185 旧茨城領域征伐 その8
元十二魔元帥にして、今は十二天座磨羯宮の配下たる炎魔は飛行スキルを持つ杖の助けを得て、夜の平野に整列する戦車を上空から見下ろしつつ、遠目に見えるシモウサ城塞の威容に目を細めた。
敵勢の気配が違う。城塞全体から熱気がごとく立ち昇る戦意を感じられる。
「総員、警戒しなさい。敵の士気が上がってるわよ」
ひと目で理解できる変化だった。
哨戒に立つオーガ一兵一兵に緊張感が満たされている。
接近する炎魔たちにすぐに気づき、矢を射掛けてくるオーガもいる。
ここに来た当初の腑抜けぶりが抜けきっている。まさしく必死といったその姿。
一緒に飛行していた鷹族の鳥人、部隊を率いる中年兵士ハルクが怪訝そうに敵の集団を見て評する。
「炎魔様、昼の敗戦で士気が下がっていると思いましたが……逆に火を付けたというところでしょうか?」
「そうね。夜襲を仕掛けて正解だったわ。この勢いを知らずに総攻撃を受ければ敗れるのは私たちかもしれなかったもの……よし、下に合図を出すわ。貴方たちも警戒態勢で待機。敵の射程距離外から砲撃開始」
命令を出しながら炎魔は手の先に巨大な炎を生み出した。
鳥人部隊は攻撃には参加しない。周囲を警戒しつつ、稀に届く強弓を石弾で撃ち落としていく。
「眠らせないことが目的だから殺傷よりも音と衝撃と破壊を重視。いいわね」
スマホを片手に下の戦車部隊に炎魔が命令を下せば、通話先の戦車兵から了解、という返事が帰ってくる。
(さて、やりましょうか……)
炎魔自身の肉体をマジックターミナルより発動した強化魔法が強化していく。
『魔力増強』『最大SP上昇』『俊敏強化』『魔防強化』『物防強化』『火属性強化』『魔法攻撃力強化』『魔法攻撃範囲増強』などの強化魔法だ。魔法王国の技術ツリーほどではないが、強化魔法によって炎魔個人の能力が次々と向上していく。
「私の火球に合わせて、用意――斉射!!」
炎魔の手より放たれた巨大な炎の玉が放物線を描き、見張り台に直撃した。
見張り台が炎に包まれ、衝撃によって崩れ落ちる。
炎に包まれたオーガたちが望楼から飛び出し、城壁の下へと落下して落ちていく。
城塞の警戒が上がっていく。襲撃者に向けて、オーガたちが城門から飛び出していく。
――だが、城塞からの距離は遠すぎる。
そこに戦車からの砲撃が着弾した。城門に穴が空き、巻き込まれたオーガたちが次々と殺されていく。
少数部隊とは思えない。凄まじい攻勢だった。
しかし、炎魔は物足りなさを感じてしまう。
炎魔は相手をしたから知っているが、亡霊戦車の能力は下がっている。
それは炎魔もそうだ。両者とも以前は技術ツリーの影響があった。
(そう考えると……こいつら……)
城塞から飛び出してくるオーガたちを見て炎魔は眉を顰める。
このオーガたちは炎魔が魔法王国で見た個体と能力値が違う。
現に戦車の砲撃を食らっても生き残っている個体が数体いる。
自分の魔法を喰らい、全身火傷を負い、望楼から地上へと落下し、なお生きている個体がいる。
個体差やレベル差だけではない他にも炎魔の知るオーガと違うものがあった。
通常よりも強化された呪術の存在だ。
そこに炎魔は技術ツリーの影響を感じる。
種族単位でステータスが増強されていると考えれば、オーガたちタフネスの高さにも理由がつく。
(技術ツリーがモンスターにもある? どういうこと……? モンスターってのは何?)
昼間も思ったことだった。
この旧茨城領域のモンスターは、大規模襲撃やダンジョンなどのモンスターと違う。
明確な軍としての意思がこの集団にはある。
もちろん習性としてオーガは砦を建てるかもしれないし、それを増強して城塞にするかもしれない。
だが、軍を率いるとなれば別だ。こうも統率があるとなれば――炎魔は炎で焼きながら、モンスターたちの背後に何か巨大なものの影を見たような気分になる。
(変わった人間の下につくと、変わったものを見ることになるのかもね)
今は陣幕の中で睡眠を取っているユーリのことを考え、炎魔はほんの少しだけ
楽しさは生活において重要だ。
以前の炎魔は平時は巨大な豪邸で百人を超える召使いを従え、魔法王国の大貴族としての生活を楽しんでいた。
魔法の研究を進歩させる喜びに浸り、部下の多くを育成してきた。
だが今の自分は敵対国家の幹部の部下で、九歳児の走狗だ。
神国の監視も其処此処に存在し、魔法王国からは裏切り者として狙われている身。
敗戦の代償としてはなかなかに重いものだ。
かつての生活をたまに夢見ることもある。部下に自分と同じ生活をさせてしまっていることに罪悪感を覚えないでもない。
――であるのならば、神国にて栄達を目指すしかないだろう。
炎魔がここで活躍することは部下たちの窮屈な生活を助ける手立てにもなる。
炎魔自身は価値をあまり感じないが、じゃらじゃらと胸に勲章をぶら下げてみれば神国人の反応も変わるかもしれない。
「来たわね……!」
城塞の上には砲撃に耐えかねたのだろう。剛弓を手に、鬼眼将軍ヒデヤスが出現している。
ヒデヤスは通常のオーガよりも小さな身体のオーガだが、放たれる弓の威力はまともに直撃すれば炎魔の身体を貫くぐらいは容易なものだ。
ヒデヤスの構える弓、番えられた矢の鏃に炎魔の自動障壁を貫くための水属性付与の煌めきを見て、炎魔は口角を釣り上げた。
――やはり、このオーガどもは違う。
敵の属性防御の対策までするなど、今まで炎魔が相手にしてきたモンスターたちはしてこなかったことだからだ。
そして通常のモンスターからは感じられない、鬼気迫る雰囲気。この情報は持ち帰らなければならない。
敵の士気が高いということは、明日の総攻撃は激しいものとなることが確実だからだ。
高い士気にまかせて、何か厄介な策を弄してくるかもしれない。
そして、なによりボスが出るかもしれない。
炎で城塞の上を大きく焼き払いながら、炎魔は自分に向かってくる矢に対して、マジックターミナルより大量の石を放って撃ち落とすのだった。
◇◆◇◆◇
城壁の上に積もっていた雪が炎によって全て溶ける様を見て、鬼眼将軍ヒデヤスは強く歯を噛み締めた。
(……夜襲だと……人間どもめ……!!)
夜は人間の時間ではない。モンスターの時間だ。
それが侵されている。オーガの矜持が深く傷つけられる。
――何より、好き勝手されていることを王に知られればヒデヤスの命もなくなる。
しかし、弓の射程の外より攻撃をしてくる戦車なるものは実に厄介だ。加えて空を飛ぶ鳥人部隊に、炎魔なる者。
どうにかこれらを撃退せねばヒデヤスが殺される。
『突撃せよ! 人間どもを蹂躙せよ!!』
城壁内部で待機していた部隊が城門より突撃しては戦車の砲弾に轢き潰される。金属製の盾が一撃でぶち抜かれ、屈強なオーガ兵が死ぬ。だがその兵の死体を盾に、次々とオーガが突撃していく。戦車へと距離を詰めていく。
ヒデヤスは
上空には鳥人の兵がいる。戦車へと近づけば近づくほど、あの鳥人兵の射程距離へと近づいていく。
しかし無策で兵を突撃させるわけではない。
『攻城弓、連射設置弓、用意できました!』
配下のオーガがぐごぐごとヒデヤスに報告をする。
攻城弓も連射設置弓も、敵の氷城を確認し、突貫でオーガの鍛冶師どもに作らせた攻城兵器だ。
つい先ほど完成したばかりのもので明日の総攻撃に持ち込む予定だったものである。
ヒデヤスはよし、と頷くと『撃て!! 撃ち落せ!!』と大きく叫んだ。
城壁に設置された攻城弓に極太矢が装填され、遠く離れた位置から砲撃を続ける戦車へと放たれる。
付呪の技能で金属さえも溶かす魔炎が付与されている矢だ。
小石をぶつけた程度では撃ち落とせぬ勢いでそれらが次々と放たれていく。
極太矢の攻撃は戦車の表面に傷をつけ、戦車の装甲が呪いの炎で燃え上がる。人間どもが慌てて消火作業を行っていく。
連射設置弓もその機構から雨あられと矢を発射し、鳥人たちが慌てて高度を上げていく。
戦車部隊が後退していくのが見えた。鳥人たちも合わせて城塞から距離を取っていく。
――深追いは危険か……。
ヒデヤスとしては部隊を繰り出して追撃をしかけたかったが、敵の編成は遠距離の攻撃に偏っている。追撃を行うには危険が過ぎた。
城塞から敵を見る。戦車部隊も鳥人部隊も射程外へと引き下がっていた。
炎魔という人間の個体だけが残っているも、炎耐性の付与された盾を構えたオーガの部隊が城壁の上に現れ、炎魔の攻撃を防ぎ始めると炎魔も引き下がっていく。
『……ふん、なんとも小癪な奴らだ……』
こうして教区軍とオーガ軍の深夜の戦いは引き分けに終わる。
オーガの兵は五百名ほどが死に、神国の兵は犠牲はなかったものの、オーガ部隊の精強さに舌を巻くのだった。
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