127 八歳 その17


「今日はスキル使用の任務なんだって?」

「あ、はい! そうです!」

 つるはしを担いだ別部隊の兵に問われ、素直に答えたツクシは「じゃあ、今日は腰抜かさねぇように気をつけろよ」と楽しげな表情で言われて首を傾げた。

「腰抜かすって……どういう意味なんでしょうか?」

 笑いながら去っていく年上の同僚を見送って、ツクシは傍にいた兵長に問う。

「知らねぇが、またぞろ凄まじい、新しい・・・生産スキルに違いねぇな」

「新しい?」

 新兵のツクシにしてみれば、何もかも新しいことだからでその新しい・・・の実感がない。

 まだ年若い兵士の頭をはたきながら「ま、それよか任務だ、新人。今日はユーリ様と一緒だからな。緊張すんなよ」と他の兵に声を掛けて作業現場へと向かっていく。

「……緊張は、しませんよ……」

 あと新人じゃないっす、と先を行く兵長たちを追いかけながら、ツクシは唇を強く噛む。

(神童だかなんだか知らねぇが、俺だって学舎の成績はよかったんだ)

 ネジでも鉄板でもなんでも作ってやる、んで、兵長たちに俺もやるんだってところを見せてやる。

 ツクシは先に進む皆を追いかけながら、気合を入れるのだった。


                ◇◆◇◆◇


「来ましたか。宝瓶宮部隊第二十五班」

「はい! 宝瓶宮部隊第二十五班、総員十名! 現地に集合しました!」

 神国へ多大な貢献が認められた者にだけ与えられる勲章をいくつか胸につけた、使徒服の少年、使徒ユーリは何人かの上級司祭と呼ばれる高位の武官を傍に置き、やってきたツクシたちを現場で待っていた。

 隊を預かる兵長はそんなユーリに「お、おまたせしてすみません。ユーリ様、あの、ち、遅刻とかは……」と低い姿勢でおずおずと問いかけている。

 いつもツクシに威張っている兵長のそんな姿がツクシには情けなくて仕方がない。

 学舎に通っているような年齢の子供相手にあんな腰の低い姿勢など、大人としてどうなんだと思う。

「いえ、私たちは準備があったので先に来ていただけです。心配せずとも時間ぴったりですよ。タラノメ兵長」

「あ、ありがとうございます! あ、な、名前を……」

「はい。きちんと覚えていますよ。さ、仕事を始めましょうか」

 一人で感動している兵長の腰を叩いてユーリが手に持っていた地図を見ながらふんふんと頷いている。

「今日はここですね。みなさんにはまず円になっていただいて、はい、等間隔に、円状に並んでください。それで座って……顔の向きは全員内側で、大丈夫ですか? わからない方はいますか?」

 そんな子供に言い聞かせるように言われなくても……馬鹿にするなとツクシは並び始める兵たちの輪に入っていく。

(スキルを使うんじゃないのかよ)

 ここには素材もなにもない。廃ビルの中だ。何をするというのか。

「スキルエネルギーについては宝瓶宮様が概論を纏めた本を出していると思いますが、読んだ方は……ああ、よかった。みなさん読んでいますね」

 周囲を見れば自分以外の兵は全員手を上げていた。兵長や同僚がツクシを睨んでいるのが見える。

 帰ったら腕立でもさせられるんだろうかとツクシはびくびくと震えてしまう。

(い、いや、だって他にも勉強することはいっぱいあるし……)

 レシピの素材や、特別な道具の使い方や、兵隊としての訓練もある。

 神官位を取りたいから神学もやらねばならないし、新兵もまた多くのことを学ばなければいけないのだ。

 ユーリはツクシの方を見ながら、安心させるようににっこりと笑ってみせた。

「大丈夫です。ただの確認で、読んでいなくても問題ないですからね。あの本の内容を簡単にまとめてしまえば、私たちの身体に満ちるスキルを使うためのエネルギー。これを使って私たちはスキルを使っています。ああ、これだと話が長いか。ええとわかりやすく言えば……『集中法』は学びましたね? 女神アマチカに祈ることで、エネルギーにふれるあの感覚は知っていますね」

 『集中法』、深く深く意識を集中した先にいる、女神アマチカ。偉大なるその存在に近づくことで様々なスキルに関する理解を得る方法だ。

 それは学舎で覚えてきた。最終学年に入ってから急に覚えろと言われた方法だったがツクシは学年でそれを一番早く習得した。

 帝国と接する重要なこの場所の建築部隊に無能は選ばれない。ツクシは神国でも優秀な新兵なのだ。

「『遠隔錬金』を始めとするスキルエネルギー利用法は基本的に集中法の応用です。なので今回もまた集中法の応用を行います」

 応用と言われてツクシは少しだけ緊張する。生産スキルの成功率を100%にする集中法は習得したが『遠隔錬金』はまだできない。

 ごくり、と音が鳴った。誰かが唾を飲み込んだ音だ。周囲を見れば他の兵も緊張しながらユーリを見ている。

(大丈夫だ。大丈夫。スキル作業で誰かが罰せられたなんて話は聞いていない)

 簡単な作業……簡単な作業……簡単な作業。祈るようにツクシはユーリを見て、ぼやけている・・・・・・

 自分が涙ぐんでいることに気づく。

 慌てて袖で拭いながら、心臓がどくどくと鳴っていることにも気づいた。

「ええと、そんな難しい作業ではないので安心してください」

「ユーリ様が仰られても全然信頼ができないんですよね」

 ユーリの補助らしい武官が言えば「本当に簡単ですよ。現にみなさんできたじゃないですか」と笑っている。

「あ、あのー。それでユーリ様、具体的に何をすればいいんですか?」

 談笑を始めそうになったユーリたちに兵長がおずおずと問いかければユーリは「はい、じゃあ皆さん手をつないでください」と指示を出した。

(手を……つなぐ?)

「両隣の人たちと……はい。そうです仲良く手をつないでくださいね。喧嘩はしないように」

 いや、そんな子供じゃないし、命令だから従うが、とツクシはおずおずと隣の二人と手を繋ぐ。

 座っているためか、尻のコンクリートの感触が冷たい。

 隣の二人を見れば、年配の同僚たちは戸惑ったような顔をしていた。

(皆もわからないのか……いったい何をやるんだ?)

 兵長も不思議そうだ。妙なことになった。スキルを使うんじゃないのか、とツクシは不安になる。

 これではいいところが見せられないまま終わる。

「では皆さん、『集中法』を使ってください。呼吸を穏やかに、緊張せず、心に深く潜ってエネルギーを感知して……」

(急に言われても……まぁ、言われりゃやるけど……)

 なんだろうか。こんなことをして何になるのか、そう考えながらツクシの意識は深く深く潜っていく。

 この水の中のような感覚は嫌いではない。女神アマチカの気配に近づくのは恐れ多いが、やはり、この深度ならまだ遠い・・

 ツクシの意識にぼんやりとユーリの声が聞こえてくる。

「では手に意識を集中してください。意識の方の手ではなく、今、手を繋いでいる肉体の方の手です」

 意識? 確かに意識はスキルエネルギーでできた巨大な水を泳いでいる。だが、肉体の手とは?

「励起はできますか? スキルの励起です。スキルを使いながらエネルギーを手にとどめてください」

 わからない。そこまでツクシは学習が進んでいない。だが、ほんのりと手の平になにか力を感じた。同僚たちはできているのか。焦りが心に湧いてくる。意識では乱れ、浮上・・しそうになる。

(お、落ち着け……深く……深く……)

 励起? わからない。概論の本を読んでおけばよかったと焦る。神官位があれば昇進の役に立つって言ってたのは誰だっけ? そうじゃない。エネルギーを、ええと。

 しどろもどろになっていると背中に手が当たった。小さな子どもの手だ。ユーリだろうか?

 ずん、となにか巨大なものに刺激された。ぞくり、と背後に意識を向ければそこに――。

(う……なんだ、あれ)

 触れられ、意識の目・・・・で見ればわかる。子供の肉体の中に、巨大な何か・・・・・がいる。


 ――気づけば強引に、スキルが発動していた。


(う、うぉ……え、なんで!?)

 スキルエネルギーを操作された・・・・・のだ。肉体にエネルギーを通され、それを呼び水に、無理やりスキルを使わされ――いや、正確には使っていない・・・・・・

 ギリギリで止められている。そのエネルギーが、肉体側の隣の人間と繋がって――。

(嘘だろ。あれ? 俺、俺たち、今、感覚で繋がってる?)

 手がまるで伸びたかのように、手を繋いだ仲間たち九人とツクシのエネルギーが繋がっていた。

 ユーリの手が背中から離れ、巨大なものが去っていく気配に、ツクシはほっと息を吐く。

「目を開いていいですよ。あ、エネルギーの維持はしていてくださいね。と、いうわけで皆さんはこれで繋がりました・・・・・・

 ツクシには何が起こっているのかわからないし、これで何ができるのかもわからない。

 ただユーリが、何か、子供ではないような恐ろしいものに見えた。

 今もこの瞬間に、兵長や同僚たちのエネルギーの中に、自分のエネルギーが混じっている。ぐるぐると輪っかになった兵たちの中をぐるぐるとエネルギーが回っている。

「あ、あのユーリ様。これでどうするんで?」

「はい。ではこれから私がスキルを使うので、皆さんは逆らわないようにしてください」

 何を言っているのかわからない。逆らわない? 兵士だからそれは当然だが、一体どういう意味だ?

「では地図を、設計図はこちらで――」

 ユーリが武官たちと紙をいくつも確認しながら兵長の背に手を当てた。

 あの兵長が怯えているのがわかり、ツクシはあの巨大な気配を兵長も感じているのだろうと少しだけ共感を得てしまう。

 そして、巨大な意思が手を繋いだ先から流れてきた・・・・・

(いや、なんだこれ……なんか、情報が流れ込んで……)

 地図? 設計図? わからない、情報が意識を通り過ぎた途端。


 ――自分のスキルが、拡大・・した。


(う……嘘だろ)

 地下・・に、何か巨大な通路が作られていく。自分たちのエネルギーを使って、自分たちのスキルを使って、触れてもいないのに地下に巨大なものが作られていく。


 ――それをやっているのがユーリだということはわかる。


 だがなんだこれは、とツクシは驚愕する。

 鉄板? ネジ? なんだそれは、そんな小さなものなどどうでもよくなるほどの――「こんなものですね」――突然スキルが終わった。

(え、まだ終わりじゃ……)

 地下の施設はまだ作り途中だった。もっとやるべきじゃないかと思えば、ユーリは時計に目を落としてからツクシたちに言う。

「休憩してください。休んで、回復して、夕方ごろにまたやりますね。今のでだいたいSPの八割ほど使わせてもらいましたので回復にはそれぐらい時間が必要でしょう」

「八割……?」

 言われてみれば疲労が濃い。身体から何か力が抜けたような気分はある。

 だが、なんだかふわふわとしている。なにかすごいものをさせられた衝撃でその疲れがわからない。


 ――何をされた? 何をした?


 自分が座るコンクリートの下、地下深くに、巨大な通路や部屋ができたのがわかる。

 今の一瞬で作ったのか? 一瞬? 本当に一瞬なのか?

「あ、皆さん。休憩に入っていいですよ。疲れたでしょうから隣に食事が用意してあります。ゆっくり休んでください。それとタラノメ兵長は全員から今のスキル発動の所感を聞いてまとめて提出してください。専門家を一人つけますので、何をしたのかは彼から説明させます」

「は、はい! お、おいお前ら敬礼しろ敬礼!!」

 立たされたツクシたちがユーリに向かって敬礼すればユーリはゆっくりと手を振ってみせた。

 漏れ聞く会話からは、別の部屋にまだ班が待たされているらしい。

 ユーリ自身はSPを使わなかったのだろうか? そしてまだスキルを使うのか。

 地下に作ったあのスキル発動の主体がユーリなら相応に消耗しているはずなのに平気そうにしていて、まるでユーリが人間でないようにツクシには思えた。

「……あの、何をしたんすかね……今……」

 ユーリが去ってから、ツクシがおずおずと年配の同僚に問いかければ、同僚はゆっくりと首を横に振った。

「わからん。だが、俺たちはあれをいずれ自分たちだけでできるようにさせられるぞ」

「それは……え? できるんですか?」

「わからん」

 えぇぇ、とツクシが叫べば「うるせぇぞ新人! てめぇ恥かかせやがって」と兵長に怒鳴られる。

 九時に部屋に入ったのに、気づけば昼になっていたことをツクシが知るのはもう少しあとだ。



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