を真面目に睨んでいたり、どこかと連絡をとっていたりと忙しない。

(親戚といっても……血の繋がりはないんだけどなぁ)

 それでも他の人間が行くよりはマシだろうと、ラムゼイは渡された書類を胸に駆け出すのだった。


                ◇◆◇◆◇


 金牛宮の執務室。質実剛健そのもののような主を表したような部屋に、一人の男と二人の少女がいた。

「ユーリからはマジックターミナルの輸出量の増強打診を受けてます。それと春になって、食料は自給自足の目処が立ってきたので減らしても良いそうです。あとは最高ランクの聖水の輸出を増やせないかとも、宝瓶宮様からはどれも大丈夫だと言われていますが――」

「使徒キリル、宝瓶宮の言葉は無視しろ。あいつは使徒ユーリの要請ならなんでも受けるからな。それとマジックターミナルは国内でも使う。もちろん旧茨城領域の事情はわかっているから要請には可能な限り応じるが、各部隊の増員に合わせたマジックターミナル配備が終わってない本国軍の現状を考えれば、使徒ユーリの要求量には到底達しないだろう」

 マジックターミナルはダンジョンドロップで作るうえ、輸出するためのレベリング箇所にも限界がある。

 対面のソファーに座る大男、金牛宮の言葉にキリルは唸る。

「難しいですね……」

「それを考えるのが使徒キリル、君の仕事だろう。俺ごときを納得させられないのならば、天秤宮リブラは到底納得させられないぞ」

 金牛宮に言われ、キリルはインターフェースの数字を見ながら頭を働かせた。隣に無言の白い少女――双児宮がいるが彼女は無言で紅茶のカップに口をつけるだけだ。

(レアメタルの取得数がネックなのよね……)

 キリルは考える。レアメタルはもともと殺人機械から確率でドロップするアイテムだ。

 ただそれだと供給が難しいので、神国ではダンジョンドロップである魔法チップを還元することで安定入手していた。

(要は手に入るレアメタルを増やせればいいのよ……でも、それは難しい)

 地下下水道に加え、既存の侵入可能なダンジョンはほとんどがシステム化が完了している。新しいドロップ先を見つけるしか増やす方法はない。

(錬金術は……難しいのかしら?)

 そして神国も別に無策だったわけではない。いくつか研究は行っており、その一つをキリルは思い出す。

 いつかユーリがレアメタルとエレメント、作成施設を揃えて魔法チップをアビリティの生産数増加などを使い、増加生産してから還元し、レアメタルを取り出し、他の材料と混ぜて無限にレアメタルを増産しようとしたときのレポートをだ。

 それをキリルは読ませて貰ったことがある。

 結果としてそれは失敗した。ユーリいわく、警告・・を受けたらしい。ある程度増やした段階でスキルが暴走し、施設もろともアイテムが溶けた・・・と言う。

 それ以来、何が起きるかわからないからとアイテムの無限増殖は禁止されている。

 集中法や円環法、そしてダンジョンの改築などが許されている以上、ズル・・がいけないのではなく、アイテムを無限に増やすことで何か世界に不具合・・・が発生するのではないかとユーリは考察していた。

 加えてアイテムが溶けて作られたエーテル塊にも似た色の液体は、この世界のアイテムの正体はエーテルに概念を含ませた――「キリル。俺もそこまで時間がない。俺もお前の思考には付き合ってやりたいが仕事がある。考え込むのなら、帰ってくれ」

「金牛宮、私のキリルにはもっと優しくしてあげてください」

 キリルの隣に座っている双児宮の文句に金牛宮は「ユーリよりよっぽど優しくしてるだろうが」と反論した。

「あの子供はそもそも無理を通すときは代案を持ってきていた。キリル、頭を下げるだけじゃダメだぞ。前任者と比べられれば舐めら・・・れる・・

 キリルは金牛宮の言葉を真摯に受け止めた。反論したかったが、ここでひねくれると金牛宮はやはり子供だとキリルを見るだろう。それよりも頭を下げ「貴重なお時間をありがとうございます」と言うことの方が金牛宮受けは良い。

 そのキリルの姿に金牛宮も満足したのか、穏やかな様子で声を掛ける。

「使徒キリル。こちらとしてもニャンタジーランド教区の要請は重く受け止めている。くじら王国への対策に加え、来年の大規模襲撃もあるからな。こちらでも考えておく。何か思いついたら、改めて連絡しよう」

「はい、ありがとうございます。金牛宮様」

 愛すべき少年、ユーリの要求に答えたいキリルの気持ちは十分以上にあるが、気持ちだけでは現実は動かない。


                ◇◆◇◆◇


「キリル、次は人馬宮サジタリウスとの約束がありますが、その前に食事にしましょう。本庁舎に新しくニャンタジーランド教区の素材を使ったレストランができたようなので、そちらに行きましょう」

 庁舎の廊下を歩きながらキリルに言う双児宮にキリルは「双児宮様はあちらでたくさん食べているのでは?」と楽しげに問いかけた。

 金牛宮の言葉は身にしみたが、ユーリの仕事を引き継いでからこういうことは多かった。いちいち落ち込んでいては仕事は進まない。気持ちは切り替えている。

 まだ大人になっていない女子二人が廊下を歩いている姿に珍しそうな顔をする人間もいるが、片方が使徒服を来たキリルだと気づくと納得して頭を下げる。


 ――処女宮ヴァルゴの使徒キリル。


 枢機卿である双児宮を連れ歩く使徒だ。

 使徒ユーリの相談室の後任使徒。最近、庁舎で有名になっている少女でもあった。

 事業相談室に関しては金牛宮の使徒であるタイフーンが失敗したことからもこの少女使徒の失敗を心配する声があったが、使徒キリルは今の所、可も不可もなくといった具合によくやっていた。

「ええ、今日もユーリのところで私の分身が食べていますが、本場のニャンタジーランド料理と神国風ニャンタジーランド料理はまた違うと聞きましたから、食べ比べてみようと思いまして」

「なるほどですね。私もニャンタジーランド料理はあちらにいたときに食べましたから、ちょっと興味があります」

 行きましょう行きましょう、とキリルたちは歩く方向を変える。

 向かう先は本庁舎にあるエレベーターだ。これはもともとこのビルにあったものを改修して使えるようにしたものだった。

 エレベーターの扉が開く。そこにいた顔に、キリルが渋い顔をした。見られた側はてへへ、と楽しげな顔をする。

「処女宮様……仕事はどうしたんですか?」

 何食わぬ顔で閉ボタンを連打する処女宮だったが、厳しい顔をしながら素早く扉を押さえるキリル。どうぞ、とキリルは双児宮にエレベーターに入るように促す。そして、自分も乗ってから扉より手を離した。

 エレベーターの中には処女宮の他に、メイド服を来た元ニャンタジーランドの君主がいる。

 キリルを見て、えへへと笑ったクロは処女宮の後ろに隠れてしまう。

「あー、そうそう、クロちゃんにさー、故郷の料理を食べさせてあげたくて」

「ええ!? ヴァルちゃんが食べに行こうって言ったんじゃん!!」

「え? そうだっけ? クロちゃんが言ったんじゃなかったっけ?」

 ぎゃんぎゃんと騒ぐ二人を見てキリルは深くため息を吐いた。

「……あー、もうしょうがないですね。みんなで食べましょうか……」

「あ、キリルちゃんも行くの? そうだよね、みんなで食べた方が美味しいもんね」

 双児宮が馬鹿にするような視線を処女宮に向ければ処女宮はいらっとしたのか「この子も昔はねー。私に向かってお姉ちゃんお姉ちゃんってさー」と言う。

「昔のことばかり話すようでは年寄りと間違えられても仕方ありませんよ、処女宮」

「こ、こいつ……!!」

「あーあー、喧嘩しないでください。お二方! 処女宮様も、お姉ちゃんならお姉ちゃんらしくしてください!」

「キリルちゃん!? 君、私の使徒だよね!?」


 この国ができたときから十二天座であった処女宮は最も古い十二天座だ。

 最近は仕事をするようになったとはいえ、万事このような処女宮は最近は自分の使徒にすら舐められていた。



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