176 出陣式典


 ニャンタジーランド教区において一番最初に作ったのは信仰の場だった。

 新築したわけではない。もともとニャンタジーランドにあった神獣ニャンタを崇める大神殿に手を加え、神国風にし、女神アマチカの巨大像を作って設置し、神獣ニャンタを下座に据えた。


 ――こうして神獣ニャンタをアマチカ教は取り込んだ。


 その大神殿に私はいた。飾り付けた使徒服を身につけ、女神アマチカの像へ祈りを捧げている。

 私の一段下には同じく祈りの姿勢を見せている十二剣獣がいる。

 この中の何人が本当に女神アマチカを信仰しているかはわからないが、ポーズでもいい。そうしてくれることが大事だった。

 祈りを捧げる。自らの内に潜り込み、神へと触れる行為。


 ――否、神ではない。


 神のようなもの。それに祈りを捧げる。

 SPの海に潜り込み、私は空を見る。

 今の私の錬金術の熟練度は90だ。円環法の利用や高ランクアイテムの錬金でようやくこの数値にまで上げられた。

 去年の私ではこの世界においては方向感覚や現在位置すらわからなかった。

 そう、そうだ。だから、この世界においては潜るという行為が、浮上する・・・・、ということにすら気づけなかった。

 SPの空。光り輝く海面にそれが漂っている。

 皆がそれぞれが崇めるものだと勘違いする――情報の塊。

 意識が浮上する先の空――空のような場所。

 そこに巨大な、手足のない、胴体だけの、頭のない巨人の死骸のようなものが漂流している。


 ――それは理解の果てだ。理解しようとすれば心を飲まれる恐ろしいものだ。


 だが直感で理解する。

 我々が使っているスキルやスマホ、インターフェースはあれが源泉だと……。

 我々は力を貸し与えられているだけにすぎない。余計なことを考えてはならない。近づいては・・・・・ならない・・・・

 瞳のない意思なき巨体。概念の結晶。其れは――。


 ――私の意識が浮上するもぐっていく


 とぷん、と音がして、目を開く。

「……ユーリ様?」

 静寂だけが支配する大神殿で私は立ち上がった。

「失礼、女神アマチカに戦勝を祈りすぎてしまいました」

 私の返答に納得したのか、司祭の位を持つ神国人の神官が静かに頷き、左右に合図をしてから獣人たちの方向へ向く。

 私も振り返って、下座にいる十二剣獣たちを見下ろした。

 彼らの背後にはこの日のために集めたニャンタジーランドにおいても高位の獣人たちがいる。それぞれが多数の部族を取りまとめる有力者だ。

 だが様々な種族の、様々な人々でもある――そう、私が守るべき人々だ。

「よく集まってくれました! ニャンタジーランドの獣人の皆さん! 女神アマチカを信仰する得難き仲間よ!!」

 私は大きく息を吸うと、腹の底から声を出す。

 大神殿の構造は上座の声が全体に響くように設計されている。私の声がきちんと端まで届いていく。

「これから私は軍を率い、征伐に向かいます。このニャンタジーランドに巣食う害虫、大山賊の征伐です」

 旧茨城領域への出兵を知っている一部の十二剣獣だけが険しい顔をした。

 知らされていないものたちはほほう、という顔だ。

 彼らにとっては冬季の暇な時期に行う、軍の大規模演習ぐらいの感覚なのかもしれない。

「春になり、暖かくなれば彼らは活発化し、罪なき人々を傷つけるでしょう」

 私は腕を上げる。壁から地図を描いた巨大な幕が降りてくる。悪い山賊の絵を大きく描き、そこに赤丸で囲ってやったわかりやすい地図だ。

 その地域にいってぶっ殺してくる、という意味である。

 言葉でいっても通じない。目で見てわかるようにしなければならない。

「ゆえに我が精強無比なるニャンタジーランド教区軍が!」

 私が腕を振り上げ、声を張り上げれば、大神殿の梁から兵士が次々と降ってくる。弓矢を構えた兵。ウルファンの部下たちだ。

 驚くニャンタジーランドの名士たちだが、気にせず私は腕を振り下ろす。

「女神アマチカの名において、誅伐を下すのです!!」

 宣言と共に。火矢が山賊が描かれた地図に放たれる。地図が燃えあがり、灰となる。

 しん、と静まる大神殿。なるほど、それでこれが何? といった空気。感心はあるが、それだけだ。気が利いた誰かが声をあげようとしたが私はそっと手の仕草で制させた。

 私は笑顔を浮かべ、手を大きく広げた。


 ――どん・・、と音が響く。


 大神殿の外からである。

 再び、どん・・、という轟音が響く。ざわめき。ざ、ざ、という人々の行進する音。

 驚く獣人の有力者たち。私が歩きだせば、その後ろを十二剣獣がついてくる。

「さぁ! 皆さんも!」

 小さな子供である私の後ろを種族様々な獣人の大人たちがついてくる。

 私は赤い絨毯の敷かれた道を歩きながら、御覧ください、と大神殿のバルコニーから、未だ大音量響くニャンタジーランドの大通りを示した。

 空に向かって放たれる、隷属させた亡霊戦車による空砲。

 立派な体格の兵士が着飾られた軍服を着て大通りを外へ向かって歩いていく。

 ニャンタジーランドにもともとあった壊れた遊園地施設を修復し、電気を通した設備からは様々な電飾の明かりが見えた。

 この都市中の住人が兵士の進軍を道の脇から驚いた顔で見ている。

 実際に、こういった高いところから見ると壮観だろう。

 背後からは有力者の「ここまで……」という驚いた声が聞こえる。ここまで鍛え上げた? それともここまで復活させた? そういった意味だろうか。

「この征伐によって我がニャンタジーランド教区軍が大規模襲撃にも、くじら王国にも負けない強い国であることを、皆さんは知るでしょう!!」


                ◇◆◇◆◇


「お疲れさまです。ユーリ」

 同乗している双児宮ジェミニ様は楽しそうに外を見ていた。

「これからが本番です」

 外の景色は雪景色だ。ニャンタジーランドを一周し、兵たちの姿を国民に見せたあと兵は首都の大通りから外へ向けて進軍していった(ついていく人間はそこで儀式をしながら合流した)。

 外を見れば、街道添いにまで出てきた、寒さに負けていない屈強な市民が私たちに向けて手を振っていた。

 陸海老アースシュリンプ車の窓から手を振り返しつつ、私は手元に目を落とす。

 報告書だ。先日頼んだ『耐寒』スキルを持ったスライムの素材の納入がいつになるかの確認だった。

(レベルの低い個体の素材だとうまく使えないから……貿易用にストックしてある奴を潰して送ってもらう必要があるが……時間がかかるな)

 耐寒じゃないスライムならいくらでもいるんだが、耐寒スキルがないと作った性具が寒さで死ぬ。

 ちなみにホムンクルスでなければいけないのは単純に生物型の方が様々な調整が楽だからだ。

 型をとって、スライム素材をどれだけの配合で、なんて研究をしていたら完成までに戦争が終わってしまう。

「ユーリまで教区を離れて大丈夫だったんですか? やることが多いのでは?」

「去年の神国と同じです。人が足りなくてもう新しいことは始められないので、ある程度の下地は作りましたから、彼らには現状維持をお願いしていきました」

「現状維持ですか……そうですね。そうした方がいいでしょう」

 双児宮様の頷き。神国の発展を一度知った彼女ならば理解も早い。

 とにかく今の状態を維持してもらいたい。この征伐に関する準備を私は続けてきたが、それに並行して教区内をなんとか豊かにする政策も打ってきた。

 これを続けておけば、とりあえず生存しつつ備蓄ができるだろう、という政策である。

 逆に言えば、それができなければ教区内はうまく動かないだろう、という政策だ。


 ――やってもらわなくてはならない最低限。


 極めて恐ろしいことだが、私の前世である現代でも、現状維持の難しさを理解している人間は少なかった。

 こういう話がある。私が学生の頃アルバイトしていた会社では、企業内部の予算の無駄を指摘し(節約しろ、とかそういうことではなく保険だとか税金だとかそういう部分での無駄だ)、それを指導改善することで無駄に払っていた金を減らす仕事をしていた。

 そのときの社長が(規模の割に社員の少ない会社だった)言っていた言葉がある。節税だのなんだのは最初は成果が出るが、ある程度無駄を切り落とすともうそこから減らすことはできない、と。

 だがそこで仕事は終わりではない。大事なのは現状維持なのだ。当たり前だが現状を維持することにもパワーは使われる。

 それを理解していない相手が多いのでその会社はある程度まで下げ、下げられなくなると契約を切られていた。

 だが、契約を切られ数年経つと、切られた会社から指導改善の依頼が来るということが起きていたのだ。その会社では。

 所詮、学生時代のアルバイトなので私がいた期間は短かったが、そのときの「見たことか。また俺に頼りやがる」という社長の愚痴はずっと頭に残っていた。

「教区内では新しいことを始めなければ手は足りていますし、軍事と内政と商業で頭を三つ据えてきましたから、内乱を起こす心配はありません」

 教区では私がいない間の軍事担当に十二剣獣、虎族のタイガ。内政担当に十二剣獣、亀族のタートン、商業担当に十二剣獣、ペンギン族のペンキチという三つの頭を据えてきた。

 また何かがあれば私が急いで首都に戻るし、王国側の砦には巨蟹宮キャンサー様もいる。

 私は報告書を鞄に戻し、インターフェースのカレンダーアプリに素材の到着予定日を書いた。

「それにしても、戦争にまでついてくるんですね」

 この人との付き合いも長い。分身体だから時間は良いとしても、戦争にまでよくもついてきてくれるものである。

 双児宮様はそうですね、と楽しそうに笑って言う。

「私は学舎から出たことがありませんでしたから、ユーリと一緒にいるとなかなかおもしろいものばかり見れて楽しいですよ」

「そうですか……それならよかった」

「ただ到着まで銀世界ばかりというのも飽きますし。そうですね、キリルの様子でも聞きますか? 今日もまたいろいろと悩んでいたようでしたが――」

 その悩みなら私も相談された。金牛宮様担当の案件だ。ワニ車の増加に伴う国内の道路拡張整備に使う人材を宝瓶宮アクエリウス様か白羊宮アリエス様のどちらから借りるのが正解なのか、という悩みだ。

 本来、道路の整備は白羊宮様の担当だが、白羊宮様は様々な案件で人材を出している。

 またその道路の傍には宝瓶宮様のところの倉庫があって休憩のとりやすさや、資材の利用などがスムーズに済む。

 ただし道路整備に宝瓶宮様の兵を使うと彼女に貸しを作ることになり、白羊宮様の兵を使うと白羊宮様の負担が増える。

 とはいえ両方から人を出させても今度は指揮系統が難しい、という難題。

「ユーリならどうしますか?」

「そうですね。私だったら建築スキル持ちの兵士とSP量の高い兵を借りて円環法で難所だけ終わらせて、あとは白羊宮様のところの兵の仕事を手伝って人の余裕を作ってから白羊宮様に任せますが、キリルや他の兵にはそれだけの力量はありません。なので――」

 兵たちが向かっていく。旧茨城領域に向かって。


 ――戦争の始まりだった。


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