110 転生者会議 その13


 戻ってきてすぐ私はスマホを取り出し、不戦条約の更新が否決されたことを各所・・に伝えた。

 ほかにももろもろの報告書を作成しつつ、迎えを待てば処女宮ヴァルゴ様がベッドの中から眠そうな顔をして私を見てくる。

「処女宮様は寝てていいですよ。私は報告に向かってきます」

「会議しないの? 今日は」

「しません。連日で情報を与えても皆には内容が浸透しませんし、今回の件は秘すべき情報なので」

 それに不戦条約がなくなることを今言ったところで使徒様たちが杞憂でやたらと騒ぐだけだ。

 伝えるのはこの後の外交が失敗してからでいい。

「ユーリくんのせいじゃないと思うけどねー。北方諸国連合のせいでしょあれ」

「そう思ってくれる人が多ければ助かりますが……まぁ否決されることを前提に戦略は立ててましたので何も問題はありません」

 頼もしいと言いながら処女宮様は布団を被ってぐぅぐぅと眠り始めてしまう。

 いつもどおりの処女宮様の様子に私は苦笑を浮かべる退室し、使徒服のまま、迎えにきた兵士たちと連れ立って本庁舎に向かう。

 この先に待っているのは天秤宮リブラ様と外交の双魚宮ピスケス様、軍事の獅子宮レオ様だ。

 この三人だけで他の方々がいないのは私が根回しして会議の主導権を握ってしまう危険性を感じたからだろうな。

「ユーリ様」

 夜道を歩いていれば兵士の一人に声を掛けられ、「なんでしょうか?」と私は笑顔・・で返す。

 笑顔病かな……日本人らしいと言えばらしいが、表情筋が笑顔で固定されている気分になるんだよな。

 そんな私と比べて硬い表情の兵士は「この危難のときにユーリ様がこの国に生まれてくださって、我々は女神アマチカに深く感謝しております」と言ってくる。

(……――????)

 一瞬、頭が疑問符で埋め尽くされた。なに? それはどういう意味だ?

「ありがとうございます。私も皆さんが生まれてきてくれて、女神アマチカに感謝しています」

 頭を下げずに礼を言いながら私は今の言葉の意味を考える。

 なんだ? 今のはどういう意味だ?

(神国ジョーク、ってわけでもなさそうだが)

 感涙したような兵士たちの姿は本当に心から喜んでいるようにも見えて、私も同じように喜んだようなふり・・をしながら進んでいく。


 ――今のは、本当に礼を言われたのか?


 私がこの国に何をしたのだろうか。それは兵士の目から見てわかるものなのだろうか?

 キリルがいてくれれば解説してくれるんだがここにはいない。

 まぁいい。今はこの先の会議に集中しよう。

(下手をすれば使徒をやめさせられるな……)

 夜の街道を兵士たちと歩きながら私は息を吐いた。

 なんとか首が繋がってくれればいいんだが……。

(道が暗いな……治安と経済のためにも街灯を設置すべきだな)

 そのためにも発電所が――


                ◇◆◇◆◇


「申し訳ありません」

「失態じゃな」

 天秤宮様の言葉に私は首をうなだれてみせた。

 本庁舎の小さな会議室での話だ。

 ちなみにこうして頭を下げたが、本当のところは申し訳ないとはちりほども思っていないし、頭下げるの嫌だなぁという気持ちでいっぱいである。

 あんなもの急場の交渉力のみでどうにかしろと言われても交渉材料がなさすぎてどうにもならない。

 だが私が頭を下げて満足してくれたのか、天秤宮様は頭をあげよ、と言ってから「詳細を」と語ることを許してくれる。

「はい。条約更新が否決された主要因は北方諸国連合を連日に渡ってくじら王国が挑発し続けたせいですね。それで戦意を煽り、彼らに確実に不戦条約を否決させる方向に向かせました」

「ねぇ、坊や。個別に条約を破る方向に議論を誘導できなかったの? ほら、全体で同盟はしつつ、北方諸国連合とくじら王国だけが戦争するとか」

「馬鹿。それこそ全体での不戦条約に意味がなくなるだろうが。全部の国家を戦争させないための議題だったんだよ。そこで争いの解決に戦争勝手にやれなんて言ったらそれこそやりたい奴が戦争をおっぱじめることになんだろうが。そもそもこのガキに発言権はねぇってのは聞いてた話だし。発言権のある処女宮が議論を誘導するにしても奴にそんな能力はねぇ」

 双魚宮様の言葉に獅子宮様が馬鹿にした口調で反論する。

 助かるが、獅子宮様の目は私をじろりと睨んだままだ。

「で、どう責任とんだ、ガキ。自信満々に神界に向かったんだろうてめぇは」


 ――ほら・・来たよ・・・


 獅子宮様が呼ばれたのは、別に私の味方ではないからだろう。

 私はなるべく申し訳無さそうな顔をしながらお三方に向けてゆっくりと述べる。

「不戦条約が切れる直前、一週間ぐらい前におそらく七龍帝国とくじら王国が我が国とニャンタジーランドに同時に向かってくるでしょう」

 三人とも黙ったままだ。とりあえず最後まで聞こうという心づもりらしい。

「我が国の防衛には私に指揮をとらせていただきたい。今回の失敗はそれで挽回したいと思います」

「ガキ……兵はいくつ必要だ?」

「隷属スライム二千。兵士は宝瓶宮アクエリウス様の錬金術部隊と天蠍宮スコルピオ様の偵察部隊をお貸しいただければそれで十分です」

 獅子宮様たちはそのままニャンタジーランドの救援に行けばいい、とは言わない。

 如何な素晴らしい意見でもこの場で言えば採用されないだろうからだ。

「お主が処女宮に提案していた国境のとやらはまだできておらんのではなかったのか?」

「はい。壁は未完成ですが、装置・・としては使えますので」

 そんなことを話していれば双魚宮様が慌てたように私たちに向けて疑問を発する。

「い、一週間前って何? う、うちが攻められる? 聞いてないわよそんなの」

「馬鹿、ちっと頭回せばわかるだろうが。王国は戦争がやりてぇ、北方諸国連合は戦争がやりてぇ。条約切れたらよーいどんで殴り合う、としてだ。じゃあ王国が工作中のニャンタジーランドはどうする? 戦争やり始めたら余裕がなくなる。神国うちにとられるかもしれねぇ。じゃあ、その前にニャンタジーランドが欲しいってことになるだろうが。不戦条約切れる前に攻め込んで奪っちまおうぜってなるだろうが。ただ条約破って素直に攻め込んだら神国うちが救援に来るかもしれねぇからお友だちの帝国に足止めよろしくってお願いするんだろ」

 双魚宮様が納得しながらも「え、じゃあ、なんで今すぐやらないの?」と獅子宮様に反論する。

「そうしたら真っ先に袋叩きに合うのは王国と帝国だろうがよ、頭使え。全ての国の条約が切れる一週間前に条約破りをすりゃほかの国の足がほんの少し止まるだろう。王国がニャンタジーランドとの条約を切ったとしても残りの国は残ってる。条約破りのリスクは負いたくねぇ。だが一週間じゃ国は落ちねぇって思うところを一週間で落とせる自信があるからやるんだろうがよ。ま、一週間ってのは予測だ。前後で三日ぐらい誤差はあるだろうがな」

「ちょ、ちょっと待って獅子宮。考えるから」

 悩む双魚宮様の前で地図を取り出した天秤宮様が七龍帝国に向かって指を差す。

「王国はひとまず良い。七龍帝国が攻めてくる理屈をお主はまず考えるべきだの。彼の国が我が国との不戦条約の更新をしないなら七龍帝国は我が国を攻める必要がある。攻めなけ・・・・ればならぬ・・・・・、彼の国が魔法王国と手を結んでおるならば、必然的に侵攻先は決まるからの」

 天秤宮様の年老いた指が長野の位置で止まる。長野の国家『アップルスターキングダム』だ。

 神奈川は滅び、東京に神国がある。埼玉のくじら王国とは手を結び、群馬の魔法王国とも手を組んでいるならば七龍帝国は必然的に長野へ侵攻しなければならない。

「帝国は後背の危険である神国を落とす必要がある。統治できなくとも良い。滅ぼせればいいのじゃ。さすれば帝国は正面に全力が出せるようになる」

「そこまで酷いことをするの?」

 双魚宮様の言葉に獅子宮様は「知るかよ」と吐き捨てるように言った。

「お前は仲良く手を結ぶ外交だからそのスタンスでいい。天秤宮は全体を考えた。で、俺は軍事だから戦争をする最悪を考えて備えなけりゃならねぇ。そんな俺たちが考える最悪がそれだ。二ヶ国による条約破りからの弱国同時侵攻」

「もちろん、何もなければそれで良い。我が国に帝国は攻めて来ず、ニャンタジーランドに王国も攻めてこない。両国は我らと不戦条約を結び、それぞれ勝手に他国と戦争をする」

 結果として我らは貿易策で経済を安全に伸ばせる、と天秤宮様は締めくくる。

「だがそうはならねぇだろうよ。どう考えても帝国と王国に得がねぇからな。俺らを放っておくより滅ぼしちまった方が得なんだよあいつらは」

「ゆえに双魚宮よ。お主の仕事は可能な限り帝国との不戦条約を更新する道を探ることじゃ。王国ともな」

「……貿易と平行して、ですか?」

 当然、という二人の姿に双魚宮様はがっくりと肩を落とし、私を見て「仕事を増やしやがって」という顔をする。

 結果として、私が貿易関連で双魚宮様の仕事を増やし、そのうえで不戦条約関係で尻拭いをさせることになった。

 本当にすまない気持ちでいっぱいだが私はにっこりと笑って「よろしくおねがいします」と頭を下げる。

「で、ガキ。お前、帝国が来なかったらどうする? 何も罰にはならねぇが」

「壁作りが罰でも構いませんが」

「あー、それでいいか……首都から遠ざけられるなら使徒どもも満足するだろう。で、それでいいかい? 爺さん」

 うむ、と頷いた天秤宮様が私を見る。

「ユーリよ、お主、使徒を辞するという考えはないのか?」

「……辞めてもいいんですか?」

 挑発的ではなく、自嘲的に、ある意味で私の望みをかけて言えば、いや、と天秤宮様は首を振った。

「お主の型破りな姿勢はこの危急のときにこそ役に立つ。その一点でお主には使徒を続けてもらわねばならぬ」

 そうだろう、と私は思った。

 横紙破りを続ける私の存在はこの国の秩序を乱す猛毒だ。

 だがそんな毒をこの国は飲み干さなければ生き延びられなかった。


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