165 九歳 その4


 雪にはデバフ効果がある。

 『移動速度低下』『俊敏力低下』『体温低下』だ。

 体温が低下し続ければ『凍傷』のバッドステータスを受け、『凍傷』状態で『体温低下』を受ければHPに甚大な継続ダメージが入るようになる。

(装備がなければ死んでいたわね)

 旧千葉を支配領域とするニャンタジーランド教区の上空を飛びながら、十二剣獣のバーディは、新しく自らの主となった少年、使徒ユーリから命じられた偵察行動を行っていた。

 バーディはユーリが手づから製作した装備を身に着けていた。

 その身体を包むのは全軍にまだ行き渡っていない雪原限定のフィールドモンスター『殺人雪うさぎ』から製作されたもこもことした耐寒装備。

 首に揺れるのは、ニャンタジーランド特産の貝殻から製作されたネックレス型のアクセサリ装備だ。

 付与されているのは『耐雪』『耐風』『凍傷無効』などのこの環境でも偵察を可能にする付与スキルの数々。

 また雪が反射する太陽光や、強い風などを防ぐためか、『視界良好』などのスキルのついたゴーグル付きの帽子も頭に被っていた。

(ただの兵士に、豪華すぎるのよね)

 スキルの付与には貴重な宝石型の付与素材を大量に使うために、これほどのスキルをただの偵察任務のために与えるなど、バーディからすれば正気を疑うものだったが、あの少年は服属前のニャンタジーランド基準なら国宝になりかねないほどの、これらの装備をぽんとバーディたち・・に渡して、ニャンタジーランド全域の調査を言い渡していた。


 ――バーディの周囲には部下が控えている。


 魔法使いや狩人、偵察系のスキルを持った百名の鳥人部隊だ。

 そう、偵察兵百人にバーディと同じランクの装備を渡したのである、あのユーリという少年は。

(あのときの目……)

 百人分しか用意できなくて申し訳ないという顔をしていたあの少年を思い出し、バーディはなんだかよくわからない気持ちになる。

(ユーリ様が、高貴な人だから考えがわからないのかしら?)

 バーディは、もともと図書館で司書見習いをしていた。どこの派閥にも属していないことと、SSRスキル『ふくろう』を持っていたことから、前君主であるクロによって二代目のバーディとして十二剣獣に選ばれた存在だ。

「バーディ将軍、こちら雪原しか見えませーん!」

 部下の一人がふざけたように将軍とバーディを呼ぶ。

 将軍――神国の権能効果範囲基準が適用されているために十二剣獣もまた六千名の兵を率いる権利があるが……半年前はただの一般人だった身としては全然実感はない。

 とはいえ十二剣獣は自動的に三次職である『大将軍』になるために、バーディは立場も能力も将軍相当のものを持たされているのだが……。

 たった百人の部下でさえ、バーディには満足に従えている実感がないのだ。全然経験が足りていなかった。

「そんなわけないでしょう。見落としてますよ」

 部下の鳥人の少女の言葉にバーディは上空から地面を注視する。出発前はユーリ様に良い報告をするのだと息巻いていた部下の少女はもう集中力を失っていた。


 ――偵察兵に必要なのは集中力と根気だ。


 バーディとて、もともと集中力があるわけではないが、立場によって育まれた自尊心で任務を成功させるために気合を入れている。

 なにより、これだけの装備を用意して貰って、情報収集に失敗したとなれば、あの年下の少年ユーリはきっと、ユーリ自身の努力が足りなかったのだと自身を責めるだろう。

 そう、あの少年は獣人が仕事に失敗しても、けしてバーディたちを責めないのだ。

(この耐寒服には『隠蔽』と『偵察強化』までついてるのよ?)

 バーディはユーリに近い位置にいる獣人として、獣人は使える・・・ことを彼に証明しなければならなかった。

 現に、最近では仕事に慣れ始めた神国人にユーリは仕事を頼むようになり始めている。

 十二剣獣であるバーディはだからこそ、獣人の立場を維持するためにも、任務の失敗は許されない、と考えていた。

 そのバーディの感覚は、眼下の白銀に何かがあると反応している。

 そう、SRスキル『狩人』と、SRスキル『軍師』の複合上位スキルである『梟』が持つアビリティの一つが、何かがいることを感知しているのだ。

 ゆえに集中して探しているのだが、視界に入るのは雪によって作られた銀世界のみだ。

「……仕方ない……総員、マジックターミナル構え!!」

 マジックターミナル。ユーリが本国より輸入した武具だ。これもまた偵察兵のために用意された、ニャンタジーランド全軍には行き渡っていない貴重な装備である。

 ええ!? と周囲に散らばっていた配下の鳥人兵たちが騒ぎ始める。粛清を逃れた貴重な、熟練の鷹族の中年兵士までやってくる有様だ。

「いいんですかい? ダンジョンなんかの入り口があった場合、崩落しちまいますが……」

「しょうがないでしょう。見つからなかった、で済ませればユーリ様がどう評価することか」

 反応があったことは報告書に書かなければならない。そのときに探して見つからなかった、など報告できるわけがない。

「私が地面に降りて偵察しましょうか?」

 鷹族の中年兵士は抱えていた槍型の杖を手に、バーディの『梟』のアビリティに反応があった場所を示す。

「やめてください。殺人雪うさぎは隠蔽力も高くて、群れる動物ですよ。私はユーリ様に兵を死なせるなと厳命を受けています。それより雪原を弱い炎魔法で焼きましょう。破壊力を弱めればダンジョンの入り口などを破壊することもないでしょうし」

 偵察範囲を焼くのは偵察方法としては悪手だが、どうにも嫌な予感がバーディにはある。

 ダンジョンではなく、生物的なものだ。

 ユーリより伝えられた集中法を使うべきかバーディは悩む。

 まだ慣れていないあれを飛びながら使うのは少し無理があった。

 副官に指示を出しながら、バーディは全員にもう少し高度を上げるように指示を出す。

 スマホのSNSアプリを使って、全員にタイミングを指示する。

(3、2、1……『発射』)

 百名からなる鳥人兵の集団が地上に向けて、炎の雨を落としていく。

 何かがあった場合に破壊しないように威力を弱めているが、殺人雪うさぎであれば多少のダメージを食らうほどの連射だ。

 大量の炎が雪原を焼いていく。上空から全てを見るバーディの目にはまだ何も――。


 ――ぐぉおお・・・・おおおお・・・・おおおお・・・・おおおお・・・・おおおおん・・・・・!!!!!!!


 生物的な、轟音が響く。鳥人たちの悲鳴が聞こえてくる。

「な、なに!? あれは……!!」

 眼下の、雪が解けた雪原にに乗せた雪をぼろぼろと落としながら百メートル規模の巨大な亀の魔物が、立ち上がっていた。

 地面に埋まっていた・・・・・・それが這い出してくる。飛べ飛べと鷹族の中年兵士が周囲の兵に呼びかけ、高度を上げていく。

「鑑定結果! 雪原陸王亀スノウキングタートル!! レベル60! 備考にレイド級と出ています!!」

 鑑定スキルを持つ副官がバーディに叫んでようやく、バーディは状況を把握できた。

「れい、レイド!? なにそれ!?」

「知りません!! 書いてあったんです!!」

 バーディと副官がやり取りをする間に雪原陸王亀は完全に立ち上がっていた。

 雪原陸王亀がひと鳴きすると周囲に雪を降らせ始めていく。

 はらはらと小さな雪が降っていた天候が風と雪が吹きすさぶ豪雪になり、巨大な亀を中心に、小さな亀型のモンスタが湧き出てくポップする。


 ――やばい・・・やらかした・・・・・……。


 バーディの心臓が緊張でどくどくと鳴る。どうする。どうする。

(ユーリ様に、助けを求めるべきなの……!?)

 氷の魔法を使うのか、亀たちの周囲に浮かび上がった氷の弾丸が上空にいるバーディたちに次々と放たれる。

「総員、回避!!」

 鷹族の兵士がバーディの代わりに指示を出し、全員が回避行動に移る。

 だが彼らは逃げない。バーディからの指示を待っていた。

(どうするの?)

 このまま逃げ帰ってもきっとユーリは怒らないだろう。

 それこそ、なんでもないようにバーディが持ち込んだこの失敗を処理するはずだ。

 バーディにとってそれは、ちょっと悔しかった・・・・・


 ――そうだ。やってやる。あの少年に、獣人も大したものだと思わせてやる。


 バーディは上空から観察する。豪雪で視界は悪いが、視界に関するスキルを付与されたゴーグルはこんな状況でもきちんと機能している。

(……大丈夫。やれるわ……)

 氷の矢は魔法現象だが、高度を高くとったバーディたちからすればさほど脅威ではない。

 この半年、上空偵察の訓練の際に、軍内でも優秀な狩人系スキル持ちによる弓矢スキルを使った回避訓練をバーディたちはユーリによってさせられている。よほど油断していなければ当たらない・・・・・

 ただし、この豪雪では声は通らないだろう。バーディは素早く耐寒スキルのついている手袋ごしにスマホを叩いていく。

(まずマジックターミナルで、周囲の小さな亀とりまきから減らす)

 持たされている武器は神国から輸入したレベル40越えのマジックターミナルだ。

 登録されている魔法には神国で開発された最新魔法チップである『フレイムレーザー』や『サンダーフォール』などの強力な中位魔法が込められている。

 なにより、マジックターミナルの利点は、照準をバーディたちが付けなくても良いという点にある。

 生物である隷属済みマジックターミナルは、隷属主であるバーティたちが指示をすれば勝手に狙いをつけて勝手に魔法を放ってくれるのである。

 回避行動に専念できる。誰も脱落せずにすむ。

(みんな、やりますよ!!)

 バーディが大きく抗戦するように指示を出せば、慌てている気配を感じるものの、皆がマジックターミナルを構えだす。

 問題ない。雪原陸王亀の周囲には常に荒れ狂う豪雪が発生するものの、耐寒装備に加え、耐雪装備まで持っている彼女たちにとっては天候を変えるほどの大魔法でさえ影響はない。

 そして心配性の主によって、攻撃用のマジックターミナルとは別に、回復魔法や補助魔法、夜間の行動用の照明魔法まで入ったマジックターミナルを彼女たちは持たされていた。


                ◇◆◇◆◇


 偵察任務に出ていた十二剣獣であるバーディからの救援要請を受けた十二剣獣であるドッグワンは、要請通りにニャンタジーランドで動かせるだけの陸海老アースシュリンプ車と『解体』スキル持ちを連れ、そこに向かっていた。

 要請のあった場所は街道の通っていない雪原地帯だが、多少の荒れ地ぐらいならば移動力が落ちるものの、巨大な海老型モンスターである陸海老は問題なく通ることができる。

 また陸海老車に優先的に配備されている耐雪スキルによって、雪原が持つ移動力減少効果も受けていない。

 そんな彼らが訪れた場所にあったのは、巨大な海老型モンスターであるアースシュリンプが霞むぐらいの巨体の巨大亀モンスターの死体だった。

 死体の背には疲労困憊の鳥人兵たちがキャンプを張っているのが見える。

 兵を率いてきたドッグワンを見つけたのか、周辺警戒をしていただろうバーディが上空より降りてきた。

「すごいな。これ、本当に偵察兵だけでやったのか?」

 ドッグワンはユーリ以外にはほとんど敬語を使わない。

 そんな彼は鳥人族など弱いとばかりに思っていたが、バーディが上げた戦果に驚いたような顔をしている。

 事あるごとに兄貴面されるのが腹が立っていたバーディにとしてはこのドッグワンの表情が見れただけでも頑張ったかいがあるというものだった。

「すごいな、じゃないわ。もうほんとくたくたで……とにかく私はこれから偵察任務に戻るから、これの解体と輸送をお願い」

「首都に戻って休んでもいいんじゃないのか? これだけの肉だ。国民の腹も十分に満たされるだろう。勲章ものだぞ」

 そう、バーディたちが倒したのは雪原陸王亀だけではない。

 周囲には何百と亀型モンスターの死体が転がっていた。

 半年前ほど飢えているわけではないが、冬ということもあって、獣人たちの食料は絞られていた。

 この臨時収入をもたらしたバーディの功績は大きいと言える。

 だがバーディは喜びもせずに、地図を取り出して、ドッグワンに「……ってないのよ」と言う。

「なんだって? よく聞こえなかったが……」

「命令された偵察任務が終わってないのよ! 見てよ、この範囲。一晩中戦ってたせいで、ほとんど偵察できてない。本来の任務が終わってないのよ」

「ユーリ様は気になさらないと思うが……」

 ち、と舌打ちするバーディ。この駄犬はわかっていないのだ。

 獣人たちの任務完了の報告を受け取るときのユーリのあの表情を。まぁこんなものだろう、という表情の意味を。

「とにかく、休息を取ったら偵察に戻るわ」

 装備のおかげか、相性がよかったのか、一人も死人は出ていなかった。

 慌ただしいな、という顔をする同僚に向けて、バーディは宣言した。

「とにかく! 任務は達成するわ!!」

 今回は失敗したが、次はもっとうまくやる。うまく倒す・・・・・

 そんなバーディを見て、鳥人は元気だなぁ、と自分自身はユーリの命令だけを忠実に、合格ラインでこなしているドッグワンはのんきそうに思っていた。


                ◇◆◇◆◇


 執務室で私はその報告をスマホごしに受けていた。

 写真と報告が並べられたメールを前に、少し考えてしまう。

(レイドモンスターなんていたのか……)

 レイドモンスターと呼ばれるモンスターがこの世界には存在するようだった。

 レイド……ゲームなんかじゃ大人数参加型みたいに言われたが、この世界での正確な意味はわからない。

 ただバーディが倒したことによって、彼女が偵察に向かった地域の天候が回復している傾向が見受けられる。

(ボーナスモンスター、というところか?)

 解体スキルを持った兵たちによると、周囲にはダンジョンでしか見つからない豪華な宝箱も見つかったそうだった。

 とはいえ、私としては貴重な鳥人の偵察兵が失われなかったことの方が嬉しかった。

 何があるかわからないから、どんな敵に遭遇しても負けないだけの装備を与えたが、ここまで彼女たちがやるとは思っていなかった。

「ユーリ、どうしました?」

 私は問いかけてくる双児宮ジェミニ様にいえ、なんでもないです、と返す。

 そう、なんでもないこと。とはいえ、よくやってくれた彼女たちに報酬を用意しなければならない。

 バーディは何を喜ぶのだろうか。

「そうですか? 楽しそうにしてますが」

「そう、ですか?」

 ええ、と笑った白い少女に、私は顔をぐにぐにと動かしてみせた。

(バーディは中々やる・・ようだし、もう少し仕事を任せてみるかな……)


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