128 八歳 その18
「終わりました。では食事を用意しているので――」
集めた兵士の背から手を離し、私は息を小さく吐いた。
(
生産スキル持ちを連結して、SPとスキル・アビリティを使わせてもらっているが、他人の意識に干渉するのはひどく疲れる。
スキルを使うのとか、集中法を使うのとは別の疲労だ。
疲れるとはいうのは、
使徒は国民に対して上位者としていくつかの権限を持つ。つまり私は兵たちよりも上位の権限を持つはずで。
つまり私の意思は彼らを優越し……疲れないはずなのだが……うーむ?
スキルというものはインターフェースとは別の指示系統の上に立っているのだろうか。
(スキルエネルギーを利用するためにスキルがあるなら作成者は、系統立てて権限を与えるだろうから、Rスキルの錬金術では指示に負担がかかっている?)
私がそう考えるのは、製作する側としてそっちのほうが便利だろうという考えでしかない。
だから違うのかもしれないし、あっているのかもわからない。
この分野は改めて研究する必要がありそうだが……まぁ、首都に帰ってからだな。
(さて、これの名前をつけるように言われたが……どうするかな)
円状に並んだ兵士のSPを利用した私を見た武官たちから、宝瓶宮様にこれを報告したいから名前をつけてくれと言われていることを思い出す。
合同スキル? 集合スキル? いや、命名するなら円環法だろうか?
「ユーリ様、お疲れでは?」
兵たちを別室に移動させたあとの室内で、護衛や雑用などのためについてきている武官の一人が聞いてくる。
「いえ、次を行いましょう」
エナドリ、いやせめてコーヒーが欲しい。私は客先で文句を言われるからタバコはやらなかったからタバコはいらないが、ああいったやる気の補助剤はやはり必要だ。
しかし、ここにはないので諦めるしかない。辛い。
私が仕方なくやる気を出して歩き出せば、子供の足に合わせて周りの武官たちもゆっくりと歩き出した。
「ええと、次の班はどうなっていますか?」
「はい。宝瓶宮部隊第三十九班ですね。内訳は錬金術が三名、建築が二名、縫製が一名、鍛冶が二名、調薬が一名、採取が一名です」
「スキルが入り混じってますね。余った人材で作った班ですか?」
円環法の利用のためにあらかじめ人材を十人ずつに分けていたからな。人材不足の神国ではこうもなるか。
「すみません。帰らせますか?」
「いえ、大丈夫です。そういう意味ではないので」
先走ってスマホを取り出した武官を抑える。
ここで帰らせれば兵たちはがっかりするだろう。上に立つなら機会は公平に与えなければならない。
――少し無理をするか。
あまり多くのスキルが入り交じると、できることが増えるし、特定の誰かに負担がかかる。それを私が分散させる必要がある。
多人数のスキルを扱う『円環法』は便利だが、それだけ利用方法も注意しなければならない。
(スキルをこうして使えることはわかっていた……)
私はスキル成功率を上昇させる集中法のやり方を伝える際に、他人のスキルを無理やり発動状態にすることができたし、SP回復薬はその個人専用ではなく全員が同じ薬を利用することができたからだ。
スキルエネルギー。この世界に上書きされたこの妙なエネルギーは、それぞれ個人差があるものではなく、全員が
血液のように輸血できない血液型があるとかそういうことではない、SPは共通なのだ。
――ならば、他人のSPを利用できないと考えるほうがおかしいだろう。
例えばダンジョンで手に入る魔法チップの中には『ドレイン』という種類の魔法がある。
それは『HPドレイン』や『SPドレイン』など名前がついており、発動させると、対象のHPやSPを吸い取り、そのまま自分のHPやSPにまるまる
食事のように、食べて消化しとりこむのではなく、概念をそのまま奪い取るスキル。
そういった積み重ねから考えれば、我々の肉体に宿るHPやSPというものは――。
「ユーリ様、到着しました」
「っと、ああ、すみません」
「ユーリ様? その、お疲れではないですか?」
心配そうな年配の男性武官に私はなんでもない、と手を振ってみせた。
(疲れ、か。どうだろう、そこまで疲れているとは思わないが)
ないとは言えないが、許容範囲ではあると思っている。
ただ八歳児のユーリの身体だ。無理をさせすぎているかもしれない。
前世の私のように身体を酷使しすぎないように注意しなくてはな。
「わかりました。この作業が終わったら少し休みます」
「そうしてください。ユーリ様に倒れられたら任務の遂行が難しくなりますので」
「言いますね。貴方たちも倒れては困りますよ。一人が倒れればそれだけ進捗が遅れますから」
はははと笑う武官たちも、それぞれ欠けては困る人材だ。
業務の属人化が起こらないように注意しているが、根本的な人手不足はどうにもならない。
それに彼ら位の高い武官は総じてスキルレアリティが高い傾向にある。
余裕を持って作業はしているが、だからといって欠けていいわけではないのだ。
◇◆◇◆◇
「あの、ユーリ様。防衛計画のことですが」
今日の作業が終わったあとの臨時校舎の執務室のことである(ステータスのために、きっちり授業は消化した)。
双児宮様が給湯室に行って、この部屋にいないことを確認した『要塞建築家』のベトンさんが不安そうな顔で聞いてくる。
「はい? なんでしょうか?」
私は背もたれ付きの椅子に寄りかかりながら返事をした。温めたタオルを目蓋の上に乗せながらである。
ついでに柔らかい肩を自分で揉みながら、湿布を貼ろうか悩んでいるところでもあった。
あとは今後は目薬とかも開発する必要があるだろうか?
「この地下施設は、本当にこれでいいのですか?」
「ええと、本当に、というのは?」
「本国からの応援などはないのですか? 設計した私が言うのもなんですが、この収容人数は、いえ、今更言い出しても、その、あれなんですが」
「はっきり言ってください」
「あの、兵が少ないのではないですか? 首都からの応援などはあるんですか?」
「ええと、応援はすでに来たじゃないですか?」
宝瓶宮様の部隊が二百に、天蠍宮様の部隊が二百。合計四百。それぞれ業務がある中で絞り出してくれた人数だ。本当に助かった。
「……応援って……あれだけで、あの、七龍帝国が攻めてくるのでは?」
七龍帝国が攻めてくる。
この事実を知っているのはここの部隊でも、上層部の人間だけだ。
なのでここの副責任者のベトンさんにも私と同じぐらいの責任と心労がかかっている。
目蓋の上のタオルをどかしてベトンさんをちらりと見れば、だいぶ思い悩んでいるのか、青い顔をしている。
(睡眠薬のレシピとかあったかな……)
私はタオルを戻して、気楽に答えてあげることにした。
「はい、攻めてきますね。ただ数はわかりませんが……私の予想では多くても一万ぐらいだと思っています」
七龍帝国は神国を舐めきっているのでそんなものだろう。
あと地形的な問題だ。
山梨から東京に移動するにはトンネルを通る必要があったが、当然、トンネルが無事に済んでいるわけがないので山越えをしてくる。
このあたりの地形的な情報は
トンネルを修復しているかもしれないが……やはり山梨東京間は山が多い。
帝国は神国に攻め入る気だが、神国相手に何万もの人間をそこまで移動させてくる余裕があるとは思えない。
何より、何万もの兵を移動させたとしても、すぐに帰ってこれないのだ。
だから当然、勝つ前提で出兵するのだろうが、同時に、負けても問題がない人数を投入してくるだろう。
――そして負けるとはいえ、全滅までは予想していないのだろう。
まぁ、そんな根拠を語るわけにもいかないので、数だけ言えばベトンさんが震える声で私に言う。
「ここの部隊は総勢千名もいないんですよ? ち、地下の施設も、その、今いる人数の収容分しかないですし」
目蓋を揉んでいる私にベトンさんは不安そうな口調で問いかけてくるが、私としては
「あ! ああ! ち、地上で決戦ということですか? だから、あの、道の清掃とか、その……」
「ああ、まぁ、
大通りは大人数が通りやすいように瓦礫を撤去して、脇道も塞いでいる最中だ。
帝国が攻めてくるまでにはきちんと綺麗に掃除ができているだろう。
帝国に綺麗に掃除したこの廃墟の姿をお披露目できると思うと少しだけ楽しみに……ならないな。
「それでユーリ様が、
「呼びませんねぇ……それよりスライム部隊はいつ来るかわかりますか?」
「呼ばない!? あ、す、スライムは首都から、ら、来週には到着すると連絡が来ています」
「そうですか。それはよかった。きちんと収容する施設を地下に作らないとですね」
まだ作っていないが、円環法であればそう時間はかからないだろう。
「あ、あの、ユーリ様?」
「なんですか?」
「ふ、不安じゃないんですか?」
「不安ですか? いや、そういうのはないですね」
戦争に関しては何も。
そのために準備をしているので、むしろきちんと進められていることは勝利の確認となって私の自信を支えている。
不安……ああ、不安もあるな。
ただベトンさんと違って私が不安なのは、全部終わったあとに私が
――勝敗に関しては一切心配をしていない。
勝つよ。勝つ。絶対に。帝国軍は全滅する。どうやっても勝てないし、どうやっても死ぬしかない。
だから、それが私にはとても不安だった。
インターフェースの機能で人命を数字で見ることに慣れてしまったが、全部終わったあとのこの廃墟にどれだけの血と死が溢れるかを想像すれば、どこまで私が動揺するのかが恐ろしくて仕方がない。
――逆に、全く動揺しなくても、それはそれで恐ろしい。
とはいえ、そんなことを誰かに相談できるわけもない。
「ベトンさん。大丈夫ですよ」
私は、不安そうなベトンさんに笑ってみせた。
「勝ちますから。安心してください」
矛盾しているが、勝つための準備をしながら、私は勝つことが怖くて仕方がなかった。
――私は、勝つことが、恐ろしくてしょうがないのだ。
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