107 転生者会議 その10
「天下国家を論じるには良い場とは言えませんが……」
「ほう、お主の考える良い場とは?」
「せめてニャンタジーランドをとった後にしたかったですね。こんな深夜に、慌てて人を集めて、まるで夜逃げの算段だ」
前世でたまに聞いた話だ。平社員が出社したら社長以下幹部全員が夜逃げしていたブラック企業。彼らはこんな風に進退を決めていたのだろうか?
「……夜逃げ……とな」
「我々に逃げる場所はありませんからそうはなりませんが……」
ただもっとめでたい場で、各人に希望を含めてから語りたかった、という気持ちは私にもあった。
「そこまで悪いと考えておるのか? あれだけこの国の技術や経済を進めて、まだ足りぬのか? ……む……」
私の隣にいる
(なんだ? そんな暗い目をしていたか?)
眠いからかもしれない。私はまだ八歳児だ。一応、キリルの膝枕で昼寝をしてきたが睡眠が足りないのだろうな。
(質の良い睡眠をとるために寝具の開発でもしてみようか?)
スライムベッドとかどうだろう? ウォーターベッドと同じような発想で作れるだろうか。
くだらないことを考えて気を紛らわせた私は天秤宮様に向かって頭を下げる。
「これ以上は皆さんと語りましょう。この国を支える十二天座とその使徒の皆様と。さぁ、揃いましたし始めてしまいましょうか」
最後に寝ぼけ眼の
気を取り直したのか、意気を発するように背筋を正した天秤宮様が集まった人々に向けて口を開いた。
「夜分に招集すまなかったの。急を要する話があってな。話の内容は神国のこれからについてじゃ」
あれこれと話しながら天秤宮様が私の背を押す。
「さて、皆も知っているだろうが。この処女宮の使徒、ユーリから説明をさせる」
天秤宮様の視線は痛いほどだ。先程の問答で疑心は少なくなっているが、背中に突き刺さるやってみろ、という視線には下手をしたら殺すという意味が含まれているようにも感じた。
――これは十二天座とその使徒を集めた会議だ。
神国の未来を語る会議。
壊れた企業ビルを補修して利用している本庁の一室。
机だの椅子だのを円卓状に配置した、大きな広間で行われる、私を含めて総勢三十五名の会議だ。
老人の天秤宮様の傍に立つ子供の私を、集まった大人たちが仰々しい顔をしながら見てくる様は少し滑稽でもあり、だが雰囲気自体は前世の会社の会議を思い出せて懐かしい気分にもなる。
(マイクがあれば楽だったが……)
子供が声を張り上げてあれこれと言う姿は滑稽ではないだろうか? いや、この場に相応しいか?
わからないな。結局、何もかもわからないままにここまで来てしまった私には相応しい場ではあるが。
(これが、一国の首脳か)
十二人の枢機卿と処女宮様の使徒を除くそれぞれの使徒様。
この三十四名をどれだけ頼りにしていいものかわからないが、いる人間だけでやっていくしかないのだろうな。
腹に力を入れて、息を吐く。
筋トレは続けてきた。声量は問題ない。
「皆さん! 紹介に預かりました! 処女宮の使徒ユーリと申します!」
そして大勢に語るときは
学習塾やコンサルティング会社の講師のように険しい顔をして、難しい言葉を叩きつけるのは無しだ。私と彼らでは状況が違う。
上から話すやり方はまずい。あれは聴講生に自分の言うことを聞かせたいから行うのであって、私がやってもただ暗殺に怯えることになるだけだ。
(そして、そんな上から指導でできあがるのは私が全て手を掛けてやらなければならないブラック国家だ)
赤ん坊のようにあれこれ手を引いてやって、全ての始末を私がしなければならない国。
そんなものクソくらえ、だ。
こうしてここまで這い上がって理解した。
やらなければいけないのでやっているが、私が心から望むのは、私が手をかけなくても自由自在に成長し、私が見なくても何もかもやってくれて、つまり
――もう少し、歯車みたいな位置にいたかった。
くだらない考えを振り切るように私は両手を大きく広げる。
「さぁ、この中央に置いた盛り土に注目していただきたい」
床に足を軽く叩きつけて『錬金術』を使えば、部屋の中央に運ばせてきた、土を大きく盛った台の上に日本地図が浮かび上がる。
手を大きく叩けば部屋の外に待機させていた文官たちが入ってきて、盛り土の上に木にこの国の文字で国名を書いた板を置いていく。
――パフォーマンスだ。
とにかく私はこの身体と年齢で侮られているので、初手でここで会議の
さらに言えば、ただ話すだけでは彼らには理解ができない。
きちんと三次元図にして目でわかりやすく示す必要がある。
「では、簡単にこの国が置かれている状況を話していきましょう!!」
再び私が手を叩けば文官たちが資料を持って入ってくる。巨蟹宮様たちと話す予定だったレポートに加え、こういう場に備えて私がまとめておいたこの国の現状を『書記』スキル持ちにコピーさせて作り出した資料だ。
それらには私が予想した周辺国の推定技術レベルや予想戦略に加えそれぞれの軍備なども書かれている。
転生者会議でのパワーバランスから予想した数独パズルみたいな予想なのでおそらくほとんどが間違っているだろうが、全くわからないよりは良いし、指針を示すだけでも多少は会議の進み方も違うだろう。
(会議なんてのははったりだからだな)
そして、待機させていた侍女たちが入ってきて参加者たちの前に紅茶やクッキーを置いていく。
脳を働かせるには糖分が必要で、喉が渇けば意見も出にくいだろうと用意させたものだ。
そんな私に向けて天秤宮様の鋭い視線が向いてくる。
「ユーリ……お主、ここまで手筈を、整えていたのか?」
「いえ、手筈というほどのものではございません」
よく見れば侍女も文官も手が緊張で震えているし、本当は眠いのか動きもそこまでよくない。
やはりこんな深夜ではなく、ちゃんと日数を指定して、晴れた朝にやるべきなのだ。
(こんな夜中に起こしてしまった彼らにはきちんと臨時報酬を配らなくてはな……)
報酬は私のスマホに入っているアマチカでいいだろう。
子供の身では使いみちもなく溜まっていくだけのものだ。
それはそれとして、私に注目している皆様に向けて、私は服の袖から指示棒を取り出すとそれを引き伸ばしながら土でできた日本地図の、東京の位置に向けて棒先を向ける。
「皆様、まず前提として、ここが我が神国アマチカになります――」
◇◆◇◆◇
「そういうわけで、以前より
「馬鹿なッ!!!!!!!!!」
私の説明を遮って、怒鳴ったのは
先程から怒りで顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていたから、たぶんこうなるとは思ったがわかりやすい爆発の仕方だ。
「どうしましたか? タイフーン様」
「女神アマチカに守られたこの神国が滅ぶわけがなかろう! ユーリといったな。新参の、子供の分際でよくもここまで虚言を弄し、神聖なる十二天座の皆様を謀ろうと考えたものだな!!」
そうだそうだとタイフーン様の怒りを待っていたのか、ちらほらと他の使徒様たちも立ち上がっていく。
予想できた反応だったし、私も特に反論はない。急に国が滅ぶと聞かされれば誰だってそういう気分になるだろう。
(急だったからな。可哀想に……)
――とりあえず言わせておこう。
ここで怒鳴るということはまだ私と話す気持ちがあるということだ。無言で出ていかれるより百倍良い。
ただ、不思議なのは十二天座の皆様は私に向けてそういった視線を向けてこないことだ。
金牛宮様や天秤宮様が黙っていることが気になってしまう。彼らは私に良い感情を向けていないと思っていたが。
(しかし、やはり朝にやるべきだったな。こんな深夜にやるから暗い方向に考えが進むんだ)
転生者会議があるし、通常業務もあるからやはり深夜にねじ込むしかなかったといえ、私ももう少し良い言い訳をすればよかった。
会議の日程が決まっていればきちんと彼らにも根回しができたのだ。
学級会じゃないんだ。天秤宮様たちが望んだとはいえ、こんな大人数の会議を突発的にやるなど――。
私に向けて子供は帰れだの寝てろだの不信心者だの背教者だの呼ばれたあたりで天秤宮様がコツン、とハンマーのようなものを木製の台に叩きつけ、使徒たちに向けて叫んだ。
「黙りゃああああああッッッ! この馬鹿モノどもがッ!! この場をなんと心得るかッ! いと尊き女神アマチカに仕える十二天座が揃う場ぞ! 金牛宮が使徒タイフーン、貴様、文句があるならユーリと同じだけの情報を並べ、我らを納得させてみよ!!」
天秤宮様の怒声によって場に沈黙が落ちた。怒られたのが信じられないのか、きょとん、とした顔で使徒様たちが天秤宮様を見てしまう。
「タイフーン! 貴様、ほれ、やってみよ!!」
「あ、う……」
「できぬのならば黙っとれい! ユーリ、話を進めよ」
はい、と頷きながら私は説明を再開する。
タイフーン様やその他の使徒様のじりじりとした嫉妬と恨みに満ちた視線が私の小さな身体に刺さってくる。
あとで私を殺そうとしなければいいが……。
(子供だからな。どれだけレベルが高くなろうとHPが低い)
一撃で殺されれば身を守ることもできない。
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