161 エピローグ アリスのお茶会
――『アリスのお茶会』に接続します。
――『ユーリ@神国所属』が入室しました。
「おらぁッ! てめぇッ!! ミカドおらぁッ! 逃げんじゃねぇぞ!!」
お茶会に接続した瞬間、私の足元をティーポットが背の低い草に覆われた森の中に逃げていくのが見えた。
ティーカップが土の露出した地面にぶつかって弾けて砕ける。
頭にフォークを突き刺したケーキがパン生地の足で逃げ惑っている。
暴れるアザミの足元では潰れたケーキが苦しげに他のケーキに手を伸ばしている。「君を愛して――」潰されて死ぬ。
――頭の痛くなる光景だ。
「はは、おっとユーリかい。僕はそろそろ帰るけれど君はゆっくりしていってくれ」
「ゆっくりって……」
目の前でミカドが
残されるのは粉々になった茶会のテーブルやケーキやティーカップと、肩を怒らせて顔を真っ赤にした『鬼ヶ島』の君主アザミだ。
相変わらずボロ布を纏っただけの、暴力的な女性君主は、私をじろりと睨みつけてから椅子に荒々しく腰掛けた。
テーブルたちが大変だったねぇ、と言いながら身体をくっつけ、逃げ隠れしていた茶器やケーキが騒がしくも戻ってくる。
「座れよ、ガキ」
「……そうですね。失礼します……」
「なぁ、おい。なんで敬語なんだ?」
なんでって、親しくもない人相手には敬語を使っておくのが一番問題が起きないからだ。
私が敬語を使わないのは明らかな目下か、友人であるキリルぐらいのもので、周囲の人間には
「それが性分なので」
「まぁタメ口利かれるよかマシだけどよ」
「はい」
「はいじゃねぇよ」
はい、とだけ返す。この人物とは別に親しくないが……なんだろう?
アザミは皿に乗ったケーキをむんずと捕まえると「いやだぁ、食われたくなぁい!」と暴れるケーキに噛み付く。悲鳴を上げて食べられるケーキ。半分以上食べられたそれはアザミによって地面に残りを叩きつけられた。
「神国がニャンタジーランドを
ミカドから聞いたのかな? つい先日、近畿連合と三回目の貿易を行ったところだ。近畿連合の中にミカドの諜報がいて、そこから情報が漏れたのだろう。
私も先日手に入れたばかりの迷彩殺人ドローンを情報収集のために近畿連合への積み荷に混ぜたので人のことは言えないが……。
「ええ、まぁ」
「港は?」
「手に入れましたね」
「貿易しようぜ」
アザミと貿易……ふむ、まぁ貿易先を増やすことは重要だろうが……現状は難しいな。
「うちはまだ遠方に船を出す技術がないので、難しいですね」
行くことはできるだろうが、やはり戻ってくるのが難しいだろう。よくわからない海を行くのだ。寄港地が近畿連合だけだと難しい。
そう言えば舌打ちしてアザミは私を睨んでくる。
「俺はよ、まだ一国しか
「そうですか」
「そうですか、じゃねぇだろうが! てめぇもわかってんだろ? このままじゃミカドの一人勝ちだぜ」
怒鳴るアザミの国、鬼ヶ島のスタイルを予測すればおそらく、ニャンタジーランドと同じ初速に秀でた戦闘特化の国家なんだろう。
時代を経るごとに建築技術は強化されるから、スタートダッシュが強い戦闘特化国だと技術ツリーの成長が弱く、侵略も難しくなる。
「そう言えば、君主殺害ボーナスってなんなんですか?」
良い機会なので気になったことを聞いてみる。
ミカドもアザミも、伝聞では他国の君主を殺害して土地を奪った君主だ。
うちは人がいなかったので降伏させたが、殺害によるボーナスが気になったのだ。
もちろん十二天座系の不死ユニットが手に入るのは便利だし、強力な他国の技術ツリーを手に入れられるのも強い。
まぁ油断してると元君主による下剋上が発生する危険もあるから、降伏させる国の君主は選ばなければならないが……。
「ああ? なんだ? ニャンタジーランドのクロをぶっ殺したんじゃねぇのかよ?」
「降伏させましたよ。十二剣獣がほしかったので」
「ふーん、なるほどな。で、殺害ボーナスが知りてぇのか」
にやにや笑う褐色肌の女傑。その額に小さな角が生えていることに私は今頃気づく。
(鬼? かな? 鬼ヶ島だからか)
「はい。知りたいですね。このお茶会の存在からすればむしろ殺害は重要なんでしょうし」
アザミの反応で何かしら特別なボーナスがあることも確かだ。
アザミはしばらく私の反応を確かめてから嫌がるティーポットを掴むと、直接ポットから豪快に紅茶を飲む。
げっぷをするアザミ。汚い。
「なら先に降伏ボーナスを教えろよ」
「降伏国の固有技術ツリーの解放、降伏国幹部の権能の任命権限、不死の管理、蘇生地点設定とかですね」
ふん、とアザミが嗤う。
「そんなもんか。殺害ボーナスは自国の固有技術のランクアップだよ」
「ランクアップですか」
「自国民の特性強化とか、固有技術や技能の強化のことだ。てめぇで考えろちっとは」
それは……強力だな。エチゼン魔法王国なんかにやられたらまずい。やはりあの国は生かしてはおけない国だ。
アザミは私に説明をしてから紅茶をティーポットを地面に叩きつけ「そういや」と私に問う。
「なんでてめぇが近畿連合に送るスライムは40レベルなんだ?」
「唐突ですね」
「つまんねぇなぁ。なんでミカドに敵対してるのがバレてるんだ~~~、とか慌てねぇのか?」
近畿連合の戦場にスライムが投入されれば当然、入手先を調べるだろう。
そして転生者会議で近畿連合が私と会話していたことはちょっと調べればわかることだ。
そこから私とスライムを結びつけるのは難しいことではない。
とはいえ、なぜミカドがアザミにこの情報を漏らすのか気になるが……。
「ニャンタジーランドの情報がミカドから貴女に漏れている時点で、商品内容もわかっていて当然でしょう?」
「マジでさぁ、お前、ミカドから漏れてることもバレてんのか」
「そりゃ貴女は調べないでしょうし」
「そりゃそうだ。で、輸出するほどレベルの高いスライムがいて、なんで均一で40レベルなんだ?」
レベルまで教えてるのか……いや、アザミが根掘り葉掘り聞いただけか?
しかしなんで、と言われてもそこがダンジョンの促成レベリングでできる限界だからとしか言いようがない。
例えば神国は地下下水ダンジョンは二階層までしかシステム化していない。
もちろんボス部屋の判明している三階層はボス部屋に処理システムを作ったが、広大な階層全体はほとんと手をつけていない。
それは単純にレベリング効率が悪いからだ。
レベル40からは必要経験値が増大するのもあるが、モンスターでいう三次職――二回目の進化を終えた個体を相手に、隷属スライムでの戦闘を行うと死亡する個体が出始めるのだ。
――この世界において、レベル40は区切りだ。
レベル40からは敵も特殊なスキルを獲得していたり、戦闘のための行動パターンが増えていたり、即死系の攻撃を行ってくるようにもなる。
私が神国国民のレベリングを40で止めているのはそれが理由だし、魔法王国や帝国、王国の一般兵がレベル40前後で統一されていたのも、同じ理由だろう。
レベル40からはレベルを無理に上げると死ぬ人間が出て、逆に非効率になる。
(まぁ、他国はダンジョンではなく訓練施設などで上げていたんだろうが……)
訓練施設は、戦闘なしで、教官に相当する人間を配置すると経験値が溜まっていく技術ツリーにある軍事系施設だ(もちろん上げられるレベルの限界はある)。
うちもそろそろ作る必要があるんだろうが、ダンジョンの方が副産物も多いのでまだ作ってはいなかった。
「おい、答えろよ」
「では、代わりになんの情報がいただけるんで?」
「ちッ、そうだな。ミカドが組もうとしている国のことなんかどうだ?」
「組もうと? 近畿連合をどこかと挟み撃ちってことですか?」
なぜアザミが知っているのかはわからないが、ミカドはこういう脇の甘いところがある。
アザミもそうだが、私にもなんの対価もなく情報を流したりするのだ。
そのことを指摘すれば、きっと「ゲームを楽しくするため」なんて言うのだろうが。
「お、気になったか。なら教えろよ。レベルの理由って奴を」
私はまぁいいか、とレベリング方法を内緒にして、レベルを40で留める理由を話せば、アザミはなるほどな、と舌なめずりをする。
「40までは楽なのか」
神国も全軍のレベリングを数ヶ月で済ませたので、40まで上げるのは苦労しない(スキル熟練度は別口できちんと上げる必要があるが)。
「鬼ヶ島のレベルが上がらないのは戦争ばかりしてるからでは?」
「うるせーな。突っかかってこられたら殴り返すだろうが」
「そろそろ全国の技術ツリーも戦争の影響で軍事技術の強化を行い始めますから、アザミさんのところも要塞戦を考えて建築技術を学んだ方が良いでしょうね――それで、ミカドはどこと組もうとしてるんですか?」
アザミは自信満々に、ボロ布に覆われた胸を張って、奴本人に聞いたから間違いねぇ、と前置きしてから。
「
熱帯雨林地帯ではない。国家名『アマゾン』……確か、岐阜にある国家だったか?
「そこと合同で近畿連合を挟み撃ちにするんだとよ。ケケケ、ミカドの野郎、俺がお前にこうして情報バラしてるとは思わねぇだろうよ。馬鹿め」
楽しげに言うアザミ様に対して、私は首をひねるしかない。
ミカドは当然、アザミが私にこの情報を流すことを期待して話しただろう。
(つまり、この情報で私がどう動くのか気にしてるのか? ミカドは)
――つまりこれはミカドからの挑戦状、ということか。
私がなんとかしないと近畿連合を攻め滅ぼすぞ、という。
明日にはニャンタジーランド入りしないといけないというのに。
なんとも面倒くさいことになったものだ。
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