108 転生者会議 その11
「――以上になります。なお今回の神界の交渉で、貿易の際は近畿連合側から船がまず出されることになりました。不明だった航路の情報は彼らから手に入れられるでしょう」
「勝手に決められると困るかなぁ。ユーリくん」
「一応、まだ断ることもできますが……ただその場合貿易の開始がだいぶ遅くなるかと思われます。近畿連合の信頼やこちらでの航路の探索を考えれば――」
さすがに私が勝手に決めてきてしまったことに文句を言われれば
頬をぐにぐにと揉んで見る。笑顔じゃなくなっていたかな。
「
「すみませんでした。どうにも目の前にチャンスがあると飛びついてしまって。次回があれば持ち帰ってからにしたいと思います」
そう、実際に私がやっているのは越権行為だ。
緊急時だから許されているが、本当はこの場の全員が私を
ただ、私にも余裕がないことはわかってほしいが……いや、こんな会議を開いてしまった私が考えることではないか……。
むしろ私からできてしまう権力を剥奪してくれれば……。
自棄なことを考えてしまえば誰かが立ち上がった。
――
「いや、
(獅子宮様……助かります)
私をにらみながらもフォローしてくれる獅子宮様に私は感激するしかない。なんと優しい方なのか。
そして、え、と周囲を見て「私に振らないでよ」という顔をしている処女宮様。
この方さえもう少しまともだったなら……いや、そのために私が頑張るしかないのだ。
息を吐く。次は、と書類に目を落とし、少し身体がふらついた。
――私も疲れてきたか。
窓の外を見れば空が白み始めていた。時間を見ればもう早朝だ。
私は紅茶を一口飲み、角砂糖を舐めて頭に糖分を入れた。ついでに茶葉を口に入れてカフェインも補給しておく。
カフェイン錠剤さえあれば頭ははっきりするだろうが、調剤ツリーの発展がないとどうも錬金できないらしい。
周囲を見れば頭を抱えるようにして多くの方々が呻いているのが見えた。知恵熱だろう。
「少し休憩を入れましょうか。一時間ほど外の空気を吸ってきた方がいいでしょう。天秤宮様」
「うむ。では一旦休憩とする! 一時間後にまた集合じゃ!」
「食事が欲しい方は隣室に用意してありますのでそちらへどうぞ。休憩室にベッドもありますので仮眠を取りたい方もそちらへ」
パンパン、と手を叩けば侍女たちがやってきて枢機卿猊下や使徒様をそれぞれ案内していく。
スマホを片手に自身の部下に連絡をとっている方も見えた。おそらく私が語った情報の真偽を少しでも確認したいのだろう。
多少は突っ込まれるだろうがそれで新しい情報が出てくるなら望む所だ。
「ユーリ、儂も少し休む」
二人の使徒に付き添われて天秤宮様も去っていく。疲労を回復する『マッサージ』スキル持ちの職員を休憩所に用意していることを告げれば、では、と侍女に案内されてそちらに向かっていく。
「ユーリくぅん……」
そのような感じで枢機卿猊下や使徒様たちこの会議の参加者を見送れば、疲れたような処女宮様が情けない声を出しながら私に寄りかかってきた。
私は足に力を入れて転ばないように耐えつつ、処女宮様をよいしょと両手で引き剥がす。
空気を変えるべく、壁に控えていた文官たちに声を掛け、窓を開けさせたり掃除をさせながら私は処女宮様の相手をすることにした。
「情けない声を出さないでください」
「なんで深夜にこんなことやってるのぉ……もう、頭痛いよ。よくわかんなかったし」
「すみません、私のミスですね。根回ししているところを見られてしまいまして、言い訳をするためにこのような場を開いてしまいました」
「え? 大丈夫だったの?」
「このように、
弁明というには少し大きすぎたが、まぁ及第点だろう。
ただ危ないところではあった。
この国が亡国の際でなければ、獅子宮様たちに有能だと思われていなければ私は殺されていただろう。
(日頃の行いという奴かな……)
今回は助かったが、十二天座の半分を握ってしまえば悪いことができてしまうよくない政治体制ということがわかってしまった。
いや、現代日本にもそういうところがなかったとはいえないのでどうにもな……。
そんなことを考えていれば驚いた顔をした処女宮様があちこちに視線を這わせてから私の頬を指でつまんでくる。
「生意気ばっかしてるからだよ。たまにはゆっくりしたら?」
「その余裕があればしたいですね」
私が好きで仕事をしているわけではないことをこの人はわかってくれているのだろうか?
「ねぇ、前に言ってた日曜日っていつできるの?」
「さぁ、わかりません。処女宮様が提案してみたらどうでしょう?」
「何回か提案したけど駄目だったじゃん。っていうか、ユーリくんが考えてよ。その通りにするからさ」
机に尻を乗せながらだらだらと言う処女宮様に私は肩を竦めてみせた。
日曜日か、そういえばそんなことをしようとしてたな。ニャンタジーランドにかかりきりになって忘れていたが。
「処女宮様の部下に、経済を理解した『宗教家』スキル持ちが必要ですね。効率で語るとどうしても駄目なところもありますし」
こういった国家存亡の危機ともなれば多少の無茶は許してくれる方たちでさえ、日常習慣に踏み入るとやたらと反発されてしまう。
信仰ゲージというものの根幹を見たような気分になって悪い気はしないが、だからといってそれを許してしまえば私の安寧はない。
「私は土日休日だの九時五時に憧れますから、なんとかしたいんですけどね」
九時に出勤して五時に帰る。教職だの永田町だのと実際にそれができない公務員もいたようだが、九時五時週休二日は神話として私の魂に刻まれた単語だ。
「なにそれ、おじさん臭いなぁ」
「酷いですね。八歳児ですよ」
あはは、と処女宮様に笑われ、私は彼女の手をとって、外にでることにした。
掃除の邪魔なんだろう。文官たちが私たちに何か言いたそうにしていたからだ。
命令した手前、彼らの邪魔をするわけにはいかない。
「さて、私たちも少し休憩しましょう」
「はいはい、このまま帰りたいなぁ」
そういって部屋から出ようとする私に向けて、処女宮様がそういえばと思いついたように問いかけてくる。
「どうして金牛宮の使徒のタイフーンがユーリくんに楯突いたときに、発言を
「……どういう意味でしょうか?」
「女神アマチカから与えられた情報って言えばよかったじゃん」
「ああ、そういう意味ですか。そういえば処女宮の使徒でしたね私は」
「うん、だからさ。使徒の一人や二人、邪魔なら
女神アマチカへの背信だよ? と処女宮様は口角を歪に歪ませ、残酷さを滲ませながら嗤って言う。
この攻撃性はこの方の、よくない一面だ。
同時にこの方がそれだけ怯えていることも意味している。
私は処女宮様の背中を少し背伸びしてぽんぽん、と叩いた。
「さぁ、少し早いでしょうが食事にしましょう。お腹が膨れれば少しはイライラも抑えられますからね」
「イライラはしてないけど……うん」
私は食べないが、食べると
食べて、五分か十分ぐらい寝てもいいが……八歳児の身体はあまり信用できない。
寝すぎることを考えれば多少注意しておいた方がよかった。
◇◆◇◆◇
昼休み、学舎の司書室でのことだ。
キリルの膝に頭を預けながら私は先程の会合の感想を述べていた。
「それでその会議っていうのはどうなったの?」
「どうもこうも、何も意見は出ず閉会したよ」
閉会後、私が学舎へ向かうときにタイフーン様に殺意の籠もった視線で睨まれたのには閉口したが……。
何度か金牛宮様のところで会っていたので別に初対面というわけではないが、どうにも私の筋肉量が足りないせいで侮られている気がする。
「会議自体は可もなく不可もなくだったな」
「そうなの?」
「全体に考えを浸透されることが目的だったから……ただ、あまり益ではなかったようにも思う」
もちろん意見は出た。出たがどれも現状を把握していない荒唐無稽な案や、破れかぶれに帝国に戦争を仕掛けるなどの案だ。
どれも考慮に値しない。
ただどうも信仰心というのは度し難く、彼らのそういった意見を支持する人間が多く見られるのが厄介だった。
「信仰心さえあれば無敵と思っている人たちが多くて困るな……」
「女神アマチカへの批判ととられる発言は感心しないわよ、ユーリ」
キリルに頭を撫でられる。彼女の膝に頬を寄せながら、私は少女の甘い匂いに浸りながら呟いてしまう。
「批判ではないよ。ただ、信仰心さえあれば勝てるなら、大規模襲撃で死んだ彼らはどうして死んだってなってしまうだろう?」
「それ、は……そうね……」
――彼らとは私が、殺してしまった子供たちだ。
手のひらが微かに震え、ただキリルの匂いで私の心は落ち着いていく。
ぎしり、という音は
あの人も私へ文句を言いたいに違いないだろうに、堪えていて……別に言ってくれても構わないのにな。
「信仰心で勝てるなら苦労はしない……勝つ方法は経済と人口だ……」
「経済?」
「経済だよ。金の流れで富を生み出す。人を増やして偉人を増やす。数は力だ。これで私は……」
「ユーリ?」
眠い。なんだか胡乱げな言葉を吐いてしまっていた。
眠すぎるのと緊張がなくなったことで私はキリルの膝の上で目を閉じた。
(転生者会議は今晩で終わりだ)
どうにかして帝国との不戦条約を更新しなければならなかった。
(苦労しそうだな。今日も……)
会議が終わったら王国が仕掛けてくるだろう。
それにも備えなければならなかった。
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