160 戦後処理 その11


「ああ、キリル。前回の地下以来だったな」

「はい! 宝瓶宮アクエリウス様! ユーリの仕事を引き継ぐことになりました! よろしくおねがいします!!」

 宝瓶宮様の研究室にキリルを連れてきていた。

 すでに二人は顔見知り同士で、スマホのIDを交換しているとはいっても、仕事と私生活は別だ。

「ユーリ、今日が出発だったというのに、大変だな」

 キリルを紹介した私に向かって苦笑してみせる宝瓶宮様。

「おかげで一日延期ですよ。せめて一週間前だったらよかったんですけどね。そうしたらこんなに慌てなくてもよかったので」

「元使徒タイフーンの罷免が想定外だったからな。神託で飛ばされたのは痛かったな。通常はもう少し手順を踏む。だがユーリにとっては嬉しかったんじゃないか? あれは邪魔だっただろう?」

 私は正直なところ(忙しすぎて)どうでもよかったが、処女宮ヴァルゴ様にとって神殿への介入はそれだけで信仰ゲージの維持に抵触する逆鱗要素だ。

 多少有能でもそういった部分に踏み入れば、虫を潰すように潰されてしまう。

 元使徒タイフーンに関しては、私にとってはまぁ多少嫌な気分にさせられた程度の人物だ。

 だからといって邪魔だと思ったことはない。犬に吠えられたからといって、残念に思ってもその犬を殺そうなんて思わないだろう? それと同じだ。

 というか、むしろ今の時期に罷免させられて仕事を増やされたことの方が私にとっては迷惑だったし、国内外が忙しい今の時期に内政系の使徒が一人消える方が面倒だった。

 元使徒タイフーンは人材調整は失敗したが、内政手腕に関しては有能だったのだ。

 彼は罷免されたことによって徴税官レベルにまで地位を落とされたが、仕事ができる人員はどれだけいても足りないので、また這い上がってきて欲しいと思っている。

 処女宮ヴァルゴ様が、私が政敵だった彼を恨んでいないのかを不思議がっていたが、逆にその思考の方がやばいのでは? と思ってしまう。

 敵意を向けられただけでその人物を排除するなんて思想に至ったら現代社会ではあっという間に大量殺人者になってしまうじゃないか。

 閑話休題――私は宝瓶宮様の質問に適当に当たり障りのない答えを返しておく。

 悪口は共感を得るのに最適だろうが、誰かを批難するような人間は信頼されないので悪口を口に出してはいけないのだ。

「なぁユーリ。気づいているとは思うが、タイフーンはユーリの左遷のためにこそこそと動いていた男だぞ?」

「すみません。全員が私のために動いている方が気持ちが悪いんですが? 人間が三人以上集まれば反発する人間が出てくるのは当然でしょう?」

 そのために人間には言語があって、話し合うのだ。

 むしろどんどん出世して権限も増えている以上、私を左遷させたいという動きがあるのは少し安心していたのだが……。

 それに宝瓶宮様や双児宮様なんかは協力的すぎて、むしろ不安になる。

「気持ちが悪いとは……ユーリは私が協力しているのが不満なのか?」

「それは助かっていますし、心から感謝しています。ですがやはり新しいことを始める前には討論などをして、きちんと考えを固めたいと思っていますから」

 屁理屈でもいいから私に反論してくれれば、想定される問題をいち早く潰せることもできるだろう。

 だが何も言わないで全面的な協力を約束されるのは、逆に怖くなる。

 スキルと技術ツリーでなんとかなっているが、私はどこまでも凡人だ。

 今はうまくいっているが、どこかで失敗するかもしれない、という不安があった。

「私はそこまで優秀ではありませんから、私一人の案ではなく多くの人の、様々な意見が欲しいですね」

 人間一人が考えつくことなどそれほど多くはないのだ。

 それに皆が私と同じ方向を向いていたら、私が間違えたときにそのまま全員で前のめりに倒れることになる。

「そういう意味では天秤宮リブラ様がバランスを重んじていたり、金牛宮タウロス様のような方が予算関係を握っていてくれているのは助かっていますね」

 内部監査を行う人馬宮様は私に近づきすぎないように気をつけてくれているしな。

「金牛宮か……めんどくさいんだぞ。あれはあれで、頭が悪いくせに、いちいち予算の使い方を聞いてくるからな。君に頼まれた新技術を市井に流すときに壁になるのがあの男だ」

 金牛宮は納得しなければけして予算を出さないからな、と言われて私は苦笑を浮かべた。

 金牛宮様は十二天座会議ならば票数で圧殺することもできるが、会議にかけるまでもない案件のときはきちんと話しあいをしなければならない御仁だ。いや、話し合ってくれるというべきか。

 割と厳しく意見を出してくれるのであらかじめ出てくるだろう問題が想定できて助かっている。

「私は金牛宮様はすごく有能だと思いますけどね。大規模襲撃で神国が滅びそうなときもけして他国に亡命しようとしませんでしたし、予算関係も着服しませんし、会話が成り立ちますし、ちゃんと話せば案件を通してくれますし」

 タイフーン様だって、別に私を無理に追い落としたわけじゃない。きちんとルールの範囲内で動いていた。

「ゆ、ユーリ? それは、その、上に立つ方の最低条件じゃないの?」

 黙って話を聞いていたキリルが目を見開いていた。宝瓶宮様もこくこくと頷いている。

「我々の不正や失敗は女神アマチカが見ているんだぞ? 誠実にしていなければ今回のタイフーンのように地位を追われるのだぞ?」

 すごい目で見てくる宝瓶宮様に私はそうですね、と頷いた。

 だが、世の中にはいるのだ。

 ピンチになると逃げ出し、限りある予算を着服して豪遊し、会話が成り立たなくて、解決案を必死に絞りだしたところで読もうとせずに捨てて、古い方法にこだわって限りある労働力を無駄にしたあげくに失敗しても最後に責任を押し付けてくる人間が。

 だから私は現状の幹部陣には満足している、というより話を聞いてくれてとてつもなく感謝しているのだ。

 話せばわかってくれるだけ、金牛宮様はまともすぎる上司だった。

 たとえスキルが優秀で、能力値が高くとも、この資質を持っていない人間が金牛宮様の位置についていた場合、私の案は全て読まれずに捨てられていただろう。

 むしろそういった人物が十二天座にいた場合、生意気だとなんだとかで、十二天座会議で私から使徒の地位を剥奪し、学舎に押し込める案を出していたに違いない。

(まぁ、処女宮様がいるからそれはないだろうからありえない仮定だが……)

 あの人が任命している以上、十二天座には割と甘い人が選ばれているのだ。

 だからまぁ、あちこちで大変だったなどと言われても実感が持てないのだが。別にそんな酷いことはされていない。八歳児だからたぶん贔屓目に見られているのだろうが。

(しかし、これは私の悪い点だな……)

 ブラック企業にいたせいか、どうしても弥縫策というか、自分の職分から外れている相手に関しては、なぁなぁで済ませてしまう悪癖が私にはある。

 それは結局のところ私が前世から引きずっている経験から来ている。


 ――王様を欲しがったカエルという寓話を知っているだろうか?


 王を持たないカエルたちが神に王を求めたが、カエルたちは与えられた王に対して文句を言い、新しい王を神に求めるというおとぎ話だ。

 最後には結局暴君を与えられたカエルたちが自らの愚かさを後悔するおとぎ話でもある。

 実際に、それは現実でよくあった。

 今までいた上司の次にやってきた上司がもっと無能だったなんて話は、私たちの業界では別に珍しくもない話だった。

 それを考えると、私は、他人にそれほど期待ができない。

 タイフーン様の仕事を引き継いだ私に対して、神国の皆は、目の前の宝瓶宮様のように、タイフーン様に関しては不幸だったね、などと言ってきたが、彼は人材調整という仕事が合わなかっただけで彼の本来の仕事の方では格別に無能だったわけではない。

 いや、能力値も高くスキルもあったから内政官としては・・・・・・むしろ誰よりも有能だったと言っていいだろう。妙な欲を出さなければ問題がなかったのだ。

 なので私としては、むしろタイフーン様の後釜の方が不安だった。


 ――神国は人材不足だ。


 次に使徒に就くだろう人が、タイフーン様以上に有能な可能性は低い。

 だから私は、政敵の位置にいたタイフーン様が失脚したところで、いい気味だ、なんて全然思えない。

 仕事のできない人物がこの忙しい時期に、内政系の使徒につくかもと思うと、今から不安になってしょうがない。

 私は他人に多くを求めない。最低限やってくれればそれでいいと思っている。

 だが最低限を満たせない人材というのは別に珍しい話ではない。

(実際に、この国ではそれは顕著だ)

 スキルと信仰による真面目さで補っているが、他国と比べれば別に全員が格別に優秀というわけではない。

 私がこんな地位に上がってしまうのが、その証拠だろう。

(これでも高い地位なんだよな……もう上には上がりたくない)

 どうせ上がることになるのだろうが……。

(嫌だな)


 ――私は、君主に向いていない。


 他人に罰を与えることが苦手だ。他人に要求をすることが苦手だ。

 多くの人に対して責任を持つことも苦手だし、他人に無理をさせることも苦手だ。

 結局、自分が無理をするのも自分が無理をすることが一番精神的に楽だからだ。

「ユーリ、どうしたの?」

「ああ、いや。なんでもない。それで宝瓶宮様、本題ですがキリルのことをよろしくおねがいします。何か問題があれば私に連絡していただければいいので、最初のうちは優しい目で見てやってください」

「ああ、わかっているよ。ユーリが後ろ盾をするなら問題ないだろうが」

「ちょ、ユーリ。頑張るから気にしなくても……」

 私はキリルの頭を掴んで宝瓶宮様に頭を下げさせる。

 このあとは宝瓶宮様の使徒様と顔合わせをして、そのあとは他の十二天座の方々とスマホのIDを交換させて、インターフェースの読み取り方を教えて……一週間あれば、本当にこの引き継ぎももっときちんとできた。

 調整部署の始末をするついでに仕事の内容についても教えることができた。

 なんで本当に、ギリギリなんだ……。

「本当に、よろしくお願いします」

 私は必死に頭を下げる。


 ――そんな私でも、この国には期待する人材がいる。


 キリル……私がずっと目を掛けてきた少女だ。

 彼女には私の考え方を教えてある。錬金術の飲み込みも早い。正直者で、他人と関わることが苦手ではなく、頭が良い。

 なにより、彼女は一度失敗をして、それでも這い上がってきた人間だ。

 最初の授業のことを思い出す。彼女は失敗をして失点を受けた。

 だが、そのあとに見事に這い上がってきたのだ。

 人間は必ず失敗をする。機械ではないのだから当然だ。

 そのあとにごまかすのか、それとも挽回するために努力するのか、それができるかできないかで人間性を計れるといっていいだろう。

 だからキリルが持つその気質は、とても得難いものだと私は思っていた。

(……八歳児だが……八歳児に一番期待している私が一番問題だが……)

 人材調整に一番必要な資質が、欲を・・持たない・・・・ことだからそれは仕方がないのだ。


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