168 神国首都アマチカにて その2


 神国の国内でもいまだ人材は足りていない。

 内政用の人材もだが、軍事面でも人数は足りていない。

 仮にモンスターを排除し、茨城領域を手に入れたとしても守るための兵が足りないのではないか? そういう意味の質問を炎魔がしようとしたときだった。

「ねぇ、処女宮ヴァルゴちゃん。この雷神スライムで鯨波げいはを殺すのはダメなの?」

 それを言ったのは、根回しのために参加していたが、積極的に発言をしていなかったニャンタジーランドの元君主、クロだった。

 見えているんだから、スライムの攻撃の射程内だろう? という意味でインターフェースの指差し、クロは言う。


 ――不死身も何も関係ない。見つかっていないのだから、王国の玉璽もそのまま壊せばいい。


 盲点だった、というような顔をそばかすの浮いた、少女の姿をした枢機卿、白羊宮アリエスがする。

 だが他の全員はそういう顔をしない。むしろ険しい顔をして、クロを見る。

「わかってないなぁ、クロちゃんは」

 処女宮がばんばん、とクロの肩を叩いて口角を緩めた。

「え? 何? どういうこと?」

「じゃあ、問題。さて、なんでニャンタジーランドの獣人はユーリくんの言うことを素直に聞いてるんでしょうか?」

「……えっと、彼が私より優れてるから、とか?」

「そうじゃないんだよなぁ~~。わかってないなぁクロちゃんは」

 処女宮がクロの猫耳を指でいじりながらにやにやと嗤う。

 十二天座が元君主をからかうその姿があんまり良い光景に見えず、炎魔は思わず口を出してしまう。

「神国がクロ様を確保したから。十二剣獣を獣人のままにしてるから。それが理由でしょ」

「あー、ほら、クロちゃんがちゃんと答えないから炎魔に言われちゃったよ。ま、そういう理由だよ。時間をかけて融和政策を行えば別かもしんないけど、服属させたばっかなんだから、神国人が獣人に命令したって普通は聞くわけないんだよね。だからクロちゃんを確保できたうちはラッキーなわけ」

 三人のやり取りを見ていた磨羯宮カプリコーンが大きな腹を揺らして、うむ、と大きく頷く。

「くじら王国の首脳部を暗殺したところで、王国人は言うことを聞くまい。むしろそのまま帝国や魔法王国につくだろうの。うまく罪をなすりつけて、王国を神国の占領下に置けたとしても王国貴族どもの内乱やその対処で戦争をやるよりも神国は疲弊するだろうな」

 そもそも暗殺をやるだけの大義もない、と磨羯宮は締める。

「クロちゃんに改めて説明するけど、うちが戦争を始める理由は、女神アマチカを邪教扱いする悪い王国や帝国をやっつけよう、っていうのが理由ね。侵略を仕掛けられたから侵略しますよ、っていうのは理由にならないから。邪教扱いする悪い奴らをやっつけて、女神アマチカの威光で彼らの悪い思想を浄化しましょうっていう感じ。わかる?」

 ニャンタジーランドを服属させたばかりなので、王国や帝国と戦うことを神国は公表はしていないが、戦争する理由を内々に用意してはいるのだ。

 う、うん、と頷くクロに処女宮はにこにこと笑いながら、これが神国人に戦争を納得させる理由、と説明を続けていく。

「で、次は王国人に納得させる理由ね。でもどうやったって攻められることを納得するわけないでしょ?」

 そう、納得に足る攻められる理由など用意できるわけがない。当たり前のことだ。

「だから戦争なの。神国の方が強いっていう理不尽を、王国民のどんな馬鹿にだってわかる形で押し付ける。暴力でマウントをとって無理やり納得させる」

「本当はニャンタジーランドのように交渉できればいいがの。王国はそうはいくまい」

 処女宮の説明を磨羯宮が補足する。

 神国の国力では戦争をしないで服属させるということは難しい。王国は負けない限り従わない。

 なんとか理解できたのかクロが小さく頷く。

「そもそも暗殺は獅子宮レオ天秤宮リブラがうるさいだろう。使うな、とは言わないが、うまく使わねば、相手に大義を与え、今度はこちらが暗殺を警戒しなくてはならなくなる」

 宝瓶宮アクエリウスが言えば、なるほど、と白羊宮が頷いた。


                ◇◆◇◆◇


 処女宮――君主である彼女の視点から見ると、暗殺にはまた別のデメリットがあった。

(割とこう、暗殺ってデメリットが多いよね……)

 陰険だから好まない、というのもあるが、割と扱いにくい手段だった。できるからやっていい、というものではない。

 処女宮も邪魔な国民に対する処刑に関しては、精神的なトリガーは緩い・・方だが、それでもきちんと法律ルールに則った方式を好む。

 いきなり兵を向かわせて、殺すようなことはしない。裁判も行うし、冤罪であったらきちんと解放する。


 ――それが一番楽だからだ。


 そういう法と秩序システムを作ったから、それを利用する。それを用いる限り、処刑にデメリットは少ない。

 だが暗殺はまた別だった。他国や国内の邪魔者に対して使える強力な手。それが暗殺。

 しかし法ではなく、無法ゆえの大いなるデメリットが存在する。

 処女宮は暗殺をしたことはないが(暗殺向きの人材は諜報に使えるので情報収集にまわしている)、十年以上の君主の経験から想像できることはあった。

 暗殺のデメリットはまず真面目な部下の忠誠値が下がる。

 特に天秤宮や獅子宮、金牛宮が嫌がるだろう。彼らは正道や王道を好む。

 暗殺を多用するようになるならまず彼らを処分して暗殺を好む人材に代えなければいずれ内乱を起こされるようになる。

 それこそ十二天座の権限を没収すればいいことかもしれないが、対処が遅れ、兵がやってきて、牢獄に叩き込まれるようなことがあれば処女宮としてはそれで終わりだ(処女宮が狙われるのは、巫女姫たる処女宮を確保することで神国内での政治の正当性が確保されるからである)。

 それを回避するために暗殺を好む人間を十二天座に据えた場合、今度は国内でその部下同士の政争で優秀な人間が暗殺されるようになるだろう。

 人が溢れる他国ならともかく、神国でそれが起こった場合、数年も持たずに人がいなくなって国が滅ぶ。

(だからまぁ、他人にやらせるならいいんだろうけど)

 自分で暗殺するのは下の下だ。デメリットを回避するなら、他国の人間に暗殺させるのが一番いい。

 今の神国の諜報技術は低いのでできないが、いずれくじら王国の貴族をそそのかして、七龍帝国の貴族を殺させることで戦争を起こすことなどはやってみてもいいかもしれない。

 内政や戦争は苦手だが、処女宮はそういうことは得意だった。

 とはいえ、それも証拠を掴まれれば神国に共同・・で攻め入る口実を与えることになるのでやはり暗殺に手を出すのはデメリットが多すぎるのだが……。

(真面目に戦争して勝てるなら、めんどくさいし、やらなくてもいいかなって)

 余裕がない昔ならともかく、現状は先のことを考えるだけの余力があるので処女宮としてはそういう無茶な手は使いたくなかった。

 そして重要なことは、暗殺向きの人材は、暗殺を防ぐ人材に向いているのである。

 この場の誰にも知らされていないが、神国で生産された雷神スライムが最初に設置されたのは玉璽レガリアのある大聖堂だ。

 もともと大聖堂は警備の厚い場所だったが、今では結構な危険地帯となっていた。


                ◇◆◇◆◇


「それで、そこまで先を考えて、どうすんの?」

 使徒キリルによって淹れられた紅茶に口をつけ、炎魔は話を戻すべく発言をした。

「どうすんのって?」

「急ぎすぎでしょ。神国は未開拓地域が多いし、ニャンタジーランド教区もまだ全然復興してない。ここで領地を増やすのは悪手じゃないの?」

 もちろん攻撃を好む炎魔としては、攻められるときに攻めたい、という理屈はわかる。

 わかるが、どうにも先を見すぎた進行に見える。

「落ち着いて内政をしていればいいんじゃないの? 経済の成長率見たけど、ニャンタジーランドの物品が入ってきていい感じに成長してるじゃない。まず人を増やして国内を盤石にした方がいいと思うけどね」

 炎魔の発言は至極正当なものだった。

 神国はかつての大規模襲撃で人材を多く失っている。

 そして人口の少なさはそのまま国内を統制する人員の不足につながっていた。

 もちろん山賊や移民で国内人口は増えせたが、それは一番下の労働者のみで、中間層に使える人材ではない。

 服属させたニャンタジーランドも大規模襲撃とそのあとのクロの悪政によって状況はさらに悪く、神国が狙っている茨城に至ってはそもそも人間が生存していない。

「だが、それでは北方諸国連合が落ちる・・・

 磨羯宮が断言するように言う。テーブルに広げられた地図の北方諸国連合とくじら王国が接するラインを指で叩く。

「国内情勢はわかっている。我らももともとはくじら王国とは不戦同盟を結ぶつもりであった。次の大規模襲撃までに国力を回復し、人材の育成に当てた方がいいという意見が大多数であった」

 しかし、と磨羯宮は北方諸国連合内の要塞群を叩く。

 全国で結ばれた不戦同盟中に建てられた対くじら王国の防衛線だ。だがその半数はすでに陥落しており、北方諸国連合の消耗具合が見て取れるようだった。

「想定よりもくじら王国が強すぎた。ゆえに我らでくじら王国への圧力を強めねばならぬ。モンスターに占拠された旧茨城領域を奪取し、北方諸国連合と陸路を繋ぎ、くじら王国への圧力を増やさねばならぬ」

「で、取ったとして、防衛はどうすんの」

 炎魔の問いに、今度は宝瓶宮が現在モンスターによる城塞が建てられている地点を指で叩いた。

「隷属させた亡霊戦車を砲台として置き、マジックターミナルで城塞を武装する。人員は最低限でいい。我々がこの領域を確保していることを対外的に示すことの方が重要だ」

 防衛戦に関して神国は他国よりも数段秀でている自信があった。

 うまく行けば、攻め落とせると勘違いしたくじら王国の軍勢を撃退し、再び地霊十二球を確保することもできる。

 ゆえに、現在生産されるマジックターミナルは、ニャンタジーランドへの供給を絞るレベルで備蓄に回されていた。

「……考えてるんならいいけどね……」

 しかし、と炎魔はこのメンバーに目を向ける。

 つい十数年前まで魔法王国と同じように、石器時代から始めた人間とは思えない考えだった。

 幹部格は技術ツリーで、自分たちの文明のだいたいの位置がわかるとしても、少しこれは成長がすぎる。


 これも自分を捕らえたあの少年、ユーリの影響なのだろうか?


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