193 旧茨城領域征伐 その16
(なぜだ? 急に敵の動きが変わった?)
「ユーリ様! お下がりください! 危険です!!」
周囲の兵が止める中、私は氷壁の上に上がっていた。骨の槍の投射が連続で来るなど考えていなかった。
戦況はまだニャンタジーランド教区軍が不利だったはずだ。
敵の数は三万を割ったが、それでもオーガの数は多く、種族差、技術ツリーとまともに戦えば教区軍を圧殺できる要素がふんだんにあった。
持久戦という敵の狙いは、敵将さえ生きていれば十分に我々を苦しめ、何事もなければ勝利することも難しくなかっただろう。
だから教育という観点から見れば、まだまだ余地はあったはずなのに。なぜ急にボスが出てくる。
(とにかく雷神スライムを呼び戻すか……)
雷神スライムの内部には耐雷処理を施した偵察鼠を取り込ませている。
スマホから偵察鼠にアクセスし、雷神スライムに戻るように信号を送った。
「しかし……あれは……」
私は敵の城塞から飛び出した巨人を見ながら呟く。敵のボスは
オーガの軍団の中に降り立ったグレーターサイクロプス。身長は十メートルはあるだろうか? 驚くべきことに、城塞の尖塔を両手に抱え、棍棒のように持っている。スケールが違う。
そして歩くたびにボスの周辺の地面が大きく揺れている。
前世の映画でしか見たことがないような単眼の巨人が、ずしんずしんと地を揺らして教区軍へと迫ってくる。
「ゆ、ユーリ様、どうされますか?」
「射程内に入ったら戦車の砲撃を開始してください。防御力を確かめます」
不安要素はレベル差だった。
オーガどもを倒して教区軍の全体レベルは上がったが、呪いによる敵の防御力の上昇などを考えれば、こちらの攻撃自体が通らない可能性がある。
(この茨城領域の敵の鬼人種は素のステータスの物理防御が高い……隷属戦車の攻撃は通るか?)
教区軍で最も物理攻撃力が高いのは隷属戦車だ。
そして殺人機械には生物特攻がある。
それに私は寄生させているレアメタルにこの戦いに備えて『亜人特攻』を習得させてきた。
しかし地下下水道での戦いを思い出せばこの不安は払拭できない。
こちらがどれだけ攻撃をしても攻撃が通用しなかった巨大な
――そもそも私自身、戦闘経験が少ないのだ。
(とりあえず……雷神スライムが戻るまで耐えればいい……だが……)
敵はあれだけではない。全周囲に向かってくるオーガの群れもいる。その勢いは敵の将がいたときよりも凄まじい。
敵の目的が教育だと判明した瞬間に休息を解き、全軍を攻撃に参加させたのが功を奏し、なんとかこの攻勢を凌いでいるが敵の防御が硬すぎる。
昨日と違い、マジックターミナルまで投入しているというのに殺せている敵の数は少ない。
その分、敵の攻撃力は低下しているが、かといって敵に粘られると苦しいのはこちら側だ。
計算が狂いすぎている。敵の将を殺したことで敵を本気にしてしまったのか?
(……いや、そんなわけがない。生物はそう簡単に変わらない……)
教育の観点というよりも、敵の方針からしてオーガの総数が一定以下になるまでボスは静観する構えだったはずだ。奴らは味方の犠牲を織り込んで戦っていた。
でなければ骨槍の投擲はもっと早くあったはずだ。前回と同じく開戦直後に撃ち込んで、士気を上げたはずだ。
わざわざこの瞬間に連打してくるはずがない。
それが変化した? どういうことだ? わからない。心変わりではない。何かもっと大きな要因があるはずだった。
(いや、そうか――なるほど、ボスに命令できる存在など一人しかいない、か……)
夕闇の空の果て、旧茨城領域の果てにある敵の本拠地の方向を私は見つめた。敵の君主がいるだろう地を。
(見ているのか……この戦場を)
――オオオオオオォオオオオオオオオオオ!!!!!!
氷壁の上から下を見ればオーガの咆哮が次々と聞こえてくる。
敵の勢いが、こちらの迎撃を突破して、迫ってきたのだ。
私が昨日作った穴を戦友の肉体で埋め、その上をオーガたちが踏破してきたのだ。
「敵至近、近距離用のマジックターミナル、迎撃に入ります」
だがその先からは魔法攻撃の密度も上昇する。一歩歩くだけで百や二百の炎や氷の弾丸が突き刺さる。そんな殺戮領域に変貌する。
次々とオーガたちが吹き飛んでいく。氷壁の上から氷結蟹や神国兵も攻撃に参加する。
それでも相手のレベルと耐性が勝利したのか、魔法の爆撃の隙を縫って氷壁に取り付く個体が現れるようになっていた。
『グガアアアアアアアアアア!!』
氷に対する耐性を持っているのか、その個体は氷壁に張り付きながら金属の皮膜で覆われた丸太を叩きつけている。
(とはいえ防御力を上げたことで常時修復し続ける氷壁を抜けるほどの攻撃力は捨てているわけだが……)
氷に取り付いたオーガの脳天に次々と土魔法による岩弾が突き刺さり、取り付いたオーガは沈黙した。
神国兵が「ざまぁみろ!」と叫んで死体に向かって火炎魔法を放って焼き払う。
私はそれを横目にインターフェースを確認する。隷属させた全マジックターミナルの情報がそこには入っている。氷壁部分を確認した。
(とりあえず、まだ大丈夫だ。マジックターミナルのSP枯渇が心配だが、今晩ぐらいはなんとかなるだろう)
マジックターミナルは便利だが、さすがに無限に撃てるわけではない。が、攻撃間隔は計算してある。
とりあえず一晩中魔法を打ち続けても問題はないように時間調整はしてある。
――オオオオオオォオオオォオオオオオオオオ!!
びりびりと空気が振動する。ボスであるグレーターサイクロプスが城塞と氷壁の中間地点まで到達していた。
「敵ボス、射程距離に入りました……砲撃、開始します!!」
単眼の鬼巨人がオーガたちを踏み潰しながら突っ込んでくる。さすがの巨体だ。早い。どうにもならない。雷神スライムは未だ地下の穴の中だ。
しかし、こちらにも強力な武器があるのだ。戦車砲が放たれ、敵の巨体に砲弾が着弾する。
中世の鉄製砲弾などではない。亡霊戦車にもともと存在するスキル『弾丸生成』によって作られたタングステン合金製の高速徹甲弾だ。
――これが神国を散々苦しめた、亡霊戦車の主砲である。
モンスター勢力から外れたことでモンスター系勢力のツリー効果はないものの『貫通力強化』『生物特攻』『亜人特攻』『破壊力強化』などのスキルが発動し、砲弾の威力は三メートルのコンクリート壁をぶち抜けるほどの威力になっている。
一発目を皮切りに砲撃音が次々と響いていく。隷属戦車の猛攻が始まっていた。
レベル60近い戦車の砲撃の連弾だ。効かないわけがない。一発一発が防御特化にしようとレベル60のオーガが死にかける威力の砲弾。
「嘘だろう……」
神国兵の一人が呟く。
砲撃が次々と当たっても進軍を続けるグレーターサイクロプスの姿は、なるほど怪獣映画じみていてなんだか現実味がない。
だが、現実に敵は砲弾の直撃を受けながらも迫ってきている。
「鑑定はどうだ! 効いているか!」
私の隣の兵が鑑定スキル持ちに問いかけた。
しかし鑑定スキルを持つ兵の表情は絶望に染まっている。
「き、効いていますが……自己回復スキルで即座にHPが回復していきます。こ、これは、勝てるのでしょうか?」
「
即答する。問題ない。ダメージは通っている。よかった。不安は払拭された。
こちらは軍なのだ。攻撃が通じるのなら、ただ一体だけの暴威などどうとでもなる。
むしろまだ二万近く残っているオーガの方が脅威なぐらいだった。
「安心してください。勝てますよ。砲手に攻撃目標を手にもった尖塔、それが終わったらグレーターサイクロプスの防具を攻撃するように伝えてください」
グレーターサイクロプスとはいえ、素手で氷壁を砕くことは難しい。跳躍で氷壁を乗り越えられるかもしれないが、氷壁内部には温存しているドッグワンの部隊とベーアンの部隊に、氷結蟹に、
――
「まず装備を破壊……なるほど、了解しました!!」
私の指示に、神国兵は安心した表情で即座に伝令を走らせた。
隷属戦車に対して、私は直接の命令権を神国兵に持たない。
隷属戦車に乗っているのは神国兵だからだ。
面倒だが神国兵は本国から借りた兵だ。だから私から直接命令するより、こうした形の方がうまくいく。
『オオオオオオォオォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!』
さて、砲撃を物ともせずに突っ込んでくるグレーターサイクロプス。奴が氷壁に取り付くのも目前だった。
「ユーリ様! お下がりを!! 危険です!!」
「気にせずに、ここの方が死ににくいので」
私の言葉に兵が唖然とした顔をする。だが事実だ。
状況が把握しやすいのもあるが、兵が傍にいて、何かあったら氷壁に隠れられるここの方がまだ安全だ。
しかし私の言葉を勇猛さととったのか、兵は「流石です」などと持ち上げてくる。おだてないでほしい。
そんなことをしている間にも、命令が届いたのか、戦車の攻撃目標が変化した。
グレーターサイクロプスの持っていた尖塔に砲弾が命中する。破壊を目的とした攻撃に奴も気づき、こちらに巨大な尖塔を投擲しようとしたが、武器でもなんでもない石材を建築スキルで組み上げただけの構造体は砲撃を三発ほど食らい、ボロボロと地面に落ちていった。
「ユーリ様! ウルファン部隊、バーディ部隊、攻撃に入りました!!」
報告に目を向ければ、射程距離に入ったために狼族の兵がグレーターサイクロプスに攻撃を加え始めていた。鳥人部隊の一部もだ。
彼らに付与している弓のノックバック効果が通じるならば、ボスとて楽に処理できるが――やはり攻撃は通じているように見えない。
(グレーターサイクロプスはノックバックが通じないのか?)
あの巨体だ。恐らく重量系のノックバック無効スキルか何かがあるのだろう。
隷属戦車も似たようなノックバック無効スキルは持っている。
そして城塞から飛び出した跳躍力を考えれば、穴に嵌めるのも難しいだろう。
(足止めはできないか……)
私はスマホを取り出すとウルファンとバーディに、グレーターサイクロプスは無視し、氷壁へとようやく到達するようになったオーガたちを攻撃するように命じた。
いや、バーディは遠く離れた位置にいるのか……だがスマホを通じて命令が達せられたようで、鳥人部隊はグレーターサイクロプスを無視して迫りくるオーガたちに攻撃を開始する。
だから教区軍でグレーターサイクロプスを押し止めるものは戦車砲ぐらいだった。
(だが効いている……)
構造物破壊の効果も高い戦車砲が次々と皮や鉄でできただけの敵のボスの装備を破壊していく。
装備と一緒にグレーターサイクロプスの肉も砲弾で弾け飛ぶが、すぐに肉は再生した。
『グアアアアアアア! グォオオオオオオオオオ!!』
何か怒鳴っているようだが、鬼人種の言葉を私は理解できない。
「ゆ、ユーリ様……どうするのですか?」
恐る恐る隣の神国兵が聞いてくる。
確かに、もうすぐグレーターサイクロプスも到達する。
そしてマジックターミナルから大量の魔法が降り注ぐも、魔法防御を高めているのかグレーターサイクロプスにはほとんど通じているようには見えなかった。
「まぁ、いろいろやってみますよ」
内心は少し緊張があるものの、相対して
(心配して損をしたな……いや、そうやって過剰に心配したり、過剰に甘く見た結果が兵の死なのだからきちんとしなければならないが……)
私は氷壁の頂上にちょうど頭が接するような巨体の敵を見ながら思った。
暴れるだけのボスなど猪と変わらない。
振り上げられたグレーターサイクロプスの拳が氷壁を大きく揺らす。氷壁が大きく揺れ、通常なら立っていられないほどの激震が走る。
だが兵たちには『スリップ無効』のブーツがある。
転倒するものはなく、彼らは防衛を続けていく。
(ボス一体だけならまぁ、なんとでもなるだろう)
私はそう呟くと、兵を呼び寄せ、円環法の準備を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます