177 七龍帝国にて
神国が進んでいるからと言って、他の国が停滞しているわけもない。
七龍帝国の首都『ナーガ』において女帝イージスは宰相の老人ヘルペリオンに問いかけていた。
「諸侯はようやく納得したのか?」
「はい。遺族への年金支払に、兵の遺品の返還交渉を行ったことが効いたのでしょう」
先日、冬の神国に向けて出発した外交使節団は、一万五千人分の
遺骨はない。価値あるものでもない。しかし遺品は遺品だった。
「こうも効果があればあんなガラクタに多額の賠償を払ってしまった――とは言えんな」
「兵らも死んだあとの家族の保証がないでは安心して戦いには行けませぬからな」
女帝の言葉に宰相は頷く。
「それでくじら王国方面はどうだ? 報告は聞いているが、交渉の方はうまくいったのか?」
「はい。くじら王国側も即座に了解を得られております。北方諸国連合相手に全力を尽くしたい様子でしたからな」
満足そうに女帝は頷き、インターフェースの画面を見る。
「元親神国側貴族の子息を我の養子とし、くじら王国の大貴族の娘を養女とした鯨波の娘と結婚させる」
両国の婚姻政策だ。不戦同盟をこれで結ぶのである。
国内の統制を考えれば軽々に破れない同盟だ。だが両国とも
前世でも結婚をしていないのに、血縁ではない大きな息子が出来てしまったことに女帝は皮肉げな表情を浮かべる。
だが尊い血同士の婚姻は利益を生む。
「まさか、こんなことで貴族どもが黙るとはな……」
所詮は一代目の貴族たちだというのに、そういった考えをするようになっているのは女帝イージスとしては疑問も多い――だが宰相は首を横に振る。
「皆、保証がほしいのです。誰もが女帝のように迷いなく進めるわけではございませぬ」
「そうでもない。我も迷うときぐらいはある」
それで、と女帝は言葉を続けた。
「遺品買取を名目とした賠償金に、
「はい、間違いなく。国内の問題の多くは片付きました。諸侯も出兵には賛成しております。春にはアップルスターキングダムへと軍を進められるでしょう」
アップルスターキングダム、旧長野領域にある国家の名前だ。
宰相は女帝の満足そうな表情に、安心する。
女帝の一時期の荒れようも、様々な政策を練られる冬の到来でなんとか抑えられた。
そして春になれば帝国も攻勢に出られる。遅れたが、これでなんとか帝国も国土拡張政策を進めることができるだろう。
◇◆◇◆◇
くじら王国首都グランホエールの王城にて鯨波は『宰相ゴマサバ』から報告を受けていた。
インターフェースで確認することもできるが、その場合、情報が煩雑になって重要な報告を見逃すことがある。
ゆえにこうやって宰相によってフィルターを通せば、重要な案件にのみ鯨波は心を向けることができる。
十年以上も一緒に仕事をしているがゆえの信頼関係がそこにはあった。
「それで、凍死者はどうなってやがる?」
「まだ10名にも満たない数ですね。鯨波様の指示で士官用の服用軍服や薪の補給を行ってますので」
「薪はケチるなよ。一兵も殺すな。しかしニャンタジーランドを取れなかったのは痛かったな……」
鯨波の相槌に宰相ゴマサバは大きく頷く。
「そうですね。彼の地であれば耐寒スキルを持つ獣の皮素材や、薪となる木材も多く取れたでしょう。我が国でも取れないわけではありませんが、進軍中の足利魔国の砦増強に木材需要は多くなっています」
「雪を凌がなくちゃならねぇからな……」
もちろん旧栃木領域を領有する足利魔国内に侵入したくじら王国は足利魔国の城塞を奪っている。
しかし戦争で使った砦をそのまま使えるわけがない(弱点などがわかってしまうからだ)。なのでくじら王国は奪った砦の増築と補強を繰り返していた。
またくじら王国は、神国の国力増大の報を受け、ニャンタジーランド教区側においてある砦の増強も始めていた。
とかく戦争は金がかかる。砦の増築費用を始めとして、兵の兵糧や装備、薪などで戦費は膨れ上がっていた。
「捕らえた敵兵もあまり金にならなかったしな」
「冬ですからね。誰も奴隷など買いたがりませんよ」
処分した武烈クロマグロの配下貴族の妻などはそれなりに売れたが、捕らえた北方諸国連合の兵はそこまで売れていない。
レベルが高く、反抗心の強い敵国兵など買いたがるものは少ないからだ。
それに季節も悪い。人が増えれば当然その分の維持費がかかる。
食費や薪代がかかる奴隷を抱えるのは奴隷商たちもそうだが、顧客の貴族たちが嫌がっていた。
「北方諸国連合からは敵兵の返還交渉の使者が来ていますが」
「使者の首を切って前線砦にカタパルトで叩きつけてやれ」
了解しました、と宰相ゴマサバは返答する。
「まぁいい。兵士の奴隷は冒険者ギルドが買うだろう。レベルが高くて隷属はできねぇが、単純労働ぐらいはできるからな」
知能が高かったり、レベルが高いと隷属の巻物の成功率は低くなる。
宗教国家の教化がどれだけ厄介かはそういう意味では鯨波も思い知っている。
ただ神国に関して言うなら、洗脳に特化しているために、軍事的な固有技術については特徴がないので鯨波も厄介だとは思っていなかった。
――つい最近までは。
「で、ゴマサバ。先日、ニャンタジーランド教区内で大規模な軍事活動があったようだが?」
「山賊討伐のために軍事パレードをやったようですね」
「たかが山賊のためにか? 兵数は三千。殺人蟹を見たって報告もあったが、これもな……」
「何か気にかかることでも?」
「北方諸国連合の砦でスライムを見たって報告が前線から出ている。恐らく神国製だ。ユーリめ。あいつ北方諸国連合と取引してやがるぞ」
ニャンタジーランドの港ですね、とゴマサバは頷く。
「ならこの軍事活動は蟹の実戦データをとるためってことか?」
「どうでしょう? この冬に山賊相手にどれだけテストになるかわかりませんが」
鯨波はニャンタジーランド内に潜り込ませている諜報からの報告データを見ながら呟いた。
「軍の内訳は、十二剣獣は鳥に狼、犬に熊で二千名。巨蟹宮の使徒で一千名。それとモンスターである蟹が三千」
戦車が十輌、とゴマサバが付け加える。
鯨波が、ありえねぇことだが、とつぶやく。
「うちの対ニャンタジーランド教区砦に攻撃してくるっていうのはどうだ?」
「教導司祭ユーリ自ら指揮を行うようですが、冬場の砦ですよ? ありえますかね?」
「まぁ、あそこは別に資源地帯ってわけじゃねぇが……神国が頑なに不戦条約を結ぼうとしない辺りが気にかかる」
鯨波は「郡内の諜報はどうなってる?」と問いかけた。ゴマサバは首を横に振った。
「諜報は潜り込めてません」
「一ヶ月の長期任務だろう? 娼婦を連れていくはずだ。単純な獣人どもが性欲を我慢できるわけねぇからな」
それは、とゴマサバは口を濁した。それはそうだ。軍事の原則。
忠誠値が下がれば当然喧嘩が起こるし、下手をすれば同士討ちで兵が死ぬ。
だが、鯨波はゴマサバの反応で理解する。ユーリは娼婦を連れて行っていない。
「連れてってねぇのか? ああ? なんだ、どう管理すんだ、あんな動物みたいな連中を」
「わかりません。シロが軍と契約させている娼婦は教区内に残ったままですし。その娼婦もシロにアマチカ教の信仰を強要されています」
「娼婦は春になったら戻ってくるように……いや、経路には巨蟹宮の砦があるか……情報がもれないうちに自害するように命令しとけ」
はい、とゴマサバは頷く。アマチカ教を信仰させられたらそこから忠誠を奪われる危険性があったからだ。
諜報に使える娼婦はレベルはそれなりだが熟練度が高い。失うのは痛いが奪われる方が面倒だった。
「それで、六千で何ができる? 何をする?」
大山賊相手というなら六千はわかる。大規模な軍を動員するレベルの山賊になると山に砦を作っているからだ。
兵に大規模な死傷者を出さずに倒すならそのぐらいは必要だろう。
だがニャンタジーランド教区のユーリに関して言うならば、何をするかわからない、という恐れが鯨波にはあった。
鯨波も多少は調べている。使徒ユーリのことは。
若干八歳にして学舎から処女宮直々に見いだされた最年少の使徒。
驚くべきはこの少年は使徒になる以前からも活躍をしており、東京都地下下水道ダンジョンにてその才覚をあらわし、巨蟹宮らと協力をして自衛隊ゾンビの大軍を殲滅している。
内政手腕も抜群で、数多の献策にて神国内の財政状態を健常化していた。
その手腕はニャンタジーランド教区でも発揮され、一時期は荒廃しきっていたニャンタジーランド教区をたった半年で立て直していた。
軍事面の活躍は帝国・魔法王国の連合軍三万をたった千名ほどの軍で撃退したという。
――どこのチート人材だろうか。
本気で鯨波が欲しがるほどの人材だった。
「ユーリの軍勢がどこに行ったのかだけでも調べておけ」
偵察兵や諜報兵の一部には『耐寒』『耐雪』スキルのついた装備を渡してある。
敵も諜報については警戒しているだろうから無駄だろうなと鯨波は考えながらも、指示を出すのだった。
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