109 転生者会議 その12


 全体会議の最終日のことだ。

 大円卓の議場。その最後のこと、参加した半数以上の君主がその議案に対して賛成をしなかった。


 ――交渉の断絶とは、ある種の自棄・・である。


 本当は我慢をして念入りに交渉をした方がいいことは世の中にはたくさんあるのだけれど、有史以来それができる国家は少ない。

 それは国家の君主が人間だからだろうし、国民感情の押されてしまうからというのもある。

 そして、この場で言うならやはり君主たちが幼稚だからだろうか。

 自分なら大丈夫だろう、あの人がいるから大丈夫だろう。

 俺がやらなくても誰かがやってくれるだろう。頭を下げて泣きついてくるだろう。そういう考えでいる人間が多いのかもしれない。


 ――もしくは、混乱こそがチャンスだと考える者も……。


 全体会議の場はしんと静まり返っている。誰もが発言しようとしない。

(残念だがこの結末は、予想していた……)

 私は処女宮様の後ろで黙り込んでいる。ときおり私に向けて処女宮様が何か聞きたそうにしてくるが、私としてはこの会議の顛末を見届けることに意識が向いている。アドバイスはしない、というよりできることはない。

 議長にして『北海クマの国』の君主クマオ様が怒りか、落胆か、ぷるぷると震えながら全員に向けて言う。

「これで、いいのか。お前たちは・・・・・

 よくない、と誰かが呟く。それは弱小国家の君主だ。どうしようもない顔で「クマオ、なんとかしてくれよ」と言った。言ってしまった・・・・・・・

「なんとか……なんとかだと?」

 この議題は最後のものだった。不戦条約の全体更新、つまりはこのまま平和に仲良くやりましょう、とみんなで決めて、今後数年の平和を決める会議だった。

 不戦条約の更新は会議の最初にやるべきという案もあったが、それをやるには平和を優先すべきという血塗られた歴史が足りず、また不戦条約の更新を交渉の材料にされることを嫌ったものたちによって、行うべき議題の最後に配置された。

(それとも、皆がこの話題に触れることを恐れていたからだろうか?)

 その結果がこれだ。不戦条約の更新は、行われないことが決まった。


 ――ただしそれは戦争がしたい国が多い、というわけではない。


 弱小国家のはずの国ですら不戦条約の全体更新に賛成しなかった国がある。

 きっと隣国に脅されてのことかもしれない。不戦条約を更新してやるから、全体更新には反対しろとかなんとか。

(全体更新をしない、ということと個別に不戦条約を結ぶことは矛盾しない)

 戦争をしたい国がほしいのは名分だ。

 王国のように四方八方に喧嘩を売るより、一個の国を攻撃した方がだからだ。

 全体更新をした場合、その戦争の名分が得られないのだ。

 不戦条約の更新があった場合、戦争はイコールでそのままこの会議に出席する全員への攻撃宣言となる。

 それは『別に全体会議に思い入れはないが、叩ける国があるなら叩きたい。なるべく大勢で』という国が戦争をする名分となる。

 それをやられたのがアザミの鬼ヶ島だ。彼女の国は周辺国から叩かれて困ったことになった。

「もう、俺は知らん。もう、どうでもいい。戦争でもなんでもすればいい」

 クマオ様が疲れたように持っていた木のハンマーを放り投げる。

 毛皮を着た大男は疲れたように椅子にもたれ掛かって、肘をついて参加者を睥睨した。

 クマオ様の目は更新に賛成しなかった国に向いていく。くじら王国を始めとした多数の強国。そしてその傍の弱小国などだ。

(一応、神国は更新に賛成したが駄目だったな……)

 そしてクマオ様の視線は北方諸国連合で止まった。

「お前たちは、仲裁を望んでいたのではなかったのか?」

 北方諸国から君主が何人か立ち上がってクマオ様を馬鹿にしたような口調で罵る。

「クマオがもっときちんと裁定してくれればよかったんだよ」

「クマオ~、俺らで王国をぶっ倒して格の差を教えてやるんだよ」

 そのような北方諸国連合の言葉に対してくじら王国の君主である鯨波は何も答えない。ただにやにやと嗤っているだけだ。

 愚かなことだ。目論見通りという気持ちが強いのだろう。


 ――これから地獄の戦乱が始まるとも知らずに。


 勝てるという気分に満ちあふれている国が羨ましくてしょうがない。

 クマオ様は彼らに対して呆れたような視線で「好きにしろ」と吐き捨てた。

「では……閉会する。勝手に帰れ。来年は……来年も開けることを願う」

 消失ログアウトするクマオ様の身体。それを見届けた多くの君主たちも消えていく。

(クマオ様、終わりが雑だぞ……儀式というものは重要だ)

 特に面倒くささという装飾は、それを大事にするからこそ守られるものだ。

 効率を優先して消すことで失われるものもある。

 特にこんな有象無象を集めただけの会議。

 多少の儀式的な面を用意して参加者をその気にさせなければ参加しなくてもいいや、という気持ちにさせてしまう。

 だが、この三日の会議でクマオ様はやたらと面倒くさい議題で疲弊していた。

 その最後にこの裏切りのような北方諸国連合の不戦条約更新拒否だ。

 全てが嫌になってしまう気持ちも理解できなくもない。

(私に余裕・・があるからそういった考えもできるが……)

 私は戦争を望む者に注目していたが、平和を望む人間も多かった。

 だが、北方諸国連合の七票が拒否側に回れば条約の更新などできるわけもないのだ。

 そういった意味では、この会議の間ずっと北方諸国連合を挑発し続けたくじら王国はこの会議で勝利したと言っていいだろう。

「え、っと、ユーリくん。これ、どうするの?」

「どうもこうもないですよ。まぁ、予想はしてましたがこんなものでしょう」

 処女宮様が私に振り返って問いかけてくる。

 私はそれに対して、特に驚きはないというように見せる。まぁ、本当に予想通りだった。

 もう少し我が国に影響力があれば会議の結果も変わっただろうが、もしもを考えてもしょうがない。

 参加者たちもちらほらと帰っていく。

「じゃあ、私は帰るわね。神国と取引ができた以外は本当に無駄な会議だったわ」

 伸びをして、じゃあね、貿易の件よろしく、と消えていくログアウトする埴輪文明の卑弥呼様。

 不戦条約後の動きが気になるのだろう。私たちも帰るべきではあるのだ……。

「あ、やだなぁ。ユーリくんが早くしないから来ちゃったじゃん」

 私たちに向けて優雅に歩いてくる人間が見える。

 我が国の隣国、山梨の位置にある七龍帝国の女帝イージス様だ。

 紅のマントを羽織ったその女性は、処女宮様を見ながら怪訝そうに眉を上げていた。

 背後には騎士風の大男が二人いる。

「神国の、せいぜい泣いていると思っていたが……その背後の小僧が理由か?」

「え、えー、いや、もうしょうがないでしょ。こんなんなっちゃってるなら」

 閑散とした大円卓からは多くの人間が消えている。残っているのは頭を抱えて沈み込んでいる小国の君主ぐらいだろうか。

 彼らの気持ちがわからないでもない私は女帝から視線を外し、帰国したときのことを考える。

(なんと言い訳すべきか……不戦条約を更新できなかったことは私の、政治的な立ち位置を危うくするか?)

 枢機卿猊下たちにはそこまで影響はないだろうが、やはり金牛宮様の使徒であるタイフーン様や私に反対の立場を取りたがるものたちからの反発が――「ユーリくん!」

「はい、なんでしょうか?」

「この人がなんか用事があるってさ」

 処女宮様に肩を揺すられ、私は私を見下ろしてくるイージス様に向けてぼんやりと視線を合わせた。


 ――なるべく無関係でいたかったが……。


 そういうわけにもいかないか。

神国の・・・の知恵袋というところか? 現地人にしては聡そうだな」

「はい。おかげでこのような場に招かれることができました。全ては処女宮様の御厚意のおかげでございます」

「我が国は――」

 一拍置いてから鼠をいたぶる猫のような笑みを見せてくる女帝陛下。


 ――この人も戦争にわくわく・・・・しているのか……。


 仮想敵国である我が国の反応を確かめたいと思って声を掛けてきたのか。

「――お前たちと不戦条約を更新しないよ」

「はい。存じております」

 おや、という顔をするイージス様に私は言うしかない。

 いらついたから殴れば早い、というのは強者の理屈だ。

 だがたとえ強者であってもそういったことを簡単に決めていいわけがない。

 仲良くし続ける努力は必要だと私は思うよ。

「ですがあらためて通商条約やそういったものが結べれば」

「結ばない。神国アマチカ、お前たちは滅ぼす。その土地は貰う」

「いえ、そこをなんとか」

 頭を下げればイージス様はつまらなそうな顔をして「もう少し骨があると思ったが、見込み違いだったか」と私たちを侮蔑するような顔で見てから去ってしまうログアウトする

「ゆ、ユーリくん。あれって……」

「宣戦布告でしょう。条約が切れたと同時に襲ってくるつもりなんでしょうか?」

「え、えー。まずくない? あれ? 全然焦ってないよねユーリくん」

「不戦条約の更新なんて当て・・にするわけないじゃないですか。そのための貿易案です。それに全部想定の範囲ですよ。うちは国境の防備もきちんと準備してます。うちは侵攻ができないだけで防衛だけならできるんですから」

「……じゃあもっと強気でも……頭とか下げてかっこ悪いなぁユーリくんは」

 処女宮様が呆れたように私に言ってくるが、誰のために頭下げたと思ってるのか、と思いながらも私はそういうことは言わない。

 私だって自棄になって殴りたくてもそういうのをずっと自重して、我慢して、耐えてきているのだ。

 このぐらいの煽りは気にしないことにしている。

「ただ、戦争に来た帝国の兵士を皆殺し・・・にするしかないのが……辛いですね」

 今から鬱病になりそうで嫌になる。

 わかっているし、やるしかないからやるが、夢に出てきたら本当に嫌だな。

「……ん?」

「本当は捕まえて教化・・してしまうのが一番得なんですが、正確な彼らの戦力がわからない以上、こちらの防衛体制を明かさないためにも侵入してきた敵兵士を全員殺してしまう必要があります」

 私は深くため息をついた。

 何よりこれでニャンタジーランドでの戦争を始めるときに、私はあちら・・・にいけなくなる。

 国境の防衛拠点の指揮をとる必要があるからだ。

「帝国は何人で来るんでしょうか……王国への援護が主目的だとしても最低でも六千人ぐらいは来ますよね。それを全員か……やだなほんと」

 それだけ来ればこちらの被害もゼロとは言えないが、なんとも憂鬱な・・・作業・・になりそうだ。

 さて、私たちも帰りましょうか、と処女宮様を見れば、処女宮様はどうしてかうきうき・・・・とした顔で私の頭を撫でてくる。

 この人なりに慰めてくれているのだろうか?

 そんな気分になりながら私たちも神国へと戻るのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る