154 戦後処理 その5


「ゆ、ユーリ様……」

「はい? ええと」

 天座修学院の廊下にて、次の教室へと移動しようとすれば、いつかの四人組が私の前にいた。

 隣にいたキリルが私の前に立って彼らに何かを言おうとしたが、私はそっとキリルの肩に手をおいて、彼女の行動を制する。

「何か用ですか? レッカくん」

 先頭に立って私に何かを言おうとしているのはSSRスキル『勇者』のレッカくんだ。

 幼馴染というほどではないが、私と同じ農場ビルと同じ出身の少年である。

 キリルが「ユーリ、ひどいこと言われるわよ! 私がとっちめてやる」と言っているが「先に話を聞かないと」と前に出るのを押さえつけた。

 彼らの顔は、文句を言おうという顔ではない。むしろ表情には怯えが滲んでいるような気がする。

「ユーリ様、この前はすみませんでした!」

 レッカくんがそう周囲に・・・わかるよう・・・・・に謝罪をした。

 続いて後ろの三人、『聖女』『賢者』『剣聖』の三人が頭を下げる。

 レッカくんの謝罪を聞いた瞬間に、キリルが理解したように、にやにや・・・・したが、私としては謝罪される理由がわからない。

 とはいえ謝罪をされたのだから、私としては受け入れるしかなかった。わからないといえば、彼らがややこしい目に合うような気がした。

 それにこうしてきちんと正面から謝ることができるのだ。

 きっと性根は素直な子たちに違いない。成績も優秀な子供たちだ。変につまずいてほしくない。

(それに私が子供のときは、悪いことをしたときに素直に謝れたかな……)

 大人になってから即座に謝罪する癖がついてしまったが、子供の頃は自分の過ちを認めることができなかった気もする。

「はい。レッカくん、許します」

 よかったぁ、という顔をする子供たちはそれだけを言うと、深く私に頭を下げて走って通路の先に消えていく。


 ――それはもう、私には触れたくないという気配すら感じる逃げ具合だった。


「ふふ、あいつらユーリが磨羯宮カプリコーン様や獅子宮レオ様と親しいって話を聞いたのよ、きっと」

「……学舎の中から外の様子がわかるのか?」

「私が広めたのよ。友だち作ったからね」

 私の隣で手に持ったスマホをゆらして見せるキリル。

 コミュ力の塊であるキリルはこの学園でもさっそく友だちを作ったようだった。

「『聖女』の子も、それで自分が喧嘩売っちゃいけない人に喧嘩売ってるって気づいたのよね。ユーリは処女宮ヴァルゴ様の使徒様でしょ? 空席の使徒様は処女宮様の使徒様だから、いくらSSRのスキルがあっても先任のユーリに嫌われてたら絶対に使徒様にはなれないもの」

「ああ、そういうことか。私が獅子宮様や磨羯宮様にあれこれと彼らの悪い評判を吹き込むものだと思ったのか」

「ユーリはにぶいなぁ」

 ぐしぐしと私の胸にスマホの角をこすりつけてくるキリル。くすぐったいので私は彼女の小さな手を掴んで止めさせた。

「気に食わなくても、そういうことはしないよ。私があれこれ言おうと獅子宮様たちは自分たちが欲しい人材をとるし、取らない人材はとらないからな」

 そもそもこの国は人材不足なので、よほどの性格破綻者でない限り、SSRスキルである彼らの就職先は決定している。

「処女宮様の使徒が任じられないのはまた別の理由だ。たぶんこれからも私以外に任じられる人はいないだろう」

「ふーん、ユーリにしては自信過剰じゃない?」

「処女宮様は少し特殊なんだよ。あの方の権能は難しいところがあるから」

「へー、ユーリにしか扱えないってこと?」

「そうじゃなくて、むしろ何もできない権能なんだよ、処女宮の使徒は」

 他の使徒の権能には、持っているだけでステータスを上昇させるものなどや、集中法を使わなくともスキルの発動を補助するものなどもある。

 だが処女宮の使徒の権能は、インターフェースにデータが並んでいるだけの権能だ。

 それはそれで便利だが、別に権能でなくてもきちんと資料を集めれば手に入れられるものである。 

 一応、信仰ゲージを消費することで国民に命令もできるが、無理な命令はそれだけゲージを消費するし、結局のところ強力すぎる権能なので大規模襲撃のような緊急事態ぐらいにしか使い道がない。

「廊下で話す話でもないが……私としてはこの国が、きちんと勉強した子が、きちんと評価される場所であればと思うよ」

 いい歳をした大人ならともかく、何もわからない子供が気に入らない同学年の子供に突っかかっただけで人生が終わるなんて、それは社会としてはちょっと、と思わなくもないのである。

 私のそんな言葉に、キリルはふーん、と言うだけだった。


                ◇◆◇◆◇


 さて、学舎での授業を最速で終えて、私は本庁舎に来ていた。

 一人ではない、巨蟹宮キャンサー様からお借りしている護衛の兵士兼文官が数名ついてきている。

 使徒服を来た私が庁舎の正面入口から中に入ると、しん、とロビーが静まり返った。

「こ、これは使徒ユーリ様、どうされましたか?」

 入り口から数人の神官が駆けてきて、その中から神官長らしき人が声を掛けてくる。

 首都にある小神殿の神官長だ。どういう理由かわからないが、本庁舎に来ていたらしい。

 神殿は名目上は処女宮様の管轄だから、私はここでは彼らの上司というわけだが、どうにも居心地が悪いな。

 彼らからはどうしてか、おどおど・・・・とした視線を感じる。

「今日本庁舎に来たのはちょっとした用事のためです」

「そ、それは、あれですか……ユーリ様が元の部署に戻っていただける、ということですか?」

「いえ、こちらにいるのは一週間ぐらいですね。論功行賞の翌日にまた移動指示を受けてますので」

 若い神官からはそんなぁ、という声が聞こえ、同僚らしき神官からたしなめられている。

「その、差し支えなければその移動先を教えていただくことなどは……」

「いえ、それはまだ本決定ではないので、なんでもなければこのままこちらで学業と聖務を続けさせていただくことになりますね。そのときはどうぞよろしくお願いしますね」

「……はぁ、それで、その……」

 言いにくそうな気配に、面倒だな・・・・と思った。

 ブラック企業で部署を移動したときに、前の部署の知り合いから後任が使えないので注意をしてくれと言われたときのような空気だ。

 ふぅ、と内心のみで息を吐く。

 彼らを改めて見てみれば、どうにも陳情・・に来たような印象を受けた。

「前回お会いしたのは神殿の増築作業の指示のときですよね? あれがまだ終わってなかったんですか?」

 私が廃ビル地帯に赴く前に作業員を宝瓶宮様から借り受けた仕事がある。そのときに挨拶のために伺って、彼らとは顔をあわせていた。

 神官長である彼は私の質問に、はい、となんだか小さくなって答えてくる。

「とりあえず、ここでの作業が終わりましたら、あとでそちらに伺います。作業員の方は?」

「はぁ、あの、ユーリ様が防衛のために首都を離れてからすぐに、人が足りないからと引き上げてしまって」

「いないんですか?」

「はい……すみません」

 小さくなっている私よりずっと年上の神官長様に、私は頭を上げてくださいと頭を上げさせる。

「わかりました。ただ、私だけだとスキルにボーナスがつかないので、市民の職人の方で良いので建築スキル持ちの方に来てくれるようにお願いしても良いですか? それと図面が残っているようならそれも用意してください」

 円環法でスキル利用の応用ができるようになったから、SPは私のものを使って、スキルだけ使わせてもらおう。

「それでは私は磨羯宮様に呼ばれてますので、また後で」

 ありがとうございます、とぺこぺこと頭を下げてくる彼らを背後に、私はこの国の今がどうなっているのか少し不安になる。

 引き抜いた人員を素直に置いておけば三日も掛からずに終わった作業を一ヶ月以上も放置させるとはどういう意図があるのだろうか。

「建築ぐらいは市井の職人でもできますが、神殿は国家の所有物ですから、本庁舎から人手を借りないと手が出せなかったのですね」

 護衛の兵士の方に言われ、私は頷く。

「なんだかめんどくさいことになってますね。一週間しかこちらにいないんですけど、私は」

「その、ユーリ様、あまりそういったことは言わない方が……」

 たしなめられるが、私が一週間と言ってしまうのは、ブラック企業で培った責任回避の方法だ。

 期待させると他人は無限に期待してくるので、私が手伝えるのはこの日まで、と期日を公言しておかないと他人が無限に仕事を投げてくるのである。

 言ったところでまだできるよね? が飛んでくることもあるが……そのぐらいならば、まぁ、やってもいいけれど。

(しかし、国内で勢力争いなんかしてる暇はないんだがな……)

 如何に頼られようが、功績をあげようが私は使徒だ。私に他の使徒を罷免する権利はない。

 自分のことで精一杯なのだ。他の使徒と争う気などない。

 だが、そもそも後任の使徒タイフーン様はわかっているのだろうか?

(処女宮様が帰ってきてるんだぞ……)

 あの方の恐ろしいところは、必要だと思えば信仰ゲージの使用を躊躇しないところだ。

 処女宮の権能は『神託』――という名前の命令だ。

 十二天座の罷免は面倒だからしなくとも、その配下の使徒がやんちゃ・・・・をすれば黙っているわけがない。


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