182 旧茨城領域征伐 その5



双児宮ジェミニ様、それではお願いします」

「そうね。私が一番高位だものね」

 いいわ、と頷いて双児宮様が中級神殿の中に入って祈りを捧げ始めた。

 一人では大変だと司祭位を持つ兵を補助につければ、彼らも祈りに加わる。

 氷壁の中に春の太陽のごとき暖かさと、淡い光が降り注ぐ。兵たちの歓声が聞こえてくる。

 枢機卿である双児宮様が神殿の中で祈りを捧げることで、軍団全体に加護が与えられる。

 これは前回の大規模襲撃などでは使えなかった、ニャンタジーランドを領有することで最近開発できるようになった神国の固有技術だった(技術開発に『木材』が大量に必要だった)。


 ――固有技術『祈りの障壁』。


 司祭位以上の人間が神殿内で祈りを捧げることで、効果範囲内のアマチカ教徒の最大HP、防御力、魔法防御力、各属性耐性、各状態異常耐性などを上昇させる固有・・技術・・だ。

 神殿を設置することで効果範囲内の呪術を破壊する『大聖域』と合わせれば特定勢力向けの強力なコンボが望めるだろう。

 加えて、この『祈りの障壁』は祈りを捧げる人間が高位であればあるほど効果もあがる。

 双児宮様という分身できるお方がいる神国では割と使い勝手の良い技術だ。

(……だが、痛い。痛いな……)

 戦闘中だが、私は教区の年間予算を考えて、憂鬱になった。


 ――この強力な技術を使わなかったのは、資源の問題があったからだ。


 この中級神殿だって本来は建てるつもりはなかったのだ。貴重な雷神スライムに、貴重な戦車まで用意して、どうにかして神殿の建造だけは避けようとしていた。

 今回は戦力にあぐらをかいて建てなかった完全に私のミスではあるのだが、神殿の建造は資金難の神国では痛い。

 神殿の建造はタダではない。

 タダではない、というのは当たり前の話だがそうではなく、作成にちょっとした特別な資材が必要になるという意味だ。

 神殿の建築に必要なのは、枢機卿以上の人間が祝福・・した木材だとか、石材だとか、聖水だとか、そういった特別な素材だ。

 ダンジョンから大量に手に入る素材と違い、生産数の限られている素材を大量に使う神殿は年間の作成数が厳密に定められている。

 教区では初期投資として小神殿や貿易用の聖道を大量に作る必要があったから、今年は使いすぎている。

 頭を下げて頼めば送ってはくれるが……本国でこういった特別な資材を管理し、教区へ送ってくれる宝瓶宮アクエリウス様からは少し抑えられないかと愚痴を聞かされている身だ。

 今建てた神殿用の資材も征伐が終わってから城塞内に建てるつもりだったものを使っている。

 神殿を素材に還元して立て直すと元の素材が減るから手作業で移築するしかない。

 錬金で作ったものを移築するのは人も時間もかかるから本当はやりたくなかったが……。

「ユーリ様、どうなさいましたか……?」

「いえ、今後のことを考えていました」

 傍らの兵がなるほど、と私を感心した目で見てくる。勘違いされている。

 私も頭を切り替えよう。インターフェースに目を向ける。

 戦場は硬直し始めている。一進一退――いや、私が打った対応によって勢いを挫かれたオーガたちが疲れてきているのか。

(このまま維持しつづければこちらが勝てそう……なんて考えていたら負けるからな。こちら側から、あとひと押し・・・・が必要だな)

 今の状態はようやく互角になっただけだ。数に劣っている我々が互角を維持していては負けてしまう。

 相手側にひと押しがあった場合を考えろ。主導権を取り返し、相手を対応させる側にしなければならない。

(さて、ひと押しといってもどうする?)

 周囲を見る。インターフェースも大事だが、実際に兵を見るのも重要だ。数値に現れない疲れなどは実際に見ないとわからない。

 氷壁からは戦いの音が全周囲より聞こえてくる。火が燃える臭い、氷の冷たさ。オーガどもの唸り声。

 兵はどうだ? 今も氷壁の上や下では戦闘が続けられているが、先ほどよりも楽そうに見えた。

 『祈りの障壁』によって体力が上昇したからだろう。体力が上昇したということは何も死ににくなっただけではない。

 当然だが体力が強化されれば疲労も軽減される。疲れているだろう敵と元気なこちらでは当然こちらが強い(数の不利を跳ね返せるものではないが)。

 そしてその体力上昇に関しては、氷壁の穴を受け持って敵の進撃を耐えるドッグワン部隊が一番その影響を受けていると言ってもよかった。

 先ほどは敵の勢いに崩れかけていた部隊が復活している。次々と敵を倒している。

 スマホスキルの影響もあるだろう。スマホスキルは特別だ。

 マジックターミナルでも個人を強化することはできる。強化魔法の個別付与などだ。しかし、スマホ魔法は持ち主のステータス自体をパッシブスキルという形で上昇させる。

 元の数値があがれば強化魔法の影響も大きく受けられる。

 そこには当然、固有技術による強化の上昇幅の増大も加わる。


 ――対策は機能した。


 突っ立っていては時間の無駄なので指揮所へと移動しながら考える。周囲では重傷者が運ばれ治療を受けている姿が見える。

(何をすべきか……治療の促進、薬剤は十分に持ってきている。回復魔法の入ったマジックターミナルもある。すぐに戦線復帰できるだろう)

 劇的に戦場に手を加えたいのならば、戦力を投入すべきだが……こちらには戦力は余っていない。

 手元にいるのは円環法のためについてきている神国人の部隊百名ほどだ。シザース様の元に戻してもいいが、これを有効な場所に投入するならどこに入れる?


 ――戦術眼とは、敵の嫌なところを探す能力にある。


 自陣については把握した。ならば敵はどうだ?

 敵の呪術は強力だったが、コストはどうした?

 呪術を神国はそこまで開発していない(スキル付与に必要な知識を得るためにちょっとだけ触っただけだ)が、私も呪術の概要ぐらいは知っている。

 呪術は強力なものほど生贄を使って効果を発揮する。

 加えてここまで多用するということは、恐らく敵の固有技術ツリーによる強化ブーストがあるはずだ。

 そして仮にこれが固有技術ならば、この土地の君主を殺した際のボーナスが掛かっているだろうから、ここまで強力なのも理解できる。

 とはいえ、呪術の原則である生贄コストは必要なはずだ。

 特に軍団規模の広域呪術ならば、生贄はなんだ? ゴブリン? オーガ? 人間?

 くじら王国あたりの兵が捕まっていた、とかか? わからない。情報が足りない。

(わからない仮定はいいか……呪術に生贄は必要。これだけでいい。じゃあ、敵が有効な手を打ちたいならどうする? 何を使う?)

 インターフェースを確認する。戦場には血と、死体が転がっている。

 味方の死者は少ない。この規模の攻勢を受け止めていながら、まだ百人も被害は出ていない。準備した結果とはいえ、兵の奮闘には感謝しかない。私の失策をカバーしてくれている。

 そして死傷者は敵の方が多い。

 死人……死体は素材だ。最初の生贄は自分たちで用意したとして、次に使う生贄はこれ・・か?

「なるほど――死者を神殿に集めるように通達してください。敵に利用されないように浄化すべし、と」

 兵に指示を出す。スマホで指示を出してもいいが、神殿の方も人が足りないだろう。十名ほど神官たちを向かわせる。

 『大聖域』で防げるのは敵が使う呪術の効果だけだ。

 殺害数カウントか何かがあるのだろうが、奴らが生贄にすることまでは防げない。

 とはいえ紐付けされているなら浄化でその対象から外すことも可能なはずだ。

 聖域は呪術の行使を妨害するが、範囲外のオーガどもを強化する呪術までは対象にできないし、カウント中はともかく、すでに成立している呪術までは破壊できない。

 我が軍の死者が何らかの危険な呪術の発動の生贄にされないように、対処は必須だった。

 そして敵の死体にも対応する必要がある。

「残りは私についてきてください。味方の死人は浄化できますが、敵の死人はどうにもなりませんからね。なんとか・・・・します・・・


                ◇◆◇◆◇


 ギギギ、ギギギ、と城塞内の儀式場でオーガの呪術師たちが叫んでいた。

 鬼呪将軍ウジヒロは叫ぶ。何があったのかと。

『ギギギ! 敵が呪術に対する対抗結界を張ったようです! 人間どもに呪術が掛かりませぬ!!』

 ぐぬぬ、と平安衣装を着たオーガが歯を食いしばる。

 このまま何もできずに、城主にしてこのシモウサ城塞の王たるグレタに報告すれば自分がグレタの晩飯にされかねない。

『ならばオーガどもに狂奔の呪いを掛けよ』

 今オーガたちに掛かっている呪いは身体能力を強化する程度のものだが、狂奔の呪いは別だ。

 それは対象の理性を消失させるほどの強化をかける呪術である。

 ただし、過剰な強化は対象の肉体を破壊する。自分の拳が砕けるほどの力で敵を殴るようになる、そんな呪術。使われたものは例外なく死ぬが下級のオーガなどゴブリンとそう変わらない。春になれば補充できる。


 ――兵の命より、勝利の方が尊いのだ。


『ギギ、では人間を連れてまいりまする』

 儀式に使っている生贄は海から船でやってきたどこぞの国の兵どもだ。数は残り少ないがこの戦争に勝利できればいくらでも――いや、とウジヒロは思い直す。

 あまり使いすぎると何かあったときに自分たちが生贄にされかねない。グレタはそれぐらいは平気で命じてくる。

『戦場に転がっている死体を使え、レベルは十分だろう』

 あとで回収して食料にする予定のものだが、戦争のためだ。

 多少生贄にしたところで王はお怒りになるまい、とウジヒロは考えた。

 ついでにあちらの人間の死体も使えばいい。『オーガの呪術師』という種族のウジヒロだが、そのスキルの一つが戦場に利用可能な死者が十分なことを彼に教えて――『ム?』

 感覚がおかしくなったのか、とウジヒロは自身のスキルを疑う。

 利用可能な死体の数が減っていく。千体以上あったオーガやゴブリンの死体が消滅していく。

 部下のオーガどもも異常事態に怯えている。死体は利用可能な資源だが、同時に彼らにとって、死は神聖なものだった。

『な、なにが……起きている』



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