079 東京都地下下水ダンジョン その23


 巨大な爆発音に衝撃、地下だというのになんて愚かなことをするんだろうと怪人アキラは指揮を行っている者たちを部屋の隅からこそこそと覗き見ていた。

 前世を持つ元日本人のアキラは指揮所の隅にいた。

 隣には薬草が詰め込まれた麻袋が置かれている。つんとした薬草の匂いが鼻を刺激する。

 これは怪人アキラに対する扱いではない、とアキラは思っている。


 ――屈辱の涙が目の端に浮かぶ。


 なぜここにいるのか。こんな扱いをされるのか。

 邪魔だが、地上に送り返すのも手間だからとここにいるように言われたのだ。

 もちろん前世が日本人で、学舎で実力者であるという自負がアキラにはある。

 皆が大変そうにしているし、この国の危機のようだから仕方なく手伝ってやろうという気持ちはあった。

 だがスキルを問われて答えれば(鑑定スキルで調べられるので正直に答えた)呆れられ、レベルを言えばなんで来たんだこいつという顔をされてしまった。

 結果として、アキラは何の役にも立たないという評価を受けていた。

(原始人どもめ……五年前に銅の武器で戦ってたお前たちを僕は忘れてないぞ)

 物資もレシピも少なく、限られた人間だけが武器を持って戦えていたときのことを。

 スマホ魔法だけがモンスターへの抵抗手段だったときのことを。

 結果として殺人機械たちに蹂躙されただけの人々を。

(お前たちが四則演算ができない、文字すら読めない間抜けだったときを僕は忘れてないぞ)

 アキラが学舎で覚醒した当時、最初は識字率も悪く、学習内容も幼稚だった。

 だが処女宮が信仰ゲージの維持のために神国独自の内政ツリーである『聖書の印刷』と『聖書朗読』の優先して開発させたために今の国民の識字率は100%に至り、学習内容も充実している。

(お前たちが、お前たちが……うぅ……うぅぅ……お前たちは、馬鹿で、間抜けで、まともじゃなかったはずだ)


 ――アキラはそういった神国の努力を知らない。


 なぜならアキラは学舎の授業に出なくなったからだ。

 なぜならアキラは技術ツリーを知らないからだ。

 この崩壊した地球での技術の進歩の速度を知らない。

 ある種の制限・・・・・・があるものの、すべての国は、一定の文明レベルまでは到達が容易だった。

 ふとした不安がアキラの胸をよぎる。

(ぼ、僕は……大丈夫なのか?)

 今この場で、危急のときに肉盾ですら・・・・・求められていないということがアキラを焦らせる。


 ――この場の全員が、まるで現代日本人・・・・・のように動いている。


 元現代日本人だったという、アキラの優位アドバンテージが消失しているのだ。

 兵たちは目的に沿って、効率的に行動を起こしている。

 この動き方は目的を定め、導線を作って動いている人間の動き方だ。

 なんだこれは……誰が、誰がやっている。五年前は古代人のように無様に銃に突っ込んで死んでいたじゃないか。

(なん、なんでだ。どうして、こんな、まるで別人じゃないかお前たちは……)

 アキラが亡命しようとしたのは、他国を知らなくてもなんとかなると思ったのは、彼女が現代日本の教育を受けたことがあるからだ。

 知識自体はこの十年で色あせていったが、それでも思考の基本は変わっていないし、蓄えていたレシピと素材、そして自身に宿る特別スペシャルなスキルがあればなんとかなると思っていた。

 なのに、なのに、どうして。

(今ここで僕は無能扱いされているんだ?)

 この世界で自分は特別だったんじゃないのか?

 特別なスキルと現代日本という下駄・・があれば、一段上から他の人間を見下ろせたはずじゃないのか?

 こんな弱い国に生まれてしまったのは失敗だったけれど、それでも自分は他の国なら優雅に、楽しく暮らせたはずなんじゃないか?

(そ、そうだ。ぼ、僕が、僕がこんな扱いをされているのはば、場所が悪いだけだ)

 深呼吸する。無能扱いするならすればいい。他の場所ならアキラは活躍できる。大切に扱ってもらえる。自由に生きられる。


 ――自由に生きて、でも大切に扱われる。


 どうして自由に生きる人間が、無条件に蝶よ花よと大切に扱われるのだろう。

 そんな矛盾した願望を抱いてしまうほどに、アキラは混乱していた。

 怪人と呼ばれて、子供たち・・・・の上に立って余裕ぶって、外を夢見る。そんな生活が良くなかったのかもしれない。

 わからない、わからないとアキラは周囲を見ながら混乱する。

(この状況が異様なんだよッ!!)

 仲が悪いとされる枢機卿たちが協力して動いているのがまず不思議だし。

 五年前の大規模襲撃で後方で震えていただけの処女宮ヴァルゴが神聖魔法で怪我をした兵士たちを治療しているのもおかしい。

 そもそもおかしいのは。


 ――戦術のレベルの高さだ。


 なんで、なんで五年前は銅の剣で敵に突っ込むことしかできなかった兵士たちが、陣地を前衛と後衛に分けたり、指揮所を作ったり、塹壕戦術や坑道戦術を駆使したり、陣地で素材からポーションだの装備だのを効率良く作ったりしているのか。

 もっとお前たちはどんくさくて、どうしようもなかったはずじゃなかったのか。

(ユーリ、くんか?)

 自分と同じように前世を持った人間が、これだけの指導を行ったのか?

 軍人? 歴史学者? それこそ孫子だのハンニバルだの織田信長だのが転生してきたのか。

 それをユーリに問えば、別に珍しいことでもなく、大河ドラマだの流行っていた戦争映画で得た知識だよ、と答えたかもしれない。

 アキラは疑念に耐えきれなかった。

 だから到頭とうとう見てしまう。目をそら・・・・していた・・・・、指揮所の中心で、大人たちに向かって指示を飛ばしている少年ユーリを見てしまう。

 その光景は、まるで、自分と彼の差を明確にしているようで。


 ――僕は・・惨めなのか・・・・・


 こんな地面の下なのに輝かしい世界、この世の中心にいるようなユーリ。

 それに比べて、部屋の隅で、邪魔者を扱うかのように無視されている自分。

 この場には荷物運びすら有能である必要がある。だって、荷物を運ぶのにも才能がいるから。力あって、素早く動く必要があって、目的を理解している必要があるから。

 部外者で、何も身体を鍛えてこなかったアキラは邪魔でしかない。

(なんで、君だけ……君が、どうして優遇されてるんだよ……)

 たかが錬金術を使えるだけの子供じゃないのか? 自分とそう変わらないはずだ。

 ユーリの学舎での油断しきった振る舞いを思い出せ、なぁ、君は同じ日本で育ったんじゃないのか?

(それがどうしてこんな、歴戦の指揮官みたいに振る舞っているんだよ)

 漏れてくる会話から聞けば、ダイナマイトでの爆破は半分失敗、半分成功というところらしい。

 敵の施設を破壊することはできなかったが、敵に大打撃を与えたことを喜ぶ兵士たち。

 ほっとしたようなユーリの表情はアキラの目には入らない。自信満々に兵にそのまま指示を出す七歳児の姿しかアキラの目には映らない。

 アキラは絶望した気持ちでそれを見る。

 恐るべき少年だ。才能に溢れたとはあれを言うのか。

 ユーリが指示を出せば、枢機卿が直々に動く。

 宝瓶宮アクエリウスの部下が塞いでいた壁を開き、磨羯宮カプリコーンが治療と補給を完了させた兵士を突入させ、奪われた前線の奪回へと走っていく。

 処女宮はユーリに言われて医療班が待っている場所へと歩いていく。

 宝瓶宮とユーリがこの陣地の兵を動かしてまた何か策を練ろうとしている。

(なんなんだ、君は、本当に)

 僕じゃなくて、君が特別なのか?

 この物語・・の主人公は自分アキラではなく、ユーリだというのか。

 そんなはずはない。だ、だって、君のスキルは平々凡々な錬金術じゃないのか?

 僕のスキルの方がレアで、すごいはずじゃないのか?

 ぼ、僕は、学舎でずっと研鑽して……ああ、畜生。畜生。

(た、他国で、僕は、必要とされるのか?)

 し、仕事は得られるのか? 生きていけるのか? この弱い神国ですら邪魔者扱いされてる自分が?

 わからないわからないとアキラはユーリを見てしまう。


 ――アキラとユーリの視線が合うことはない。


 素材袋の隣にある置物アキラのことなど、ユーリはおろか、兵の一人も気にしてはいなかったから。

「おい! 掘削蚯蚓トンネルワームが出たぞ――!!」

 置物を気にする余裕などなかったから。


                ◇◆◇◆◇


 地中から発生した衝撃で地面に転んでいた双児宮ジェミニは使徒のフィールの手で立たされ、揺れの収まった地面を見た。

 この土地は地震が多い。弱い地震ぐらいなら体感したことはある。だがこの衝撃は地震とは違っていた。

「い、今の衝撃は?」

「すごい音でしたね。な、なんなんでしょうか?」

 使徒のフィールも今の衝撃はわからないようだ。

 だが、まさか、と双児宮は宝瓶宮がいるとされる地面を凝視する。

「錬金術師は生産できるアイテムに『爆薬』というものがあるという話を聞きました」

「えっと『爆薬』ですか?」

「ええ、火をつけると爆発する粉らしいです。それを地中で使ったということでは?」

 ユーリを解放するために、地下牢の破壊にそれを使ったのではないかと双児宮は考えた。

 なんとも迷惑な女だ。地上が揺れるほどの衝撃は必要ないだろう。

「おいおい、そりゃ本当かい?」

 転がっていた二人を心配して近づいていた人馬宮サジタリウスが農具片手にやってくる。

「え、ええ、たぶんそうだと思うんですが」

「ったく、何考えてやがんだよ宝瓶宮のアホは。反乱でも起こそうってのか?」

 人馬宮の罵倒に、そうですそうです、と頷く双児宮。

「こりゃこっちも急いでとっちめねぇとな。よし、皆! 急いで地面を掘っちまえ! 手早く宝瓶宮をとっ捕まえんぞ!!」

 尊敬する枢機卿の命令に兵士たちが気合を入れて地面を掘っていく。


 ――彼らは・・・気づかない・・・・・


 自分たちが地面を掘ったことで、宝瓶宮が部下に施させていた地下坑道の物質固定を傷つけ、破壊し、学舎地下に張り巡らされた坑道を弱らせたことに。

 自分たちの隣にある校舎が、徐々に地面に沈んでいっていることに。

 ドミノ倒しの、一枚目が倒れようとしていた。


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