167 神国首都アマチカにて その1
「なに? ここ。随分新しい感じのとこだけど」
「
ふぅん、と炎魔は前を歩く
炎魔はスキル封じの指輪などを装備していなかった。拘束衣もなく、神国の司祭服を着ている。
――炎魔は神国内にて完全な自由を得ていた。
そのために様々な貢献をしていた。具体的に言えば、魔法王国の軍事情報や地形情報、最新の魔法技術やレシピなどを神国に情報提供している。
またこの半年で、神国アマチカにおける公的な身分である司祭位につき、付き従っていた部下の多くを神国の将兵と結婚させている。
それは炎魔が神国の首脳陣から信用を得るために必要だったのもあるが、魔法王国に帰りたがる部下をこの地に根付かせるためだった。
神国に寝返ってしまった以上、中途半端が一番悪かった。この国の構造に入り込むために炎魔は努力を払っていた。
結果としてこうして磨羯宮とともに、秘密の会談に参加できるのだが……。
「ここ?」
廃ビルを改修して作られた綺麗な通路を歩いた先、立ち止まった磨羯宮に問いかければ、うむ、と返答される。
「……中には、そんなにいないわね……」
そんなに、というより六人しかいない。顔の合わせたことのある、高位の人物。
そして元ニャンタジーランドの君主であるクロ。それともうひとり、十歳ぐらいのメイド服を着た少女がいる。
「女ばっかりじゃん……」
「
冬になって大軍の移動ができなくなったこともあるが、ニャンタジーランドの軍の再編が終わるまでは、巨蟹宮と獅子宮の軍が対王国として駐留することになっている。
ちなみに獅子宮本人は本国に帰還し、軍団の増設と訓練にあたっていた。
唯一の男である磨羯宮はずんずんと中に入ると、用意されてあった椅子に座る。
炎魔もついていく。
長方形の会議用の机にはクッキーが用意してあり、炎魔は椅子に座りながらそれにひょいと手を伸ばした。おいしい。
「で、何の話しあいなわけ?」
「なんでこの人を連れてきたんですか?」
問いかけた炎魔だったが、先に白羊宮が磨羯宮に問いかけていた。
表情は不機嫌そうで、不信感の塊だった。降将ゆえの反応だから炎魔も気にしない。
「ユーリが炎魔を
磨羯宮が答えれば納得の雰囲気が広がる。とはいえ、使う、という言葉に炎魔が不機嫌そうな顔をした。
炎魔の率いる兵隊は少ないのだ。負けるような戦いに投入されるわけにはいかなかった。
「ユーリくんが? 王国でも攻めるの?」
炎魔が問うが答えはない。代わりに処女宮が立ち上がって、メイド服を着た元君主の猫耳少女に言う。
「クロちゃん、地図広げて」
「う、うん……」
クッキーの皿が退けられ、地図が広げられた。
「……地図ね。関東地域の……」
旧東京や旧千葉が神国の色に染めてある地図である。周辺の帝国や王国などの敵対国にもそれぞれ色が塗られていた。
「この冬の期間に、ここを取りたいと私たちは考えている」
今まで黙っていた宝瓶宮が炎魔に向けて、空白地域である旧茨城を指差した。
旧茨城領域――ニャンタジーランドの北にして、くじら王国の東に存在する、大規模襲撃によって滅んだ国家領域だ。北方諸国連合とも接していた。
今はその首都の跡地にモンスターによる砦が作られていると炎魔も魔法王国時代に聞いたことがある。
「ふーん、私に焼けってこと? でもさすがに私一人じゃ無理よ?」
くじら王国や北方諸国連合が攻めあぐねている、という情報は炎魔も聞いている。
「私が率いるなら、盾になる奴隷部隊二万、魔法部隊一万ぐらいほしいかな。魔法王国での基準だけどね」
要求は当然のものだ。ただし、以前は万単位の敵軍を炎魔法で焼くことのできた炎魔も、所属が神国に移ったために、五割近く力が落ち込んでいる。
――魔法王国の技術ツリーの恩恵を失ったことによる影響だ。
また、SP自動回復の技術ツリーの恩恵にも預かれなくなっているために、以前ほどの継続戦闘力を持っていない(炎魔がジョブや権能として、持っているSP自動回復スキルもあるが技術ツリーほどではない)。
「ユーリが獣人部隊と巨蟹宮の部隊を率いる。耐寒、耐雪アクセサリをつけた工兵三千名。それと殺人蟹が三千体」
「いや……足りないでしょ。どう考えても」
さすがのユーリとて、今回は侵攻戦だ。炎魔は負けた身ではあるが、負けたからこそわかることもある。
神国が連合軍に勝てたのは防衛戦だったからだ。
場所を設定し、時間をかけて罠を張り巡らしたからこそである。
対して、今回攻めるのは敵が陣地を構築している場所だ。
くじら王国と北方諸国連合を退けたモンスター領域は並大抵の兵で落とせるものではない。
「雪があるから、敵が出てきてもその度に焼けばいいんじゃないですか?」
詳しい説明を聞いていないらしい白羊宮が炎魔に言えば、炎魔は馬鹿にしたように少女を見る。
ふ、と炎魔は口角を釣り上げた。怯えた目で見られて炎魔はマウント合戦に勝ったと確信した。
「私が使うのは炎魔法だから、雪は
エチゼン魔法王国が奴隷部隊を多用する理由がそれだった。
魔法部隊は足が遅く、足の早い部隊に捕捉されれば脆いのだ。
「問題ない。防衛陣地を作る。そこから可能な限り敵の数を減らしてほしい」
宝瓶宮の言葉に炎魔は馬鹿にしたようにこの場の全員を見た。
「ったく、ユーリくんを出しなよ。あのガキが泣いて頼むんならやってあげてもいいよ」
炎魔自身、まだ立場が低いのだ。失敗は確実のこの作戦、やってやってもいい、と考えている。
属する国家を変えたので、死んでも神国の首都で復活するから死ぬことに問題はないからだ。
もちろん部下は連れて行かない。だから、炎魔一人ならどんな作戦でも付き合ってやれる。
とはいえ、自分を必要とするユーリが直接炎魔に頼まないのは気に食わなかった。
だいたい炎魔の不満は、こんな夢物語を語っているのに、誰一人、
国盗りだというのに、誰もが
当たり前のように、モンスター領域を攻略できる前提で話している。
――それは少しユーリに似ている。
「そもそも相手の戦力わかってんの? 地形は? ボスは? くじら王国が撤退するぐらいだからレベル80のボス個体を中心とした軍団が駐留してるはずなんだけど」
炎魔は指摘する。生産スキルをほとんど持たないモンスターで砦の構築もできるということは極めて上位の知性個体がいる証拠だろう。
「まったく、炎魔は注文が多いね」
処女宮が笑って見せた。
馬鹿にしてるのかと怒鳴りたい気分を抑えて炎魔は端によけられたクッキーに手を伸ばした。
どうぞ、と目の前に紅茶を置かれる。ありがとう、と言いながらそれが部屋にいた、メイド服を着た少女だと気づく。
「その子は私の使徒のキリルちゃんだよ、ほら、キリルちゃん。元魔法王国の大貴族の炎魔だよ。あいさつして」
処女宮の趣味か、フリルのついたメイド服を着せられた少女はよろしくおねがいします、と炎魔に頭を下げた。
「……よろしく。で、情報はあるの? ただ攻めようってだけで決めたわけじゃないんでしょ」
「そりゃもう、ね。ちゃんと調べてるよ」
はい、と処女宮がインターフェースを開く、そこにはいくつかの映像があった。
「くじら王国の王宮が見えるんだけど……」
君主の鯨波と宰相ゴマサバ、会ったことのある二人が玉座で話している姿が見え、炎魔は眉を顰める。
幸い、元の主君である魔法王国の映像はないが、帝国の貴族院の映像も中にはあった。
「なにこれ?」
「隠密特化させたレベル80スライムの体内に入れた偵察鼠のセンサーアイの情報」
名前:千三十二号スライム
種族:雷神スライム
レベル:80
スキル:雷変化 上級雷魔法
物理無効 雷無効 隠蔽 影の身体
――これは何、と炎魔は呟いた。
磨羯宮が処女宮の言葉を継いで説明する。
「今はなんとかカメラだけだが、集音装置もいずれ持たせる。普通のものだとノイズがひどくて聞けたものではないからな」
ここまでレベルの高いモンスターに潜伏に専念されれば、入念に偵察スキルを使っても発見できないだろう。
だが、炎魔としてはなぜこんなものがいるのかという気分だった。
「なにこれ、どうやってこんなものを飼いならしてるの」
「隷属スキルと教化だ。ここまで
あまりにレベル差が開きすぎている場合、忠誠値を無視してモンスターが反抗することもある。
しかし教化が通るなら、それは別だ。
磨羯宮の言葉に炎魔は唇を噛み、しばらく考える。
「……つまり、侵攻部隊に、
処女宮が頷いた。
「賢いと助かるな。まだまだ数が少ないから、出せるのは十体。炎魔、ユーリくんの言うことをよく聞いて、うまく攻略できるね?」
「まだお主はこちらに属して短い。多くの部隊をニャンタジーランド教区に率いさせることはできない。いけるのは炎魔、お主だけだ。いいな?」
磨羯宮の言葉に頷く炎魔。部下をこのような作戦に参加させたいわけではない。それは良い。
(……それでも勝てるの?)
処女宮がインターフェースの画面を切り替える。そこには雪原の中に存在する巨大な城らしきものがある。
もはや砦という規模ではなかった。増築に増築を繰り返し、造られた旧茨城領域を占拠するモンスターの城。
「私と白羊宮が兵の食料と資材を出す。巨蟹宮が撃破後に、攻めてくるだろうくじら王国の防衛拠点設営を行う」
宝瓶宮の説明を引き取るように黙っていた白髪の少女、双児宮が発言する。
「それで十二天座会議で私がこの侵攻案に賛成すればいいのね?」
「ついでに
わかったわ、と宝瓶宮の要請に頷く双児宮。炎魔は慌てて口を挟んでしまう。
「なに? え? まだ議会の賛成を受けてないの? これから提案するの?」
兵の移動準備などあるはずだというのに、全員は気にした風もなく、そうだが? というような目で炎魔を見る。
「もちろん半年前から準備だけはしていた。道を作り、
磨羯宮が炎魔に説明をしてくれるが、炎魔としてはなぜここまで急ぐのかがわからなかった。
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