192 旧茨城領域征伐 その15


 鳥人が持つ、謎の小さな機械より大量の魔法が上空より降り注ぐ。

 鳥人が持つクロスボウから放たれた矢より発生する強力な氷の範囲魔法が、オーガたちの兵糧であるゴブリンを殺害していく。

『く、小癪な!!』

 本陣上空にまで飛んできた十二剣獣『バーディ』と呼ばれる鳥人単体の襲撃だった。

 オーガのユニーク個体、『鬼眼将軍ヒデヤス』は空に向けて矢を放つものの、炎魔との戦いで消耗したヒデヤスのSPでは強力な技は使用できない。

 バーディから放たれる石礫の魔法によって多くの矢が弾かれ、なんとか当たった一矢も、バーディが着ている教区軍用軍服に付与されたスキルによって全て弾かれていく。

 周囲には兵糧を守るべく飛び出したオーガたちがいる。だが彼らは凡庸なオーガたちだった。

 超高速で飛行するバーディを彼らは撃ち落とすことができない。

 いや、むしろ射たない方がマシだった。空に向かって射った矢が降ってきて味方に当たるという体たらく。

 『鬼槍将軍マサカツ』がいないことで軍に張りがなくなっている。

 彼がいたならば、兵を巻き込んででも攻城兵器を使って、大量の矢を雨がごとくに降り注がせただろう。

 否、ヒデヤスももちろんその命令は出していた。

 だが、バーディに向けた攻城兵器はことごとく車輪下の地面が陥没し、あらぬ方向に攻撃をしてしまっていた。

『このままでは埒が明かん!!』

 ヒデヤスが叫ぶ。二、三体の命を奪ってでも強力な呪術を使うべく、ヒデヤスが傍のオーガの首をねじ切ろうとすれば、轟音を立てて夕闇を切り裂いていくものが見えた。


 ――シモウサ城塞から放たれた剛槍だ。


『グレタ様……!!』

 ヒデヤスの口から安堵の息が漏れる。主が動いてくれた。これで勝てる。人間どもを殲滅できる。

 夕闇を切り裂いて、暗い炎を纏った巨大な骨の槍が敵の氷城へと飛んでいっていた。

 頭上を凄まじい勢いで飛んでいく炎の槍を見て、オーガの軍勢から歓声が上がる。

 将を失い狼狽していた軍が、グレタの武力を目の当たりにし、奮いあがっていく。

 彼らの脳裏に蘇るのは開戦したその日に、氷壁に巨大な穴を開けたグレタの強大な力だ。

『おお! オーガよ! 勇壮なる鬼人の種族よ!!』

 誰かがオーガの勇壮さを祝う歌を歌う。声をあわせて皆も歌い始める。

益荒男ますらおよ! 人を屠る怪物どもよ! 我ら鬼人種オーガの戦士たちよ!!』

 氷壁に剛槍が着弾する。轟音。呪いの炎が氷壁を溶かしていく。人間たちによる祝福によって炎は鎮火するも、氷壁には巨大な穴が発生している。

 氷壁の先が見えた。

 着弾を予想していたのかそこに人間どもはいないが、オーガの侵入を防ぐべく、慌てて走ってくる犬族の兵たちが見えた。

 歓呼の声と共にオーガの勇士たちが駆け出していく。

『おお! 突撃せよ! 突撃せよ!! 人を殺せ! 国を滅ぼせ!!』

 氷壁に向かって歌いながらオーガたちが殺到していく。

 思わず、ヒデヤスは空の敵への対処を忘れ、シモウサ城塞のバルコニーを見上げた。

 そこにはグレタが呪炎を纏った大骨槍を再び投げるところだった。

 戦意がもりもりと胸の奥から湧いてくる。ヒデヤスは強く弓を握りしめた。


 ――王は本気だ。


『益荒男よ! 猛き魂を持つ者よ!!』

 ヒデヤスも歌に参加する。隣に立っていたオーガの兵の首を素手で捻じりきり、その背骨を引きずり出す。手の中で骨が矢の形に形成されていく。『死呪』だ。レベル40以上の生物の骨から一本だけ作り出せる。敵を『即死』させる。呪いの矢だ。

 ヒデヤスが凶相を浮かべる。おお、頭上を羽ばたく弱き鳥人よ。

(貴様は終わりだ。これは防御など関係ない。当たれば即死する死矢よ)

 ひゅん・・・、といっそ軽快な音と共にヒデヤスの弓から矢が放たれた。

 石礫が次々と鳥人バーディから放たれ矢を落とそうとするも、『必中』に加え、『誘導』の性質を持った、当てるためだけに特化した骨矢を避けることなど不可能だった。

『おお! 突撃せよ! おお! 破壊せよ! 我らが鬼人の――』


 ――それを見てヒデヤスの歌が止まった。


 ヒデヤスの凶相が歪な形で固まる。

 ありえないことが起きていた。

 骨の矢が当たってなお、頭上の鳥人はゴブリンの虐殺を止めなかった。なぜか『即死』の効果が発動していない。

(なぜ、だ……呪いは発動するはず)

 ここはオーガの本陣だ。あの氷壁内部の忌々しい神殿の効果範囲からは外れている。呪いは発動するのだ。

 ヒデヤスはそれが鳥人バーディが持つユニーククロスボウ『氷嵐王亀ひょうらんおうき』が持つ『即死無効』の効果だとはわからない。

 そしてヒデヤスが信じられないことがまた起こる。オーガたちの歌が止まる。オーガたちの進撃が止まる。

『あ、ありえん』

 グレタの骨槍によって開けられた氷壁の大穴が、一瞬で再生していたからだ。

 氷壁の上から落とされた鉄の網が、オーガたちの進撃を受け止めたのだ。

 鉄棘スパイクが生えているそれにオーガたちが絡め取られる。頭上から大量の水が降ってくる。

 あとは氷壁の裏側にいる犬族の獣人たちが氷魔法を唱えて終わりだった。オーガたちを絡め取った鉄網ごと、オーガたちは氷壁の一部とされてしまう。

 ありえん、とヒデヤスが呟く。そんな中、轟音と共にシモウサ城塞から炎の槍が飛んでいくのが見えた。


 ――骨槍の次弾だ。


 だがヒデヤスには、何が起こっているかわからなかった。

 そのあとに起こったことは、繰り返しだった。

 着弾と同時に呪いの炎が氷壁を溶かす。巨大な穴が空く。

 オーガの兵たちが今度こそと突っ込んでいく。だが、まただ。鉄の網が氷壁の上から降りてくる。オーガたちが鉄の棘に突き刺さり、水を被る。そして鉄網と共に凍らされる。

 ヒデヤスの位置からは見えないが、氷壁の内側ではオーガたちが凍った直後、鉄網の裏に土嚢が積み重ねられていた。その上から水の魔法と氷の魔法による補強もされていた。


 ――城壁が、一分も経たずに再生する。


 ヒデヤスは城塞の方向に目を向けた。グレタがバルコニーから次々と槍を放つ姿を。

 だが、頼もしいはずのそれらが無意味に終わっていく。

『なぜ……なぜこのようなことが……』

 ヒデヤスにとっての悪夢は終わらない。

 取り逃がした鳥人バーディがゴブリンを次々と殺していくからだ。

 しかしSPの尽きかけているヒデヤスではバーディを殺すことができない。

 炎魔のように撃ち合いをするならともかく、バーディはとにかく逃げに徹している。

 あれだけ遠距離物理攻撃に特化した耐性を持つ敵を、ヒデヤスは一撃で殺す手段を持ち合わせていない。

 そう、頼みの綱の死呪もなぜか効かなかったのだ。

『ありえん……なぜこのようなことが起きている』

 無敵のオーガの軍団四万が、大いに減らされ今では総数が三万を切っていた。

 加えて最悪なのは……ヒデヤスは牢の中を見る。そこに大量にいたゴブリンたちは皆、死んでいた。


 ――死肉の多くが利用不可能になっている。


 ゴブリンたちは炎魔法で骨まで溶かされ、雷魔法で炭と化し、氷魔法で凍結された(溶かすのにどれだけの薪を消費するだろう)。

 利用可能なものは二割程度というところだろう。

 戦場の味方の死体がどうしてか不思議な手段で消されている(教区軍の遠距離還元攻撃である)今、食べるものは城塞地下のゴブリンということになる。

(どうすればいい。兵糧として持ち出した分を考えれば……城塞内の食料も足りなくなるぞ)

 そもそもこんな無茶が通ったのは勝って人間どもを殺して食うつもりでいたからだ。

 そして戦場の死体も食料として利用するつもりだったからだ。

 だというのに、食料を攻撃されている。兵よりもずっと貴重な食料が壊されていく。

 ヒデヤスは呆然と巨大なシモウサ城塞を見つめた。

 城塞内には兵器生産を行うゴブリンやオーガがいる。兵の継戦能力を維持するために、そういったものを食らうべきか? それとも兵を殺してでもそういった者を保護するべきか? そういう段階にいることに、今さら気づく。

 いや、将兵の妻や子を食らうべきなのか?

(そう、だな……まだ雑兵として使えるゴブリンの方が重要か――……そうじゃない。俺は、馬鹿か)

 ヒデヤスは唇を噛み締め、人間たちが籠もる砦を睨みつけた。

 諦めるにはまだ早かった。

 グレタの骨槍はすぐに塞がれるが、かといってそれはすぐ・・であって、一瞬ではない。

 穴が空く瞬間、人間どもは退避している。

(そうだ――俺が、俺がなんとかしてやる!!)

 穴が空いた瞬間に飛び込めばいいのだ。中にいる人間どもは手強そうだが、さすがにユニークオーガであるヒデヤスよりは弱い。加えて周囲には死体が大量に転がっている。死の呪いで己を強化すれば人数差にも対抗できる。

 ヒデヤスは頭上の鳥人を無視し、氷壁に向かって駆け出した。何もできなかった己を恥じ、挽回するために駆け出したのだ。

 そのヒデヤスの頭上に、炎弾が迫ってくる。ヒデヤスは咄嗟に回避したが、周囲のオーガが爆炎に巻き込まれて吹き飛んでいく。

『くそ、もう動けるようになったのか貴様!!』

 ヒデヤスが頭上を睨みつければ、飛行杖を片手に、墜落させたはずの炎魔が頭上に浮いていた。彼女はヒデヤスを追い掛けてきたのだ。

「死になさい! モンスター!!」

 炎の魔女が憎悪と共に、破壊の炎を撒き散らす。

 オーガの本陣を爆炎が蹂躙していく。


                ◇◆◇◆◇


 シモウサ城塞のバルコニーにて、グレーターサイクロプスのグレタは信じられないものを見る目でニャンタジーランド教区軍を見つめていた。

『ありえん――ありえんぞ』

『対策を立てられたなグレタ。哀れで無能なグレタ。お前の失策だぞこれは。人間どもを侮った罰だぞ』

 氷壁の即時修復を見たグレタの呟きに、水晶より主の声が届く。

『グレタ、お前にはわからないだろうが、今の攻撃とてコストが掛かっているのだ。大骨槍の製作にレベル40以上の人間の骨が十体分、呪炎の付与にレベル20以上の人間兵が一体必要だ。わかるか? グレタ。この城にあと捕虜はどれだけ残っている? お前はあとどれだけ呪炎の投擲ができる?』

 ぐ、とグレタが唸る。

 主の言葉を聞いてもなお、自分は何を怒られているかグレタには理解不能だった。


 ――己は、この場で一番強い。


『コスト、とは……』

『グレタ、お前が使える強力な攻撃は有限だと言うことだ。お前個人であの氷壁を落とせる可能性が減っていっているということだ。大骨槍を投げるのではなく、手に持って装備したならばどれだけの効果が上げられた? 少なくとも、今のように投げて消費するよりも多くの効果を発揮できたはずだぞグレタ』

 わからない。主が何を言っているのかグレタにはわからなかった。

『さて、どうするグレタ。お前にできることはなんだグレタ』

『うう――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 思わず巨大な一本角の大鬼人は、バルコニーから飛び降りていた。

 途中で、城塞の尖塔を根本から引きちぎり、棍棒のように掴んで振り回す。

 中で待機していたオーガが空へと放り投げられ、地上に落ちて死ぬ。

『主よ! 我が武勇をご覧あれい!!』

 人間を超える体長を持つオーガが、小柄な子供のように見えるほどの巨人が戦場に降り立っていた。

 人数の少ない人間を囲みながらも、なぜか敗戦の空気が広がりかけていたオーガの陣営に激震が走る。

『お、おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 オーガたちが奮い立つ。陥落しない氷壁を見て絶望的だったオーガたちが奮い立つ。

『オーガどもよ! 進めい! 進めい!! 貴様らの主が見ておるぞ! 貴様らの主が命じれおるぞ!! 人間を殺せ!! 人間を殺せぃ!!』

 未だ二万以上いるオーガたちが歓喜の声を上げ、停止していた進撃を再開した。


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