126 王国のそのころ


「クソがぁあああああああああッッッ! ファアアアアアアアック! どうなってやがる!!」

 くじら王国首都、その王城にて君主たる鯨波げいはの怒鳴り声が響いていた。

 十二剣獣の処刑によって、十二剣獣の調略をすすめ、その全てを寝返らせることに成功し、不戦条約の破棄と同時にニャンタジーランドを降伏させる算段が崩れたのだ。

 そこまで準備し、動かなかったのは、パワーバランスが崩れ、同盟相手たる七龍王国とエチゼン魔法王国が直前で約束を反故にすることを警戒していたためだ。

 そして同盟相手たる二国を警戒しなければならないのは、全体の不戦条約を阻止するために北方諸国連合を挑発しすぎた結果だった。

 戦争に自信のあるくじら王国とて、相手にできるのはどちらか一つの勢力だけである。

 さすがに周囲全てが敵になるのは鯨波とて望んでいない。

「加えてニャンタジーランドが国境に検問を敷き、商人の通行が制限されました」

「クロのボケがァッ! 自分で首絞めてんのかッ、生存に必要な武器は王国うちの輸入頼りだろうが!!」

「今は神国による山賊狩りもありますし、問題がないのでしょう。それより、どうしますか?」

 臣下の言葉に鯨波はその臣下を強烈に睨みつける。

 だが鋭い視線が逆に返ってくる。

「どうってなんだよ」

「好機でしょう。十二剣獣が消えたなら、今のニャンタジーランドは空も同然。今こそ兵を進め、ニャンタジーランドを征服すればよろしい。神国が軍を進める前に我らが軍門に!!」

「うるせぇッ! 指図すんな!! ボケがッ!!」

 臣下の進言を退けながら鯨波は爪を強く噛んだ。

「バレるに決まってんだろうがッ、ニャンタジーランドには魔法王国も帝国も諜報を入れてやがんだよ。うちが兵進めりゃ奴らすぐに察知して今度はこっちを叩いてくんぞ。手は結んだが、いずれ殺し合う関係なんだよ、俺らは。一人が先に動きゃ他の二人から叩かれる同盟なんだよ」

 だから開戦時期を設定したのである。そこまではくじら王国とて軽々しく動けない。

「ですから、我々は言いましたでしょう。婚姻を前提とした同盟を、と。それは同盟の担保となり、軽々に破れぬ保証を――」

「婚姻? 馬鹿がッ。そんなもんがなんの保証になんだよ」

 鯨波は馬鹿にするように臣下の言葉を退けた。

 現代日本の若者であるからこそ、彼にとっては血の重みがわからない。

 くわえて言えば君主にはいくつかの欲が欠けている。不老不死の代償か。性欲もその一つだった。

 だから十年ここにいても、鯨波には子供も妻もいない。

 とはいえ養子にしてから送り出すという手法もなくはないのだが……やはり鯨波にはわからない・・・・・

 インターフェースの力によって人間を数値で見るようになった君主にとって、婚姻政策は軽い・・ものだ。

「……しかし、クロめ……十二剣獣を排除し、国境に検問? あのグズにそんな賢い真似ができんのか?」

 追い詰められて覚醒したかと疑う鯨波だったがすぐに首を横に振る。

「んなわけがねぇ。グズはグズのままなんだよ。だいたい今更処刑にして何になるってんだ?」

 王国、というより鯨波に悪印象を与えるだけだ。

 ニャンタジーランドを潰したあとは邪魔だから殺すつもりだったが、この行動でその決意も深まった。

 完璧な進行に不確定因子はいらない。

「まさか、処女宮がか? あの馬鹿に知恵を借りたか?」

 神国の処女宮ヴァルゴがニャンタジーランド首都に滞在している情報は入っていた。だが鯨波はそれを重視しなかった。

 やろうと思えば初日に暗殺することもできたが、神国に宣戦布告の大義名分を与えるわけにはいかないので自重していたのだ。

 名分を重視しない鯨波だが、それがないと議論になったときに勝てないことぐらいは理解している。

「……いや、処女宮が十二剣獣の処刑を指示したとして、検問までは指示できねぇだろ。あいつはそこまで丁寧じゃない……じゃあ、誰だ? 奴らに知恵を与えてんのは……」

 臣下は黙り込んでいる。

 この苛烈な君主は優秀・・だが人の言うことを聞かないという欠点があった。


 ――とはいえ、この好戦的な性格は喜ばしい。


 くじら王国の君主鯨波。この君主がやる気・・・であるのは臣下たちにとっても望むところだからだ。

 国内の成長は頭打ちだった。国内で手に入る資源だけでは技術ツリーは進まず、膨れ上がる人口に村や街の収容が追いつかなくなっている。

 商人たちは経済圏の拡大を主張し、兵士たちは手柄を求めて戦いを求めている。


 ――土地がほしい。その手始めがニャンタジーランドである。


「とりあえず増員だな。ニャンタジーランド制圧に動員する兵を増やして一万にしろ」

「了解しました」

「それと北方諸国とこの、あー、栃木側の砦が防御施設増やしてたな……破城槌の用意はどうなってる?」

「問題ありません。井闌せいらん、投石機などの攻城兵器の用意もできております」

「……そうか……あと一ヶ月だ。それで踏み潰す。土地を手に入れる。いずれ帝国も魔法王国も潰す。そうだ、俺が勝つ……この俺が……勝者になる」

 くじら王国の準備は万端だった。

 開戦のときは近い。


                ◇◆◇◆◇


「……ええっと、ち、じゃなくて処女宮ちゃん、これでいいの?」

「私に聞かれても知らないって、まぁ、それでいいんじゃない?」

 クロの執務室、クロが使っている執務机に尻を乗せながら千花は干し肉を齧っていた。

 執務室には他にも人がいる。だというのにこの態度である。

「処女宮、他国の君主の前だよ。少しは態度を改めたらどうだい?」

「えー? 巨蟹宮キャンサーは硬いなぁ。私たちしかいないんだからいいじゃん。それに私たち友だちだもんね? ねー、クロちゃん?」

「う、うん……」

 黙り込む巨蟹宮。ユーリに頼まれて来たが、異様な光景にあまり強く言えなくなっていた。

 なぜ処女宮が他国の君主にここまで馴れ馴れしいのか。

 なぜ他国の君主があの・・処女宮に知恵を借りているのか。

 せめてもっと聞くに値する人材がいるだろうと頭を抱えたくなるも、おそらくユーリが裏から指示を出しているのだと無理やり自分を納得させた。

 ここであれこれといって、クロが処女宮に向ける信頼を損ねても意味はない。

「……クロ様……あの……」

 そんなクロにおどおどとした様子で声を掛けるのはこの部屋にいる十二剣獣の一人、二代目の『ベーアン』だ。

 つい先日までニャンタジーランドで鍛冶屋をやっていた一般国民でしかなかった巨体の熊耳の男は、処女宮を気にしながらも地図を取り出して報告をする。

「ご指示いただいた部分の作業が終わったっす。あの、いいんですか? 穴を掘っただけで水も何も流してないんすけど」

「え? あ、うん。いいんだよね? 処女宮ちゃん」

「うん? 私に聞かれてもな……あ、巨蟹宮。これで大丈夫なの?」

 地図を向けられ、巨蟹宮は奇妙な気分になりながらも真面目にその箇所を見る。

(他国の人員を使って、この重要な作業をやらせるとは……大胆というか、何も考えてないというか)

 とはいえ、さすが力の強い獣人だ。神国の人間がやれば作業にもっと時間がかかるところを半分以下の時間で済ませている。

「はい、大丈夫です。クロ様。問題ありません」

 資材も時間も足りないうえ、王国を挑発しすぎてはと砦は立てていない。

 ただ王国が攻めてくるだろう経路に何重もの長大な細い溝を掘っただけだ。

「あの、これは、王国の騎馬部隊に対抗するためのものですか?」

 他国の君主に敬語を使われ、巨蟹宮は奇妙な気分になる。処女宮より堂々としているからか、まるで自分がこの場の最上位者のように接されて、胃が痛くなる。

(勘弁してくれよ、ユーリ)

 こんな目に遭うなら宝瓶宮アクエリウスを連れてくればよかったと思いながら巨蟹宮は、はい、と頷いた。

 そんな巨蟹宮にクロは諦めたように忠告を向ける。

「神国の方はわからないと思いますが、王国の騎馬部隊は馬も特別なので、この程度のは軽く越えてきますよ」

 軍事演習でも見せつけられてきたのだろう。語るクロの顔には恐怖の色が見えた。

「ええ、そうでしょうね」

 巨蟹宮は頷く。その程度はわかっている・・・・・・。巨蟹宮はダンジョン内建設を得意としている。人食いワニですらただの溝では意味がないのだ。特別に厳選しているだろう王国の騎馬がその程度越えられないわけがない。

「廃ビル地帯があれば一番でしたが……」

 ただ、それでは市街戦になる。長期戦となるだろうし、被害がわかりにくくなる。

 攻めてくる王国に、絶大な一撃を叩き込み、優位を取らなければならない。


 ――ゆえに会戦にて迎え撃つのだ。


(しかし、この方は理解しているのかな?)

 防衛用の罠を作るということは、実質くじら王国に反抗するも同然だというのに、クロには嫌がっている気配がない。

(それに……このゆるい・・・空気)

 巨蟹宮が感じているのだ。当然、二代目ベーアンも新任の十二剣獣とはいえ感じているだろう。


 ――彼が処女宮を頼るクロの姿に文句を言えないのはこの空気だ。


 巨蟹宮の目に、国家の運営を決める決定的な政策だというのに、処女宮を頼り、様々なアドバイスを求めるクロのその姿勢が重なる・・・

 神国の巨蟹宮の自宅で、巨蟹宮が獅子宮レオと盤上遊戯で遊ぶときの姿と。

(そんな馬鹿な……クロ様は神獣の娘、一国の主だ)

 巨蟹宮は奇妙なその感覚を振り払った。

 そうだ。一国の運営を、遊戯のような感覚で友人・・にアドバイスを求めるなど。

 ありえていい話ではない。


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