166 くじら王国にて


「調略には引っかかんねぇか……」

「はい。ニャンタジーランド教区の指導を行っている使徒ユーリに外交官を送り、財宝や地位に加え、北方諸国連合討伐後の領地の差配を任せると言いましたが、頷きませんでした」

「神国でだって別に良い待遇ってわけじゃねぇんだろ?」

「信仰心のせいかもしれませんね。今後も調査は続けます」

「それで、クロマグロの奴を取り戻す算段はついたか?」

「いえ、むしろ神国内で活用されております」

 活用、その言葉にくじら王国の君主たる鯨波げいはは面白くない顔をする。

 親族を処刑したのが効いたか。妻子を保護していれば忠誠度によってこの冬の期間ならば教化を耐えたはずだ。

(まぁ代わりに他の連中が死にものぐるいで働くようになったが……)

 幹部と言えど敗戦し、囚われればその妻子が処刑される。これによってくじら王国軍には開戦前にあった油断の気配が消え去っていた。

 クロマグロを失ったことは痛かったが、軍としてはむしろ以前よりも精強なぐらいだった。

「武烈クロマグロは現在、神国の十二天座、獅子宮レオの部下としてニャンタジーランド内でモンスター討伐を始めているそうです」

「モンスター討伐だと? おいおい、この雪で騎兵を動かしてんのか……」

 王国の内政を司る『宰相ゴマサバ』の言葉に鯨波は驚きを見せた。なんという無駄遣いだろうか。

 くじら王国首都『グランホエール』、その王城の窓から見える外の風景は白銀だ。

 幻想的にはらはらと降る雪。恋人同士が甘い空気を醸し出しそうなそれらは見たままのものではない。

 『雪』はくじら王国の精兵たる騎兵の移動力を奪うという最悪の気象として効果を現していた。

 それはもちろん騎兵だけではなく、くじら王国が侵攻中の北方諸国連合――旧栃木に存在する『足利あしかが魔国まこく』の要塞群攻略も雪によるバッドステータスによって侵攻が止まっていた。

 本来はこの雪の期間に奪ったニャンタジーランドの領地経営をするというのが鯨波の計画だったのだが、先年の王国軍の敗北によってそれは頓挫している。

「ニャンタジーランド内でも数部隊ですが、この雪の中で平時と変わらぬ行動をとっている部隊があるそうです」

「『耐雪』と『耐寒』か。奴ら馬鹿か? スキル付与用の宝石だってそんなほいほい取れるもんじゃねぇだろうに……」

 『耐雪』も『耐寒』も環境耐性の低ランクスキルなので付与自体はそう難しいものではない。

 だが軍に活用させるほどの量となると話は別だ。

 くじら王国ならば地霊十二球である大将軍一人だけに絞ったとしても、その大将軍が率いる一万名の将兵全員に配布するとなれば、莫大な量のスキル付与素材たる『宝石』が必要になるのだ。

 宝石のドロップは希少なモンスターか、ダンジョンのボス部屋などに限られ、王国では無駄なスキルに付与するほどの量はなかった。

「うちの供給はどうなってんだったか……」

「前年度より下がってますね」

「『冒険者』どもめ……買取額は上げたよな?」

「もちろんです。以前より冒険者ギルドに宝石の買取強化命令を出していますが、それでも限界はありますので」

 技術ツリー『冒険者ギルド』。これによってくじら王国はダンジョンのドロップ品の収集を行っていた。

 『冒険者ギルド』は『冒険者』というダンジョン探索に特化したジョブを解放し、民間の機関であるギルドがダンジョンアイテムを自動収集するようになる制度だ。

 国家はギルドが集めたドロップ品を買い取り、利用できるようになるシステムでもある。


 ――国家主導でのダンジョン攻略はおいしくない。


 鯨波の認識がそれだ。だから彼は冒険者ギルドを設置していた。

 特にくじら王国では戦力の主体が騎兵だ。

 騎兵が一番パワーを発揮する平野にダンジョンは発生しないのでどうしてもこうした冒険者に頼る必要があった。

(冒険者が死んだところで忠誠度維持のために遺族に金を出さなくていいしな)

 ダンジョンでの人間の死傷率は馬鹿にならない。多様なモンスターやトラップが出現するダンジョンでは、戦場で猛威を振るうことのできる一点特化型の構築はどうしても不利になりがちだった。

 不戦条約期間にあまりにも暇だからと戯れに繰り出した兵士千名が半壊して戻ってきたことを思い出し、不機嫌そうな顔をする鯨波。

 最悪だったのはそうやって手に入れたランクの高い宝石アイテムが付与失敗で高ランクの装備とともに消失してしまったところだろう。

 なんの成果も得られず暴れ狂ったことは記憶に新しい。

「人口の多い王国うちでこの状況だぞ……神国はどうやって宝石を入手してる?」

 もちろん、くじら王国とて何もしていないわけではない。

 冒険者の意欲を上げる『ランク制度』、田舎から出てきた無能でもなんとか戦えるようになる『冒険者学園』、ダンジョン周辺に商店や宿屋を誘致する『ダンジョン都市』などの技術ツリーを解放し、政策として実施もしている。

 そのくじら王国でさえ(兵士数の違いはある)、宝石の需要は高いというのに、神国はどうやっているのか。

 神国が慢性的な人材不足であることは調査で判明している。

 死傷率の高いダンジョンにわざわざ人間を送り込むほどの余裕はないはずだった。

「正確な情報は入ってきていませんね」

 宰相ゴマサバの言葉に鯨波はどういうことだ、と睨みつける。

「と、言われましてももともといた王国商人は全て捕らえられましたし、使徒ユーリの内政手腕のせいで反クロ派だった獣人たちの衣食住は満たされ、彼らは王国への情報提供を拒んでおります。それと先日の離反工作」

 離反工作――使徒ユーリを崇める獣人勢力を作ることで、首都アマチカに反ユーリ勢力を作ろうとした計画だ。

 これを進めることでユーリの調略を進めようと鯨波は考えていた。

「あれがバレたせいで残っていた数少ない王国派獣人勢力が捕らえられました」

 めんどくせぇな、と鯨波は呟いた。

「諜報はどうなってる?」

「現在のニャンタジーランドの状況では難しいですね。神国に併合されたことで『戸籍制度』と『アマチカ信仰』の技術の影響を受けて、入り込みにくくなっておりますし」

 ニャンタジーランドの港で貿易が行われている事実は鯨波を悔しがらせた。

 本来ならばあの港を奪って貿易を始めていたのは鯨波だったからだ。

 そしてその港よりどこぞの国より連れてこられれる移民たちの村は教区の指導官によって厳重に管理されていた。

 すでに何人か送り込んだ諜報技能持ちの行商や偽装移民は捕らえられている。

「もう諜報は諦めた方がいいですね。雪もありますし、無理に行かせて捕らえられては損ばかりが大きいです」

 スパイの教育もタダではない。こうして捕らえられるぐらいならまだゆるい北方諸国連合に回した方がまだ良い。

「ダンジョンに直接侵入した奴らも死んでるしな……」

 ダンジョンに侵入したスパイの最後の報告は決まってスライムが迫ってくる、だなんだという言葉だ。

「神国がダンジョンをスライムの養殖場にしてんのはわかったが……」

 戦場に出すほど育てるには確かに育成施設が必要だが、そのためにダンジョンを使うのか、と鯨波はその報告を聞いたときは驚いたものだ。


 ――まったくもって効率的ではない。


 モンスターは捕まえて、終わりではない。餌代がかかる。忠誠度もある。

 スライムの支配には隷属の巻物を使っているのだろうが、その隷属の巻物とて多くの素材を使うだろう。一つひとつはそう多くないとはいえ、軍を形成するほどに作るとなれば大量の素材が必要なはずだ(生産数増加のアビリティを加味しても、生産失敗時の素材消滅は大きい)。

 レベル上げも入り組んだダンジョンで育てれば効率が悪いだろう。モンスターに訓練施設は効果がないのだから。

 とはいえ神国の使用している宝石は、スライム養殖の副産物なのだろう。

「あいつら、どういう管理をしてんだ?」

 わからない、と宰相ゴマサバは言う。うちでもやってみるか、と鯨波は呟いた。

「うちでも、ですか?」

「神国にできるんならうちでもできるはずだ。とりあえず冒険者にスライム捕獲の依頼を出しとけ、育ててみるぞ」

 なにしろ冬だ。春になったら北方諸国連合に攻勢を掛けるがそれまで時間はたっぷりある。

 鯨波はこんなくだらない思いつきでも、やれることはやっておきたかった。


 ――しかし鯨波の視点には一つ欠けているものがある。


 神国のダンジョンノウハウは生産スキルによるダンジョン階層の徹底的な改築にある。

 モンスターの出現ポイントや宝箱の発生ポイントを記録し、脇道やモンスターの隠れ場所を潰し、とにかくレベリングの効率を極めた構造にするということ。

 君主の中には考えつく者もいたかもしれない。

 だが、やれと言ってやれる生産スキル持ちはそれこそ不死の十二幹部ぐらいしかいないだろう。

 なにしろダンジョン内である。作業は安全というわけではないのだ。

 様々な作業に使える生産スキル持ちを、モンスターが襲いかかってくる中で建築作業をするなど、それこそ人材の無駄というものであった。


 ――そして、そんな鯨波たちを王城の天井より見つめる影が一つ。


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