188 旧茨城領域征伐 その11


 早朝から始まった氷壁を攻めるオーガ軍団と、氷壁の中で敵を殲滅しようとする教区軍の戦況は昼になっても拮抗状態を維持していた。


 ――しかし、教区軍の戦況はよくない。


 当初は氷壁に埋め込まれた大量のマジックターミナルによる魔法攻撃によってオーガ軍の攻撃を退けていた教区軍だったが、寿命を犠牲にした呪いによって身体能力を向上させたオーガ軍団は呪いにさらなる呪いを重ね、魔法に対する強い耐性を得ていた。

 まるで、この戦いで勝利を得られれば後は命などなくて良いというような勢い。

 もちろん魔法に対する完全防御を得るほどの強力な呪いではない。オーガ自体のもともとの魔法に対する耐性はそこまで高くない。

 だが、得られた強い耐性によって、マジックターミナルによるダメージが減少しているのは確かだった。

 オーガ側の戦死者数は格段に減っている。

『オォオオオオオオオォオオオオオオオオオ!!』

 勇猛果敢なオーガの集団が大きく叫び声を上げ、氷壁に取り付こうと盾を構えながら、突進した。


                ◇◆◇◆◇


 氷壁の上に陣取る狼族の獣人たちは迫ってくるオーガの軍団をマジックターミナルと弓の両方を使ってなんとか阻止し続けていた。

 兵たちの表情は精神的な圧力で疲弊し、疲労も濃い。だが彼らは愚痴一つ言わずにオーガたちを撃退し続けている。

 そこにあるのは、自らを率いる神童への、ある種の信頼だった。

「おい、休憩に入れ! 一時間だ!!」

「はい!!」

 オーガが三軍団に分けたことを知り、防衛の多くを氷結蟹やマジックターミナルに任せつつ、彼らは部隊を交代制にしていた。

 部隊を三つにわけ、常に一部隊が休むようにしているのである。

 とはいえ、その状況もあまりよくないが……。

 とある氷壁の一角に、精悍な表情をした若い狼族の男がいる。十二剣獣のウルファンだった。

 彼は氷壁に突き刺さった巨大な岩石を見て、面倒そうに呟く。

「やつら、マジックターミナルを優先して攻撃してやがるな」

 オーガ軍も一筋縄ではない。考える頭を持っている。

 その証拠に攻城兵器の矛先が、明らかに氷壁に埋まっているマジックターミナルへと変化していた。

 そう、氷壁に埋まっているだけのマジックターミナルは特別な防御が施されているわけでもない。

 そして元がただの道具である以上、耐久性はそこまでない。攻撃されれば簡単に壊れてしまう。

 轟音、氷壁に次々と攻城兵器による攻撃が突き刺さっていく。

 攻城弓の一撃によって砕かれたまた一つまた一つとマジックターミナルが砕かれていく。

「みたいですな……とはいえこちらからできることは少ないですが……」

 ウルファンの傍らに立つ副官の老兵も懸念を顔に浮かべ、初日よりも強固に築かれた氷壁に取り付こうとするオーガの眼球を矢で貫いた。

 オーガの自己再生力は欠損部位の再生にまでは働かない。こういった手法でなら打撃を与えることが可能だった。

 ウルファンは副官の老兵と会話しながら弓を構え、射る。

 そして、この若き十二剣獣は敵の眼を狙うなどはしない。

 ウルファンは『ノックバックⅢ』が通用しない以上、SSRスキルである『神狼の弓』による『即死弓術』による一射一殺を目的とした狙撃に目的を切り替えていた。

 ウルファンの矢が立派な軍装をしたオーガの鎧を破壊し、その心臓を正確に射抜き、殺す。

 相応のSPを使ったウルファンは豊富に支給されているSP回復薬を飲み干しながら、配下に命令を出した。

「おい、指揮官を殺したぞ! あの集団を狙え!!」

 遊撃として残していた兵がすぐさま氷壁に駆け寄り、動揺したオーガの軍を集中的に狙っていく。殺すことはしない。露出した眼を狙って正確に射抜いていく。

 『再回収』のスキルによって戻ってきた矢を握りながら、ウルファンは氷壁の上を移動する。

 苦戦している配下のところに行き、また別のオーガの部隊を狙うのだ。

「俺たちが勝っているぞ! 気合入れてけよ!!」

 気焔を吐けば、疲れているだろう兵たちも雄叫びを上げて周囲を鼓舞していく。


 ――正直なところ、敵の数が多すぎてウルファンとしてはもはや勝っているのか負けているのかわからなかったが。


(ユーリ様は大丈夫だと言っていたが……)

 不安に駆られるウルファン。氷壁を先日よりも高くしたためにゴブリンが投げ込まれたり、投石が来たり、ということは現在はない。

 敵が用意した梯子も取り付いた瞬間に破壊するように努めている。

 だが、五百人しかいない部隊から遊軍を抽出し、またそこから常に百五十名を休ませている。


 ――部下に無茶を強いていることはわかっている。


 六千の兵を収容する氷壁だ。マジックターミナルを如何に埋め込もうと、最低限守備に必要な人数というのがある。

 もちろんウルファンの部隊だけでなく、上空にはバーディや神国人の部隊なども存在している。だから防備がスカスカというわけではない。

 しかし敵の勢いに対して、人数が不足していることは確かだった。


                ◇◆◇◆◇


「大規模襲撃に比べたら、まだマシだな……」

 おい、と神国人の部隊を率いる巨蟹宮キャンサーの使徒シザースは傍らに立つ副官に言う。

「あの辺りが狙い目だな。あそこに円環法で穴を作れ、小さな穴でいい」

 はい、と部下が頷き、円環法を使った。敵陣に小さな穴が作られる。

 それはユーリが緒戦でやっていたような大規模なものではなかった。

 車輪を傾かせる程度の小さな穴が、魔法の射程距離よりも遠い場所にある投石機の車輪を地面に沈める。

 発射直前だった投石機が傾き、複数のオーガを巻き込んで大きく倒れる。妙な方向に飛んだ巨大な石が、オーガの部隊に直撃した。

 成果を確認し、次、とシザースは別の円環法の行使が可能な兵を呼び寄せる。

 獅子宮や巨蟹宮と共に、廃都東京の探索をし、大規模襲撃を乗り越えた経験もあるシザースは部隊の動かし方をよく心得ている。

 そこには疲れない程度に兵を酷使することも、含まれていた。

「次はあそこだ。あの攻城弓が矢を発射する瞬間を狙え、極太矢の発射に、オーガどもを巻き込ませる」

 了解、と手を繋ぐ兵たち。

 如何に円環法と言えど、攻城兵器自体を解体することはできない。

 勢力間の所有権の問題に関わるものだった。生産スキルによってアイテムでも他勢力の物にはある種の保護が掛けられる。

 もちろん還元できないわけではない。だが、アイテムレアリティが高ければ高いほど、付与されたスキルレアリティが高ければ高いほど、そこには多大な抵抗が発生する。


 ――無理を通せば、SPを相応に消耗する。


 複数の部品の組み合わせではなく、一つのアイテムとして存在する攻城兵器ともなれば車軸一つを消失させるにも多大なSPが必要だった。

 それは死んだことで勢力保護から外れたオーガの死体をホムンクルスにするのとはわけが違う。

 ゆえに、神国の少ない人数でも可能な円環法による攻城兵器への攻撃妨害をシザースは行っていた。

(もう少し早く、こういった手段がとれればな……)

 そう、かつて亡霊戦車一体に苦戦し、神国は苦境に陥った。

 戦友は多く死に、多くの嘆きが国を覆った。


 ――今ならば、自分の部隊だけでも亡霊戦車を倒すことができるだろう。


 しかし時は戻せない。ゆえにシザースは今を必死に生きていた。

 氷壁の上より望遠鏡で敵軍を観察し、指示を出す。

 過去には戻れない。人間には今しかない。今やるのだ。

「――次だ! こちらを狙っている連射弓がある。あれを狙え!!」


                ◇◆◇◆◇


 氷壁に攻城弓の一撃が当たるたびに札束が吹っ飛んでいく思いだった。

 レベル40のマジックターミナルはそう簡単に破壊されてよいものではない。

「ユーリ、難しい顔をしていますが?」

「いえ、はい。大丈夫ですよ」

 危険だからと本陣となっているテントの中で私は全体の指示を行っていた。

 テントには同じく、司祭位を持つ兵と交代し、休憩に来ていた双児宮ジェミニ様がいる。

 とはいえ、私は休憩ではないが……。

 インターフェースに表示された情報から不利な部分に部隊を送り、負傷者の治療の仕組みなどを作っているところだ。

 氷結蟹の移動なども私の視点からの方がやりやすい。


 ――状況は膠着していた。


 しかし懸念が一つあった。

(なぜ、ボスは動かない)

 現在状況は拮抗している。骨槍一発でこちらに大打撃を与えることができる状況だ。

 あれをこちらは防げない。あれを連発されればそれだけでこちらは疲弊する。

 敵軍とて、無駄に戦力を消耗したい状況ではないはずだ。ではやらない理由はなんだ?

(まさか、できないのか?)

 考えて、それはないと断言する。

 できない理由がこちらからはわからないし、それにあのレベルの攻撃なら、雷神スライム十匹で多量のSPを消費すれば同じことができる。

 技術ツリーの恩恵を受けている敵軍のボスならば一体でもそれほどのコストを消費せずにできるだろう。

 ではなんだろう。この状況でボスが出てこない理由は。

 怪我や病気か? それとも老衰? なんだ……何がある?

「ユーリ? どうしました?」

「敵は、なぜ動かないのかを考えていました」

「なぜ、ですか?」

「部下をこれだけ動員し、消耗もしているのに敵のボスが出てこない理由が謎なのです」

 双児宮様に考えていることを説明する。

 敵軍はこれだけ消耗していて、だというのにボスが出てこない謎を。

 もちろん敵は優勢だ。だけれど、放置する理由はないだろう、と。

 私の質問に、双児宮様は久しぶりに教師らしい顔をした。

「合っているのかはわかりませんが……私の観点から見れば、敵のボスの行動はとてもわかりやすく見えますけれど」

「わかりやすい?」

 疑問を顔に浮かべる私に、双児宮様はにっこりと笑って言ってみせた。

「見た感じ敵は勢力として、とても優勢で、オーガの雑兵たちは消耗品のように扱われているのでしょう? ならば敵軍は私達を教材に、自軍の将を鍛えているのではないのですか?」

 それは、教育者の観点でしかわからない。とても明快な答えだった。



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