183 旧茨城領域征伐 その6


 敵は生贄として死体を使う。それがわかったなら対処はいくつかある。

 死体を消すだけならばいくつも方法はあるだろう。だがそれをこちらが有効に使うなら対処は限られた。


 ――火と氷、そしてオーガの獣臭。戦場には血と死の臭いが満ちている。


 氷壁の内側、周囲には兵のためのテントが並べられている。そんな中にできている広場に我々はいた。

「ユーリ様……! む、無茶です!! 危険です!!」「これ以上はヤバいですって!」

 神官たちが額に脂汗を浮かべ、私に警告を発する。

 集中法や円環法を短時間に使いすぎているせいだ。

 スキルを主として使い、かつ子供の私の身体に一番負担が掛かっている。それを彼らは心配しているのだろう。

 だが集中法の行使に慣れている私の方が負担は少ないし、何より、これを凌げなければ、負けるのはこちらなのだ。

「いいから! 集中法!!」

「は、はいッ……!」「怒られたァ――!!」「ひぃーん!」

「ほら! 早く!!」

 時間の勝負だった。九十名の神官が手をつないで集中法を行使する。

 私も息を整える。自分が思っているほど私も余裕はないのかもしれない。

 短時間に円環法を酷使しすぎている。あまりあのSPの海に潜りすぎると私はともかく神官たちが危険だが……やるしかない。


 ――あとひと押しだ。


「これが終わったら休んでいいですからね」

 集中トランス状態の彼らに言ったところで聞こえていないだろうが、言っておく。

 今日は円環法は終わりだ。大量の落とし穴に、神殿の建築と、円環法の影響だろう。頭痛が酷い。

 私としても今日の戦場では、これができる限界・・だった。

 インターフェースを確認する。死体の位置を頭に叩き込む。

 一応何もないことを確認するために部隊の情報も見る。氷壁の傍では激しく戦闘が繰り広げられている。優勢でも劣勢でもない膠着。

 しかしこの膠着が続けば負けるのは数で劣るこちら側だ。

「始めます」

 私の傍らには『ホムンクルス作成』用の特殊な道具ツール、螺旋形状の、ガラスで作られた壺である『螺旋遺伝子炉』がある。

 使用条件に錬金術系の熟練度60が必要な道具だ。兵士の性具を作るために持ってきていた道具だった。


 ――ホムンクルスの生成条件は割と緩い・・


 困難なのは生成可能なアビリティを覚える熟練度に達すること。

 そして、一度達成してしまえば作り放題だ。もちろん生成には相応にSPを消費するし、素材も使うので小間使いなら人を雇った方が安いし、戦闘ならスライムを使った方が便利ではあるが、それは私が為政者側だからであって、個人としてなら魔法生物の作成は夢がある。

 ホムンクルスの作り方は簡単だ。

 ガラスから作成できる『螺旋遺伝子炉』を錬金素材に混ぜて、『ホムンクルス作成』アビリティを使いつつ、他の素材と錬金するだけ。

 作るだけ・・なら、時間も必要ない。

 馬の体温がどうとか四十日間がどうとかもスキルだから関係ない。

 ただし、頭がいい個体だとか、丈夫な個体を作りたいなら、他に設備を使って時間を掛けて錬金する必要がある(錬金状態を止めておく『孵卵器』、精霊系のホムンクルスを作るなら『魔法炉』でエレメント系素材を抽出するなどの工夫ができる)。

 だが頭が悪くて丈夫じゃない個体を作るのなら他に設備はいらないし、時間を掛ける必要もない。

 この場で・・・・作れる・・・


 ――戦場にはオーガの死体アイテムが大量にあった。


 集中法状態の神官たちからSPを引きずり出し、大量の、素材アイテムとなったオーガの死体にSPを浸透させていく。

 これは錬金術豆知識なのだが、これだけの大量のオーガの死体を使って、大量のホムンクルスを作った場合、私たちのSPは足りずに錬金は失敗する。

 そしてSPが足りない場合の錬金の場合、素材としたアイテムは残る。

 それは錬金失敗というより、ただ錬金が成立しなかった、というだけだからだ。

 そして術者である我々のSPいのちが枯渇し、我々の死体がこの場に転がることになる。

 ゆえに、それを避けたいのならば、こうするしかない。

「ホムンクルス! 生成!!」

 気合の叫びと共に、私は氷壁の先を見た。

 兵の悲鳴、オーガどものどよめきが聞こえてくる。


 ――氷壁の先に、巨大な、人の形をした肉の塊が立ち上がっていた。


 そうSPの涸渇を防ぐには、大量の素材を使って大量のホムンクルスを作るのではなく、大量の素材を、たった一体に凝縮すればいいのである(当然だが凝縮したところで素材コストに見合った性能にはならない)。

 ドロドロのグズグズのブヨブヨの肉の巨人が立ち上がっていく。フレッシュミートホムンクルス、レベル60。

 大量の肉と骨素材を使ったためにHPだけは莫大だが、錬成時間も教育も行っていない。ただの肉巨人だ。

 突如出現したそれが、ぶん、と腕を振るう。

 その重量を支えるだけに見合った筋力。オーガたちが破裂しながら宙を舞う。

 だが直後に、敵陣から矢や投石が飛んできてあっという間にホムンクルスがハリネズミになる。

 しかし、まだまだHPは残っている。この調子なら袋叩きにされても三分は保つだろう。

「その化け物はユーリ様が作成されたものだ! 総員、他のオーガを狙え!!」

 拡声スキル持ちの神官が叫べば神国側の動揺が抑えられる。ホムンクルスを狙っていた兵たちがオーガへと攻撃を再開する。

「これで戦況はなんとかなるでしょう。相手もここからひと押しするなら自分たちの手持ちの生贄でやりくりするはずなので」

 流石に錬金を使いすぎた。

 SP回復薬を飲み、痛む頭を手で押さえながら本営に向かう。できることは終わったが指揮は行わなければならない。

「ああ、貴方たちは休んでください」

「い、いえ。我々もまだ……」

 ふらつく神官たちに言えば、彼らはやる気に満ちた表情でゆらぐ身体を支えている。

 だが私としては休ませたい。同情でもなんでもなく、今後のためにだ。

「命令書を出しておきます。休みなさい。今日はもう戦況は動かないでしょう。明日以降も働いてもらうためには、貴方たちが休むことも任務です」

 その場で紙にその旨を書いた命令書を作る。

 書記スキル持ちはいないが、紙に字を書くぐらいなら私でもできるからだ。

 神官部隊にそれを押し付け、追いやるようにして私は本営に向かっていく。集中法に参加しなかった護衛の兵士が私の傍についていた。

「……あれは、なんですか?」

 兵の質問は氷壁の向こう側で暴れる肉の塊だろう。防具もつけていない。ろくなスキルも持っていない赤ん坊レベルの知能の肉の塊だ。

 遠くから攻撃を受けても盾も何もないから受けたまま。膨大なHPも数千のオーガから集中攻撃を受ければすぐに尽きるだろう。

「ホムンクルスです。錬金術スキルの一応、奥義という奴ですね」

「ホムンクルス、というと兵に配っていた奴ですか?」

「あれと同種ですね、使った素材に差はありますが……」

 お、巨人の身体が傾いでいく。膝を壊されたのだろう。衝撃で何十というオーガが潰されていく。

 ただインターフェースに表示された偵察鼠からの映像で確認すれば、手足をばたつかせて近づくオーガを次々と殺していた。

 兵が不気味なものを見るような目で氷壁で隠された方向を見る。オーガの悲鳴なども聞こえている。

「あれも命なんですよね?」

「そうですね……命です」

 性具を作ったときとは違い、はっきりと人の形で生産したためだろう。奇妙な実感が手に残っている。

 いや……この感覚はむしろ、集中法を初めて使ったときに、あの神のようなものと接触して得られたものに近い。


 ――この世界の秘密の一つを知ったような感覚だ。


(そう……モンスターや山賊が出現ポップする現象、処女宮様に最初に与えられた国民。彼らはまるでそのまま生きてきた歴史があったかのように出現したという)

 ホムンクルスでもそれはできる。教育という過程で情報を与えることができる。

 それにモンスターも山賊も言っては悪いが、同じモンスターに分類されている。

 そしてインターフェースでモンスターと表示されていようが、人間と表示されていようが、死ねば同じ素材アイテムに分類されてしまう。

 それはホムンクルスも同じだ。死ねば死体は素材になる。

 モンスターもホムンクルスも人間も本質は同じ、ということだろうか?

 この世界は、巨大な『螺旋遺伝子炉』でもある、ということか?

 まだこの世界の法則は解明しきっていないが、私の自分の手のひらを見つめた。最近は収まってきたほんの少しの震えが見えた。

 自分の身体が、モンスターと同一のものだという――「ユーリ様」

「ああ、すみません。少し考え事を」

 本営の傍だった。指揮に戻ろう。

(とにかく打てる手は打った)

 呪術の生贄問題はこれで一時的にだが、なんとかなるだろう。

 ホムンクルス、あれの命は一つだから呪術の素材としては一つ分のコストにしかならない。

 戦闘中だから新しい死体が生まれるのは防げないが、強力な呪術を使うための死体は、もう少し戦闘が経過しなければ貯まらない。

 その間には呪術一つで覆せるほどの状況ではなくなっているはずだ。

 それに敵も食料が不足している。オーガどもの死体が消費された以上、そう軽々に死体を呪術の素材にはできないはずだ。

(ホムンクルスは中々面白いが、死体を有効利用するのは人間相手には使えない手だな。また邪教だなんだと難癖をつけられてしまう)

 この世界の人間やモンスターが同一という認識は得られたが、それでも人間は人間だ。

 私は息を吐いた。まだ太陽は中天にも登っていない。

 戦闘はまだまだ続きそうだった。


                ◇◆◇◆◇


 そうして、昼頃には疲れたオーガたちが死体を引きずって帰っていく。

 敵の被害は八千ほど(氷壁建造の際に与えた被害を合わせれば一万と千ぐらいだ)。

 最初に開けられた穴以外にも氷壁の一部が壊され、敵の侵入を許してしまったが、こちらの被害は蟹が四百に、兵が二百。

 緒戦はどうにか凌げたが、まだまだ敵の勢いは優勢である。




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