187 旧茨城領域征伐 その10


 ――突進してくると思ったオーガたちは、氷壁からの魔法射程のぎりぎりで二万が停止した。


 しかし一万のオーガたちは氷壁に向かって突撃していく。

『吠えろ! 猛ろ! 我らオーガの武威を示すため! お主らの力を見せてみよ!!』

 『鬼槍将軍マサカツ』が人の胴体ほどもある太さの槍を手に、本陣より大きく吠えた。


 ――オーガの将軍にもタイプがある。


 呪術に特化した個体もいれば、弓に特化した個体もおり、騎乗に特化した個体もいる。

 鬼槍将軍マサカツの特化は、統率だ。軍勢を一つの生き物のように操ることができるスキル『統率』をこのオーガは持っている。


 ――城攻めにおいて肝要なのは忍耐と勢いなり。


 三万全てで攻め寄せないのはマサカツの戦術だった。

 今のオーガの軍は死兵の群れである。その士気の上昇は天井を知らず、通常の城ならばいかなるものでも攻め落とせよう。

 しかしマサカツは前日の襲撃で思い知っている。


 ――敵は尋常の将ではない。


 シモウサ城塞を本気で落としている軍勢。

 敵が攻城戦を仕掛けてくるはずが、それをせず、逆に城塞に籠もるオーガ軍を少ない兵力で誘引し、大きくオーガの軍を損なわせた。

(……もう一万も来ていたなら、我らも籠城をしていただろうな……)

 グレタは好戦的な王だが、戦術眼は確かだ。主からの命令には兵力の維持も含まれている。グレタが如何にオーガたちの育成を面倒に思っていてもそれは遵守しなければならない絶対命令だ。

 ゆえに、敵が多ければグレタ自身が強大な生物兵器として敵陣に甚大な被害を与えていただろう。

 それを敵は避けたのだ。

 敵将はオーガの性質をよく知っている。

 武を尊ぶオーガの王が、小勢に対し、配下を使わずに自身で殲滅に出ることは卑しい・・・。グレタ自身は明確にそう思わなかったかもしれないが、小勢で来たことで無意識下で誘導した。

 そう。六千の敵軍に、最初から城主であるグレタが動くということは、卑しいと、弱気だと、そう思われても仕方がない行為だ。

 四万も兵がいながら、王が必死で敵を潰すなど、あり得ない行為である。


 ――将が必死すぎれば、配下は不安になる。


 ゆえに王たる者、将たる者は配下の活躍の機会を奪ってはならない。

 だからグレタは配下による攻撃をさせた。

 それを人間たちは利用した、グレタを討ち取るために、シモウサ城塞を陥落させるために邪魔な、四万のオーガたちの排除に掛かった。

 口に出して言わないが、マサカツはそれに深く感心する。

(六千という数字が良い。弱すぎず、強すぎず、実に襲いたくなる数字だ。加えて軍団は数が多すぎれば統率が届かなくなる。烏合の衆になる)

 職能ジョブとしての『大将軍』と、才覚としての大将軍はまた違う。

 数千の軍勢をうまく操れる者が万を超えれば一転して無能になるというのはよくあることだ。

 マサカツの前任の『鬼馬将軍ハルトモ』がそうだった。

 突撃においては無双の武力を誇ったあのオーガの猛将は四万の兵の指揮に失敗し、グレタに殺された。

 しかし、とマサカツは槍を片手に敵城を見る。氷の城。鳥人が空を守り、狼人や氷結蟹が氷壁の上に立つ城を。

(俺は攻め時を間違えんぞ)

 城攻めに置いて重要なのは、常に攻め続けるということだ。

 敵を疲弊させ続け、その防御に隙を生ませ、その隙に戦力をねじ込むのである。

 マサカツは考える。六千の城を囲むだけならば一万もあれば十分。オーガの軍勢三万を三交代に分けて、昼夜を問わず攻め続けてやる。

 ゆえに今回、全軍に掛けた呪術も、寿命を削る代わりに耐久力を極限にまで向上させる呪術だった。

 敵に殺されないことを主眼とし、攻城兵器で氷壁を砕きつつ、敵の疲れを待つ。

 敵が疲れたならばあとは元気な部隊で一息に攻め落とす。

(昨日失敗したのは四万を全て攻撃に使ったからだ)

 食料不足、敵の挑発、様々な理由があった。だがその根幹は敵を侮っていたからに過ぎない。

(俺は貴様らを侮らんぞ。こちらの利点を活かしてやる。数により、圧殺してやる)

 唯一の懸念は食糧不足だが、毎日無能を発表し、そいつを殺し、食料にすることで全体の能率を逆に高めてやろう。無能が殺されるとなれば兵どもも必死にならざるをえない。

 マサカツは大きく槍を振り下ろした。オーガの楽士たちが太鼓を大きく打ち鳴らす。『勇猛なる者の歌』。全軍の士気が向上していく。

『さぁ、戦士たちよ! 人間どもを追い込めぃ!!』

 オーガ軍三万から分離した一万が雄叫びと共に突進していく。


                ◇◆◇◆◇


 三万の総攻撃と思われたそれが、一万を切り離して魔法の範囲外で敵が大きく分散し、待機する。

 それはこちらの魔法が届かない、絶妙な距離だ。

「これは嫌な方法で来ましたね」

 私は氷壁の上で隣のシザース様と敵陣を観察して言う。

「ですね、ユーリ様。敵は一万だけを分けて、盾を構えて、駆けさせてくる。二万は温存、ということは敵は持久戦で来るということでしょうか?」

 私達の視線の先では、一万のオーガ兵だけが、勢いも凄まじく氷壁の傍まで走ってこようとしている。

 シザース様の戦術眼も鍛えられてきていた。

 最初出会ったときは脳筋、という印象の強いシザース様だったが、あの地下下水道戦から心変わりをしたのか。知能ステータスが高くなっている。

 彼は敵陣を見ることで敵の戦術を見抜こうとしていた。

(まぁ、私は人に偉そうに言える立場じゃないが……)

 私も別に前世が戦国武将などではない。だから敵陣を見たところでそこまで敵の動きを見抜けるわけではない。

 ただ、ここまであからさまならば敵がやろうとしていることぐらいは見ればわかる、ような気がする。

 そして周囲を不安にさせないために私は断言した。

「ええ、シザース様。敵はこちらを疲弊させるつもりで来たようです」

 敵軍の編成は守備に偏っている。加えてオーガは夜目が利く、昼夜を問わず彼らならば攻め続けられるだろう。

 私は敵陣を双眼鏡で見ながら観察するが、敵将の姿はわからない。派手なオーガが数体見えるが、それぐらいだ。

 しかし兵の変わりようで、いくつかのことがわかる。

「敵軍を指揮する将が変わったようですね」

 ふむ、とシザース様が頷いた。

「言われてみれば、陣形もだいぶ違いますね。守勢に寄っているというか」

 シザース様が言いながらようやく魔法の射程距離へと入ってきたオーガたちに迎撃を命じる。

 魔法の射程内に入った一万のオーガたちに魔法が大量に降り注ぐ。

 前日の失敗も踏まえて、壁には深夜の間に作業を行い、シモウサ城塞攻略後に設置するために持ってきた大量のマジックターミナルが埋め込まれている。

 あまりやりすぎると敵が諦めるからやりたくなかったが、こうも敵が強ければ私も方針を変えざるを得なかった。

(敵が持久戦で来るなら兵を半数に分けた方がいいか?)

 持久戦……敵には食料という弱点がある。こうも激しい攻勢を繰り返していれば辛いのはあちらの方だろう。

 円環法で、戦闘で発生した死体の除去をすれば、敵が戦い続けるために自分たちで兵を殺さなければならない。

(持久戦で辛いのはあちらの方だと思うが……?)

 数多の攻撃魔法に敵陣に動揺の様子が見える。六千の砦から来る量だとは思わなかったのか、慌てて追加の兵が繰り出されるのが見えた。

 そう、こちらの迎撃を見ても、それでも敵の攻撃は止まらない。

 敵が用意した攻城弓から極太の矢が次々と放たれる。投石が飛んでくる。大量の矢が氷壁の上に降り注ぐ。

 当然、矢は私の上にも降ってくる。しかし、身につけているマジックターミナルから迎撃の石弾が放たれ、矢の雨を撃ち落としていく。

(まだ兵は分けなくていいか――少し耐えて、敵の攻撃の種類を割り出したい)

 しかし、マジックターミナルの防備はやりすぎたか?

 攻城弓が突き刺さった付近に設置されたマジックターミナルが水魔法を放出し、氷魔法で固めていく。極太の矢や投石が直撃した部分のマジックターミナルは破壊されるが、大量に持ち込んでいるそれらが多少壊された程度なら問題ない。

 先ほど鳥人部隊に修復させたのはマジックターミナルという手札を敵の攻撃前に晒せば敵が撤退すると思ったからだが、こうして攻撃してきた後ならば問題ないだろう。ここまでこちらの砦に接近したあとならば、撤退の方が損害が大きくなる。ある程度、攻めておかないとあとが辛いだろう。

 氷壁に下に死体が溜まっていく。マジックターミナルなしの我々を想定して攻めてきたオーガたちは予想外の損害に動揺しているように見える。

(オーガたちには、あまり絶望してほしくはないが……ああ、いや、悪いクセだな)

 自分を過信しないように戒める。敵にも何か手があるだろう。それを考え続け、防ぐことを考えなければならない。

 そう、多少悲観的なぐらいの方が世の中はうまくいくのだ。


                ◇◆◇◆◇


 シモウサ城塞と、教区軍の氷壁の双方が見える位置の雪原に人影があった。

 それは教区軍の移動経路を分析し、ようやく教区軍を発見したくじら王国の偵察兵だった。

 オーガの偵察からも逃れる技量を持つその男は、雪原の中に隠れながら戦闘の場面を見ていた。

「……これは、なんという……」

 凄まじい戦闘。炎、氷、雷といった範囲魔法がオーガの軍勢に降り注ぐも、頑丈なオーガの集団はそれらに耐えながら氷壁を攻城用の兵器で叩き続けている。

「神国が旧茨城領域に兵を出していたなど、ほ、報告をしなければ……!!」

 偵察兵が懐からスマホを取り出したところでその背に矢が突き刺さる。

「う、ぐッ……!?」

 オーガの剛弓ならば一撃で自分は死んでいただろう。

 身体に痺れの気配を嗅ぎ取って、そこから人間が使う毒の存在に偵察兵の男を思い至る。

 解毒を……治療を……いや、先にしなければならないのは。

「ぐ……ほ、報告を……!」

 分散して調査していた偵察部隊だが、周囲のモンスターの森などを抜けて、ここにたどり着けたのは自分一人だ。

 なんとか本国に報告を入れねば、というところで再びさくりと背に矢が突き刺さる。

 それで終わりだった。

 偵察兵の男が事切れたところで、周囲の森から神国の偵察兵が駆けてくる。数日前までこの地を調査していた神国の調査兵たちだった。

 彼らは死体を担ぐとすぐに駆け去っていく。

 旧茨城領国境を監視していた部隊からの報告で、彼らはこの偵察兵の足取りを追っていたのだ。

 なんとか追いつき、仕留めたというところだった。

「余所の国のクソに……ユーリ様の邪魔はさせらんねぇよ」

 死体を担ぎながら、神国兵が小さく呟いた。


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