184 旧茨城領域征伐 その7
氷壁の内側では宴会が繰り広げられていた。
兵がそれぞれ地面に座り、防衛の成功を喜び合っている。
さきほどまで敵の撤退に合わせて負傷者の治療や氷壁の補修などをしていたが、敵の完全な撤退を確認し、攻め気を感じなくなったことで、ようやくこういったことができるようになったのだ。
――ボス個体の出撃も警戒していたが、それもない。
奴が出てくればそのまま雷神スライムで殺せるのだが……こちらの手札の残りを確認したがっているのかもしれない。
あの投槍を警戒しなければいけないのでさっさと出てきてくれればこちらも手札を全て晒せるのだが……出てこないことの方が脅威だった。
まぁいい、心配はあとでしよう。私は手に持った杯を掲げた。
「それでは皆さん! 敵の大攻勢にも負けず、防衛成功、お疲れ様でした! 今晩は存分に飲み食いしてください!!」
私の声に合わせて兵たちも杯を掲げて喜び合う。
あまり酔わせすぎても問題だが、酒を与えないと士気が下がる。
私は追加の酒樽を兵に運ばせ、各部隊の隊長たちに各自の裁量で分け与えるように命じた。
料理も運ばれてくる。よく焼いた肉の塊だ。
肉はフレッシュミートホムンクルスの死体から切り出したものだ。
レベルが高いだけあって、料理スキル持ちが調理すれば旨味たっぷりの肉料理が次々と出来上がっていく。
兵に肉や酒が行き渡るのを待ってから、私は壇上の上から獣人や神国兵を見下ろし、大きく叫ぶ。
当然だがこのざわめきの中で声が通るわけがないので、拡声スキル持ちのスキルを借りながらだ。
「さぁ、食べながら今日の功労者を発表しましょう! 呼ばれた方は前に出てきてください!!」
手元の紙は十二剣獣の四人に、使徒シザース様から報告を貰った、敵を多く殺したり、仲間を多く助けた兵の名前が記載されている。
「犬族、ウーワン! ブラック! ポチ郎! 鳥族、グルーゾ、ライラット、ハルク――」
呼ばれた兵士が兵の中から立ち上がり、胸を張って歩いてくる。
彼らに私はこの場で発給した戦時勲章を与えていった。
これは教区長にして教導司祭である私に与えられている権限の一つだ。『勲章授与』。戦争で活躍した兵士に勲章を与えられるのだ。
そしてシステムで効力が保護されているこの勲章は、実はアクセサリを圧迫しないステータス上昇効果も存在する。
年金付きの勲章というほどではないが、この勲章を与えることで兵の士気を上昇させることができた。
「よくがんばりましたね。明日以降もよろしくおねがいします」
「はい! ありがとうございますユーリ様!!」
私の前に立った兵に勲章と賞金を手渡しし、感激していく兵を見送る。
全ての兵士に同じことをし、私は兵を見下ろせる台の上に立つ。勲章を貰った兵を羨ましそうに見ている多くの兵に向けて、声を張り上げた。
「皆さん、活躍の機会はまだまだあります。明日以降も激しい戦いは続くでしょう。ですが、我が神国アマチカ、ニャンタジーランド教区の精兵ならばオーガごとき恐れるものではありません!! 戦ってわかったでしょうが、今回の戦いで奴らに我々は大打撃を与えました。我らならば必ず勝利できます。そう、女神アマチカの加護がある限り、女神の忠実なる信徒である我らがモンスターごときに負けることなどあり得ないからです! さぁ、祈りましょう! 女神アマチカに! 我らの勝利を報告しましょう!!」
すっと静かになって兵たちが祈り始める。私もまた祈る。
各所に焚かれた篝火の熱が夜の冷たさを駆逐していく。
――さて、敵は次にどんな手を打ってくる?
◇◆◇◆◇
玉座の間に、オーガたちが集められている。
未だ昼間の戦塵に塗れたオーガたちの表情は一様に暗い。
彼らがずっと頭を下げ続けている先には、玉座に座った彼らの王がいた。
――グレーターサイクロプスのグレタだ。
巨大な単眼巨人の王は目を閉じて、何も言わずにいた。
怯えるオーガたちに何も言わずに、耳をすませている。王の耳には敵陣から聞こえる人間どもの歓声が聞こえている。
――オーガたちは震えて王の言葉を待つだけだ。シモウサ城塞全体がしん、と静まり返っている。
グレタはそして、ようやく重い口を開いた。冷えた玉座の床に接していたオーガたちの膝が凍傷で凍り始めてからの言葉だった。
『我が助力したことで氷壁は砕けた。そして呪いの力を得て貴様らは強かった。なぁ、なぜ貴様らが負けたかわかっておるか?』
立派な軍装のオーガが前に出た。
『鬼馬将軍ハルトモ』、オーガの将軍。今回の四万近いオーガの軍を率い、結果として敵の氷城を陥落させられなかったオーガだ。
『我が不明にございます! ですが、次こそ――』
最後まで彼は言葉を発することができなかった。グレタが放った鉄の大槍が頭を潰していたからだ。
『無能に次などあるわけがないだろう』
――静寂。
そして玉座の間にオーガたちがやってくる。
オーガが数体、ぐつぐつと煮えたぎる大鍋を背負ってきたのだ。その背は熱によって焼けただれ、血を流している。
鍋を背負っているのは呪術師のオーガたちだった。
『ぎぃあああああああああ』。叫びが聞こえる。大鍋の中では数体のオーガが入っていた。呪術師のオーガを率いていた鬼呪将軍ウジヒロとその側近である。
グレタは来たな、と思いながらオーガたちを見下ろして宣言した。
『貴様らに足りぬのは必死さだ。人間を殺すという意思が欠けていた。数が多いから、自分たちが強いから、そんな理由で我が命令を軽視し、手を抜いたからだ』
そんなことはない、オーガたちは必死だった。必死で戦って、なお勝てなかったのだ。
人間が強かった。だが、反論はできない。反論した瞬間に死ぬからだ。
『我の命令を聞きながら、それを死んでも果たそうという必死さが足りなかった。ゆえに貴様らは負けた』
グレタは言いながら、ふぅ、とため息をついた。頼りない配下。こんなものがいくらいてもグレタの役には立たない。
たかが人間三千と蟹三千を殺すこともできない、できそこないども。
(主よ、全くもって不可解です)
自分一人がいれば、なんだって滅ぼせるというのに、こんな役に立たないゴミどもをグレタは育てなければならない。
グレタに殺された『鬼馬将軍ハルトモ』の身体がオーガたちによって鍋に入れられる。
呪いの炎によってぐつぐつと煮立てられた鍋の中でオーガたちがぐるぐると回っていた。
大鍋がグレタの前に運ばれる。グレタは運んできたオーガたちの身体を一体ずつ片手で掴み、圧殺するとそのまま鍋に放り込む。
――玉座の間を恐怖が支配していた。
グレタが大鍋を掴むと、中身を一息に飲み込んだ。げふぅ、というゲップの音。
大鍋を玉座の間に投げつけるグレタ。彼は最後の機会を与えることにした。
『我が出てやってもいいが、偉大なる主の命もある。明日、再び総攻撃を掛け、あの氷城を陥落させよ、次は絶対に失敗することは許さぬ』
そしてグレタはハルトモの次に強いオーガである『鬼槍将軍マサカツ』を指差し、良いな、と命じるのだった。
◇◆◇◆◇
氷壁の内側で鳥人の部隊が城門の傍に来ていた。
空を見上げれば、分厚い雲が空には掛かっており、天候が悪い。
そして未だ夜だった。
「ハルクさん、夜も出陣ですか?」
「ああ、百名ほど率いて夜襲部隊の援護をせよ、とのバーディ様のお言葉だ」
驚く若い鳥人兵の質問に鷹族の中年兵士がマジックターミナルを掲げて笑ってみせた。
その胸には祝勝会のときにユーリより直々に手渡された勲章が輝いている。
「
鳥人の若い兵が、ハルクのその言葉にはぁ、と感心した声を出した。
この若い兵は哨戒の任務があるから起きているが、早く眠りたくて仕方がなかった。
朝も昼も戦い続けて全身が疲れ切っている。そして宴会で腹も満ち酒も入っていて、集中力が切れていたからだ。
そんな若い兵の額を指先で叩くと中年兵士ハルクはにぃ、っと笑ってみせる。
「せっかくの勝ち戦だぞ。稼ぎ時にはもっと楽しめ、若人よ」
おーい、と声がする。氷壁に設置された城門から戦車部隊が出るところだった。
彼らはこれからシモウサ城塞へ砲撃を開始する。敵が夜に本格的な攻撃をしないことはわかっているし、敵にも疲れが存在する。
そこで砲撃による夜襲を仕掛けて、敵を眠らせないことにするのがこの攻撃の意図だった。
「では、いってくるぞ」
鷹族のハルクが指を軽く振って空へと飛び出していく。彼を追って、他の鳥人も続いていく。
空を見れば分厚い雲からはらはらと雪が降ってくるところだった。
「みんな元気だなぁ……」
槍を片手に、若い兵士は声に疲れを滲ませて呟いた。
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