159 戦後処理 その10


 今日も学業を終えたあとの処女宮ヴァルゴ様の執務室だ。出発は明日なので挨拶ついでに残っている仕事を片付けに来たのだが……。

 部屋に入ってすぐ、処女宮様に軍に使える配下の編成をしろ、と言われ、目を丸くした。

「編成って、徴兵からですよね? 出発は明日ですよ?」

「でも言われちゃったし?」

 し? じゃないと私は頭を抱えたくなる。

「そういうことは私が戻ってきたころに言ってくださいよ! 六日前に!!」

 私が怒鳴ればクロ様が部屋の隅で、ひん、と悲鳴を上げる。

「いや、決まったの昨日のことだし」

 ちょっと気まずそうな処女宮様が言い訳するように言えば私は頭を抱えるしかない。

「っていうか一応、これ、私のニャンタジーランド降伏の功績ってことにもなってるから断れなかったし」

 功績を断ったら怖いんだよ、と処女宮様が言い、私は頭を悩ませる。

 確かにそれはそうだ。功績を断るというのは、それはもうめんどくさい問題を各所に呼び起こす。

「それで千名、ですか……」

「まぁ最低千名? あと維持のための財源だね。ニャンタジーランド全土からの徴税権。といっても今のニャンタジーランドで徴税なんかしたら反乱起こるだろうけど」

「ですね。支配者が変わったことで民心が不安定になってますし、もともといるニャンタジーランドの兵や政府職員なんかの維持費もありますから、そもそも徴税できるほど搾り取れるかが問題ですね」

 財源としては枯渇しきっているのがニャンタジーランドの現状だ。

 そして処女宮様は独自の財源を持たない。

 本来は管轄が神殿なので、神殿へ民が捧げる喜捨をそのまま使える立場だったが、それを放棄していた。

 放棄することで今までは兵を率いなくてすむ立場に自分を置いていた。ずるい人なのだ。

 そしてそのせいで自由に使える人員もろくにいないので私が苦労することになったのが……そうだな、自前で兵力を用意できるなら、頭を下げて十二天座の方々に人を借りに行く私の苦労もこれでなくなるのか。

「ふむ、徴税権ってことは人も対象ってことでしょうから、編成可能な部隊はほとんど獣人になりますね」

 山賊を捕まえてもスキルはろくなものじゃないので必然的に使うのは獣人になる。

「特性がね、人間と違うから難しいよね。獣人あれは」

 獣人は戦闘特性が強いが、精密作業などは苦手だ。あと知能ステータスの伸びが低い種族が多い。

 使えないわけではないが、細かく適正にあった仕事に付けないと面倒な種族だ。

「が、がんばり屋だからね! 獣人は!」

 大声でそう言ってテーブルの影に隠れるメイド服のクロ様。私はあの人に何かしたんだろうか? ろくに会ったことはなかったはずだが……。

「でも上等な餌にすぐ尻尾を振る種族じゃん。誘惑に弱いのは忠誠値維持がめんどくさいよ~」

「上下関係に厳しく、プライドも高いですしね。まぁ、種族人間もそこはたいして変わりありませんが……」

 私は特に八歳児だからそのあたりがめんどくさそうだ。

「どうするかな……金の動きだけは種族人間に任せたいけど」

「しょ、商業なら猫族とからす族が強いよ!」

「その二種族、使えないかと思ってボーナスを見ましたけど、金のごまかしが酷いじゃないですか……」

 ひん、とクロ様がテーブルの影に隠れる。めんどくさいから話すならこっちに来て話してくれないだろうか?

 今クロ様が上げた二種族は、種族ボーナスで商業に強いものの、詐欺に補正がつくような種族だ。

 特区の商人として独自に商売をさせるならともかく、部下としては使いたくない。

 まぁ信仰させてから、他国での諜報として使うなら……いや、猫も烏も種族特徴として詐欺をすることは知れ渡っている。

 外見で警戒されるからやはり種族人間の方がなにかしら便利だ。

「忠実なのは犬、戦いに強い獅子や狼、知能の高い梟、信仰という意味では象、多彩ですが特化しすぎてめんどくさいですね」

 私の感想としては、現時点では汎用性に優れたなんでも並の結果を出せる種族人間が欲しいところだ。

 ただ獣人には、神獣の隔世遺伝という形で強力なステータスとスキル取得の可能な獣人などもいなくもないが、やはり人口が少ないのでそういった獣人数は少ない。当てにできない。

「獣人国の復興をするのに生産系スキル適正の獣人が少ないのが問題ですね。処女宮様、神殿に所属する独身の、生産、数学者、商人のスキル持ちを今すぐ、処女宮権限で徴兵してください」

 妻帯者を連れて行くと子供が生まれなくなるから、独身だ。

 そして神殿は処女宮様の管轄だ。多少の無理は通せる。

「はいはい。りょーかい」

 最低限、部隊を回せるだけの人間を確保しなければならない。

 獣人の戦闘スキル持ちの多さがおそらく、ニャンタジーランドが大規模襲撃を逃れられた理由だろうが、内政には極端に不向きすぎる。

 技術ツリーの成長も戦いに関するものが多く、生産も難しい。それがつらい。

(ニャンタジーランドに関しては、年内に領内全てに神殿を建てて、聖書を配布し、道路を張り巡らせたいんだよな)

 そして食料供給などもだ。

 数年間は首都アマチカからの支援を受けられるので問題はないが、どうにかして供給手段を確立しなければならない。

(ニャンタジーランド内の産業に関しては、ひとまず塩の生産をさせる予定ではあるが……)

 ニャンタジーランドでもやってなくはないが、人口減少とともに国内供給を間に合わせるぐらいにしか成長していない産業だ。

 当然、木材もやるが、一つの資源だけには頼れない。

 ちなみに以前、資源の偏りについて語ったが、塩などの生存に必須の物資に関しては、神国国内の採掘しやすい場所に、そういった資源を入手できる場所が存在する(無限ではないので、いずれ尽きるだろうが)。

 前世には存在しなかった岩塩鉱床が東京に存在する理由は、やはり意図的な資源の配置が行われたのだろう。何者か・・・によって。


                ◇◆◇◆◇


 伝達は素早く行われ、夜には名簿が届いた。

 処女宮様の食事をつくるためにクロ様は自宅に帰っており、この執務室には処女宮様と私しかいない。

「集まったのは五十名……こんなものですか」

 当然だが、現在の神国で人が余っているわけでもない。

 なので引き抜きすぎればその神殿が立ちいかなくなるので各神殿から数名ずつが徴兵されている。

「これでも無理させたんだからね」

「わかってます。感謝してますよ」

 そこそこの胸を張る処女宮様を無視して、私は名簿を一枚一枚見ていく。

 この五十名を基幹要員として私は千名を率いることになる。

(処女宮様の枠が六千名だから、いずれ全部埋められると仕事も楽になるか……)

 六千名いれば、獅子宮レオ様や巨蟹宮キャンサー様の補助として廃都東京の探索もできるようになるかもしれない。私の目的に一歩近づくというわけだ。

 ちなみに話がずれるが、ニャンタジーランド教区の指導という立場の私には、ニャンタジーランドの兵の指揮権限もある。

 なので十二剣獣の指揮可能数を足して、私には最大七万八千名の兵の指揮権が与えられている(兵は存在しなくとも権限は存在する)。

 過去、世界の歴史の中で、広大な土地を支配した偉大な覇王が死んだあとに、その方面軍が独立しまくった、なんてのはこういうところから出る話なのだろう。

 いや、指導者が存命中でも同じことだ。

 兵を将軍に与えて遠方に派遣したら、その土地を奪ったあとに独立した、なんてのは珍しい話ではない。

 だから支配者は有能無能ではなく、裏切らない保証が欲しくて身内を将軍に使いたがるわけだが……。

(まぁ私も独立する気はないが……)

 東京という土地でやることがあるし、ニャンタジーランドで独立したところで先はない。下手をすれば王国と神国の両方から攻められて死ぬことになる。

「ひとまず、この五十名はダンジョンで促成のレベル上げをさせてからですね」

 多くは若い兵だ。徴兵基準に独身を指定したから当然だが。

「四十レベルまで上げたらニャンタジーランドに送ってください」

「はいはい。それで、いつ戻ってくるの?」

戻って・・・? 戻りませんよ。あちらで一年か二年か……」

 あ、やべ、みたいな顔をする処女宮様。

「なんですか?」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてませんね」

 何をさせられるか、予感はある。てへへ、と処女宮様は笑って言った。

「人材調整部署もやって、って天秤宮が」

 目を閉じる。頭の中で計算を働かせる。ニャンタジーランド復興をしながら、人材の調整部署もやれって。

 できなくはないが……どっちの仕事にも注力できないし、私の余力がなくなるぞ。

「鬼すぎません?」

「えへへ。ね? がんばってね?」

 可愛らしい顔で笑う処女宮様の頬に手を伸ばし、ぎゅーとつねればいたたたたたた、と騒ぐ処女宮様。

 できなくもない。隣国だ。ちょっとワニ車を飛ばせば行き来はできる。千葉から東京に出勤していた人間だって世の中にはいた。

 だが、どっちでも仕事をしろというのは……私の身体が二つあれば……いや、私が二人でなくてもいい。私と同じことができる人間がいれば……。

(そうだ……私と同じこと、とは言わないが似たようなことができる素質があって、飲み込みが早くてコミュ力があって、十二天座のコネを持っている人間がいれば……)

 ふと頭をよぎる影がある。

「キリルを……」

「う、うん? キリルちゃんが?」

 頬を押さえた処女宮様が問いかけてくる。

 そう、前提として処女宮様が安心する人材だ。そして私が信頼できて、賢くて、コミュ力がある人材。

「……キリルを、使徒・・にしてください。彼女にやらせます」

 多少早いが、枠は空いているのだ。誰かを蹴落とすわけじゃない。

「ふーん。できるの? キリルちゃんに」

「出発を一日遅らせて、キリルに円環法の指導と、あとは私から協力を要請できる、十二天座の皆様に彼女を紹介します。あとはまぁ、彼女の才覚に任せますよ」

 急ぎだが、頭を下げて回るしかないだろう。

 ニャンタジーランド教区は遅れれば遅れるほど致命的だ。冬が近い。そのときまでに何もできていないと凍死者が出るし、餓死者も増える。

 処女宮様はふーん、と言いながら。

「使徒にするって言ってもキリルちゃんには、ユーリくんほどの権限は与えられないけど、いいの?」

「データ関連とレシピだけ見られるようにしていただければ。あとの機能はむしろキリルには不要です。人の忠誠値や信仰ゲージなんてものが見られたところであの娘には悪影響しかない」

「ふふ、過保護だなぁ……っていうかユーリくんってさ」

「はい?」

「仕事、断らないんだね。君が本気で嫌だって言ったら私だって断ってたよ。人材調整なんて仕事」

「ことわ……え? 断っていいんですか?」

「あはは。遅いって、キリルちゃんができるんでしょ? ユーリくんの保証があるなら他の人も頷くし、任せちゃおっと」

 私が断らなかったのは、できる・・・と思ったからだ。

 私の悪癖かもしれない。できると思ったら考えてしまう。その逡巡を、たぶん前世では見透かされて、仕事を押し付けられたのだ。

「でも私は、ユーリくんのいいところだと思うよ。そこは」

「いいところ、ですかね。損ばかりしてるような気がしますが」

 前世が女子高生の上司は、前世が社畜の八歳児を見ながら、にこにこと笑って言った。

「だから私を助けてくれてるんだしね。ユーリくんは」


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