080 東京都地下下水ダンジョン その24
視界の端に、身体だけ大きい
(なぜ大人になっても、
鑑定スキルは真実のみを表示する。兵の一人に頼んでさきほど見せて貰った彼女の記録。
彼女の年齢が学舎の卒業年齢である十二歳を越えてなお、いまだ学舎に
神国の人間の情報はインターフェース内のデータベースできっちり管理されている。
とはいえ何千何万という人間をいちいち枢機卿猊下が一人一人チェックしているわけではないだろう。ヒューマンエラーが避けられないからだ。
おそらく、
それをどうやってか回避して、あのアキラという女性は学舎に残っている、らしい。
なぜか恨みがましい目で私を見てくるのは辟易するが後で事情を聞かなけれ――「ユーリ! 次はどうする!!」
しまッ、悲願につながる情報で思考が逸れた。
「ッ、
くそッ、悪い癖が出た。
求めるものを見つけたことで一瞬意識が作戦から
あの女性については後だ。今は、やるべきことをッ。
敵施設に繋がる、土管状の通路を埋め尽くす巨大な掘削蚯蚓が這ってきている。
掘削蚯蚓。それは巨大すぎて、直線に進むことしかできないモンスターだ。
(っていうか、あれは……)
生物というより機械なのか? 頭の部分はかつて海ほたるで見た
レアメタルをシールドマシンに寄生させたわけではないだろう。見えてきた胴体の部分は生身だ。
「なんだ、あれは……?」
「巨大すぎる」
「勝てるのか?」
兵たちのざわざわとしたざわめき。
自衛隊員のゾンビだの、スライムだの巨大な人食いワニだの亡霊に憑かれた戦車だのと頭のおかしいものを見続けていたが、だからといって機械と生体の融合なんてものを見るとは。
――掘削蚯蚓は巨大すぎるモンスターだった。
全長がわからない。その頭部はシールドマシン状に金属の刃が並んでいて、がりがりごりごりと進路上の何もかもを削っていくのと、気色の悪い
施設があるためか、奴らが掘ったのかわからないが、私たちが籠もっている地下施設の前の広場のような空間は広くて逃げ場があるものの、通常の通路で出会ったならそのまま轢き潰されかねない存在が
奴がずりずりと進むたびにその進路上にいた少数の自衛隊員ゾンビや磨羯宮様が設置した防壁などが破壊されていく。
爆破が成功し、そのまま威勢よく突っ込んでいった磨羯宮様たちがこちらに逃げてくるのが銃眼の先で見えた。
(一度下げるように言ってよかった。防壁の中からだったらおそらく全滅していた)
撤退するにも、ある種の手際の良さが要求される。爆破のときに戻さなかったら半数以上が掘削蚯蚓と自衛隊員ゾンビとの挟撃で死んでいたはずだ。
「お、おいユーリ。どうするんだ?」
「さて……どうしましょう」
敵は圧倒的すぎた。
ずりずり、というより、あまりの巨体さにずんずんという具合に巨大掘削蚯蚓は通路を這いずっていく。
ゾンビたちは巨大モンスターの襲撃だというのに掘削蚯蚓を無視して、逃げる磨羯宮様の部隊を攻撃している。
(これは、無理じゃ……)
掘削蚯蚓は敵の生産施設を
――敵が、なぜか連携している。
こちらが経験値を多くとれるように、私たちが掘削蚯蚓を撃破する方針だったが、完全に無視されるなんて考えてなかった。
自衛隊員ゾンビたちも掘削蚯蚓を攻撃する前提で私は作戦を考えていた。
これでは――これでは敵が増えただけだ。
「ゆ、ユーリ。どうするんだ?」
隣にいる宝瓶宮様が何度も震えた声で問いかけてくる。耐えきれないのか私の小さな手まで握ってくる。
宝瓶宮様の手は震えている。表情もまた不安に曇っている。
私もたぶん震えているか? いや、わからないな。そういう気分はもうとっくに通り過ぎていた。
「どうするも……いえ、考えます。待ってください。考えます」
不安そうな宝瓶宮様が絶叫を上げそうになっていたので私は頭を巡らせてみる。
抵抗として、こちらも銃眼から魔法を放って掘削蚯蚓にダメージを与えているが、奴はどれだけの期間ここでレベリングを重ねたのか、奴の体力が高すぎてダメージが入っている様子がない。
レベル差によって鑑定スキルが弾かれ、正確な数値が見れないのが私たちの不安を増大させる。
「ゆ、ユーリ! さ、作戦を中止するぞ! あれは拙僧らでは勝てん! ここで逃げねば全滅するぞ!!」
ようやく逃げられたのか、指揮所に戻ってきた磨羯宮様の言葉に私は頷いてしまいたくなる。
撤退か。それも考えて――視界の端にいた、指揮所の隅の
――それは、成功者の失敗を喜ぶ負け犬の目だ。
「――いえ、ここで奴らは倒します」
「ユーリ!? 正気か!?」
「磨羯宮様、ここで倒すしかないんですよ! 我々には敗北が許されてないんですよ!! これが最初で最後の好機なんですよ!!」
「ぐ、ぐぅ……!? そ、それはわかっておるが」
「わかってるなら銃眼から攻撃を続けてください。爆破に備えて壁を分厚く作ったのが幸いしました。この指揮所は奴らの銃撃や砲撃に耐えている。掘削蚯蚓も巨体が邪魔して前後にしか動けないために真横にあるこの指揮所を攻撃できない。ついでに言えば、その巨体が邪魔してガトリングも攻撃してこれていない。勝てますよ! これは!!」
すべて勢いでいった言葉だ。そんなわけがない。奴らにはいくらでも攻撃方法はある。
自衛隊員ゾンビに銃眼前に取りつかれて火炎放射器で攻撃されるだけでこっちは焼き殺されるだろう。
加えて磨羯宮様の部隊が出たり入ったりしたことでこの陣地への入り口は見られている。
建築スキルで塞いだが応急処置にすぎない。攻撃を集中されれば破壊され、敵の侵入を許してしまうだろう。
だが、そんなことは言わない。勝てると言わなければならない。勝たなければならない。
――アキラに見られて、
この程度の修羅場、元の世界でいくらでもこなしてきたよ。
たった一人で巨大案件のために奔走したこともあるよ。
誰も味方じゃないときに焦げ付いた案件のために土下座をやらされたよ。
いつだって仕事なんかそんなものだった。
かっこよく決めようとするな。
どれだけ無様を晒そうと、どんなに不具合が出ようとも、最終的に客を納得させればいい。
そうだ。そうだよ。私は、私は、そうやって無茶をこなしてきたんだよ。
(だが、エナドリさえあれば……!!)
エナドリさえあれば、頭が働くのにッ。
「ポーションを」
「ユーリ?」
「精神回復ポーションをください」
「あ、ああ」
宝瓶宮様が兵に指示をして、私にポーションを渡してくる。
「ありがとうございます」
カフェインも高麗人参もガラナも入っていないので完全に意味がないが、エナドリ気分だけでも味わうべく私はポーションを飲む。
素材となったハーブのクールな味で頭をすっきりさせる。
さて、考えろ。考えろ。無茶でもなんでもない。やるべきことをやればいいだけだ。
「生産部隊! 通路の土管を
まず銃眼前に敵に移動されては困るので床に
だがこれは簡単だ。外の土管状の通路は金属製だから新しく金属を持ってくる必要はない。遠隔錬金するだけでできる。
「えん、遠隔!? できませんよ!!」
「ゆ、ユーリ! 焦っているのはわかるが現実的なことを」
「げんじ? え? は?」
兵士や宝瓶宮様の情けない言葉に思考が止まる。
どういう意味だ? 脳が沸騰しかける。この危急のときにどんな冗談だ。怒りが湧く。やれよ! やってくれよ!! 錬金か建築か鍛冶があればできるだろう
――怒るな。冷静になれ。
私は、怒鳴り散らしたくなる気分を抑えて銃眼前に立つと地面を強く踏みしめた。
体内のスキルエネルギーを土壁、鉄壁と透過させ、土管を
錬金術スキル練度15で覚える『形成変化』のアビリティの応用だ。
特別な技術じゃない。ワニから逃げる過程で覚えた
「できるでしょう! やったことがないから――いえ、すみません。できます。現にこうやって私はできました。私ができるん……だか……」
口を閉じてしまう。宝瓶宮様と兵たちが奇妙な目で私を見てくる。
なんだ? なんだその目は。まるで神か何かを見るような。縋るような。そんな目は――。
恐怖に身体が倒れそうになる、ところを誰かが隣に立って私の身体を支えた。
「ほう! ほう!! 便利だな!! さぁ! さぁさぁ宝瓶宮の兵士諸君よ、すまんが頼るぞ!! ああ、ユーリももう少し手本を見せてやっとくれ!!」
磨羯宮様が私の手をとってスパイクを作るように命じてくる。瞬間、小声で囁かれた。
「気にするな、ユーリ。天才とはそういうものだ」
て、天才。いや、そんな、馬鹿なことを。
「わかっています」
だが、私はぐっと感情を堪えて地面を踏みしめ、スパイクを作っていく。本当なら眼の前の通路いっぱい、それこそ天井にまで作ってやりたいが、子供の私にSPはそこまでない。銃眼前が精一杯だ。
だがこんな簡単なことを兵は誰もできない。宝瓶宮様もだ。困ったように地面を踏みしめるだけだ。私もじっくりと説明したいが私がすべて作った方が早かった。
――まるでブラック企業だ。
人員が不足して、教育の時間がない。人員の質が低下して、教育ができない。
そういうことを、こうして、ここでも。こんなところでも。
涙が出そうになるのを堪えて、作業を進める。
その間にも磨羯宮様たちが魔法を連射して、敵を押し留めていく。掘削蚯蚓は敵施設前で停止し、即席の防壁となって奴らを守っている。
あれでは外に出て施設を直接攻撃することはできない。あの巨大蚯蚓の動きに巻き込まれれるだけで殺される。
「こ、膠着したな。ユーリ」
まるで目下が目上を見るような、媚びた宝瓶宮様の視線に背筋が寒くなる。七歳児にいい大人が媚びるな。
不満は顔に出さない。私は、そうですね、と言いながら、
さきほどまで戦力的に劣っていながらも攻撃を続けることで
それが失われたことを深く実感する。
(私ならこの隙に
それはたとえば私がやったような坑道からの爆破だ。
今も銃眼からは掘削蚯蚓に隠れてしまったせいで見えにくくなったが、煙を上げる不気味な肉色の敵施設が見える。
ダイナマイトの量が足りなかったが、多大なダメージを我々は敵施設に与えていた。
言っても仕方がないが、もう200キロほどダイナマイトがあれば勝負はついていた。
「宝瓶宮様、爆破する前に地下を調べて貰った、地質学スキル持ちの彼を呼んでください」
「地質学? あ、ああ、あいつだな。わかった」
宝瓶宮様に言って、一名だけいる地質学スキル持ちを呼び寄せる。
「地質学を何に使うんだ?」
「念の為ですよ。何もなかったらいいんですが」
暫く待てば走ってやってくる一人の兵。私たちの前に立って、きっちりと礼をする彼にお願いをする。
「アビリティの『地中探査』で地下を調べてもらっていいですか? 私たちが掘った坑道は潰しましたが、敵が同じことをやっているか知りたいので」
膠着状態になったので、敵は何かしら手を打ってくるはずだ。一つ一つ可能性を潰さなければ。
「わかりました。調べます」
私が一度やったのだ。敵が同じことを――「ユーリ様! 敵施設から坑道がこちらに向けて伸びてきています!!」
やはり敵も同じことをしてくるか。
宝瓶宮様が慌てた様子で「ど、どうする? 潰すのか?」と不安そうに聞いてくる。
「いえ、放置します。早くに潰しすぎると次の手を打たれるので」
遠隔で錬金してそのまま崩落させるか、直上に穴でも開けて一階層の水を坑道に流すでもいい。
重要なのはこちらが察知できたことだ。
「砲弾! 来ます!!」「撃ち落せ!!」「敵、蚯蚓の左右からきます!!」「迎撃しろ!!」
磨羯宮様が迎撃を指示するのを聞きながら私も敵にどう攻撃するか思考する。
敵の手が見えたならこちらもカウンター以外にやらなければ、先手先手を意識しなければ。
(どうする? こちらに部隊の余裕はない。敵は掘削蚯蚓が増えた。どうする? どうする?)
思考は煮詰まる。撤退しか道がないのか? いや、そんなことはない。できることはまだ――戦闘の衝撃で土がパラパラと頭上から落ちてくる。
「ユーリ様!!」
思考をしていれば通信兵がスマホを片手にやってくる。
聞きたくないと一瞬思ってしまった。ああ、こういうときは、たいていが悪い話だと決まっているから。
だが兵士は歓喜の表情を浮かべていた。
「
「ほん、本当ですかッ!!」
「はいッ! お二方から、生産部隊と物資の援助を感謝していると伝えられました!!」
宝瓶宮様の部隊から送らせたアレか。役に立ったかッ!!
(これなら……)
被害は出るかもしれないが、私たちが掘削蚯蚓を抑え、お二方に施設への攻撃をして貰えば、いけるかもしれない。
私はあそこで撤退する判断をしなくてよかったと笑みを浮かべながら兵たちに聞こえるように叫ぶ。
「陽動部隊が敵を突破したと報告が来ました!! 我々はこのまま敵を引きつけながらお二方の到着を待ちます!! ここが踏ん張りどころです!!」
そうだ。いつだってそうだ。
折れない心だけが、勝利を掴むのだ。
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