081 東京都地下下水ダンジョン その25
現在、神国においてもっとも人口密度が高いとも言える一画があった。
「お、おいおいおい。あれは大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫なわけがないでしょう!! ろ、ロープを結んでみんなで引っ張りましょう!!」
彼らの周囲には兵が集まるも決定権を持たない彼らは、議論を交わす二人と、地面の下に沈んでいく学舎を見ることしかできない。
「ロープ? ロープで大丈夫なのか? オイラにゃわからねぇが強度だなんだってのは」
「生産スキル持ちに頑丈なロープを作らせます! みんな、倉庫の素材でロープを作って!!」
「お、おいおい。ありゃ
「緊急事態なので使わせてもらいますッ! あとでいくらでもアマチカを払いますッ!!」
そして双児宮の我武者羅な指示によって、沈んでいく学舎を一周するぐらいのロープを作るために生徒たちが生産スキルを使っていく。
すでに学舎の半分は沈んでいる。間に合うわけがない。
それでも兵士と生徒は枢機卿の無茶な命令に応え、ロープを作るべく奔走する。
沈む学舎をレベルの高い兵や、運搬スキル持ちなどによって支えようという案だった。
――あまりにも頭の悪い方法だった。
多少でも頭が回るなら、沈んでいる原因である地下の穴を特定して、地下に何か支えなりなんなりを入れようという案になっただろう(それで間に合うかは別として、そしてこの場で唯一の正解は一目散に学舎周辺から避難することだ)。
もちろん、この場に地下の構造を正確に調べられる地質学のスキルを持った人間はいないが、偵察やその他のスキルを複合的に組み合わせて同じ結果を得るということもできたはずだ。
ただこの場にいる全員のスキルを把握し、それをうまく組み合わせて対応しろ、などというのは、インターフェースがあるとはいえ、普段こういった作業に慣れていない二人に要求するのは酷だった。
スキルというものはそれぞれが持つアビリティを組み合わせれば膨大な数のパターンが存在する。
そして、そもそも状況が状況だった。
そういったことに頭を巡らせられるほど冷静になることはできない。
――なぜなら目の前で音を立てて、学舎が地面に沈み込んでいるのだから。
素人に冷静になれというのが無茶な話である。
ならなければならない立場であったとしても。
「ロープができました! 人馬宮! 早く! 早くしなさいッ!!」
少女のような枢機卿、双児宮に急かされた生徒たちが、頑丈で極太のロープを兵士に渡す。
子供たちが双児宮に従うのは、正体はわからないが、大人たちも従っているし、豪華な服を着ているし、人馬宮と親しそうだからという理由だ。
「これでいいのかよくわかんねーが、双児宮が言ってるし。やるぞお前ら!!」
人馬宮は連れてきた兵たちに学舎に引っ掛けたロープを引っ張って、学舎が沈まないよう支えるように命令する。
不安げな兵たちだったが枢機卿に命令されて、ロープを手に学舎に向かって走っていく。
――この時点で学舎は半分以上は地中に沈んでしまっていた。
完全に沈んでいないのは宝瓶宮が地下の張り巡らせた坑道に念入りに掛けた物質固定が、いまだに力を残しているからだ。
人馬宮や双児宮は子どもたちに万が一がないように離れるように指示を出しながらも、兵たちがロープを引っ掛けていくのを見守る。
兵たちもまた、地面を不安そうに見ながら学舎に引っ掛けたロープに力を入れ、学舎をなんとか保持しようと気合を入れた。
「お、おお、いけ、いけるのかこれは」
人馬宮の感心したような呟き。兵たちが引っ張るロープによって学舎の
ロープを引っ張っている方向を学舎の頭だと仮定すればまさしくそれは尻で、それがテコの原理の要領で、空へ向かって持ち上がっていた。
――代わりに
「い、いけてないでしょう。どう見ても」
ど、どうしよう、と普段の口調からすれば弱々しいほどの双児宮はふと、使徒のフィールの様子がおかしいことに気づく。
「フィール? どうしました?」
あ、あれ、とフィールは地面を指差す。
「あれ? あれとは?」
「あ、あの位置ですよ! あ、あそこってユーリを」
使徒フィールの言葉に、双児宮の顔からさぁ、っと血の気が引いて真っ青になる。
学舎の頭が沈んでいる位置は、まさしくユーリを閉じ込めているはずの地下牢の位置と重なっていた。
「な、あ、まッ」
思わず走り出す双児宮。それを捕まえようとフィールが手をのばすも、すでに双児宮は遠く離れた位置にいる。
少女の姿をしていようとあれは枢機卿なのだ。両者には圧倒的なステータス差があった。
「双児宮!? お、おい! 危ねぇぞッ!!」
沈む学舎に向かって走る双児宮を捕まえようと人馬宮が走ろうとするも、兵たちが「危険です!!」と叫び立ち止まる。
死にそうだからと怖気づいたわけではない。このあとのことを考えれば、この場に自分は残る必要があると気づいたからだ。
この混沌とした場の混乱を収拾する人間が必要だった。
「いや、っていうかこれは……」
沈んでいく学舎を見ながら人馬宮は自分に課せられた本来の任務を思い出した。
すでにロープを持っている兵は誰もいない。
ずっとロープを握っていれば沈む校舎と一緒に地中に引きずり込まれるし、そもそも校舎の重量をロープ一本で、人間が支えること自体が無茶だったから、という理由ではない。
――ロープはとっくに千切れてしまっていた。
頭の悪すぎる命令をした自覚のある人馬宮は尻もちをついて呆然としている兵たちに何も言わずに、沈んでいく校舎を見ながら呟いた。
「つか、この下の奴ら、全員死んでるんじゃ」
人馬宮の目には、沈んでいく学舎の中に、双児宮が飛び込んでいくのが見えた。
◇◆◇◆◇
東京都地下下水ダンジョン二階層。
土管のような金属製の円筒状の領域の途中に作られた巨大な広場では激闘が繰り広げられていた。
「おらおらおらおらおらぁッ! おらぁッ!!」
『
防壁も用意せずに前線に立ち、自らの肉体のみで道を切り開いていく様はまさしく英雄そのものだ。
「今ですッ! 『爆射の計』!!」
どんなアビリティかはわからないが、巨蟹宮様が率いる部隊から発射される魔法には何かが付与されているらしく、敵が生産施設の周りに作った防壁へ確実に破壊を与えていった。
「いける! いけるぞ!!」
「宝瓶宮様! 手を動かして!!」
「は、はいッ。じゃ、じゃなくて、う、うむ!!」
私と宝瓶宮様は生産部隊を指揮して、合流したお二方の部隊から届けられた銃弾を火薬に錬金し、それから次々にダイナマイトを作っていく。
先程から巨大
磨羯宮様のように強力な魔法スキルと、それを支える高いレベルやステータスを持っているならともかく、ここにいる人間の多くはそこまで魔法の出力が高くない。
今まで通用していたのは魔法の集中運用で火力を補っていたからだ。
だがそんなスマホアプリやマジックターミナルによる大規模な魔法攻撃も、放った魔法が初級魔法が多めのせいか、掘削蚯蚓が持つ、魔法防御に関連する圧倒的に高いステータスによって防がれていた。
わずかに効いているのは磨羯宮様の直属の部下たちによる射撃だが、磨羯宮様がこちらに連れて来た人たちはそう多くないし、先の攻勢時に人員は消耗していた。
――このまま地道に魔法を撃っていても、掘削蚯蚓を引きつけることさえできない。
掘削蚯蚓は役に立たない我々を無視し、先に脅威である獅子宮様たちを襲うだろう。
それがお二方が到着するまでに念入りに鑑定をし、敵の鑑定妨害を掻い潜って判明させた掘削蚯蚓のステータスから導き出された我々の結論だった。
――だからダイナマイトだ。
鑑定スキルによるアイテム鑑定は正確だ。
ダイナマイトのアイテム説明は50ダメージを与えるというもの。おそらくは防御系ステータスを無視した絶対値ダメージだろう、と私は推測した。
奴がなんらかの耐性を持っている可能性を考えたがそんなことどうでもいい。
(ダメならダメで次の手を考えてやる)
今やるべきなのは行動だ。とにかく一手でも多く手を打って、敵を上回る必要がある。
ここには多くのスキルを持った人間がいる。私一人じゃないんだ。神だの天才だの奇妙な目で見られようと関係ない。
(そうだよ。そうだ。子供の生活が多すぎてそんなことも忘れていた)
組織に入って、
だから、私は決めた。こんなことに関わる原因になったことではあるが、地上に戻ったらもっと攻めてやる。ぐうの
(決めたぞ。地上に戻ったら本格的に、優秀な人間を次々と育てられる国に改造する)
この理不尽な世界で戦える国にしてやる。
そうだ。私一人で崩れかけの国を支えられるわけがない。
私は
だから決めた。決めたんだ。この国を改善してやる。本気だ。本気でやる。使徒になるのも本気でやる。
――
凡人がほどほどの地位を目指してどうする。
凡人だ私は。どうやったってどこまでいったって、こうして躓いて、転んで、不確定なものに頼って。
ここに至るまで、運に助けられたような人生だった。
だからこそ全力で一番上を目指さなければ、二番や三番になることさえできないに決まっている。
「ダイナマイト、とりあえずこれだけ!!」
生成できたのは100キロほど。これであの掘削蚯蚓の巨体を削り切ることはできないが、獅子宮様や巨蟹宮様に向かって動き始めている奴の注意をこちらに向けるぐらいはできるはずだ。
「よくやった! ユーリ、宝瓶宮! 拙僧らではやはり注意を引きつけきれんかった!」
「はいッ! 頼みます!!」
私はダイナマイトを磨羯宮様の傍に控える兵に渡すよう兵たちに指示し、そのまま彼らに投擲も任せると、ばたばたとしている拠点を、宝瓶宮様を連れ歩きながら指揮のための場所に待機させていた地質学スキルを持つ兵に問う。
「地中はどうですか?」
「かなり近づいてます。どうしますか?」
「今潰します。宝瓶宮様!!」
「は、はいッ、じゃなくて、う、うむ!!」
私一人では無理だ。坑道まではそれなりに距離がある。
大量のダイナマイト錬金の直後でSPも枯渇しかけている。SP回復用のポーションを今も飲んで回復させているがそれでも他人の手を借りないと辛い。
私と宝瓶宮様は手を重ね、地面に手を当てるとエネルギーを流していく。
「わかりますか? こうやるんです」
「う、うむ。なんとなく、わかる、と思う」
自信なさげな宝瓶宮様に本当にわかっているのか不安になるも、わかるまで今後も何度だってやればいいと考えながら、私は遠隔錬金で敵が掘り進めていた地下の坑道を崩落させた。
「よし! では次を」
獅子宮様たちの援護か、それとも掘削蚯蚓への対処か。頭を働かせようとして――突き飛ばされる。
「へ?」
かなり乱暴に突き飛ばされたせいで頬が地面にこすれ、痛かった。
土のざらつきや湿った感触に呆然としながらも、ゆらゆらと天井で揺れる電灯に目を細めつつ、私を突き飛ばした宝瓶宮様を見上げる途中で、天井に空いた、人一人が通れるぐらいの穴を私は見た。
――なんで、あんなところに穴が……?
(誰だ? あんなところに穴を開けたのは?)
「ぐ、ぐぅッ……なん、だ、これ、は」
ふと聞こえた苦しげな声に目を向ければ、苦鳴を漏らしつつ、私を潰さないようにか、ぐっと足に力を込めて立っている宝瓶宮様が見える。
その胸からは、血によって赤く染まった
即死していないのは枢機卿が持つ圧倒的なステータスのおかげか。
「宝瓶宮様ッ!!」
「ぐ、ぐぅッ……! ユーリ、お前は離れろ! 兵ども! ユーリを守れ!!」
どうにかしようと、立ち上がった私に向かって宝瓶宮様が離れるように叫び――
――直後、巨大な爆発が、指揮所全体を揺らした。
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