155 戦後処理 その6


「おお! ユーリ、来たか」

「はい。どうですか? 中の様子は」

「厳重に警備しておる。問題ないぞ」

 本庁舎の奥、捕虜用の収容施設の入り口で待っていた磨羯宮カプリコーン様と合流した私は、お互いに抱き合って(私の腕は彼の大きなお腹の横に当たるぐらいだったが)、再会を喜びあった。

「しかし、拙僧が呼んだとはいえ、ユーリはここに来たくないと聞いておったが、よいのかね?」

「ええ、まぁ、だいぶ落ち着いてきましたし……私の力を借りたいと磨羯宮様が仰るのなら、微力でもお力になりたく思いまして」

「そこまで気張らなくてもよいのだぞ。お主の顔を見たかったのが一番だしの」

 さぁ、こっちだと磨羯宮様が私を案内して地下の施設に案内する。

(常駐する看守部隊が十名。入り口には気絶魔法をセットしたマジックターミナル。SP吸収スライムも常備してある)

 螺旋階段を降りていく。何かがあればここの入り口は封鎖される手筈になっているのだ。

 急造の牢獄にしてはうまく出来ていると思う。

「……それで、本人はなんと?」

「お主にまず会わせろとの一点張りだ。まぁ炎魔の部下の何人かは教化に成功したので情報を引き抜く意味はないがの。とはいえ、相手は魔法王国の十二魔元帥だから、拙僧としてはもう少し話をしたいところだがの」

「そうですね。炎魔様の教化自体は無理でしょうし」

「言い聞かせて信仰するようでは幹部は務まらんからの」


 ――ここは炎魔様専用の特別地下牢だった。


 脱出させない。死なせないことを主眼においた施設だった。

 たった一人を閉じ込めるための豪華な檻。

 炎龍槍様、白龍鎚様、人魔様も首都アマチカの各地の地下に造られた、似たような施設に閉じ込めてある。

 誰かが逃げ出したときに連鎖的に逃げ出さないように造られた施設だ。

「拙僧としては、教化も不可能ではないと思うがな……女神アマチカは偉大だよ」

「それでも彼女にとっては敵対国家の信仰ですからね」

「まぁ、それはそうだの」

 私を見下ろして言う磨羯宮様の言葉に苦笑する。

 人の信条はそこまで簡単には変わらない、と私は思う。

 どんなに素晴らしいものでも嫌なものは嫌、という人間は少なからずいるのだ。

「それに彼女とは話すこと自体が危険ですし、教化は魔法王国を滅ぼしてからでいいでしょう。十二剣獣の方々が入りましたし、今のところ無理をして炎魔様を神国に入れる意味は薄いです」

「……お主は、簡単に滅ぼすと言えるのだな」

「滅ぼさなければ我が国が滅ぶだけですから。戦って痛感しましたが、あの国が敵に回るのは恐ろしいです。炎魔様や人魔様と同格の敵将があと十人いるんですよ。それが他の国に奪われるのは怖いですから……あの国は私たちが滅ぼさねばなりません」

「おかしなことを言うのう……奪われるのが怖いから滅ぼすとは、敵対するのが恐ろしくないのか?」

「私は、十二魔元帥を魔法王国よりも、もっとうまく使える国が奪うことが怖いんですよ。今の状態の魔法王国なら、神国がうまく国力を増やすことで対応できると思いますが、それより強い国の傘下にあの化け物たちが集まるかと思うと恐ろしくて震えてしまいます……まぁ、魔法王国の独自技術ツリーがその場合にどれだけ引き継がれるかにもよりますが……」

 ニャンタジーランドの技術ツリーは完全降伏状態でほとんど100%と言っていいぐらいに神国に引き継がれた(ただし、国主が獣人の場合や信仰する主神が神獣の場合のみ開発可能な独自技術などもあるので開発不可能な技術がいくつかあった)。

 魔法王国が降伏したとしても、魔法兵を特別強化する固有技術のいくつかは使えなくなるはずなので、戦場全体に効果を及ぼすような巨大な魔法は使えなくなるだろう、と私は考えている。

 だがそれはそれとして、だ。魔法を専門に鍛え上げたあの国の兵は恐ろしいのだ。特に強い前衛部隊を持つ帝国のような国と連合されると防衛戦闘でもない限り勝利することは難しいだろう。

「ふむ、ならば、このあとの我が国の戦略をお主はどう考えておる? 以前語ったときの戦略ではなく、こうして防衛に成功し、ニャンタジーランドを手に入れた今ならば」

「……そうですね、とりあえず北方連合諸国に圧力を掛けつつ、可能な限りニャンタジーランドの国力を増強させます。あとはまぁ――」

 ――ということを考えています、と私が息を潜めて語れば、それに磨羯宮様はほう、と感心したような声を上げた。

「それをできると思うのか?」

「むしろ今だからこそ可能だと思います。そのときは、そうですね。三千名ほど借りて私が現地に行きますよ」

 錬金術持ちであるし、発案者だからこそ、というのがある。

「しかしその後の人員はどうするのかね? 取ったとしても内政用の人員が土地から湧いてくるわけではあるまい?」

「そこが問題なんですよね。ニャンタジーランド国内に発生する山賊を取り込んでも次世代の人員になるまでが時間がかかりますし」

 山賊たちの子供が使えるようになるまで最短十二年だ。それにしたって一年で使い物になるわけもない。

 あんまり発想としてはよくないが、私は北方連合諸国や近畿連合から人を買い取ってもいいだろうと考えている。

「あとは獣人は多産で早熟らしいのと、研究中のホムンクルス工場に期待ですかね……さて、そろそろでしょうか?」

「うむ、その先だ」

 磨羯宮様の案内で看守が檻の前に立つ牢獄へと私は入った。


                ◇◆◇◆◇


「へぇ、君がユーリくんなのかな?」

 鉄格子の前にガラス板の嵌められた牢獄の先から、私を見ている高校生ぐらいの少女がいる。

 炎のような髪をした少女だ。彼女は、拘束具を着せられ、椅子に座らされていた。

 床にはSP吸収ドレインスキルを持ったスライムが歩き回っていた。

「貴女が炎魔様ですね。はい、私が処女宮ヴァルゴの使徒ユーリです。どうぞよろしくおねがいします」

 インターフェースから炎魔様の状態を確認する。

 スキルは封じられ、また衰弱や呪いなどの状態異常に加え、多くのステータス低下が掛かっている。

「それで私に話があるとのことでしたが」

「……いろいろと聞きたいことがあったけれど、なるほど、本当に子供なんだ」

 ため息のようなものが炎魔様の口から漏れた。嘆息だ。さて、何を考えての嘆息なのか。

 気になって、質問を投げかけてみる。

「あの元貿易拠点での戦闘は、全部私が考えて、全部私が指揮をしました、なんて言ったら炎魔様は信じますか?」

「……信じるよ、そういう目をしてるからさ……」

 ? と私は思った。人の目を見て、人のことがわかるなんて特殊技能、私は信じていない。

 人間の目なんて、せいぜいがその場で何をどの程度考えてるのか推し量る材料でしかない。

 ある程度の前情報と、その場の空気、その上で、最後の後押し・・・に使うようなものだ。

 だが、炎魔様は縛られて、私が自称をしただけなのに、もう私の全てを理解したように語る。


 ――彼女は私を馬鹿にしているのだろうか?


「怒らないでよ。インターフェースで私の状態を見たでしょ? それに、その目、私をどう使おう・・・・・か頭を巡らせたじゃん? そういう目だよ。そういう目で見られれば、わかるよ。君が私を捕らえたなんてことぐらいは」

「……そんなにわかりやすいですかね?」

「ふふ、いや、そんなことないよ。私も必死だから。話を通すべき人か、そうじゃないかぐらいは理解しなくちゃ話し損・・・じゃん?」

 まいったな、と思った。さすがに上に立つ人物だ。私の考えぐらい見透かされているのか。

 そう、思ったより使えそう・・・・だな、と思った。他国の将を務めるだけはある。


 ――それに賢い・・


 私の仕草から、私がどういう立場にいるのか理解できるのは正直すごいと思った。

 あとはどれだけ彼女に魔法王国への忠義があるかだが……。

 彼女の部隊は使徒を含め、七百名残っている。丸々使えるに越したことはない。


 ――それに……彼女のこのあとを考えると……。


「磨羯宮様、ちょっと交渉・・してみてもよろしいでしょうか?」

「構わんが……何を話すのかね?」

「まぁ引き抜きですよ、彼女がうなずけば、ですが」

 引き抜き、という言葉を聞いてくすくすと炎魔様は笑う。

「へぇ、面白いじゃん。何? お金でもちらつかせてみる?」

「いえ、話し損と言われましたので、炎魔様にもわかりやすく、単純な損得の話をしましょうか」

へぇ・・?」

 空気が変わる。これだけ拘束されていても、全く戦意を失わない様子に、彼女自身はまだ自分が負けた、と思っていないことがわかった。

「我々は正直なところ、炎魔様を無理に神国に引き込むつもりはありません。現在、貴女と人魔様を解放しようと交渉が行われていますが、我々はそれにも頷きません。何年でも何十年でも交渉を続けます。それが目的なので」

「……破格の条件を出されても?」

「神国はニャンタジーランドを手に入れましたから、現状の条件は破格というほどではありませんよ。時間は我々に利となります。ニャンタジーランドを開発することで人口も物資もどんどん増えていきます。年を経るごとに魔法王国の提案は価値を失っていくでしょう」

 万の奴隷を差し出されても、こちらの人口が増えればそこに意味はなくなる。

 むしろ教化の手間がかかるだけ面倒にもなるだろう。

「それで何? だから?」

「今、この場で神国で働くと魔術契約で誓っていただけるならば、数日ぐらいでここから出られます。貴女自身も含めて、磨羯宮様の部下という形になりますが、使徒のフラメア様と貴女の部下だった七百名の兵の指揮権も与えられるでしょう」

 黙っている炎魔様に私は笑って言う。

「断るなら、魔法王国が滅ぶまでここに居続けていただくことになります。必死になる必要がないので貴女に対する勧誘はもうしません。理解できますか? 脅しではありません。やるから言っているだけです。貴女の部下は使徒フラメア様以外、貴女がこの牢獄にいる間に、全員教化します。数年経つ間に神国の技術力も兵力も貴女と貴女の使徒を越えます。貴女がここから出るとき、貴女に価値あるものはその『炎魔』の権能だけになります。私がそうします」

「……随分なことを言うよね。神国みたいな弱小国が魔法王国が滅ぼせると思ってるの? 私を無価値にできるっていうの?」

「勘違いしてほしくないのは、貴女に意地悪をするためにそうするわけではありません。結果的にそうなるだけです。言っておきますが、使徒には寿命がありますので、貴女が出てきたときに貴女の使徒が生きている保証はありませんよ?」

 私は、床をスライムが這い回る牢獄を見る。

 ここから出るときに炎魔様が一人ぼっちになっているのだと思うと、可哀想・・・になってくる。

 魔法王国への忠義が高いのであれば諦めるが、そうでないなら頷いてほしかった。

「危険ですので貴女には本一冊、新聞一枚差し入れません。寿命のない貴女は最悪、数十年、いえ、数百年、無為の時間をこのスライムしかいない牢獄で過ごすことになりますが、よろしいですか?」

「……随分、私に執着するね。言葉を重ねれば重ねるだけ、焦ってるように見えるけど」

「それは……そうですね」

 彼女からすればそうなるのだろう。私は、交渉が失敗した感覚を覚える。

 無駄だったか……。

「わかりました。魔法王国が滅んでからまた・・勧誘に来ます」

「何? 結局勧誘するんだ?」

 私は炎魔様の挑発を無視して、炎魔様の口元を見た。

 ほんの少しだけ血の跡が残るそれを見て、壁にあるマジックターミナルを見た。

 指示をした通り、再生魔法のセットしてあるマジックターミナルがここにはある。

 ああ、やはり可哀想・・・だな。

 ダメ元で、もう少しだけ言葉を重ねる。

「炎魔様、舌を噛み切って自殺しようと思ったんでしょうが、我々は自殺を許しません。そういうことですよ。ずっとこうなります。我々が出ていったあとはその口にも会話を封じるために食事用の穴のついたマスクがされるでしょう。ドロドロの味のない麦粥を流し込んで、貴女を絶対に生かします。そんな貴女を哀れに思って解放する方が出るでしょうから面会も許しません。私は、そうなることを知っていてやっています。ただ、できるなら、そういうことはしたくないと思っています。可哀想ですから」

 可哀想? と炎魔様が呟き、直後に炎魔様はハッとしたような顔で目を見開いた。

可哀想・・・? 開戦前の通話も、まさか、本気で?」

「可哀想じゃなきゃ、通話なんかしませんよ。三万人も死んでしまうなんて、可哀想だったので」

 ちなみに、この交渉が行えるのは、炎魔様だけだ。

 炎龍槍様と白龍鎚様は武人で、誇り高い。戦いもせずに捕まったという事情もある。絶対に頷かないだろう。

 そして知能ステータスが低すぎる人魔様はそもそも話が通じない。教化さえもできない知能なのだ。

 だから、炎魔様だけなのだ。この話ができるのも。

 三人の捕虜たちは、彼らの祖国が滅ぶまでは絶対に解放されないだろう。

「それでどうしますか? 私はその、言いにくいんですが、このあとに予定があるので、あと五分ぐらいで帰りますが」

 私の感情を察してくれたのか、磨羯宮様が前に出た。

「炎魔。拙僧からも言っておくが、お主の部下の何人かはすでに教化済みだ。お主から格別取りたい情報はない。ゆえに拙僧はユーリを尊重するよ。こやつが危険だというのならそうだろうからな。お主は魔法王国が滅ぶまでは閉じ込めたままにする」

 私たちの言葉に、炎魔様の瞳の端に迷いが浮かぶ。

 炎魔は賢い。私の目から私のことがわかる・・・ぐらいだ。

 私が絶対にそうすることがわかるだろう。

 なにしろ私は本当に、神国が不利になる、事前の警告をしてから滅ぼしたのだから。

「だが炎魔よ。お主が女神アマチカへの信仰を誓い、神国に従うのならば、儂はお主を尊重しよう。儂の誇りに掛けて、お主の権利を守ろう」

 磨羯宮様をじっと見た炎魔様が私へと視線を移す。

「ユーリくん……聞いていいかな?」

「はい。私に答えられることなら」

「エチゼン魔法王国を、ユーリくんは滅ぼすんだよね?」

「はい。絶対に、必ず、完膚なきまでに滅ぼします・・・・・

 そして、一分ほど考え、わかった、と炎魔様は頷いた。

「従うよ……そうする。私は、無為の数十年に耐えられないから」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る