125 八歳 その16
「ニャンタジーランドの十二剣獣を処刑した、ですか」
臨時学舎の執務室にて私は手元のスマホに視線を落とした。
スピーカー状態にしたスマホからは
どこでも元気で結構なことだが、なんとも物騒な話をするものだ。
『ねぇユーリくん、このあとどうしたらいいと思う?』
指針はあるのだろうか? まぁ私ならどうするのか、が聞きたいだけだろうから強いて言うなら。
「そうですね……新しい十二剣獣を任命すればいいんじゃないですか?」
『で、でもそうしたらまた懐柔されない?』
「されるでしょうね」
『ほらー、やっぱりー!!』
私はインターフェースを起動して地図を見る。その程度なら対処は簡単だ。
「なのでニャンタジーランド国内のくじら王国の商人や外交官などを捕まえて『教化』しちゃえばいいんじゃないですか」
『教化』は精神力のステータスで弾かれる可能性もあるが、『教化』コマンドを強化する施設や武具付与などは存在する。敵国の幹部クラスでもない限りは通用する。
「ただその場合、取り残しが怖いので、可能ならくじら王国との経路を遮断する必要がありますね。国境に軍を配置して、とにかくくじら王国へ正確な情報が伝わるのを避ける必要があります」
『え? いいの? それ、戦争になるんじゃ?』
私は現場から上がってきた物資使用の許可を求める書類にサインをしながら心配そうな処女宮様に返答をする。
「
くじら王国の敵対国が神国とニャンタジーランドだけなら怒って攻めてくる危険性もあるだろうが、あの国は北方諸国連合に喧嘩を売っている。この時期に条約破りをして攻め込むならば相応のリスクが発生する。
「そもそも大義名分はニャンタジーランド側にありますから、逆に正式に抗議すればいいでしょう。スパイは捕らえられても文句が言えないのが基本です。十二剣獣から王国の人間が情報を引き出していた、という情報はあるので正当性は既に確保できていますし、それがそのまま捕らえる理由にもなります。ただ、まともな諜報員ならとっくに逃げていると思いますが」
十二剣獣を公開処刑したなら、くじら王国にその情報は入っているだろう。その時点で私なら活動している人員に逃げるように命令をする。
諜報スキル持ちは数が多くないし、適正も必要だ。
ニャンタジーランドがザルだとはいえ、北方諸国連合との戦争を控えた状態なら、優秀な諜報員を失う危険性をくじら王国は極力避けてくるはずだ。
『えっと、あー、で、結局どうすればいいの?』
「まとめますと、ニャンタジーランド内に残っているくじら王国の人間を全員捕らえてください。その際はニャンタジーランドの人間に捕らえさせるように。あとは時間がかかってもいいので『教化』して情報を引き出してください。ニャンタジーランドへの諜報活動の痕跡を自白で引き出したらニャンタジーランドから王国へ抗議を出させるのがいいんじゃないですか?」
今更まともな政治活動をしたところであの国の延命になるとは思えないが、それはそれで北方諸国連合からのアクションがあるかもしれないし、同盟相手の失敗に帝国や魔法王国がくじら王国を見捨てる可能性が出るかもしれない。
「あとは、そうですね。ニャンタジーランド内のダンジョンを借りられるようにクロ様を説得してください。
『え? できるの? というか、しちゃっていいの?』
「レベルを上げるのは少数の人間だけですよ。ただ、レベルが高ければ懐柔スキルへの耐性が自然と付きますのでレベルが上がった人物を十二剣獣にすればいいでしょう」
『じゃ、じゃなくて。二人が了承するの?』
問題はない。戦争前のこの期間ならば、短時間のみ動かせる。本人たちの意思もなんとかできる。
連日宝瓶宮様には調整が下手との愚痴を聞かされているし、巨蟹宮様は外国のダンジョンに興味がある。
そしてこの二人の仕事はシステム化を進めているので、短時間だけなら神国国内から二人を離すことは可能だ。
それに私は、この二人に対して極めて多くの貸しを作っている。
あとは名目だな。宝瓶宮様は港や船の開発状況の視察。巨蟹宮様はニャンタジーランド内の地形偵察でいいだろう。
『っていうか、神国のダンジョンにニャンタジーランドの獣人をレベリングさせればいいんじゃ……?』
「それでもいいですが……
私は目の前に
私が通話をしているせいか、双児宮様は静かにしている。
まるで秘書のように振る舞う白い少女の姿に、おままごとでもしている気分になる。
(こういうことをしていると、偉くなった気分になって少しだけ楽しくなるんだよな)
実際は別に偉くもなんともないただの事業責任者で中間管理職だが……。
『いいんですかって、何?』
そんなことを考えていれば、処女宮様の険しい声がスマホから聞こえてくる。
私としてはまぁ素直な感情を伝えるのみだ。
「処女宮様はクロ様に、何かしてあげたいんじゃないんですか?」
『えぇ? 私が? クロちゃんに?』
国内ダンジョンから永続的に資源がとれるようになるならクロ様も神国を頼る必要がなくなる、と考えるかもしれない。
兵士のレベルが上がるなら周辺国に対抗できると考えるのかもしれない。
無償の友情に感激して処女宮様の説得に乗るのかもしれない。
――そんなことは私にはわからない。
ニャンタジーランドは処女宮様に任せたのだから、私としてはただ彼女の問いに素直に答えるだけだ。
「ただ、そういうことができますよ、ってだけです」
あんまりたくさんのことをいっぺんに言っても理解できないだろうから言いはしないが、ニャンタジーランド国内に巨蟹宮様を入れる理由は他にもある。
十二剣獣はなんだかんだとニャンタジーランドの防衛の要だった。
くじら王国が十二剣獣に対して、懐柔を選んだのは、二回の大規模襲撃を乗り越えた彼らの強さも理由の一つではあるはずなのだ。
それを十二人とも失った現在、ニャンタジーランドの防衛力は十分以上に落ちている。
そこをくじら王国が狙ってくる可能性はなくはない。
だが巨蟹宮様の軍がニャンタジーランド国内に入ることで、くじら王国への牽制となる。
逆に刺激するかもしれないが、まぁくじら王国は別の理由から攻撃できないので念の為レベルの話ではあるんだが……。
(もっとも好機という意味では神国にも言えることなんだが……処女宮様に任せると決めたからな)
巨蟹宮様の軍がニャンタジーランド首都に入り込んで……クロ様を殺して……なんていうのは
『うーん、難しいね。クロちゃんに聞いて考えてみる』
「はい。吉報を待っています」
切れたスマホを目の前に、私は小さく息を吐いた。
「自国の商人や外交官を捕らえられても王国は攻めて来ないのですか?」
処女宮様との会話に疑問点があったのか、双児宮様が問いかけてくる。
どことなく心配そうな視線は過激にすぎた話題が原因か。
「攻めてきませんよ」
「根拠はあるんですか?」
「くじら王国の君主である
私も神門幕府の君主であるミカドが相手ならこんな悠長に策を練らない。
十二剣獣が排除されたならすぐに
だが鯨波が相手ならこれでいい。
転生者会議の様子を私は思い出す。
必死に他国を挑発して攻め込ませようとしていたあの男に、この好機に攻め込む勇気はない。
「くじら王国がニャンタジーランドを取るために軍を動かせば即座に七龍帝国が動くでしょう」
「それは、我が神国に攻め込むためですか?」
いえ、と私は首を振った。
「帝国は魔法王国と共同でくじら王国を落としにいくはずです」
「それは、どういう、ことですか? 彼らは仲間では?」
「仕方なく手を組んだだけで仲間じゃないからですよ。彼らは協調することで背中の安全を確保しましたが、同時に誰かが抜け駆けをすれば二国で叩けるように体制を組んでしまっている。これがくじら王国がこの好機に動けない理由です」
鯨波は空白地を占領しきる前に専有宣言を出すような迂闊な男だ。
そもそもニャンタジーランドをこのタイミングで滅ぼせる男なら、こんな状況にはなっていない。
奴が本当にやる気のある男なら、十年目の時点で廃都東京の周囲はくじら王国が治める一大勢力となっていただろう。
「むしろくじら王国を滅ぼすのは帝国の本意に近いでしょうしね」
仕方ないから組んでいるとはいえ、旧山梨にある七龍帝国としては、後背にくじら王国があることで関西方面への侵略をしなければいけなくなっている。
そういう意味で帝国は、ここでくじら王国が抜け駆けをしてくれたほうがありがたいのだ。
ニャンタジーランド制圧のための軍を出した隙に魔法王国と共同でくじら王国を潰しつつ、そのままニャンタジーランドを取り、神国を攻め滅ぼす。
そのあとは魔法王国を潰すか、共同で北方諸国連合を潰せばいい。
ということがくじら王国もわかっているので、不戦条約切れが間近になり、他の二ヶ国が動き出すまでは、周囲の動きを気にして大きく動けないのである。
(馬鹿な奴だ……)
――攻める理由を作るためとはいえ、敵を作りすぎたな。
「……そういう意味ではまだ楽な相手ですね。王国は……」
動きがわかりやすい。神門幕府のような不気味な動きをしないからだ。
「それを冷静に考えられるユーリくんが恐ろしいですよ。私は」
この人は、無害な八歳児に酷いことを言うものだな。
一度混乱の状態異常を掛けられそうになったこと、私は忘れてませんよ?
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